魔族の野望
「ここの人は忠実な方ばかりですね」リタは感心した。
「そう、人間は非常に従順です」魔族の城主はそのように言った。「魔族や魔物はこのようには行かない」
「それは人に寄ります。うちの二人はきっとごねます」リタは手前の二名の側近を眺めた。「あなたたちは席を外せる?」
「おれはきみを一人で捨て置けない」マーヴィは言った。
「ぼくは出られるよ」アルは腰を上げた。
「うろうろしない。あなたはここにいなさい」少女は咎めた。
「そうです。あなたはここにいなさい」卿は言った。「こちらは非常に面白い方ですね」
「ぼくは平凡な農民です」サンシャ村の若者は答えた。
「アルさん、あなたは光の剣と言いましたね? その真意はいかようなものでしょう?」
「ぼくらに光の剣をください」
「もう!」リタは頭を抱えた。「私が喋るから、あなたは黙って」
「いや、アルだけが正義だ」マーヴィは反抗した。「アルだけが最初から最後まで自分に忠実だ。あいまいさというのは勇者的ではない。とにかく、おれはもう耐えられない。きみらのやり取りも茶番だ」
「こちらは非常に熱血な方ですね。カリムを呼んで、相手をさせましょうか?」フィッツジェラルドは余裕の態度を崩さなかった。
「そうです、フィッツジェラルドさん。あの二人の人間の意図がおれには全く分からない。なんで人間が魔族に仕えるか?」
「そういう契約です」
「契約? それは呪いか何か?」
「いえ、普通の金銭的な契約です。側近の業務は半年更新ですね。カリムは三年目、ハテムは五年目です。どちらも優秀な戦士で秘書ですよ」
「悪夢だ」マーヴィは嘆いた。
「悪夢だわ」リタは茫然と天を仰いだ。「私の努力が無駄に終わってしまった……」
「あなたは魔族を異常に毛嫌いしますね?」魔族の城主は剣士に尋ねた。「それは意地ですか? 見栄ですか? 復讐ですか?」
「正義です」勇者マニアは狂信的な眼差しで言った。
「それは頼もしいお言葉だ。ならば、あなたは私の味方です」
「どういうことです?」
「ふむ、場所を変えましょうか」フィッツジェラルドはすっと立ち上がった。
「どうする?」マーヴィはリタにたずねた。
「さあ? 私は呆れて何も言えません」魔法使いは肩をすくめた。
「アルくん、行きましょう」フィッツ卿は二人を冷ややかに眺めて、平凡な男を手招きした。
「はあ」アルはぼんやりと答えて、魔族にてくてく続いた。
「ダメだ。きみは一人で行くな」マーヴィは追っかけた。
「で、私を一人にするの? あんたは最低だわ」リタは不機嫌に唸りながら最後尾に付いた。
廊下には大急ぎでお茶を済ませた二人の側近がいた。
「私はこちらの方々と一緒に宝物庫へ参ります。あなた方はしばらく休憩しなさい」
「私どもはもう休みましたが……」側近の壱、カリムはそんな風に渋った。
「二人は真面目だな」アルは言った。「おやつを食べると、眠くならない?」
「勤務中ですので」
「カリムはとくに真面目です」フィッツジェラルドは武人風の褐色な偉丈夫をそう評した。
「フィッツさまがそう仰るなら……」側近の弐、神経質そうなハテムは微妙な空気を感じ取って静かに下がった。
上品な魔族とそのがさつな客人たちは居住区の棟から渡り廊下を渡って、隣の棟へ移った。敷地内にはそのほかに宿舎、厩、倉庫、訓練場などなどの設備があった。
「良い城だ」マーヴィは剣士の目線で言った。
「はい、ここは昔から難攻不落の名城です」城主は言った。
「あなたは人間の味方ですか?」リタはたずねた。
「敵の敵は味方ですね」
「敵? 魔族の敵は人間でしょう?」
「そのような善悪二元論は一種の理想主義ではありませんか? 現実はもう少し複雑です。魔族的な人間、人間的な魔族、これら普通に存在しますが」
「魔族も人間も出自には逆らえませんがね。猫は犬になれない」マーヴィは言った。
「としても、犬と仲良くなる猫は普通にいます。さっきの言葉は嘘ではありません。私は魔族的な価値観を受け入れらない。とくに魔王とあの軍師は……生理的に無理だ」フィッツ卿は本気で嫌そうに言って、自前の鍵束で別棟の扉を開いた。
「あ、敵ってそういうこと? あなたはあのザルバルドを……」リタははっとした。その口元にフィッツ卿の長い人差し指がやってきて、二の句を告げさせなかった。
「お嬢さん、滅多なことを口走らない」貴族的な魔族は首を振った。
「おれは信じられない」マーヴィは頑固に言った。「王を慕わない家臣がいるか?」
「私は魔王の家臣ではない」フィッツ卿は言った。「ここは私の土地で、私の城だ。このフィッツジェラルドは魔王なしでうまくやれる。剣士殿は世界の果ての異邦の土地の野蛮な王に忠誠を誓いますか? そういうことです」
「おれは騙されないぞ。魔族は人間の敵だ」マーヴィはしつこく繰り返した。
「ふむ、証拠をお見せしましょう」
「証拠?」「ええ、ここは珍しい防具の展示室です」卿はそう言って、扉を開き、暗い部屋をするする歩いて、窓の暗幕を開いた。日が差した瞬間、盾、鎧、兜などの壮麗な防具の数々がきらびやかに輝いた。
「すごい……」リタは目をキラキラさせて、お宝の山に恍惚と見入った。「ものすごい一級品ばかりだわ。この盾とか兜がもう一財産だわ。しかも、いくつかには魔力を感じる」
「ほう、お嬢さんは目利きですね?」フィッツ卿は聞き逃さなかった。「魔力を感じますか? それは事実です。いくつかは本物の魔法の武具だ。つまり、それを見抜けるあなたはただの使者ではない」
「私は魔法をすこしやります」魔法使いは失言に苦笑しつつ、鋭い指摘を認めた。
「私はあなたが遺跡の魔法の仕掛けを破ったと推測します」卿は魔族的な縦長の瞳孔を細くした。
「それは買いかぶりですわ」
「さきほどからあなたが興奮すると、魔力の残滓がふわっと漂います」
「あら、いやだわ」リタは大げさに身体を嗅いだ。「香水のつけすぎじゃないかな? ほほほ」
「そちらは魔法使いのリタ・ウィロー嬢です。おれは剣士のマーヴィス・ボルトンです。そして、こちらが農民のアルバート・ハレルヤ・アスランです」
「アルバート? それは伝説の勇者アルの名前ですね?」フィッツジェラルドは言った。
「ぼくは農民です」
「おれたちはこのように嘘偽りなく正体を明かせます。清廉潔白だ。魔族のような欺瞞の徒ではない!」マーヴィは堂々と言った。
「あんたはドアホウだわ」リタは剣士の暴挙にくらくらした。
「ボルトン殿、防具はなんのためにあります?」フィッツジェラルドは寛大に言った。
「戦いのためです」
「そうです。ボルトン殿は私が伊達や酔狂でこれを集めたと思いますか? 上に参りましょう」
一行は宝物庫の二階に上がった。そこは武器の間だった。剣、槍、斧、弓の傑作や業物が魔族と人間たちをきらびやかに出迎えた。
「宝の山だあ」リタは数百本の高級品を舐めるように見渡した。
「フィッツさんは武器マニアですね」アルはぴかぴかの剣の囲まれながら言った。
「ははは、そう見えますか? しかし、これは飾りではありませんよ」と、フィッツ卿は一本の剣を取って、戦士風に身構えた。「防具は何のためにあるか? 武器は何のためにあるか? シンプルに財の証としてコレクションするならば、絵や器を集めますよ。武装はかさばる、場所を取る。なのに、私はこれをこんなにかき集める。何のために?」
「魔王との戦争のため」リタは言った。「私はそう推測します。。事実、ここの武器のいくつかは人間同士の戦争には明らかに大袈裟ですわ。この槍には雷の力を、こっちの斧には炎を力を感じる。魔王軍との戦いにはさぞや有効でしょうね」
「あなたは優秀なお嬢さんだ。いずれ私はこれを人間に融資しようと思います」フィッツジェラルド卿はそのように言った。




