異端なるフィッツジェラルド
三人は控えの間でしばらく待たされた。たまさかに同時刻の待機所は無人だった。この部屋だけが静かで、他はなにかどたばたと落ち着かなかった。数分の錯綜の末に伝令の小男がやって来て、次のように言った。
「殿はお会いになられます」伝令はそう言った。「ただし、殿の剣以外の私物の武器をこちらへ預けてください。それが条件です」
「承知しました」リタはそう言って、短刀を預けた。大きいしもべはしぶしぶ大中小の刃物類を手放した。
「これは?」平凡なしもべは物干し竿をとんとんした。
「それは何ですか?」伝令は怪訝に聞いた。
「物干し竿です」
「ほ、ほう」
「これは武器ですか?」
「物干し竿は武器ではありませんな」
「はい、日用品です」
「そうですね。ご自分でお持ちください」
三人は小男に率いられて、豪華な城内を通り、応接間に向かった。
「こちらでお待ちください」小男は訪問者を椅子に座らせて、素早く退室した。
「あの伝令も人間だな」マーヴィは慌ただしい足音を聞きながらぼそっと言った。「人間が魔族を殿と呼だ。まるで貴族だ」
「うちの無粋なしもべより優秀だわ」リタは言った。「そんなにそわそわしないでよ、マーヴィ。でんと構えなさい、でんと。あと、絶対に先走らないでよ
「武器なしではなんか落ち着かない」剣士は無防備な腰回りを触った。
「これを使う?」アルは物干し竿を差しだした。
「それで二百人の武装した兵士とどう渡り合う?」
「全員を相手にするという発想が野暮だわ」リタは肩をすくめた。マーヴィは言い返し掛けたが、廊下の足音に気付いて、口をつぐんだ。
ついに魔族のフィッツジェラルド卿が戸口に現れた。そのシルエットは一見に人間風だったが、二メートル近い長身痩躯、異様に青白い顔、広い口、薄い唇、額の角、縦長の瞳孔、玉虫色の頭髪などなどは魔族的だった。
取り巻きは屈強な側近二人とさっきの伝令のみでだった。で、彼はことごとく人間だった。
「フィッツジェラルドさま、この度の突然の訪問をお許しください」リタは恭しく言った。「そして、あなたさまの寛大なお心づかいに感謝いたします」
「リタ・ウィローさん、そう堅苦しくなさらずに。私がこの城の主のフィッツジェラルドです」フィッツ卿は貴族的な表情と口調で貴族風に名乗った。その異様な風貌の他はまさに貴族だった。「どうぞ、そちらの方々もお座りください。ちょうどお茶の時間です。おやつを食べませんか?」
「食べます。フィッツジェラルドさん、今日はいい天気ですね」アルは言った。
「は、はあ……こちらは素直な方ですね。すぐにお持ちして」フィッツ卿は瞬間的にぽかんとしたが、同じくぽかんとした伝令に合図して、お茶とおやつの用意をさせた。
「この城の魔族はあなただけですか?」ぽかんから戻ったマーヴィは当然のごとくぽかんとした二人の側近を白い目で見ながら言った。
「はい、あいにくとこの年で独り身でしてね。こちらのお嬢さんのような可愛らしい娘さんは魔界にはめったにおりません。魔族の女の気性の荒さは私の手にはちと余りますな」フィッツ卿は殿さまらしく鷹揚に言った。
「そういうことではなくて……こちらの方々も人間ですか? 魔族ではない? 本当にあなただけが魔族ですか?」大きなしもべは言いながら、やや前のめりになって、怒りの矛先を壁の飾り的な二人の側近に向けた。
「この城の魔族は私だけですね」卿はうなずいた。
「なぜです?」
「私はそうではありませんが、魔族は基本的に好戦的な種族です。争い、諍いが日常茶飯事です。そういう粗雑な性質が私の好みと全く合わない」異端的な魔族は上品に首を振った。
「魔族が魔族を批判しますか?」
「人間は人間を批判しませんか? ことさらに魔王のような若き主は気まぐれや思い付きで野蛮な行動を繰り返します。あのようなノリは私の趣味ではない」
「魔王が若者ですか?」マーヴィは顔をしかめた。
「あの方はせいぜい百歳です。私は今年で三百歳です」
「へー、長生きだなあ」アルがけろっと言った。「魔王さんもフィッツさんもすごく若く見えますね」
「うちの下僕どもの失礼をお許しください」リタが口を挟んで、無駄口の二人をきつい視線でにらんだ。
「お許しください」アルは淡々と繰り返した。
「ははは、あなたは面白い人ですね。その棒は何です?」フィッツ卿は棒を指した。
「物干し竿です。使いますか?」しもべは城主に物干し竿を差し出した。
「はっはっは! 洗濯するときに借りましょうか」
「お、お許しください」リタは笑いをかみ殺しながら絶望的に唸った。二人の側近の片方がくすっと笑った。
折よくお茶とおやつの準備が来て、物干し竿の一件はうやむやとなった。食い物を得たアルは急に大人しくなって、ごくごくパクパクやり始めた。マーヴィは敵地のお茶とお菓子に少し戸惑いながら、仲間の健啖を確認して、それを頂いた。
「では、あなたがたのご用件を伺いましょうか」フィッツジェラルドは言った。
「はい、こちらの剣はあなたさまのものでしょうか?」リタは例の剣を机に置いた。
「剣ですね」フィッツジェラルドは縦長の瞳孔をきゅっと鋭くして、多大な興味を示した。武器マニアの噂は本当のようだった。「その紋は間違いなく私のものです。反身の片手剣だ。しかし、鞘がちぐはぐに見える」
「この鞘は後付けです。中身だけが私たちの元に来ました」リタは剣を鞘から少し抜いて、例の白粉まみれの銘文を見せた。
「いつでも来られたし」フィッツ卿はそれをゆっくり読んで、はっと息をのみ、早口に続けた。「きみはこれをどこで手に入れた?」
「私の知り合いがルーメンのクリスタのあたりでたまたま見つけました」リタはそんな風に答えて、剣の柄を卿に向けた。「どうぞ、お受け取り下さい」
「ふむ、これは懐かしい剣だ」卿はそれを受け取ると、わざわざ側近から刀身を隠してすらっと鞘を払い、刃の平の銘文をじっと見つめて、口元をほころばせた。「ああ、これは若気の至りだ。あなたはこれを読みましたか?」
「ええ、まあ」
「この剣は私の記念の一本です。私の武器集めはここから始まった」フィッツジェラルドは上品な笑みを浮かべて、剣を鞘に戻した。
「と仰いますと?」
「百年以上前のはなしです。気ままな放浪の道中でルーメンに立ち寄った私はとある場所でとある物を発見しました。さて、そこでそれとこれをいたずらに交換したのは魔族の気まぐれだったか、若気の至りだったか……」
「私の知り合いの話では手掛かりは『無我の心』と『知恵の力』です」リタはその二つの合言葉を告げた。
「その知り合いの方はこちらにはいらっしゃらない?」フィッツ卿は使者をじっと見た。「これを発見できる者は並みのものではありません」
「その知り合いは高名な魔法使いで冒険家です。彼はあなたが発見した『それ』を求めて、そこに辿り着きました。しかし、そこにあったのはあなたの剣だけでした」
「リタさん、あなたは『それ』を存じ上げますか?」
「はい、彼から聞きました。それはここにありますか?」
「さて、それはどうでしょうか?」
二人の会話は魔族と魔女の化かし合いの態だったが、次の不意の一言がもやもやしたやり取りを一刀両断した。
「光の剣だね」上品なおやつを平らげたしもべの口がその異様な単語をぽろっと解き放った。その切れ味はまさに光の剣のごとしだった。一閃が混沌の霧を切り開き、全員の背筋をぴりつかせた。
「我々はもう少し深い話をせなばなりません」フィッツジェラルドは言って、側近たちに振り返った。「カリム、ハテム。席を外しなさい」
「しかし……」カリムとハテムはためらった。
「あなたたちは真面目ですね。では、命令を与えましょう。しばしお茶の時間を取りなさい」フィッツ卿はそう言って、二人を退室させて、訪問者に向き直った。「さあ、お話を続けましょう」
「はい」リタは唾をのんだ。




