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魔族の砦の正しい入り方

「へー、本当に人間だ。今日はいい天気ですね」素朴なお面みたいな顔はのほほんと言った。物々しい気配が急速に薄れ、全員がぽかんとした。


「は、はあ。カカシさん? なんかの扮装か?」騎士は驚いた。


「ぼくは平凡な農民です」


「今だ!」リタは我に返って、溜めなしで瞬時に魔法を発動させ、猛烈な突風を巻き起こして、騎兵たちを吹き飛ばした。さらに、空中に浮かんで、魔剣士とカカシ男を宙ぶらりんに引っ張り上げ、電撃的な速さで撤退した。遅ればせに矢と槍がぴゅーんと飛んできたが、飛燕のような異形の小隊には全く届かなかった。


 三人は砦から一里ほどの地点に舞い降りて、よたよたと岩陰になだれ込んだ。


「ふう、疲れた」リタは溜め息をついて、砂場にへたばった。同時に全員の変身がぱっと解けて、異形の部隊が人間の一向に戻った。


「飛んだ」マーヴィは直前の飛行体験に興奮した。


「凄い魔法だ」アルは拍手しながら言った。


「うへへへ、溜めなしで三人を運ぶのは大した魔力だわ。頭がキーンてする。うへへへ」リタはハイになって、マーヴィの水筒をひったくり、薄味の水をぐびぐび飲んで、ごろんと横たわった。


「おい、あいつらは人間だったぞ!」剣士は言った。


「うん、立派な騎士さんだったね」アルは答えた。


「何で人間の騎士が魔族に仕える?」


「お金」リタは起き上がりながら言った。


「金?!」


「それが普通でしょう。義理や人情で人間が魔族に仕える?」


「洗脳とか」


「その気配はなかったわ」リタは天を仰いだ。「あーあ、誤算だった。この私が早とちりしてしまった。そうね、配下に人間を使うのは傑作だわ。『私は人間を評価しますよ、信頼しますよ』というアピールになる。周辺の住民と無駄な軋轢を生まない。何人かの地元の人間を雇えば、真っ当な利害関係を形成できる」


「敵をそんなに褒めるなよ」マーヴィは苛立った。


「事実だわ。そして、この状況ではあんたの大義名分が異常に見える。これは一筋縄では行かない。もう少し策を練るか……」リタは難し気に唸って、町の方へてくてく歩きだした。


「どこに行く? 砦はあっちだぞ?」


「帰って寝る。今の逃げで魔力を消耗しちゃったしさ。準備なしの急激な運動はダメだよねえ、本当に。強敵には万全で臨むのがリタさまのやり方だわ。そう、これは戦略的撤退である」魔法使いはすたすた遠ざかった。


「あいつらは問答無用で掛かって来たな。こっちの話を聞きやしない」剣士はぶつぶつ言った。


「魔族って肩書だけで人間に友好的な城主を討とうとしたのは誰だったっけ?」


「うーん」


「それから、あんたが人間の姿で行っても、ただで済まなかったわ。売り言葉に買い言葉でちゃんばらが始まったわね、きっと」


「おれはそんなに野蛮じゃない」


「そう、マーヴィは野蛮じゃないけど、異常だよね」農民はするっと言った。


「アルはそのままするっと丸め込んで、するっと入り込めそうよね。荒くれ者たちがぽかーんだったわ」リタはくすくす笑った。


「ぼくは平和主義者というやつだからね」


「そだねー」


「気楽だな」マーヴィは二人を憮然と眺めつつ、町の方へのしのし歩いた。「魔族への賞賛や恭順は人間の敗北じゃないか? おれは認めないぞ!」


 ファトム砦とシャバル市の連絡は良好だった。一両日の内に怪しい魔族の出没の噂が人々の話題に上った。宿屋の女将が食事時にドラゴン面の魔剣士の残虐なる恐ろしさをまことしやかに囁いて、真面目面のマーヴィを困惑させた。また、市民の噂では狐付きの魔女は面妖な妖術を使い、カカシ男は挨拶だけして飛んで行った。


 しかし、人の噂は儚いものだ。ほんの数日で市民の興味は魔族から強盗、強盗から天気へ移り変わった。もっとも、この数日の空模様は爽快な晴天だったが。


 シャバルをにわかにざわつかせた三人は装いを改めて、手土産を携え、人間の姿でファトム砦に再来した。先日のように見張りの騎兵隊がやって来て、一行を取り囲んだ。


「騎士さま、ご足労に恐縮致します。私どもは怪しいものではございません」リタは帽子を取って、美貌をしっかり見せて、愛想よく言った。「私はリタ・ウィローと申します。後ろの二人は私のしもべでございます」


「この先はフィッツジェラルドさまのお屋敷だぞ」騎士は美女の丁重さに緊張を緩めて、やや柔和に告げた。「無用のものはすぐに立ち去りなさい」


「騎士さま、私どもは無用のものではございません。とある筋からフィッツジェラルド卿の大事な品をお預かりして、それをお返しに参りまいりました」


「それは何だ?」


「こちらでございます。おい?」リタは背後の大柄な男に顎をしゃくった。


「こちらでございます」仏頂面のしもべは堅い口調で繰り返して、例の剣を見せた。騎士は馬上から柄やデザインや大きさをじっくり観察して、最後に鍔の刻印に目を留めた。


「それはたしかにフィッツ卿の印だ。おまえたちはこれをどこで手に入れた?」


「とある筋からとしか申せません。ご本人に会って、これをお渡しするのが私どもの役目でございます」リタは丁重に言って、貴族風の仕草でマーヴィを下がらせた。無論、これは演技だったが、故郷では本物のお嬢さんだった彼女の様子は非常に本格派だった。


「フィッツさまは飛び入りの客には会わないぞ」騎士は言った。「あの方はお忙しい方だ。おまえたちは面会の予約を取ったか?」


「いいえ」


「では、予約を取りなさい。正式な手続きを踏みなさい。それが礼儀だ。とにかく、私は案内できない」騎士はきっぱり突っぱねた。


「私どもはフィッツジェラルドさまから直々のお言葉を頂きました」


「何だ?」


「こちらでございます。ご覧ください」リタは一礼した。


「こちらでございます」マーヴィは堅苦しく言って、剣の鞘をちょっと抜き、刀身の根元の銘文の末尾だけを相手に見せた。


「いつでも来られたし、フィッツジェラルド」騎士は目を細めて、その純白な文章を読んだ。この発色はリタが文字の溝に塗りたくった明るめのおしろいの効果だった。ちなみに銘文の前半部分は刃渡りの色に近い墨の下だった。


「騎士さま、これは証明にはなりませんか? あなたがご案内してくれないならば、私どもは後日に出直します。この大事なもののお届けはずいぶんと遅れてしまいますが」少女は悲し気な表情をした。


「うーむ、その剣を私に預けられないか?」


「できません。私がこの手でお届けいたします。それが使者というものではございます」


「まさにそのとおりだ。しかしなあ……」騎士は渋った。


「騎士さまのお慈悲をおかけください」リタはそう言いながら、うるんだ瞳で相手を見上げ、その足に縋り付きながら、鞍にそっと賄賂を挟んだ。


「ふむ、これはよくできた娘さんだ」騎士は踵を返した。「私はこれから砦まで戻る。伝令に伝える。そこまでしか出来ない」


「ご好意に痛み入ります」リタは淑女らしく丁寧に一礼して、背後のしもべに振り返り、魔女っぽく目くばせした。


 見張りの騎兵たちと使者の一行はファトム砦のお堀の前までやって来た。衛兵、門番、高所の弓兵、当然のように全員が人間だった。


「立派なお城だなあ」平凡なしもべはぼんやりと言った。「うちの村よりたくさん人がいそうだ」


「この砦には二百人の精鋭が常駐する」素朴な台詞にほだされた騎馬隊長はそんな風に答えた。「守りは完璧だ。ちょっとやそっとで落ちない。変な気を起こすなよ」


「えー、そこで釣りするとか?」しもべはお堀を指した。


「そんなやつはいないよ」騎兵は苦笑して、取り次ぎにことの顛末だけを伝えると、面倒ごとを嫌ったか、さっさと見回りに戻った。


「魔族がいないな」マーヴィはひそかに呟いた。


「好都合よ。人間の男子には私のやり方が通じる。あんたらはぺらぺら喋らないで」仮初の女主人はそんな風に命じた。

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