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魔族の城主さまに対する地元民の反応

 ルーメンの東部の高原の一帯がオルディア地方だ。低地では森と泉のうるおいが残るが、峠の上では風と砂の気配が色濃く漂う。標高から太陽が近く見え、草は低く、木は鋭くなり、乾燥地帯のからっとした空気が肌と喉をひりつかせる。お出かけには帽子と水筒が不可欠だ。


 クリスタから五泊六日の駆け足で剣士と魔女と農民は高原の真ん中のシャバルの町に到着した。またまた旅行は快晴続きで、何の滞りや足止めなく予定通りにきりきり進んだ。


「今日はいい天気ですね」アルのいつもの挨拶でオルディアの乾いた空気が一段とからっとしたように思えた。


「目がぱきぱきする」リタは長いまつげをぱちぱちして、目じりの砂粒を指でぴっと払い、帽子の唾のほこりをぱたぱた落とした。


「ここの水は薄味だな」マーヴィはそう言って、水筒の薄味の水という名の酒をぐびぐび飲んだ。


 シャバルは白い石造りのきれいな都市だった。大通りはほぼまっすぐ、角は直角で、区画は四角形である。水路もこれに準じて、人工的な整然さを備える。この幾何学的な構造は偶然の産物ではない。この街は比較的に新しい人工的な商都だ。古来よりの王宮と王都はさらに高い標高にあって、神秘的な雰囲気をもたらすが、この新都ほどに整然とした都市ではない。


 さて、肝心のフィッツジェラルド卿の居城のファトム砦はこの瀟洒な市街に近い丘陵の上にあった。


「大胆なやつだな」マーヴィはその砦の影を高台から眺めながら言った。「人間世界の目と鼻の先だぞ。何でここの住民は魔族を倒しに行かない?」


「平和だなあ」アルは展望台から街並みを見下ろした。


「ふーん、訳ありじゃない? 探りを入れてみる?」リタは言った。


 三人は酒場に言って、飯を食いながら、魔族の城主とファトム砦の事情を店主にたずねた。


「フィッツの旦那ですか?」酒場の大将はそんな風に言った。


「旦那?」マーヴィは眉をひそめた。「やつは魔族だぞ」


「そう、魔族ですな。しかし、大人しい方ですよ。たまにこちらの市へお目見えになって、珍しいものを買って行かれる。金払いのよさはまさに本物の旦那です」


「しかし、その金は不当な金だ」


「フィッツ卿は大地主ですよ」


「魔族が?! 何で?」剣士は愕然とした。


「さあ、そういう取り決めじゃありませんかね?」店主は首を傾げた。


「誰と誰の?」


「おれはそこまで詳しく知りませんわ。とにかく、町に金を落としてくれる方は商売人にはありがたい旦那です。遠くの親戚より近くの金持ちだ」


「でも、魔族だぜ? 人間の敵だぜ?」


「荒っぽい魔族もいれば、大人しい魔族もいる。そういうことじゃございませんか?」店主は不躾な余所者を諭した。


「納得できん……」


「このおやつをもう一つ下さい」アルは剣士の権幕にお構いなしにさくさくの揚げ団子を追加した。


「あいよー」店主は奥へ下がった。


「これはなかなかの策士だわ」リタは言った。「魔族というレッテルだけでこの街の人をそそのかして、ファトム砦にけしかけるのは無理みたいね」


「おれはそんな卑怯者じゃない」マーヴィはかっとなった。


「こういうときにはあんたの律義さは裏目に出るなあ。自分の手を汚さずに目的を達成できるなら、私はそっちを選ぶけど?」


「王に談判して、援軍を貰おう」


「どういう名分で?」


「邪悪を討つという正義だ。フィッツジェラルドは勇者の伝承と善良な市民の信仰を踏みにじった」勇者マニアは熱っぽく言って、剣の束を握りしめた。


「お兄さんは熱血漢ですなあ」店主がおやつのお代わりを出しながら言った。「他所の方がそう仰るのはもっともですが、ここの人間がフィッツ卿を悪く言うのはナンセンスです。部外者の声と地元の民の声、王さまはどちらを優先なさいますかね?」


「くそー! アル殿はどう思う?」


「うーん、フィッツさんに光の剣をくれって言ってみる?」平凡な農民は団子をぱくつきながら言った。


「そんなのが通るか。相手は魔族だぞ」


「でも、金持ちだ。この剣に『いつでも取りに来られたし』ってあるしさ」アルは革の鞘に包まれた剣の柄を叩いた。


「こちらの坊ちゃんは大物だな。おっちゃんからのおまけだ」店主は揚げ団子をアルの皿にひとつ追加した。


「わーい」


「この子は本当に気取らない」リタは農民の平凡な顔を眺めながら言った。「おまけを貰うのはあんたばっかだ」


「人望こそは勇者の証だ」


 この後、三人は聞き込みを続けたが、フィッツジェラルド卿の悪評を聞き出せなかった。むしろ、一部の人々は賞賛すら惜しまず、余所者の邪推を煙たがった。


「これは悪い夢だ!」マーヴィは嘆いた。「邪悪な魔族がまるで名誉市民みたいじゃないか!」


「善し悪しが所業で決まるなら、この魔族まさはまさにいい旦那だわ」リタは冷静に言った。「金持ちで、大地主で、城主で、紳士。普通に貴族よね」


「おれは騙されないぞ。これは策略だ。魔族の外面などは偽善だ」


「他所の旅人ボルトン、地元の城主フィッツジェラルド。どちらの言い分が正しく聞こえるか?」


「そのフィッツジェラルドという貴族っぽい名前が卑怯だ」地味なボルトン殿は難癖をつけた。


「なら、うちのアルバート・ハレルヤ・アスランはどうなるの?」リタは平凡な農民の肩に手を置いた。


「真の勇者の目覚めは時間の問題だ。光の剣がその鍵になる。おれが魔族の手からそれを取り戻す! 伝説の勇者の復活だ!」勇者マニアは狂信的に熱弁した。「そのためにおれは行くぞ! 笑うものは笑え! 正義は勝つ!」


「ぜんぜん笑えない」魔女はたじたじした。


 フィッツジェラルドの居城、ファトム砦は見事な要塞だった。高い石壁、広い庭園、四隅の櫓、しまいに小川みたいなお堀さえがあった。


「お城だ」マーヴィは道の先の荘厳な構えに驚いて、街道で立ち止まった。「しかも、いい位置にある。街を攻めるには最高の場所だ」


「当然よ。もともと街を守るための砦だから」リタは言った。


「何でそれを魔族にやるかね?」


「持ち主が事業に失敗したとか、賭けに負けたとか、そんな事情じゃない? うちの大学も借金のカタに取られたって聞くし。しかも、フィッツ卿があそこに居を構えて以降、この地には大きな争いがない。変な人間の代官より優秀だわ」


「中に入れるかな?」アルは言った。


「すんなり入れるとは思えないな」


「まあまあ、私に任せない」リタは上機嫌に言って、呪文を唱えて、怪しい粉末を振りまき始めた。


「何だ?」


「知略には知略。頭を使わないとね」


「マーヴィが変に見える」アルは目をぱちぱちさせた。


「おれが変だ?」


「頭を使わないとね」魔法使いは繰り返して、手で呪印を描き、剣士の頭をとんと小突いた。すると、怪しい粉末がもくもくと渦巻いて、マーヴィの顔や首にぺたぺた張り付き、鱗みたいな外観に変化した。


「あー、怪物だ」アルは剣士の顔を指さしながら言った。


「え、何をした?」マーヴィはドラゴンぽい顔をしかめながら頬を触った。


「お化粧みたいなもんよ。あんまりべたべた触らない」リタはそう言って、自分の目尻と耳を引っ張った。と、その顔つきが獣っぽくなった。


「女狐!」青い顔の怪物剣士はぎょっとした。


「お化粧だって」狐っぽいリタは目を異常に細くして、耳をぴくぴく動かしながら、アルの顔に触れた。途端、平凡な農民の表情がさらにのっぺりと平凡になり、お地蔵さんやカカシみたいな素朴な面になった。龍顔の剣士と狐顔の魔法使いはぶっと噴き出した。


 異形に変身した三名は魔族の砦へ足を進めた。まもなく、あちらから数名の騎兵が駆け足でやって来た。


「おい、本当に大丈夫か?」竜人風のマーヴィは不安げに言った。


「私の魔法は完璧です。あなたは魔族の剣士にしか見えませんわ」狐顔のリタは自信満々にうなずいた。


「ぼくの顔はどんな感じ?」アルは素朴な顔でたずねた。


「アルはあんまり変わらないなあ」


 異形の小隊と騎兵の小隊が街道の真ん中でばったり鉢合わせた。こちらは三名、あちらは五名だった。


「おまえたちは何者だ」騎兵の隊長らしい大柄な男が威圧的に言った。「この先はフィッツジェラルドさまの城だぞ。部外者が無暗に近づくな」


「騎士殿、我々は怪しいものではありません」マーヴィは帽子を取って、うやうやしく一礼した。その途端、相手方の全員がぎょっと怯んだ。


「ば、化け物!」騎兵たちは散開して、武器を抜いた。


「に、人間!?」マーヴィは龍の顔で驚いた。そう、騎兵たちは魔族や怪物ではなかった。彼らは人間だった。


「しまった」リタは狐の耳をぱたんと伏せた。

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