光の剣が光らない
お堂より下の隠し通路は完全な真っ暗闇だった。三人は縦に並んで、手狭な通路に進んだ。足音と声がよく響いた。
「おれはきみに貸しを作ってしまった」先頭のマーヴィが言った。「年頃の女子にあんな醜態を晒させるのは騎士道じゃないな」
「三対七でどう?」真ん中のリタは言った。
「何が?」
「宝の分け前」
「金を取るのか!」剣士の大声がわんわん反響した。
「私がいなかったら、あの扉は開かなかった。セレティア文字に気付いたのも私、解読したのも私」
「おれはお供えとお参りをした」敬虔な参拝者は言い返した。
「お供えとお参り、典型的な儀式よね。そういう道具や形式は人を選ばないから、別にあなたの手柄ではないわね」
「三対七ということはぼくらが三日使って、リタが七日使うってことになる?」最後尾のアルがぼそっと言った。
「何を?」
「光の剣」
「私が七年使って、あなたたちが三年使う」がめつい魔女はそう答えた。
「えー」
「あはは。売り払って、お金にする?」
「おれが絶対に許さない」勇者マニアはすごい形相をした。
三人は隠し通路の先の地下二階の空間に出た。そこは地下一階のお堂の石室より少し広い部屋だった。間取りの中央に素朴な石造りの祭壇があり、一筋の長い線が灯りの魔法にきらりと光った。祭壇に逆さまに突き刺さった一本の立派な剣だった。
「剣だ」マーヴィは立ちすくんだ。
「まさか」リタも驚いた。「あんなのはただのおとぎ話でしょう?」
「おとぎ話のためにこんな隠し部屋や魔法の仕掛けを作るか?」
「普通の剣みたいだけど」平凡な農民は剣士と魔女を出し抜いて、勇者の遺産らしきものにすたすた近付いた。
「ダメ! アル、ちょっと待って!」剣士と魔法使いは悲鳴を上げた。
「はい?」アルは剣の手前で立ち止まった。
「さて、誰が剣を抜く?」マーヴィは言った。
「罠はないかな?」リタは剣と祭壇の周辺を観察した。
「じゃんけんで決めるか」
「馬鹿ね。毒とか仕掛けを解除できるのは私しかいない。魔法使いはここで待機して、不測の事態に備える」リタは階段のところまで下がった。「はい、どうぞ」
「どっちがやる?」剣士は農民と剣を交互に見つめた。
「マーヴィがやれば?」アルはけろっと言った。
「おれが勇者の剣を抜く?!」勇者マニアはびくっとした。「それは光栄だが、恐れ多いことだ。そんな栄誉を独り占めするのは勇者的ではない。アル、きみがやってくれ」
「はあ」アルはそっけなく応じて、てくてくと台座に近付き、ちょっとしたでっぱりに足をかけ、剣の柄を握って、ぐいぐいやった。その無造作な様子は雑草むしりか芋掘りみたいな雰囲気だった。勇者狂の剣士と慎重派の魔法使いははらはらしたが、当人はざっくばらんに平然と続けた。
やがて、刀身が緩んで、台座からすぽっと抜けた。
「おお! 伝説の勇者の再来だ!」勇者マニアは喝采した。
「罠は発動しない?」リタは警戒を怠らなかった。
「光らないな?」アルは大根みたいに引っこ抜いた刀身を見ながら呟いた。「普通の剣だ」
「何か特別な力を感じないか? 勇者の記憶が呼び覚まされないか?」
「うーん、別に何も感じない。光らないなあ」平凡な農民はそう言って、刀身の根元に目を落とした。「何か文字がある」
「見せて」リタは警戒態勢を解いて、アルに近付き、剣の刃の側面の部分を間近にのぞきこんだ。「これは標準文字ね。読むわよ。『これを読むドアホウなのろまへ。余が勇者の剣を頂いた。代わりに余の剣をここに置く。いつでも来られたし。フィッツジェラルド』」
「何だと!」剣士は激高した。
「怒鳴らない」リタは耳を抑えた。
「フィッツジェラルドって誰?」アルは首を傾げた。
「フィッツジェラルド! 気障な名前だ。そいつが勇者の剣を奪った? 許さん!」
「多分、これはオルディアの変わり者の魔族のことだわ」才女は豊富な見聞を見せた。「フィッツジェラルド卿、魔族でありながら、魔王とは距離を置き、オルディアの町の近くに自分の居城を構える。強力な武器や魔法の道具の収集を趣味とする。その膨大で貴重なコレクションは神器マニアの間ではとみに有名である」
「ふん、変なやつだ。とにかく、おれが許さん」マーヴィは怒った。「こんないたずらは勇者の伝説と人々の祈りを愚弄する行為だ。絶対に許さん。おれがこの手で成敗してやる」
「どういう大義名分で?」
「不敬、冒涜、侮辱、盗難だ。しかも、相手は魔族だぞ?」
「相手は城主よ。そのへんのモンスターをやっつけるようには行かないわね」
「剣に『いつでも来られたし』とある。これは宣戦布告だ」
「無茶苦茶だわ」
「これは包丁にならないかな?」アルは二人の言い争いを無視して、ぼんやり呟いた。
「捨ててしまえ」マーヴィは吐き捨てた。
「えー、もったいないよ」
「そうね。それはいい剣だし……」リタは魔女的な笑みを浮かべた。「ああ、いいことを思いついちゃった」
「何だ?」
「うん、もう少し案を練りましょうか」
三人は隠し部屋から出て、地下一階の石室に戻った。
「この隠し戸は開けっ放しか?」律儀な剣士は隠し通路を見下ろしながら言った。「次の人がびっくりするぞ」
「これじゃない?」リタは祠の方に行き、ろうそくとお香を消して、賽銭を拾った。すると、仕掛け床がごとんと動いて、隠し通路が元通りに塞がった。「ほらね」
「おお、頼もしい娘だ」
「お供え、お参りは広義の魔術の範疇に含まれる。で、この形式が崩れると、事象が崩れる。理屈ですね、はい」魔法少女は言って、賽銭をすっとポケットに入れた。
「あ、賽銭泥棒だ」
「勉強代よ」リタはきっぱり言って、すたすたと歩き去った。「町へ戻りましょう。日が暮れるわよ」
「マジできつい女だなあ」剣士は小さな声でつぶやいて、追加のお賽銭をお供えした。「アルはあの娘をどう思う?」
「リタはすごくきれいな賢い魔法使いだよ」アルはぼんやりと言った。
「何て素直な子だ。そのおおらかさはまさに勇者の器だ」マーヴィは天を仰いだ。
三人は歩きで遺跡からクリスタへの帰路に就いた。
「意外だ」剣士は言った。
「何が?」リタは聞き返した。
「魔法使いがほうきでぴゅーんと飛ばない」
「掃除用具にそんな飛行能力はない」と、リタは呪文を唱えて、ふわっと宙に浮いた。「こういう浮遊や飛行はアッパー系だわ。心も尻も軽くなる。そんな魔法の最中に棒を股に挟むと……もうお嫁に行けない」
「おーい」
「そして、歩きより疲れる」魔女はすぐに下りた。「飛行や浮遊みたいな継続系の魔法はだらだら高コストで非効率的だわ。そして、たまに矢や石が飛んでくる。それで精神集中が切れたら?」
「墜落事故」
「その通り。魔法は便利だけど、万能ではない」
「大変だな。しかし、お嬢さんが馬車を使わない?」
「マーヴィス先生、その年でぼけましたか?」リタはしなやかな太ももをぺしぺし叩いた。「私の目的は修行ですよ? 観光じゃありませんよ? 馬車でぬくぬく武者修行する人がいます?」
「そんなものぐさはいないな」マーヴィはたじたじとなった。
「馬車に乗ると、食べものを拾えない」農民は何かをもぐもぐした。
「それはあなただけだわ」リタは笑った。「あと、私は馬車に乗っても、馬に乗っても、物音で集中できない。意外と繊細なリタちゃんです。結局、そぞろ歩きが最も脳みそを休ませ、心を癒す。つまり、魔力が効率的に回復する。さっきの仕掛けでけっこうな魔力を使っちゃったしさ。あとで何か奢ってね」
「きみは本当におれらと一緒に来るのか?」剣士はあらためて聞いた。
「当然よ。この世で最も興味深い謎がここにある」魔法使いは農民を見つめた。「これを見ないで何を見る? 神秘を解き明かすのが知の探究じゃない? このわくわくはそこらのぼんぼんや優男から生まれない。ある意味、私はこの子に一目ぼれした。マーヴィもそうじゃない?」
「うーん、たしかに」勇者マニアは若者を見つめた。
「ぼくは持てるなあ」アルは平然と言って、剣と棒をぶんぶん振り回した。




