勇者力は六万五千五百三十五、魔力は零
三人は坑道の奥へ進み、石室みたいな広間に出た。殺風景な石造りの四角い部屋の真ん中に質素な古い祠があった。
マーヴィは備え付けのぼろぼろの箒を手にして、手慣れた調子でぱたぱたと掃除を始めた。リタは壁のくぼみや台座や狭い隙間を目ざとくのぞきこんで、お宝的なものを探した。アルの興味は部屋の隅の毒々しいキノコだった。
「集合」剣士の声が地下室に響いた。
「律儀ね」リタはこざっぱりした祠と台座に置かれたお供え一式を見て言った。
「蝋燭よし、お香よし、賽銭よし」マーヴィは指さし確認をした。
「お酒は?」アルは聞いた。
「ダメ。虫が寄ってくる」
「お菓子は?」
「ダメ。ネズミが寄ってくる。で、私語をしない。世の平和と人々の幸せを願って……」マーヴィはおごそかに合掌した。
「願って……」若い男女は見よう見まねでむにゃむにゃとやった。
「……よし!」剣士は黙とうをぱっと解いて、清々しい顔を二人に向けた。「これで我々の中の勇者力が満たされた。明日からの冒険にまた勇気凛々で挑めようぞ」
「その勇者力という概念は斬新だわ」魔法使いは胸元を抑えながら呟いた。「先生、私の勇者力はいくらですか?」
「きみの力は七十だな。なかなかの勇者力だ」勇者マニアは答えた。
「ぼくは?」アルはたずねた。
「おお、きみの勇者力は前代未聞だ。おれの観測で六万五千五百三十五という数値が出たぞ。これは伝説級のレベルだ」マーヴィはそんな風におだてた。
「マーヴィはイカれてしまった」魔法使いは呆れた。
「光だ」アルは不思議な単語をぼそっと放って、リタの足元を指した。
「いや? 何よ?」魔女は不意な一言にびくっと飛び上がりながら、石の床に目線を落とした。石畳の石板の上にほんのりと淡い光の線のようなものが見えた。
「文字か?」マーヴィは目を細めた。
「ちょっと待てよ」リタは石板の側にしゃがみ込み、文様のような文字のような光の線をじっと見た。「一見、装飾に見えるけど、これは隠し文字だわ」
「読めるか?」
「その台詞を私に言う?」魔法使いは尊大に言うと、灯りの魔法をぱっと消して、暗い床にはいつくばり、文様の中に隠された文字を読んだ。「セレティア文字ね。『無我の心、知恵の力、共にして岩戸を開け』って読めるわ」
「岩戸?」
「この石畳の床のことじゃない? 隠し階段の扉にはぴったりの大きさだし」リタはその岩戸らしき大判の石材を靴の踵でこつこつ小突いた。
「お? もしや、そこに勇者の遺産が?」勇者マニアは前のめりになった。
「面白くなってきたわね」学者肌のお嬢さんは腕をまくって、顎に手を当てた。「この『無我の心』というのはおそらくお供えとお祈りでしょう。マーヴィのお参りの作法は伝統的なものだった。伝統的、つまり、昔からある型だから、この仕掛けが作られた時代の参拝の形式と大きく変わらない」
「ふむ。そのつぎの『知恵の力』は?」
「これ?」リタは右手で呪印を結んで、灯りの魔法を再発動した。すると、石板の碑文の輝きが一時的に強くなった。「リタさん、ご明察! この仕掛けは魔法ないし魔力に反応する。十中八九、これが『知恵の力』でしょう」
「でも、開かないな」アルは石の床を見つめた。「隣の床をほじくり返して横から入る?」
「桁違いの勇者様の発想はけた違いだわ」リタは苦笑して、剣士を眺めた。「マーヴィが前に来たときに、この床はこんな風に光った?」
「いや、今回が初めてだ」勇者マニアは首を振った。
「前のお参りには誰か同伴者がいた?」
「一人だったり、複数だったり。三年前に来たときにはおれと魔術師と弓兵のトリオだったな」
「同じ方法でお参りした?」
「したよ。掃除、お供え、黙とうだ」
「そのお仲間の魔術師は魔術師だった? 魔法使いじゃなかった?」
「魔法使いは魔術師じゃないか?」剣士は変な顔をした。
「ふう、初歩的な勘違いね。魔法使いと魔術師はぜんぜん別物だわ」魔法使いはきっぱり言った。「道具や術式を用いて事象を起こすのが魔術、魔力や精神を用いて現象を起こすのが魔法。魔術師は努力家で勉強家、魔法使いは天才肌で先天的。なので、『天才魔術師』という表現は本職の人間にはド素人っぽく聞こえる。この業界では『天才』は『魔法使い』の枕詞にしかならない」
「嫌味だな」
「事実よ。魔術師には努力でなれるけど、魔法使いにはなれない。マーヴィはむきむきののっぽだけど、もう十センチも二十センチも大きくならないわよね?」
「ならないな」マーヴィは百九十センチ近い脳天に手を当てた。
「それと同じで魔力の才能は生まれでほぼ決まってしまう。素質は努力では増えない。あなたと一緒に来た人が『魔術師』だったなら、身の程をわきまえて『魔法使い』を名乗らなかったなら、その人はまともなプロだし、実直な玄人だわ。ただし、魔力の才能が足らなかった」リタは石畳の仕掛けを爪先でぐりぐりした。
「おれの潜在的な魔力にも反応しない?」剣士は床に向けて手を伸ばして、適当にむにゃむにゃ唸った。
「当然ね。あんたの魔力は二十五点だわ。このクラスの人間はまれにいる。私が魔法の隠し扉の制作者であれば、そんな中途半端な値を閾には設定しないわ。下がって」リタは人払いをして、まぶたを半目にして、精神集中を始めた。と、少女の身体がふわっと宙に浮いて、瞳が怪しく輝き、髪が不穏にざわざわなびいた。
「すごいオーラだ」マーヴィは怯んだ。
「ここに魔力をじかにぶち込んでみましょうよ」魔女は楽しげに言った。「さて、問題です。ショック系のきつめの一発、フロー系のだらだらの垂れ流し、さあ、どっちでしょう?」
「きつめの一発じゃない?」アルは言った。
「きつめの一発しかありえない」マーヴィは頷いた。
「くくく、ご要望にお応えしまして、きつい一発を……えぐい一発を……ヤバい一発を……くくクハハハ!」リタは身震いしながら哄笑して、ものすごい魔力を全身から足元の一点に集中させ、きつい、えぐい、ヤバい踵で石板をぐりっと踏みにじった。途端、紋様と文字がばきばきに光って、床がぶるっと震え、石畳がごとんと下にずれた。
「隠し階段だ!」剣士は手を叩いた。
「アハ! 大当たりでした!」リタは陽気に言って、ふらふら漂い、ぽてっと尻もちをついた。
「どうしたの?」アルは言った。
「特別ご奉仕の三割増しでぶち込んでやったわ……頭がぱっかーんてする……うへへへへ、笑いが止まんない……きひひひひ……」魔法少女は舌足らずの調子でけたけた笑った。
「大丈夫か?」マーヴィはリタの背中をさすった。
「あら! こんなところの男前がいる!」少女は剣士に抱き着いて、胸と股をこすり付けた。「きゃー、汗臭いおじさんだわー! ステキだわー! まあ、安心しなさい、マーヴィちゃん! 今、ケツを揉まれても分からないわよ! きゃははは! いえーい!」
「魔法使いは大変だなあ」平凡な農民は言った。
「アルの兄貴はひややかでおますな。おほほほ、もう、大丈夫ですわ」魔法使いは呼吸を整え、髪を整えながら、マーヴィの首筋をぺろっと舐めて、ラリったようによたよた歩きまわった。
「本当に大丈夫か?」剣士はうろたえながら言った。
「あー、あー、大丈夫よ。あんたが普通に見えだしたし」リタは目くばせして、灯りの魔法で階下を照らした。「さあ、このリタさまの手をここまで煩わせるのはさぞや大層な代物でしょうね?」
三人は隠し階段からさらに地下へ進んだ。




