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転生したら鬱ゲーのモブでした~約束された鬱展開からショタ王子様を救おうと思います~

作者: 砂糖ふたつ

  役得、という言葉がある。ある役目に従事しているために特別の便宜があって得られる利益、という意味らしい。これは私の現在の状況にもろにあてはまっている。


「イザ、お水を入れてほしいんだけど……」


「はい、よろこんで!ただいま、お入れしますね」


  王子様(ショタ)の召使いである。もっと詳しくいえば、在家でない外雇用の召使いである、云々。確か箪笥の中の契約書にはそんな事が書かれていた。


  しかし、私にとってそんなことは取るに足らない些末なことだ。なんといっても、交通事故で転生した先が一番やりこんだ政争系鬱ゲーのモブだったのである。それも、一番推しの第八王子……俗に言うショタ枠、の召使いだ。


  ユーリ王子は小さい喉をごくごくと動かしながら水を飲んでいた。透き通るように綺麗な肌と整った目鼻立ちは、攻略当時に狂喜乱舞した記憶がある。そのユーリ王子が、今まさに目の前にいるのだ。興奮を抑えられるはずがない。


  とはいっても、彼にはひとつの避けられない結末がある。


  ――それは、彼が確定で死ぬということだ。


  これは間違いない。全四十八エンディングを全て解放した私が言うんだから間違いない。なんなら開発会社に確認したから間違いない。


  ありとあらゆる方法で彼は死亡ルートに入っていた。彼は立場上狙われやすいため、油断するとすぐに他の王子の配下に暗殺されている。


  転生初日、不安そうにこちらを見るユーリ王子を見て私は決心した。この王子を、絶対に死亡ルートから回避させてみせよう、と――。


◇◇◇


  ――ユーリの艶やかな水色の髪を梳かしながら、今日の予定に思いを馳せる。そう、王主催の円卓会議の日だ。今回は特例として王子たちも招待され、円卓を囲む。会議の後は食事会が催され、召使いたちは揃って自らの主人を王にアピールするのだ。ちなみに、このイベントはそこまでルートに影響を与えない。


  ユーリ以外には、だが。


  会議直前まで分厚い本を読んで知識を吸収しているユーリの最初の死亡ルートはこの会議である。具体的には、召使いの一人が飲み物に毒を入れるのだ。給仕は裏で飲み物を作るから、毒を入れているタイミングを押さえることはできない。となれば、別の手を考えなくてはならない。


「……ユーリ様、少し気分が悪いので先に医局に立ち寄ってもよろしいでしょうか。すぐに終わりますので」


  ユーリを会場へ連れていく道すがら言う。


「うん、イザ。じゃあ、僕は外で待ってるから」


 感謝致します、と一礼して医局に入る。確か私の転生先の召使いは医官のオズワルドと仲が良かったはずだ。私は初対面だが、それっぽい感じで繋ぐしかないだろう。


「ねえねえ聞いてよー、今日アマンダのやつがさー」


「あれ、イザさんどうしたんですか。いつもとかなり雰囲気が違いますが」


  ……どうもオズワルドへのイザの接し方はギャル風ではなかったらしい。眉目秀麗なオズワルドにタジタジとしながら、違う接し方を試してみる。


「……失礼しました、どうも今日は調子が悪いようで」


「ああ、そうだったんですね。今日は何か、ご入用の薬が?」

 

「え、ええ。実は、このタイプの薬が欲しいのだけど………………」


  そう言って、王宮図書館で見つけた本に載っていた薬を指さす。


「こ、この薬ですか!?………………まさか、政争の道具にしたりしないですよね?最近きな臭くなってきてるって噂だし……」


  形のいい目を顰めながら渋々という感じでオズワルドは薬を渡した。


「大丈夫です。……では、また今夜」


「ここここ今夜!?」


  急な今夜宣言に動転して泡を吹いているオズワルドを後目に医局を出る。


「ユーリ様、ただいま戻りました」


「よし、じゃあ行こうか」


  久々に父王に会えることが嬉しいのか、ユーリは気が弾んでいる様子だ。この笑顔を守らなくてはいけないという使命感が一層強くなる。



「……えー、それでは今日の会議はここまでとしたいと思います。この後は食事会にしますから、皆様しばしお待ちを――」


  執事がそう言うのと同時に、大広間には続々と食事が運ばれてきた。どの食事をとっても現世でお目にかかったことがないような品々ばかりだ。テーブルがセットされる間の雑談では、かなりユーリの名前があがっているようだった。


「それにしても第八王子は凄いわね。あの幼さであんなにハキハキと喋れて」


「立ち居振る舞いも気品があったわ。相当努力したんでしょうね」


「このままでは私達も危ないわよ。何としてもご主人様に王位を継がせなくては……」


  ユーリが努力家だという点は激しく同意したい。母が急逝し心細い状況の中でも、健気に頑張っている。


  ――だからこそ、そんな彼の努力を踏みにじるやつは私が消さなければならない。


  そう独りごちていると、問題の飲み物が運ばれてきた。見た目は他の王子のものと判別がつかない。


「それでは、乾杯の音頭は第一王子の側仕えであるこのアマンダめが行わせていただきます。ルーデンドルフ王国の益々の繁栄を願って!」


『乾杯!』


  アマンダの口の端は歪んだようにめくれ上がっていた。シナリオでは描かれなかったが、首謀者は彼女だったのかもしれない。


  まあ、首謀者が誰であろうと私は私のするべきことをするだけだ。


「ユーリ様、しばしお待ちを」


  まさにグラスに口をつけようとしたユーリを静止する。


「イザ、どうして?」


「毒味をさせてください。今日は少し気が変わりましたもので」


  普段のイザならしないであろう振る舞いだが、背に腹はかえられない。医局で貰った薬を口に含むと、グラスをぐいっと傾けた。


「ううっ! うっ……うっっ……」


  舌先がピリピリと痛い。次に悲鳴をあげたのは胃だった。焼けた鉄を流し込まれたようにジクジクと痛む。―――だが、これでいい。この症状は読みが当たったということだ。とすれば、あれが効くはず―――。


  会場が大騒ぎになり、怒号や悲鳴が響く中、意識が次第に遠くなっていくのを感じた。


◇◇◇ 


「――ザ!」


  誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。


「――イザ!」


「うう、……ユーリ王子」


「イザ!! ……よかった、生きてて……イザが死んだら、僕は……」


  ユーリは嗚咽を漏らした。きっと責任感の強い彼のことだ。自分のせいかもしれないと気を張りつめていたのだろう。


「……ユーリ様、どうかお泣きにならないでください。私はこの通り、元気ですよ」


  これは事実である。このゲームが非常に作り込まれていたことが結果的に幸いすることとなった。ユーリの死亡シーンにおける症状は非常に鮮明であったため、攻略当時は何の毒であったか躍起になって特定したものだった。毒の名前を知っていたため、予め王立図書館で解毒薬を調べることも可能だったのだ。


  解毒薬と同時に毒を飲んで助かるかは賭けだった。まあ、それで例え一度でもユーリの命が助かるなら安いものである。それくらい私は彼を推していた。


  寝かされていたベッドから起き上がり、ドアの傍に立っていた使用人にアフタヌーンティーの準備をするよう目配せする。


「さて、おやつにしましょうか、ユーリ様」


 


  夏が過ぎ冬が過ぎても、ユーリへの執拗な嫌がらせは続いた。予め全ルートを攻略して彼の死亡理由を全て把握していなければ、何度彼が死んでいたか分からない。


  ある時は、彼が廊下を歩いているときだった。ギーっという鈍い音と共に甲冑がユーリの方へ倒れてきた。ぶつかる、というギリギリのところで間一髪鎧は止まった。


「わっ! ……びっくりした」


「大丈夫です、ユーリ様。こちらの鎧、予め紐で固定しておりましたので」

 

  またある時は、彼がプールで泳いでいる時だった。


「イ、イザ! プールの中に大きなタコが!」


  当然、鋭利なモリを用意してある。


「本日の夜ご飯はたこ焼きに致しましょう」


  そんなこんなで、暗殺を阻止すること十三回。段々計画も雑になってきたところで(プールに大ダコを入れるってなんだよ)、痺れを切らしたのか第一王子の側仕えであるアマンダから呼び出しの手紙が来た。夜に時計塔に来いとある。


  ――こんなルートあったか?シナリオにおいてモブ召使いのイザと一級召使いのアマンダが対面するシーンは無いはずだ。制作会社は非常に細かくストーリーを描くことで有名だから、裏でこのようなやり取りがあったならばシナリオに含めるはず……。


  かなり気が乗らないが、この呼び出しを無視してはさらに過激な手段に訴えてこられるだろう。その前に、先手を打たなければ。――呼び出しに、応じよう。


  時計塔からは、この世界特有の二つの月がよく見えた。あいにく、どちらも陰ってはいるが。


  アマンダは二人の手下を従えて待っていた。第一王子の側仕えをしているだけあって、流石の美貌だ。その美容の維持だけでも巨額の銭が動いているに違いない。


「――なんで呼ばれたか分かっているわよね、あなた」


「あなたではなくてイザです。それに、いまいち呼ばれた理由はわからないです」


  とにかく相手に喋らせて情報を得るしかない。少し遅めに着いたことにより、出口側に私が立つ格好になっている。いざとなれば、医局のオズワルドのところに駆け込めばいい。

 

  「鈍い子……。それなら教えてあげるわ。第八王子を守っているのはあなたでしょう」


「ええ、まあ。それが私の仕事ですから」


「……そういうことが聞きたいわけじゃないの。エルク、リンデン、あなた達なら分かるわよね?」

 

  アマンダの側に立つ、エルクとリンデンと呼ばれた二人は口々に言った。


「あなた怪しいのよ! どうして第八王子のお命を狙う計画が看破できるの?」


「自作自演で王子の信用を買おうとしてるんだわ、浅ましい人。早く王様に知らせなくては!」


  なるほど、自分たちの計画が阻止されたから苛立っているのか。ということは、ほとんどのユーリへの暗殺は第一王子一派が関与していた可能性が高い。シナリオではユーリの退場が早すぎて分からなかった。


  「ああ、そういうお話ですか。私は――とある筋から暗殺計画の情報を聞かされておりますので」


「とある筋? 誰よそれ」


  勿論ハッタリだ。だが、アマンダの口調の変化から猜疑心が強まるのが分かる。


「……アマンダ様、あなたがよーく知っているお方ですよ。その様子ではまだお気づきでないようですね」


「ちょ、ちょっと!! 今すぐ言いなさい!私は全く関係ないわよ!!」


「あまり大きな声を出さないでください。では、私はユーリ様のお部屋へ戻ります。ユーリ様の安眠を守らなくてはなりませんから」


  小声で「エルク、リンデン、第五王子によろしくね」と言って立ち去る。実際どれほど効果があるかは分からないが、少しでも第一王子派を割れさせることができれば儲けものだ。

 

  ふと空を見上げると、二つの月には徐々に雲がかかり始めていた。


◇◇◇


  それは、いつものように図書館でユーリと勉強をしている時のことだった。時計を確認しようと入口の方を見ると、仰々しく甲冑を着けた兵士たちが隊列を組んでやってくるところだった。


「ちょ、ちょっと待ってください。これはなんの騒ぎですか。王子が勉強中ですよ」


「黙れ召使いイザ。貴様に第八王子暗殺関与の件で逮捕状が出ている。黙ってついてこい」


「そ、そんな! 何かの間違いでは!?」


「そ、そうだ! イザがそんな事するはずがないよ!」


「王子はお静かに願います。……さあ、自分の哀れな姿を主人に見せたくなければ着いてくるんだな。もしそうしない場合、お前は主人が泣く姿を見ることになる」

 

  そこまで言われては、道はひとつしかない。大人しく手枷に手を差し出し、方法を考えることにした。


◇◇◇


  罰が決まるまで、と言われて入れられた地下牢はジメジメしていて、鬱ゲーここに極まれりといった感じだった。部屋の角の染みの正体など、考えたくもない。


  しかし、どこで下手を打ったんだろう。完全にこれは新しいルートだ。つまり、もう前世の知識チートは使えない。となれば、新しくこの状況を抜け出す考えを思いつくしかない。だが、協力者もいない状況でどうにか一発逆転の方法があるとは思えない。


  そうネガティブな思考に陥ろうとしていたところで、遠くからせわしげに革の靴が石畳を打つ音が聞こえてきた。音は、段々近くなってきている。


「あれは……オズワルド!?」


  相当長い距離を走ってきたのか、彼は肩で息をしていた。


「や、やあイザ……無事で、良かったです」


「なんでオズワルドが……ここは封鎖されているでしょう?」


「臨床の実験台にするって言ってなんとか通してもらったんです。彼女の血液が上手く適合している、とか適当なことを言って」


  オズワルドは傾いたメガネを直した。名前のあるキャラなだけあって、彼もなかなか整った顔立ちをしている。でも、なぜオズワルドが?


「そこまでして、なぜここに」


「……ずっと、ユーリ様のために勉強するイザを見ていましたから。イザを救う方法が、あるかもしれないんです。協力させてください」


◇◇◇


  審判の日は程なくしてやってきた。後ろ手に手を縛られ、口には布を噛ませられている。これはアマンダの入れ知恵かもしれない。最大限、私に屈辱を与えようとしているのだ。


「――被告、イザ・ライルズ。被告は、度重なる暗殺計画を自演し、純真なるユーリ第八王子を騙し、籠絡しようとした。この事実に間違いはないか」


  王は重々しく口を開いた。鋭い眼光が身を刺す。しかし、こちらはこちらで負けるわけにはいかない。


「全くの事実無根です。事実関係の確認および証拠の提示を願います」


  裁判場を囲む人がザワザワと口々に言い合った。嘘つきと叫ぶ者、小声で何か隣の人に耳打ちする者。


「――静粛に!」


 王がそういうと同時に場は一気に静かになった。


「この告訴の訴え人は第一王子及びアマンダ・クーラだ。証人には第三王子・宮廷学者・実行犯の給仕など多くの者が名を連ねている。これらの証拠を覆すだけのものがあるというのかね」


「……確かに、証人の数では負けているかもしれません。しかし、証人ならば私も一人おります」


  裁判場のドアが遠慮がちに開くと、メガネのズレたオズワルドがひょっこり顔を出した。


「し、失礼します! 宮廷医官のオズワルドです! イザ・ライルズの証人となることを申し出ます!」


  緊張のせいか少し声が裏返っている。王は興味深そうに彼を見た。


「証人の質は申し分ないようだな。して、どのようなことを証明するのだ?」


「……はい、イザの献身性を証明したいと思います。彼女は遅くまで医局で熱心に薬の勉強をしていました。第八王子の不測の事態に対応できるよう」


「それは、狂言暗殺の準備とも捉えられるのでは?」


「恐れながら陛下、それは考えられません。なぜなら、彼女が学んでいた薬は全て病を治すものであって毒となるものでは無いからです。そもそも、もし狂言暗殺を企むのであれば私に見られる環境下で薬の勉強などしないはずです。……先程の陛下の言葉に従えば、それは疑われる理由となりますから」


  王はゆっくりとオズワルドの言葉を咀嚼した。そして、重苦しく口を開いた。


「私は、今の証言には一応の筋道がたっていると思う。そのため、証言が拮抗している現在、イザ・ライルズの罪状を決定するにあたって彼女の人となりを判断せねばならない」


  王は次々と人を呼び出し、評価を聞いた。その全てはアマンダの息がかかった人であるため、私に不利な印象を伝えている。少し引っかかるのは、その中にアマンダの腹心だったはずのエルクとリンデンがいないことだった。


  正直、オズワルドと立てた計画では彼の証言で大勢が決まるはずだった。オズワルドの他に私に味方してくれる使用人は宮廷内にいない。とすると私の敗色は濃厚だ。


  これ以上の無駄な抵抗はやめよう。きっと、続けてもユーリやオズワルドに迷惑がかかるだけだ。


「……陛下、私は罪を認め――」


「父上!!!」

 

  勢いよく扉を開けて入ってきたのはユーリだった。はあはあと息を切らしている。


「僕にもっ、証言は可能ですか?」


「……許可する。ユーリ、前へ」


「待ってください陛下!」


  アマンダだ。


「誠においたわしいことですが、第八王子の証言は被告により歪められている可能性があります! 傾聴なさらない方が公平性を欠かないかと 」


「おや、探られたくない腹でもあるのですか? アマンダ様、王子の発言には信用が置けないと?」


「そ、そのような失礼なことは……」


「――ユーリ、話してみなさい」


「はい、父上。……僕は、母をほとんど知らずに過ごしてきました。どのような方だったかは、人づてに知るしかありませんでした」


  ユーリは一呼吸置いた。原稿用紙もなく、ゆっくりと会場を見渡しながら自分の言葉で喋っている。


「……それでも、寂しいと感じたことはありませんでした。イザが、特にこの一年はいつも近くにいてくれたからです。イザは僕が眠るまでずっと子守唄を歌ってくれたし、熱が出た時は何度も手を握ってくれました」


「イザは……僕の、大切な人です。絶対に、罪になるようなことはしないと信じています。……早く、イザが戻ってきてほしいです」


  少し身体を震わせながら、ユーリは父を見上げた。


「……終わり、ます」


  王の顔が少し綻んだ――ような気がした。


「……これで、証人尋問を終わりとする。判決は――言うまでもないな」


  王はにこやかに微笑んだ。


「イザ・ライルズは無罪とする」


  心の中で快哉をあげる。ユーリの成長は、心にグッとくるものがあった。転生した時はどうなる事かと思ったが、全ての事情を抜きにしてただただ嬉しかった。今すぐにでもユーリに抱きつきたい気分だ。

 

「ま、待ってください! 陛下は王子の発言だけで判決をお決めになるおつもりですか?」


  この期に及んでまだ結果に難癖をつけようとするのか。ユーリが心細い中頑張ったのだから、今度は私が彼女の鼻を明かす番だ。


「――アマンダ様、今日は側近の二人――エルクとリンデンはお連れになっていないのですね」


「な、何よ! 身分の低い召使いのくせに! あの二人は信用できないから……!」


「私が彼女らと繋がっていたとでも?」


「そ、そうよ! あなた達は組んで私を陥れようとしたのでしょう!? そうに違いないわ!!」


  美しかった彼女の化粧は少しずつ禿げ始めている。ボロボロと皮がめくれていくようだ。大丈夫、布石はちゃんと機能している。


「……では、裁判をもう一度開いて彼女達に直接聞きましょうか。その時には、被告の席にはあなたが座ることもお忘れなく」


  アマンダは我を忘れ、味方を探して辺りを見渡した。しかし、彼女に向けられるのは権力争いに敗れた女への嘲るような視線のみだった。味方が皆離反したことを悟ったアマンダは、無様に絶叫しながら衛兵に連れていかれた。


「さて、良い子はもう眠る時間だな。イザはユーリを寝室へ。この裁判は閉廷とする」


  万雷の拍手の中、ユーリを寝室へと連れていった。



  寝室に戻ると、ユーリは静かに口を開いた。


「……ねえイザ、僕たちこれからどうなっちゃうのかな」


「……いつも通りの日常が続くだけですよ。それとも、ユーリ様はもっとエキサイティングな生活をお望みですか?」


  ユーリは少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「実は、本を読んでいたら王宮の外の世界はとっても広いことを知ったんだ。……ちょっと、見てみたいなあ」


「ふふ、証言台に立ったと思ったら今度は脱走を企てるのですか」


  もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()―――それがユーリを守りきる一番いい方法かもしれない。


  とにかく、最後までこの子に尽くそう。それが私の一番の喜びだ。


「さ、良い子はもう寝る時間ですよ」


「あ、うやむやにしようとしてる!」


「はいはい」


◇◇◇


 数ヶ月後、計画は静かに実行された。数々の暗殺計画より、綿密に、抜かりなく。領地を抜けてしばらくすると、前を走っていたユーリは勢いよく振り向いた。


「見て、大きな湖! ……これが"海"?」


「ええ、ユーリ様。とっても広いでしょう」


  海に向かって走っていくユーリを追いかけながら背後を振り返る。オズワルドのズレたメガネは、陽の光を浴びて煌めいていた。


「ユーリ様のわんぱくには困ったものですね、イザ」


「ええ。でも年相応らしくて、いいじゃないですか」


  それもそうですね、といってオズワルドは爽やかに笑った。


  きっと、これからもユーリを待ち受ける試練は沢山あるはずだ。きっとそれにゲームのシナリオなんてものは無い。それでも、一瞬一瞬を三人で生きていけたら………………それはどんなゲームよりも楽しい体験になるんだろうな、と思う。


「さ、誰が一番に海に着くか競走しましょうか!」


「賛成!」


「待ってくださいよー!」


  暖かな日差しは、三人の新たな門出を祝福しているようだった。

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