呪われた騎士と優しい魔女
趣味は創作小説投稿、さんっちです。広く浅く触れてます。
「毒の魔女と解毒少年」で頂いた感想から、テッド視点を書きました。先に前作を読むことをオススメします。
とある王国の最北端、誰も入らない森の奥。ボロボロの羽織り物を纏った少年が、息を切らしながら進んでいく。全身も傷だらけで、綺麗な金髪が逆に目立つ。
やがて辿り着いた、小さくも高貴な屋敷。甘い香りが周囲に広がり、不気味ながらどこか心地良い。
「お腹・・・空い、た」
その言葉を最後に、【呪われた騎士】は倒れたのだ。
代々騎士を務める伯爵家に産まれたテオドール。騎士隊では若きエースとして活躍し、悪党集団との戦いに身を置いてきた。
(捨て子や路上生活者といった行き場の無い弱者を、助けるフリをして犯罪に巻き込む。
酷使した挙げ句に使い捨てるなんて・・・そんな非道を許すわけにはいかない!)
しかし組織の足取りは掴めず、事件や犠牲者は増える一方。焦った彼は動きの遅い本部に我慢ならず、単独行動を増やしていった。
そしてこの日・・・悪党集団が潜むとされる、最北端の森を独り巡回していた。
単独の騎士を見つけた悪党集団は、案の定、彼を奇襲する。
多くの悪党相手でも、善戦する若きエース。しかし数の差には耐えきれず、次第に追い込まれていく。そして剣を落とされた直後、とある悪党が彼に向けて【呪術】を放ったのだ。
この王国には魔法に似た「スキル」を持つ者が、一定の割合で存在する。誰もが偶発的に得る可能性があるため、悪党の1人が持っていてもおかしくはない。中でも【呪術】は対抗手段が少ない、恐ろしい力だった。
為す術なく呪いにかかり、子供にされてしまったテオドール。まだ使い道がありそうだと、実験台として捕まりそうになったところを、なんとか逃げ切ったのだ。
しかしここは深く入り組んだ恐ろしい森、丸腰の子供が生き残れる場所では無い。ここまで必死に歩いてきたが、全てが限界だった。
全身が痛い、意識が朦朧とする、指1本も動かせない。
少しだけ・・・少しだけ、目を閉じよう・・・。
「・・・んぅ」
ズキズキと痛む腕に、背中に、冷たい液体が塗られていく。そっと頭を撫でた手は、とても温もりがあった。
おそるおそる目を開ければ・・・大きな火傷のある女性の顔が、目に飛び込んでくる。
「えっ!?」
「あら、手当てしたのに失敬じゃない?」
女性の不機嫌そうな顔、そして手当てをしてくれた事実に、テオドールはハッと我に返る。なんて失敬なことをしてしまったんだ、と。
恩義には感謝で返すべき。すぐに起き上がり「助けていただき、ありがとうございます!」と頭を下げる。騎士隊の式典にて行うような、深々としたお辞儀と跪きをしながら。
10歳くらいの少年が、年相応でない言動をしているのを、女性は不思議に見ていた。当の本人である彼には、分からなかったが。
「私はパトリシア。助けたからには、私に従いなさい。まず貴方、名前は?」
「え、あ・・・」
パトリシアと名乗った、顔に火傷のある女性。刹那、テオドールの脳内は、とある女の情報に行き着く。
悪党どもご用達、強力な毒を生成する【毒の魔女】。都では指名手配されているが、ここ数年は目撃情報すら無かった。確かに隠れ場所としては、うってつけの場所だが。
悪党集団の仲間だったのか、このままだと何をされるか分からない。だが逃げ出せる状態では無い、どうやってこの状況を乗り越えるべきか・・・。
アレコレ考えていると、突然「テッドと呼ぶわ」とパトリシアが言い放つ。
「テッド?」
「かつて飼ってた犬の名前よ。子犬みたいな貴方にピッタリでしょう。
どうせ頼れる宛も無いのでしょう?ここに置いてあげるわ」
えっ、と戸惑いの声が漏れる。毒の魔女とも呼ばれる悪しき女が、見知らぬ少年を手当てした上、こうして家に上げるなんて。
(どうして・・・助けてくれたんだろう。何も持っていない、死ぬだけの子供なんかを)
ボンヤリと湯船に浸かりながら、テオドールは考えていた。きっと何かあるに違いない、そう思ってもありがたかった。
柔らかい服に着替えて、温かいパンとスープを出された。美味しそうな食事を前に、騎士はすっかり警戒を無くし、少年になる。
「わぁ、美味しそう!いただき・・・」
「まだ食べないで、仕上げがあるから」
魔女が取り出したのは、謎の液体が入った小瓶。水のように透明だが、蜂蜜のようにトロッとしている。水飴のような液体を、パンやスープに回しかけていくのだ。
この液体は?そんな疑問を透かしたのか、パトリシアはクスッと笑う。
「新しく作ったその毒、どんな効果が出るか確認して頂戴」
「ど、毒!?」
「私は【毒の魔女】、貴方にはこうした利用価値があるから助けたのよ。解毒剤もあるから、安心して実験台になりなさい」
ゆらりと解毒剤を揺らす彼女。今更になって、その笑顔に恐怖が生まれる。
やはり毒の魔女だ、おそらく彼を良い被検体だと思ったのだろう。助けられた以上、向こうは命令を拒否できないと踏んで。
実際その通りだ。無理に逃げたり反抗したら、それこそ殺される。それに、目の前のご飯が美味しそうでたまらないのだ。
テオドールは息を吸い、おそるおそるパンに齧り付く。
ーーーサクッ
香ばしい音と共に、小麦の甘さが口いっぱいに広がる。こんなに美味しいパン、都で食べたことがない!その感動のままスープを飲めば、コチラも野菜の旨みが広がってくる。
美味しい、美味しい!いつしか毒など忘れて、食事に夢中になっていた。隣では魔女が戸惑った様子で、彼を見ているなど知らずに。
「パトリシア様、ご馳走様です。お風呂と着替えだけではなくて、温かいパンとスープも用意して頂けるなんて」
「テ、テッド・・・何ともないの?」
「はい、とっても美味しかったです」
本当は毒なんて入ってないんじゃないか、そんなことをうっかり零してしまう。その言葉に慌てたのか、パトリシアは残った毒を再度確認したり、遂には自ら服用してしまったのは、ここだけの話。
その夜、パトリシアは横になるテオドールの横で、ブツブツと呟きながら本を漁っていた。寝たふりをしつつ、ひっそりその様子を確認する。
彼に毒が効かなかった原因を探しているようだが・・・こんなにも本があるとは、驚きだ。
「・・・浄化の下位互換に、下級スキルの【解毒】があるですって?」
彼女が古い書物から見つけたのは、呪術に対抗できる【浄化】スキルの下位互換【解毒】。どうやらテオドールは、無自覚のスキルを保有していると踏んだようだ。
騎士隊では剣術ばかりで、スキルなんて知識でしか頭に無かった。まさか自分が、その保有者の可能性があるとは。
「でもそうした力は、使えば使うほど弱まっていくのね。
それなら使用人としてこき使いつつ、毎日毒を摂取させて、解毒スキルを弱らせれば良いわ。魔女にうってつけの、使用人兼実験台にする。
明日からもご飯を食べてもらうために、食事には気をつけた方が良いわね」
ご丁寧に全てを呟くので、彼女が今後どうするのかは丸分かりだ。
その後、古そうなレシピ本をじっくり吟味して、そのまま寝落ちしてしまったらしい。
ゆっくり起きたテオドール、少し近付いても彼女は全く起きない。このまま逃げ出せてしまいそうだ。
(でも子供になってしまった以上、ここにいるべきだな。体調も万全じゃ無いから、無闇に動くべきじゃない。
それに彼女は指名手配犯だ。ここで怪しい動きをしていないか、ある程度確認しなければ。
それにしても・・・この本にあるレシピ、みんな美味しそう。明日から、これが食べられるのかな)
ふとパトリシアを見れば、ランプに照らされる、濃いクマと火傷の跡。少し震えているのに気付き、彼女にそっとブランケットをかける。
再度横になると、先程までの不安がどこか薄れた気がした。
○
騎士になることが定められた貴族令息として産まれた以上、掃除も洗濯もしたことがないテオドール。そんな彼にパトリシアは根気よく、やり方を教えてくれた。
その甲斐あってか、彼はすぐに1人で出来るようになった。タオルやシーツに自分の服、そしてパトリシアの服を洗濯して干すのが、朝一番の仕事だ。
洗濯を終えて屋敷に入れば、焼きたてパンがふんわり香る。
「パトリシア様、おはようございます」
「おはよう、朝ご飯にしましょうか」
パトリシアは毎日、2人分の食事を用意してくれる。温かい野菜のポタージュを一口飲めば、滑らかな食感と甘みが口に広がる。
「わぁ、このポタージュ美味しいです!」
「そう、嬉しいわ。野菜を摺り下ろすのは大変だけど、食べやすくて良いのよね。昔は良く作ったし。で、今日も何ともない感じ?」
「僕の味覚、おかしいんでしょうか。毒が入っているか分からないんです」
「私の毒は空気のようなモノ、味や食感に表れないわ。希少スキルは凄いわね」
自分の解毒スキルは、想像以上に強いようだ。今日もホッとしつつ、ポタージュの美味しさに夢中になる。
「どんなご飯も、美味しそうに食べるのよね。作る甲斐があるわ」
そんな呟きも聞こえてしまったので、少し落ち着きを取り戻すのだが。
この生活を初めて早数ヶ月。未だに元の姿に戻る方法は見つからないが、こうして生きられるのがとても幸せだった。
パトリシアは未だに毒の研究を続けているが、最近は彼の浄化スキルを弱らせることに必死らしい。他の悪党と相対していることも無く、ある意味抑止力になっているらしい。
とはいえ、ただ利用されているだけではいけない。騎士は従うフリをしつつ、悪党集団に繋がる情報が無いか探し続けていた。
(でも見渡せる場所じゃ、特にそういうのは無かったな。どこかに隠してあるのか・・・?)
書庫室で本を引っ張ってみれば、奥から隠された日記が出てきた。パラッとめくれば、そこには毒の魔女になる前の子爵令嬢パトリシアの姿が合った。
美しい姉の影で、全く手を掛けられなかったこと。
【回復】スキルを得た姉の手助けになりたいと、薬の調合や研究を学んだこと。
その際に火傷を負ったことで、子爵家の汚名だと見なされ、一方的に追い出されたこと。
追いやられた先でも醜い容姿で蔑まれ、最終的には悪党集団に拾われたこと。
薬の知識を応用して毒を作り、いつしか罪悪感など感じなくなったこと。
生きる場所は、ここしか無かったこと・・・。
(毒の魔女は悪党の一員であると同時に・・・被害者だった)
勿論、悪党集団に加担していることは逃れられない。ここに書いてあることは、何も裏付けが無い。
だが見知らぬ少年でも、こうして世話をしてくれる。完全に心は悪に染まりきってない。
彼女は優しい魔女。彼女も、救わなければ・・・。
ふと遠くから、コツコツと足音が聞こえてくる。おっと、彼女が来たようだ。テオドールは慌てて日記を元の場所に戻し、誤魔化すように別の本を手に取る。
「あっ、パトリシア様」
「・・・あら、その本。それ、かなり読みにくいでしょう?私がもっと小さい頃の本だから」
何気ない会話をして、彼女はすぐにゆりかご椅子に腰をかける。次第にウトウトと揺れ始め、やがてスゥスゥ眠ってしまう。
以前よりクマが濃くなった気がする、顔色も悪いような・・・。
少しジッと見ていれば、彼女の瞳からはポトポトと涙が落ちていく。気付いた時、テオドールはパトリシアに駆け寄っていた。
「パトリシア様・・・パトリシア様!」
何度も名前を呼び、バチッと目が合う。いつの間にか、こんなに顔を近付けていたのか。
「な、涙が・・・」
「あ・・・昔の夢を見てただけ。驚かせてごめんなさい」
言葉では大丈夫そうでも、その顔は明らかに不安定だ。とにかく何かしたいと思い、魔女の涙をそっと拭う。
「パトリシア様が泣いていたら、僕も悲しいです。出来るなら、もっと貴女の笑顔を見たい!」
ほぼ無意識で出ていた、彼女を気にかける言葉。しばらく互いにポカンとしていたが、パトリシアはクスッと笑う。「ありがとう、もう大丈夫よ」と、距離を取られてしまった。
この後の夕飯はどうしよう、どんな顔をして対峙しよう。そんな不安が、一瞬頭をよぎる。
だが先程の言葉に、一切冗談など無い。全て本気だ。
優しい魔女には、他人思いの貴女には、もっと報われてほしいから。
●
テオドールは悩んでいた、パトリシアへの感情を。
彼女は悪党の一員、悪党集団を支援して数多の犯罪を引き起こしてきた。捕縛して、処罰しなければいけない。
しかし優しい彼女を見ていたら、悲しい思いをしていた過去を見ていたら、彼女も救わなければいけないと感じるようになった。同時に、彼女への強い思いも膨れ上がってしまう。
騎士として悪党を裁く正義感に、愛情や恋慕が横やりを出してくる。邪魔といえばそれまでだが、彼女を救うべく悪党集団を倒す、という考えもあるのでは。
夜になり、あとは寝るだけ。だが考え事をした途端、グルグルと脳が動いて寝付けそうに無い。テオドールは寝るのを諦め、水でも飲もうと歩き出す。
ーーーガチャ、ガチャガチャ!
「おいっ、さっさと回収しろ!金目のモノは1つも残すなよ」
部屋が随分騒がしい、金属音に男の声・・・?すぐさま警戒態勢に入り、扉の隙間から状況確認を行う。
そこでは見知らぬ男達が、パトリシアが作っていた毒薬、持ち出せそうな研究道具など、金になりそうな物を次々と詰めていたではないか!
(強盗・・・パトリシア様は!?いや、まずは奴らを止めないと)
すぐに騎士の血が騒いだ。箒を手に取り、背後を取った男達に飛びかかった!1人の背中を突けば、呆気なく倒れる。
「うおっ!?魔女以外の奴がいたのかよ」
「全員動きを止めて、手を上げろ!」
「けっ、ガキが舐めやがって!」
騎士隊の若きエースとして、奴らを止めにかかるテオドール。倒した男から剣を奪えば、複数人相手に立ち向かう。
どうやら奴らは、彼を奇襲した悪党集団の仲間だ。【呪術】を発動した奴はいないが、服装が同じだから仲間だろう。ここは負けられない、捕縛しなければ!
しかし人数差や体格差もあり、テオドールは劣勢だった。腹を蹴られて、ゲホゲホと咳き込みながら倒れ込む。
「お前ら・・・最近都で暗躍する、悪党集団か!」
それでも怒りと根気で、悪党たちに立ち向かっていた。
「チッ、色々知ってるガキだな。ってことはあの女が【毒の魔女】として、指名手配されているのも知ってんだろ?なんで逃げねぇんだよ」
テオドールはしばらく何も言えなかった。彼女を捕らえなければならない、だが同時に救いたい。そんな自分に挟まれているから。
「ま、どうせ脅されたんだろ。自己中な女の考えだ、人を簡単に道具にしやがる」
「鬼畜の心しかねぇだろ、あの悪女」
「ま、コッチが言えることじゃねぇけど!元お貴族様が落ちぶれていくのは、いつ見ても嗤えるぜ」
ギャハハと汚い笑いが響き、テオドールはギュッと拳を握る。何も言い返せず、奴らの好き勝手にさせているのが辛い。
そして、何より・・・彼女が侮辱されるのが許せない。救いたい、助けたい。こんな心が腐った奴らから、心優しい彼女を!
ーーーバシャッ!!
それとほぼ同時だった、パトリシアが男達に毒薬をかけたのは。
もだえていく悪党達、部屋に充満する毒ガス、顔を青ざめて膝から崩れたパトリシア・・・。完全な自爆だ、【解毒】スキルのあるテオドール以外は、皆倒れてしまうのだから。
「パトリシア様!」
「テッド・・・ゴメンなさい。私、奴らの仲間なの。だからここで死ぬわ。この屋敷は危険だから、早く逃げなさい」
ゴホゴホと咳き込む内に、吐血もし始めるパトリシア。何とかしようとする彼の顔を、そっと優しく撫でた。あの時、彼が彼女の涙を拭ったように。
「テッド・・・貴方と出会えて、良かった」
その言葉で力尽き、ガクッと意識を失った魔女。生気の無い冷たい体が、彼に押しかかってくる。
バクン、バクンと心臓がうるさい。無我夢中で、彼女の名前を呼ぶ。
嫌だ、こんなところで貴女を失うなんて。
嫌だ、自分の犠牲で助けられるなんて。
嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・。
「嫌だ、嫌だ!貴女をここで失いたくない!
お願い、まだ生きてください!貴女は、僕の・・・初恋の方だから!
貴女に救われたように、今度は僕が貴女を救いたい!!」
刹那、テオドールから放たれる強い光。それは屋敷中を一気に包み、真夜中の森を、真昼のような明るさに染めた。
それが【解毒】スキルの進化である【浄化】であること。
毒のみならず、自らの呪いさえも解いたこと。
同じ頃、悪党集団を追って突撃した仲間に救出されたこと。
全てがまるで、絵本のようにパラパラと流れていった。
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帰ってきて早々、毒の魔女もとい、パトリシアの経歴を調べていたテオドール。同期の驚きも気にせず、まだ完全では無い体でも、彼は動き続けた。
そうして全てを調査して、あの日記は事実だと分かった。やはり彼女は優しい魔女だ、被害者だ。このまま野垂れ死にさせたくない!
毒の魔女を娶りたい、そんな主張を突如始めた騎士隊の若きエース。最初こそ周囲は戸惑ったが、彼の熱心な主張と数多の利点を見て、賛同の声は増えていく。
後はパトリシア本人から、その答えを受け取るだけだ。同期から彼女が目覚めたと知らせを受け、遂に病室の前に立っていた。
少年だと思っていた者が突然成長していたら、彼女のお陰で全てが浄化できたと分かったら。
そんな男からプロポーズされれば、彼女はどんな顔をするだろう。
「・・・大丈夫、大丈夫。ちゃんと伝えるんだ。
貴女は必ず、僕が幸せにしてみせるって。出会った中で、とても素敵な方だって!」
顔を少しだけ赤く染めつつ、彼は愛する人がいる病室へ飛び込むのだった。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。