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9.聖歌を歌うのは誰?

誰が聖歌を歌うの?


私、とツグミ


茂みの上で


私が歌う



「絵本の原文はこれ」


 参照する英文は19世紀の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。



Who'll sing a Psalm

I, said the Thrush,

As he sat in the bush,

I'll sing a Psalm?



「ぷさるむ?」

「聖歌psalm。読み方はサームとかサムとか」

「また知らない単語出てきた」


「旧約聖書の詩編とかのことで、朗読したり歌ったりする事もあるみたい」

「お経に節つけるみたいな感じ?」

「いや、どうも歌うためのものだったっぽい。詩編の題名みたいなところについてる単語が当時のあの辺の言葉で伴奏付き音楽を示してるんだってさ」


 暇な寄り合い部、合同同好研究部。部長の訳した歌詞を参考にマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。

 みんな好き勝手な事をする部活なため、自由参加である。



「このツグミがheだったりsheだったりするんだけど」

「絵本は見ての通りheです」

「他の絵本も見てみたけどsheとhe半々って感じ。1860年の絵本にIのやつがあった」


 William Samuel著。『The death and burial of Cock Robin』であった。


「このツグミの性別に何か意味はあるのかな?」

「特に何も出てこなかったけど」


「これは推しカプ論争ミソサザイと鳩に対抗する第三勢力の気配ですぞ。

 雄のコマドリに対してあえてのsheでござるからして」


「高音の女性が歌った方がよく通るみたいなのはありそう」

「少年合唱団とかあるもんな」

「ツグミなのは変わらないの? 例によってミソサザイとか」

「ツグミthrushが茂みbushの上でなのでツグミ」


「何か調べてみると、宗教改革までは讃美歌は教会の独占とか中世まで女性は混声合唱に参加できなかったとかいう話がちょこちょこ出てくるんだけど……」

「え?」

「そもそも新約聖書に『女性は教会で喋ってはいけない』みたいな内容があったので女性は原則讃美歌を歌わなかった。聖歌隊も少年と男性だけなのはそういった理由」

「コリント信徒への手紙のあの辺って「教会では落ち着いて自問自答脳内会議するといいよ」ぐらいの意味じゃないの? 新約聖書が書かれてたのってヒステリーが女性特有の病気と思われてた時代だろ? 男女関係なく「過激な事が浮かんでも教会で感情的にギャイギャイ喋らないで家帰って一回落ち着こ」ぐらいの意味なんじゃないのあれ? ギリシャ語読めないから知らんけど」

「原文読めないのに解釈は無理だろ」

「女性だって告解とか必要だし流石に読み方が違うのでは。となったのかは定かでないけど、修道女達だけで歌うみたいなのはあったみたい。混声合唱はもっと時代下ってから」

「それはそれとして当時言われてたヒステリー、(P)前症(M)(S)の事なんじゃないかって気がする」


「singって唱える場合も使えるんだっけ?」

「祈りを唱える動詞もsing」

「葬式とか墓場での女性の朗読はセーフだったのか女性だけで歌うのはセーフだったのか中世や宗教改革以降に作られた歌なのか歌詞が変わったのか……」


「東方教会では納棺の時に親しい人が順番に唱えるらしいから、何かそんな感じの習慣があるんじゃない?」

「こういうときネイティブと違っていちいち調べないといけないんだよな……」


「習慣となると意外と調べるの難しいよね、次いこうか」




誰がclerkをやるの?


私、とヒバリ


暗くないなら


私がやりましょう



Who'll be the Clerk?

I, said the Lark,

If it's not in the dark,

I'll be the Clerk.



「ひばりlarkとclerk。……clerkって何?」

「良い訳が思いつかなかったんだよね。funeral clerkっていう仕事のことだよね?」

「clerkにそれ以外の意味合いがあったらわかんないな」


「葬儀場のサイトを見てるとclerkっていうのは業者さんの中で段取り担当みたいな人っぽい?」

「かなり裏方っぽい印象」

「この仕事を単語で表す日本語無いんじゃない?」


「斎主の助手としての斎員は宗教的な意味合いが強い印象だし」

「葬儀屋さんとか?」

「事務方?」

「事務方!?」



誰が事務方をやるの?

私、とヒバリ

暗くないなら

私が事務する



「いいね」


 部長はご満悦である。


「ずっと思ってたけど感傷的な歌かと思いきや、ものすごく淡々と葬式の準備してるんだよね」

「事務方まで出てきちゃったよ……」

「葬式のマニュアルでもなかなかここまで担当振り分けて準備の様子書いてないと思う」

「もしかして中世の葬式のマニュアルなのかな?」

「ありそうだね、次」



誰が喪主をするの?


私、と鳩


私の愛しい人


私が悼む


Who'll be chief mourner?

I, said the Dove,

Because I mourned for my love,

I'll be chief mourner.



「鳩doveと愛しいloveが掛かってる」

「chief mournerっていうのがあったのか」

「これが向こうで言う喪主なのかな?」


「突然の鳩、発表当時のコマドリミソサザイ派が黙ってない気配がしますぞ」

「my loveだから鳩は親友とかかもしれないでござる。同性のディアレストなフレンドかもしれないでござる西院寺さいいんじ殿。絵本の挿絵は女性ぽいけど」

「同性だとなおさらファンの間でこじれそうですぞ」


 当時の欧州にはごふじんに人気の薄い本は無かったと思われるが分からない。


「鳩が何だったのか気になるけど、次行こうか」




誰が松明たいまつを運ぶの?


ムネアカヒワが


ちょっと火をとってきます


私が運ぶ


Who'll carry the link?

I, said the Linnet,

I'll fetch it in a minute,

I'll carry the link.



「linkって松明なの?」


「松明の古い言い方らしい。運んでいるからほぼ間違いないと思う」

「聖ケンティガン由来説を採るとハシバミの奇跡関係のとこだな」

「もしかしたら当初は松明linkと点灯light、lit辺りが掛かってたかも」


「掛かってるのはムネアカヒワlinnetとちょっとminuteなのね。微妙にlinkとも掛かってるのかな」

「ムネアカヒワって何なのさ」

「知らない鳥がしょっちゅう出てくる」

「外国だからね」


「minuteっていつごろからあった言葉なんだ? 時計の無かった昔に一日を二十四で割った更に六十分の一の概念を日常的に使うとか、ある?」

「一応14世紀頃から短時間という用法で使われているとされている」

「……掛かる言葉が変わって無いなら14世紀以降か……」


「ところで松明って事は夜になっちゃったの?」

「道理て鳶とかヒバリが気にするわけだね」


「夜っていうか、昔は夜通し遺体を見張ってたんじゃなかったっけ?」

「未来形で話してるって事は今段取りを決めてる段階だから、もし暗くなったらって話じゃないの?」

「基本的に遺体は葬式までは自宅に置いておくみたいだ」


「お墓の入り口に死者の門lych gateっていう東屋みたいな空間があったらしい。

 お葬式までに遺体を置いておく、霊安室みたいな役割だったみたいだ。

 亡くなったタイミングによってはそこに一晩とどまるってこともあったかもね」

「リッチってアンデッドとかで出てくるあれ?」

「語源は同じみたいだ、死体を表す古い言葉なんだってさ」


「ちなみに今で言う霊安室mortuaryは以前は葬式を上げてもらう人が教区に寄付する遺品を置くための場所だったらしい」

「割とまぎらわしいな」


「関係ないかもだけど、17世紀頃に夜間葬がちょっと流行ったらしい。松明とかいっぱい用意しないといけないから一種のステータスシンボルだったみたいだ」

「じゃあその移行期で鳶とヒバリが式の時間帯を気にしてる可能性があるかもしれないのか?」

「もしかしてこのコマドリ、偉い人?」

「偉い人のお葬式の様子ってのはあるかもね」

「そうなると17世紀だが……」



誰が鐘を鳴らすの?


私、とウシ


紐を引けますから


私が鳴らす



Who'll toll the bell?

I, said the Bull,

Because I can pull,

I'll toll the bell.



「例のウソbullfinchかもしれないウシbullか」

「ケンティガン由来説なら牛が引くとベルが混ざってる」

「言われてみれば他と違ってbull、pull、bellと三つ掛かってるのがちょっと気になるかな……」


「つーかさ。鐘って引くものなの?」

「西洋の鐘、テレビで見ると何か紐引っ張ってるように見えるけど……どうなってんだろあれ」

「西洋の鐘はハンマーとかで叩く方式じゃなければpullのはず。風鈴のぜつにあたる部分に付いたロープを左右に引いて揺らして鳴らす。

 あとはこういうbell wheelっていう車輪みたいなのにくっついてて紐を引くと輪と一緒に回転して鐘が回る」

「こんなんなってんの?!」

「このbell wheel式が普及したのはヘンリー8世の宗教改革からだって」


「夜に鐘を鳴らされたら大迷惑そう」

「夜は避けるんじゃない?」

「でもその人に会える最後の機会だし」

「今でこそ省力化で人多くてもあれだけど、当時だと葬式出なかったら色々言われるんじゃないか?」

「弔鐘Funeral tollっていって死の床、死亡時、埋葬時に鳴らすみたいな習慣があったっぽい」

「この辺は時代やコミュニティの規模や亡くなった人の家の規模によるのかな? 都市とか状況によっては鳴り止まなくなりそう」

「葬儀の時に鐘を鳴らすのはおよそ6世紀頃にはあったとされる。記録に残ってるのは8世紀頃からあるらしい。死亡時の鐘の鳴らし方はエリザベス1世の時に規定されたみたいな話があるみたいだけど、フランスでも死の床と埋葬時に鳴らすみたいだから恐らくあの辺で一般的だったみたいだ。

 鐘の回数で亡くなった人の性別や年齢が分かるようになってたらしい。心当たりの知り合いが居たら確認してみるわけだ」

「え、コミュニティの全員がその暗号みたいなの分かるって事?」

「モールス信号や腕木通信ってもしかしてそういうところから発想が来てるのか……?」


「これで全部かな? じゃあ締めの文」




全ての 空飛ぶ鳥たちは


ため息落とし すすり泣く


彼らの聴く鐘は


コマドリのために


All the birds in the air

Fell to sighing and sobbing

When they heard the bell

For poor Cock Robin.




「ため息を落とすって用法ありましたっけ?」

「やっぱため息をつきの方がいいかね」

「fall to~、で、~し始めるって意味だけど……」

「でもその用法のfall to doでingになる?」

「えいごむずかしい……」

「他に気になる所はある?」


「やたら締めのメロディーが明るいのが気になるけど」

「特に謎は無い気がする」


「じゃあここから考察に入ろうか。

 コマドリの歌がいつの、何の出来事を示してるか」


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