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8.儀式を執り行うのは誰?

誰が斎主をするの?


ミヤマガラスめが


私の小さな祈祷書で


私が行う



「絵本の原文はこう」


 参照する英文は19世紀の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。



Who'll be the Parson?

I, said the Rook,

With my little book,

I'll be the Parson.



斎主さいしゅって何??」

「お葬式とかでの神社の神職さんの事みたいだけど、仏教のお坊さんとか色んな宗教に使える単語らしいからね」

「初めて知った日本語」


「他に合わせて「私、とミヤマガラス」じゃないんですか?」

「どうも参考にしたメロディだと語呂が悪くてね」


 暇な寄り合い部、合同同好研究部。部長の訳した歌詞を参考にマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。

 みんな好き勝手な事をする部活なため、自由参加である。


「写真で見てもカラスの見分けがつかない……」

「英語のカラスの呼び名、やたらとあるけど。これ中世の人は見分けついたの?」

「中世じゃないけど17世紀頃にカラスがロンドン塔からいなくなるとイギリスが滅びるみたいな予言があった気がする。だからワタリガラスravenって種類のカラスを飼ってるとか」

「その世話係の衛兵さんの役職名がレイヴンマスター。いつ聞いても自分の中の中学二年生がはしゃぎ出す」

「先輩現在進行形で中学二年生ですよね?」


「えーと……出てくるのはワタリガラスでrook?」

「混ざってる混ざってる」

「ミヤマガラスrookと祈祷書bookがかかってる」


 元語学研究会。谷志田たにしだが文章を見ながら意見を述べた。

「このparsonってプロテスタントの牧師の事じゃないの? それならこの歌、宗教改革の後って事になると思うんだけど」


 それに応えるのは元英語研究部、近堂こんどうである。

「それがどうも英国国教会成立の前の時代でも、教会の仕事してる人をparsonと呼んでいたらしい」


「この辺から時代の推定はできないのかな? プロテスタントって祈祷書あったっけ?」

「イギリス国教会に関してはあるはず」

「じゃあここから時代を割り出すのは無理か」


 副部長、早矢はやが臆面もなく質問を投げた。

「実は宗教改革とプロテスタントとカトリックがよく分かってないんだけど」


 谷志田たにしだ近堂こんどうが助けを求めるように元歴史研究部、保志名ほしなを見た。


「俺もよく分かってない」

「俺らもよく分かってないんだけど……じゃあ俺らが大雑把に説明するからその間に補足しておいて」

「嫌だ。宗教説明しようとすると沼だから」


 保志名ほしなに拒否された谷志田たにしだが仕方なく説明を始める。


「まず紀元1世紀。イエスキリストが作った宗教があった。

 信者が志を受け継いで広がっていき、巨大組織ができた。組織と賛同者が多ければより大きなことができるっていうのは例えば募金活動とかクラウドファンディングとかで分かる通り。

 本拠地のローマ帝国が滅びた影響で東西に分かれてしまい、東西で教義とかもだんだん変わっていったけど、とりあえず西方教会の話を中心にする。中世には教皇を中心とした各国にまたがる巨大組織ができていた。

 組織が巨大化すると世の常で、残念ながら硬直化し腐敗した。

 そんな教会に不満を持つ人たちが起こしたのが宗教改革。いつ頃だっけ?」


 谷志田たにしだが水を向けると、手元で調べていた保志名ほしなが返す。


「教会批判したヤン・フスが処刑されたのが1415年。

 ルターがブチギレた免罪符の発売が1515年。百年後」

 早矢はやが首をかしげる。

「ルターさんは名前知ってる。何でブチギレたかはいまいち分かってない」


「ルターが問題視した免罪符は、簡単に言うとお布施したらあなたの罪は許されましたってもらえる引換券だね。

 実は免罪符は何度も発行されてて教会の金儲けの手段になってたんだ。フスが批判したのもルターが批判したのもそれらしい。

 本来は十字軍に参加した人への賞状みたいなのとか、善行に対する賞状みたいなものだったみたいだ」

「とにかく宗教改革の頃は「金で浄罪を買うんじゃなく、ちゃんと本人の心持ちあってこそのお布施なんだからその引換券は詐欺じゃねーか」みたいな感じで教会にブチギレ。

 免罪符はきっかけであって、そうした金儲け含め腐敗した既存の教会の態度に大反発した人たちが作った新しいキリスト教がプロテスタント。元の教会組織のキリスト教がカトリック」


「え? それだけ?」

「それだけって事もないけど」

「……じゃあプロテスタントにも何か、対抗する教皇みたいな組織があるの?」

「基本的に無い、そもそもそういったものに反発してできたものだから」

「プロテスタントも全然一枚岩じゃない、思想によって違うし、ルターさん自身も時間とともにちょっとずつ考え方を変えてる」


「この時代の宗教改革はルネッサンスの影響もあってか原点回帰。「あれこれよく分からん教義くっつけまくって信者脅して既得権益で金儲けしてでっかいお堂建てて贅沢好き勝手してる既存の教会許せん」みたいな方向である程度揃ってる感じで、組織としてがっつりまとまって活動してるわけじゃない」


「英国国教会も「離婚禁止? ふざけんな、こっちは後継ぎが掛かってんだぞ!?」というヘンリー8世が新しく作った。多分プロテスタント」


「多分って何?」

「王様としては教会は別にそんなに嫌いじゃないけど、教皇にあれこれ言われるのが嫌、教皇に乗っかってあれこれ言ってくる聖職者も嫌、という形で作られたので微妙な位置らしい」

「宗教ってそんなポンポン作っていいものだったのか……」

「各地の教会の解体などの実務や法律面はトマス・クロムウェルさんという人が頑張ったと伝えられている」

「超めんどくさそう」


「イギリス国教会が受け入れられたのは既存の教会の腐敗も相まっての事だと思うけど」

「ヘンリー8世の離婚反対した教皇、クレメンス7世はフランス応援したせいで神聖ローマ帝国のカール5世に殴り込まれてローマぶっ壊されてる。そのカール5世がヘンリー8世の嫁さんの甥っ子で教皇に離婚反対するようにプレッシャーかけまくってたという話がある」

「まぁそうでなくてもヘンリー8世の離婚は世間から白い目で見られてたみたいだからヘンリー8世の離婚が叶ったかは不明だけど」


「ちょっと待って、カトリックは離婚できないんじゃないの?」


「離婚っていうか、「この結婚は間違いでした」と認められると最初から結婚してなかった事にされるらしい。生まれた子もなかったことにされる。庶子、非嫡子ってやつだ」

「きつい」

「ヘンリー8世の場合は最初の王妃がヘンリー8世の兄の結婚相手で、結婚の直後に兄が死んだ。その後で弟のヘンリー8世に嫁ぐっていう微妙な経緯が問題視されたんだ。その時に前法王から道徳的に問題ありませんよってお墨付き貰ってたのが離婚に反対された大きな理由の一つらしい」


「それだけ宗教的に慎重にしたにもかかわらず王妃は度重なる流産死産」

「あー、それで「世間の思惑に左右される教皇の言う事なんて別に聞かなくてもいいじゃん」みたいになったのか。神聖ローマ帝国どこだっけ?」

「時代によるけど大体イタリアの北、フランスの東、今のドイツの辺り」

「ルターさんとこ? だからローマに殴りこんだの?」

「ローマに殴りこんだカール5世はルターを否定したカトリックだ」

「カトリックって教皇のとこだよね? 何やってんの? 同士討ち? いいのそれ??」


「カール5世の軍勢の一部の暴走だとされている。軍から給料もらってるんじゃなくて、略奪品で儲けが決まる仕組みだったせいみたい」

「戦国時代の乱妨取らんぼうどりだな」

「それで街の機能が大打撃を受け、街中で死者多発して埋葬も間に合わず発生した疫病で大惨事」

「この辺の神聖ローマ帝国と教皇の対立でプロテスタントへの対応が決まらなかったってのがプロテスタントの活動が広まった一因としてあるらしい」


「クレメンス7世って選出でもぐだぐだしたとこだっけ?」

「それはもう百年ぐらい前の対立教皇の方じゃないかな」

「何? 同じ名前の教皇が居るの? まぎらわしいんだけど」



「まぁそんな感じでイギリスの宗教改革は上の人の思惑で起こった面があるから、実際にプロテスタント化が進んだのはエリザベス1世時代っていう説もある」


「ヘンリー8世の息子が若くして亡くなって、後を継いだメアリー1世がプロテスタントを親の仇のように処刑したと言われてるけど、実の所は大体の国民は別にカトリックでいいじゃん状態だったみたいな話はある」

「記録の上では女子供含めてプロテスタント300人処刑してついたあだ名がブラッディメアリーって話だけど」

「ああ、ブラッディマリーってここなんだ。何でそんな?」


「王様がプロテスタントの教会まで作って離婚して追い出した妻がメアリー1世の母親です。メアリー1世自身は一時廃嫡されてます」

「王妃はキンボルトン城で軟禁生活を送り離婚から三年後に亡くなってる」

「ガチ目に親の仇だった……」


「ちなみにメアリー1世の後継は同じ立場、というか異母妹で母親が処刑されたエリザベス1世だけど、エリザベス1世はプロテスタント」

「母親のアン・ブーリンが改革派カトリックだったみたいなんだよね。時代によってはとっくにプロテスタントになってたかも」


「実の所、メアリー1世の刑死者は同年代の他の君主と比較して多いわけじゃないとされている。他の治世でも反乱に参加して千人単位で殺されてたりする。異端者として火あぶりにしたってのが大きいんじゃないかという説がある。一方のエリザベス1世は反逆者として処刑してる」


「あ、ブラッディっていうから血が出るかと思ったら火あぶりなんだ。異端と反逆って違うの?」

「異端は神様に対する反逆罪。反逆罪は王様に対する反逆罪。お上の都合でカトリックとプロテスタントで揺り戻し揺り戻ししてる中で神様の名前出されてもな……みたいな感じだったのかもな」

「この辺のメアリー1世の風評は1563年のジョンフォックス John Foxeが書いた殉教者列伝によるところが大きいんじゃないかと言われている」


「エリザベス1世の統治時にカトリックガチ勢であるスペインを返り討ちにしてしまったのもプロテスタントが流行った原因なのでは?」

「まあ詳しくは専門家が分析してるだろうけど」


「あの辺ごちゃごちゃしててよく覚えてないんだけど、返り討ちっていう事はスペインに何かしたの? イギリス」

「戦争になった原因はいろいろあるけど、アルマダの海戦、対無敵艦隊戦のことだよ副部長」


「背景としてはそもそもスペインはカトリックガチ勢なので教会くそ野郎呼ばわりしてたプロテスタントが嫌い」

「そういえばそうか」


「あとイギリスの私掠船がスペインの船に海賊行為したり」

「あー」

「スペインが応援してたメアリー1世を処刑したり」

「……さっきの姉?」


「今の言い方だと絶対間違えるだろうと思ったけど、エリザベス1世の異母姉とは違うメアリー1世でござるよ、副部長殿」

「姉のメアリー1世が病死したからエリザベス1世が即位したわけで。即位時には姉はもう死んでる」

「じゃあその姉じゃない方のメアリー1世は誰なんだ? っていうか西洋名前被り多すぎない?」

「実はこの人も入れてフランスに一人、スコットランドに二人メアリー女王が居るんですよ」


「刑死した方のメアリー1世はメアリー・スチュアート。北のスコットランドの女王の方。ブラッディな方のメアリー1世とエリザベス1世姉妹の親戚ですぞ」

「えーと、ヘンリー7世の娘の、息子の、娘。ひ孫。つまりエリザベス1世の父親であるヘンリー8世の姉の孫。エリザベス1世達のいとこの子。いとこ姪……でいいのかな?」

「それ聞くだけでもああいう偉い人達って親戚付き合い大変そうだな。いとこ姪とか初めて聞いた」

「そんなわけでスコットランドのメアリー1世は自分のイングランド王位の正当性を主張してた。イングランドの方のメアリー1世とエリザベス1世が父親のヘンリー8世から一時廃嫡されてたのが根拠。

 スコットランドのメアリー1世はフランススペインを含む外国の王様女王様たちと仲が良くて、スコットランドでカトリックを庇護してたんだけど、まぁ色々あってイングランドで刑死」


「ほぼ同時代でカトリックを庇護しててメアリー1世だからめちゃくちゃ紛らわしいんだよな」


「そもそも日本はキリスト教に馴染みが無いからピンと来ない」

「いや、鎖国政策も元はと言えばカトリック・プロテスタントの対立も原因の一つだと思いますぞ?」

「……そうだっけ?」


「日本に漂着して家康の相談役みたいな立場になった八重洲の地名の名前の元になったと言われる人たちがいるじゃない?」

「そういえば聞いたような」


「ヤン・ヨーステンさんの居たオランダ、ネーデルランドが他ならぬスペインの支配を脱しようとしてたちょうどその時だった」


「イギリスとスペインの確執の一つがイギリスがオランダのプロテスタントを応援してたことだと言われているよ」

「ヤン・ヨーステンと一緒に船に乗ってた三浦按針ことウィリアム・アダムスはイギリス人だしな」


「オランダ・イギリス対ポルトガル・スペイン。プロテスタント対カトリック。

 プロテスタントの人達からコンキスタドールのやらかしとかも、かなりざまに聞いたんじゃないかな?」

「コンキスタドールはスペインが公認してた異教徒を制圧する個人経営の侵略軍な」

「キリスト教禁教化はエンコミエンダ、アシエンダの仕組みを警戒してたのかもね」

「エンコミエンダ、アシエンダ???」

「簡単に言うとキリスト教徒になると土地と人がスペインの物という事になる。墾田永年私財法スペイン版、ただしこっちは開墾した土地じゃなくてキリスト教化したところの人と土地が侵略者の物になる」

「え、こわいんだけど」

「『キリスト教化した土地も人もスペイン王室の物として守る』っていう原則を表したものらしいんだけど……侵略者の支配する奴隷制の温床になったみたいだ。スペイン王室は何とか改めようとはしてたみたいだけど」


「でもじゃあカトリックはまずいとしてもプロテスタントは許してあげなかったの? 日本」


「当時の日本人にはプロテスタントとカトリックの見分けはつかないと思いますぞ。

 島原の乱はカトリック信者も参加していたと言われていますぞ。オランダ船が近づいてくるのを海外のキリスト教徒が助けに来てくれたと思って喜んでいたらしいですぞ。

 希望と裏腹に砲撃されて消沈していたという話がありますぞ」

「戦国大名たちにしてみれば「プロテスタント同士で手を組んでオランダの宗主国のスペイン殴ってる」っていうのが一向一揆を思い出させて警戒したんじゃなかろうか。国一つ塗り替えられる宗教一揆だぞ」


「あー……それで禁教ね……あれ? じゃあもしかしてオランダと一緒にイギリスも出島に居た事ある?」

「イギリスはオランダと仲悪くなったのもあるけど、採算とれないってんで出島が出来る前に日本を交易相手から外して来なくなったぞ」

「知らない間に赤字廃線されてた……」

「中国が居ればアジアでの交易あんま困らないからな……」


「ちなみにフランシスコ・ザビエルさん達宣教師の多くは宗教改革を見たカトリックのお坊さんが「こんなに民衆に不満を抱かせる教えじゃいけない」って反省して真摯にキリスト教の活動に取り組むことにしたカトリックガチ勢」

「真面目に取り組んでたのにお断りされちゃったのか……」


「でも中国で布教してた宣教師たちが後から来た仲間に「カトリックに改宗させたって言うけど、中国の人達はまだ祖霊を祀ったりしてるからそれってカトリックじゃないんじゃないですか?」って足引っ張られて布教失敗オウンゴール決めてるよ」

「何で宗教改革が起きたか分かった気がするぞ」


「せっかく布教するなら本気のやつをっていうのがガチ勢なので緩い教えに文句が出るのはある意味仕方ない体質でござる」

「でもエンジョイ勢が人気だからって文句つけるのはそれこそガチ勢に許されざるムーブですぞ小柳こやなぎ氏」


「しかし西院寺さいいんじ殿だって、例えば人気出た作品のデマ情報がコピペブログに載って、それが鵜呑みにされて制作秘話とかの形で拡散されてるのを見るとモヤるし「それ詐欺ですぞ」って一言言いたくなるでござろう?」


「うーむ、ままならないですぞ」


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