7.pallを持つのは誰?
誰が棺掛けを持つの?
私、とミソサザイ
男女二人
私たちが持つ
「絵本の原文はこう」
参照する英文は19世紀の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。
Who'll bear the pall?
We, said the Wren,
Both the Cock and the Hen,
We'll bear the pall.
暇な寄り合い部、合同同好研究部。部長の訳した歌詞を参考にマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。みんな好き勝手な事をする部活なため、自由参加である。
「pallでポール、またはパール。これは棺を蓋う布の事。ポールベアラーpallbearer とかは棺桶を運ぶ人たち」
元英語研究部、近堂の説明を聞きながら、副部長の早矢が手元の資料をいじり、めいめいが感想を述べる。
「またしてもshroudぐらいに馴染みが無い」
「棺掛けに該当する単語が英語にある事にびっくり」
「棺掛けの存在自体を知らなかった」
葬式に馴染みの薄い現代っ子である。
「人力で棺を長距離運んでた時代にうっかりひっくり返してご遺体が転がり落ちる事態を予防する措置の一つだったんじゃないかって気もする」
「ちなみにpallは布の事だけど、棺掛けとして文章に出てくるのは15世紀らしいよ」
「掛け言葉はミソサザイWrenと雌鳥henにかかってる」
「だから男女cock and henなのか」
「じゃあCock Robinは雄ってこと?」
そもそもなぜコマドリにcockが付いているのか?
「そもそも名前の由来が謎らしい」
「未確認情報だけどウェールズ語から来てる説がある。Cockに当たるのがウェールズ語のコーCochで赤って意味らしい」
「ええ……聞いたことない……」
「でもCastell Cochはウェールズ語で赤い城らしい」
「じゃあ少なくともCockはウェールズ語が訛った可能性があるのか??」
「でもロビンの由来はredbreastかその辺だろうから赤が被るぞ」
「あと一応コマドリとミソサザイは夫婦っていう説があって、これはヨーロッパのあちこちに伝わってて少なくとも18世紀頃に記録されてるっぽい? もっと前からあるって話は書いてあるんだけど文献が見つからない」
「でもこの歌ではcock and henだからこのミソサザイは夫婦で葬式に参列してるんじゃないの……?」
「駒鳥の未亡人とその兄弟とかかもしれませんぞ」
「いや、ミソサザイアンチが主人公のコマドリと関係ない事を強調するためにわざと夫婦で配した可能性がござる」
「いやそんな事は……ある……のか……?」
「小柳氏。その理屈だと鳩推しが居る事になりますぞ。my loveですぞ」
「つまりこの歌はミソサザイアンチの鳩推しが作ったという事でござるな!? 西院寺殿!」
「いや知らんがな」
「コマドリミソサザイ夫婦説の前に発生した歌なんじゃないか?」
「ミソサザイは鳥の王様っていう伝説もあるらしいけど」
「なんで王様?」
「昔々、神様は一番高く飛べた鳥を王様にすることにした。ミソサザイはワシの首にくっついていて、ワシが一番高くに上った瞬間にぴょんと飛び立って王様になった」
「そんな十二支のネズミみたいな……」
中国の占いが元になっているとされる伝説である。ある時、年明けに神様の所に最初に挨拶に来た動物十二番目までが年毎に順番で動物の代表にしてもらえる事になった。牛は足が遅いので早く出発することにし、ネズミはその牛の背に乗って、神様の所に着く直前で飛び降りて駆け出し一着になった。
「大昔の話なら、仮に影響してたとしてもそれこそ十二支とミソサザイどっちがどっちに影響したかは謎じゃないかな」
「一方でミソサザイは聖人の邪魔をしたとかいうことでクリスマス頃に狩られる伝統もあったらしい」
「それとどっちが先なのかは分からないけど、冬至の頃に新年属性のコマドリが旧年属性のミソサザイを殺すという民間伝承もあるらしい。
そしてミソサザイの日とかミソサザイ狩りとかの行事があるらしいけど、駆除とかじゃなくて儀式的に一羽犠牲にするとかそんな感じみたい。これをもとにした地元の風習をキリスト教が取り込んだとかかな?」
「夫婦から一転して殺し合いの仲になっちゃったな……」
「コマドリとミソサザイが協力する話もあるみたいだよ。
1612年、17世紀に刊行されたジョン・ウェブスターの白い悪魔the white devilという戯曲に出てくるんだけど。
埋葬されない人をコマドリとミソサザイが苔や葉っぱやお花を落として埋めて弔ってくれるという話が出てくる」
「かわいい」
「人死んでるんだが」
「森の中の子供達Babes in the Woodってのもあって、遺産目当てで子供達を亡き者にした叔父に罰が当たる話がある。初めて出版されたのは16世紀後半1595年らしいけど、そこでは森で死んだ子供達をコマドリがイチゴの葉で埋葬する」
「1604年のマイケルドレイトンの詩にも苔で開いたままの目を閉じるってありますね」
「白い悪魔の方、「コマドリとミソサザイを呼んで」の後に「アリと野ネズミとモグラを呼んで」って言ってるんですよね」
「動物のお葬式……?」
「何かそういった伝承とかがあるんですかね……?」
「原型になってそうな伝承見つけられなかった」
「普通に穴掘る動物だからじゃね?」
「何かBabes in the Wood辺りから派生した新しい話なんじゃないかって気もするな……」
「理由は不明だけどコマドリは死に関連する伝説が多い。いつからある伝説なのかは分からないけど、磔にされたキリストの側に居て苦痛を和らげたとか。煉獄に水を届けるために炎に炙られて胸が赤いとか」
「煉獄が公的な教義になるのは15世紀頃みたい。一応その前にも出てくるみたいだけど」
「死に関連付けられるのは模様が血や炎を連想するからかな?」
「……煉獄って地獄のことだよね? 15世紀までなかったの?」
「煉獄は天国と地獄の間らしい。キリスト教では死んで復活の日まであの世に居るけど、その間何やってるの? 生きてる人たちの祈りには意味はあるの? という疑問に答える形で死んだ人が修行しているとされるのが煉獄って感じ。
地獄行くほどじゃないけど完全に聖人君子として生きるのも難しいよねっていう人達が浄化される場みたいな。あとキリスト教が出来る前に死んだ聖人とかも居るんだったかな?」
「コマドリは赤ん坊のイエスと母マリアを温めるために消えそうな火に風を送って燃やしたとき焼けたみたいなのもあったはず。これとよく似たウェールズの民話で冬にうたた寝して火が消えて凍死しそうになった子のを助けるために熾きになった火を扇いで燃やしたって話があるみたい。でも出典は分からない」
「……ケルトで割と重要な鳥だったっぽいし……ケルトがキリスト教でもコマドリが神聖視されることを狙ったとか、キリスト教が融和策としてケルトの信仰を取り込んだとか?」
「そんな融合するもんなの? 異端とか大丈夫?」
「ローマが遠かったせいか意外とあの辺に来た初期キリスト教は現地の宗教と共存してたっぽい、というかケルトの神官とか王様とかが司祭兼ねてたかもしれない。ケルト系キリスト教Celtic Christian」
「仏教がインドから日本に渡ってくるまでにちょこちょこ民間伝承とかも入ってきてるようなもんか?」
「というわけで当時の人達もカトリックのお坊さんは髪形をいわゆるザビエルさんみたいするかケルトの神官風にするかとか、日付の計算をどこの計算法に合わすかで議論になったみたいな話があるっぽい」
「ケルトの神官風ってどんな髪型?」
「諸説あるけどあまり詳しく残ってないんで正確に再現できた人はいないはず」
「しかし仮に埋葬関係が民間伝承から来ててその逸話が広く知られていたとすると、埋葬を司る鳥が冒頭で死亡っていうのが何か……」
「何だろな? 確かに何か皮肉っぽい? 変な空気を感じる」
「それならコマドリと夫婦説のあるミソサザイをミソサザイ夫婦として出してるのも何か……」
「ミソサザイアンチかどうかは別にして」
「何か歌全体に変な空気を感じるな」
「言われてみればだけど」
「んーーー、考えても分かんないので保留。次」
テンポが悪いとさっさと進める部長である。
誰が墓場まで運ぶの?
私、と鳶
日暮れ前なら
私が運ぶ
Who'll carry him to the grave?
I, said the Kite,
If it's not in the night,
I'll carry him to the grave.
「ほんとだ、この絵本は彼の棺を運ぶじゃないんですね」
「彼を墓場へ運ぶって言ってるね」
「挿絵は棺桶持ってるけど」
「鳶kiteと夜nightが掛かってる」
「夜じゃないならって言ってるな」
「この後で松明とか出てくるから午後遅くに葬式始めたって事?」
「その時に改めて考えよう。次」