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6.スコットランドの伝説

誰がお墓を掘るの?


私、とふくろう


すきこて


私が掘る


「絵本の原文はこう」


 参照するのは19世紀の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。


Who'll dig his grave?

I, said the Owl,

With my spade and trowel,

I'll dig his grave.



「19世紀後半の絵本だともうフクロウowlがコテtrowelで墓穴掘るやつなんですね」

「シャベルshovelが本来の歌詞だったのが、発音の変化でふくろうowlに掛からなくなったんでコテtrowelに変わったと考えるのが自然だろうね」


 暇な寄り合い部、合同同好研究部。部長の訳した歌詞を参考にマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。

 みんな好き勝手な事をする部活なため、自由参加である。



「しかしこの辺りから急速に変わり種歌詞が増えるんだよね」

「そうなんですか?」

「登場する動物や役割が違うのも言わずもがななんだけど、さっきshroud作るとこから未来形になったけど、最後まで過去形のやつとか」

「なんでですか?」

「さぁ? 心持ちアメリカ版に過去形になるのが多い気がする。アメリカに渡った時にボトルネックがあって特定の歌詞が定着したとかかね?」


「フォークソング、同じ人が歌っててもたまに歌詞の内容とか違うからな」

「じゃあ元の歌詞じゃないかもしれないって事?」

「複数の歌詞が伝わってたんじゃね?」

「そもそもきちんと伝えてても、どの歌詞がいつ変遷へんせんしたとかまでは分からないだろうし」

 

「アメリカに渡って曲も歌詞も変わってたら別物では?」

 副部長の早矢はやが文句を言う。


「そうとも限らないぞ」

 それを否定したのは元語学研究部の谷志田たにしだである。


「昔に別れた集団が元の集団より厳密に伝統を保持している事は珍しくない。又聞きでなく、移住した人が受け継いでたならなおさらだ。

 日本でも京言葉からも消滅した活用形を地方言語が持ってたりする事がある」


「アメリカにはスコットランドやアイルランドの人も大勢渡ってるから、むしろ地域の特色の違いが強く残ってるかもね」

「まぁさすがに全部の歌詞が渡って来た当時のものではないでしょうけど」


「そういえばスコットランドってどこだっけ?」

「連合王国の北の方」


 副部長早矢はやに聞かれて答えたのは元歴史研究部、保志名ほしなである。大雑把なのでイングランドを聞かれたら南の方と言い、ウェールズを聞かれたら真ん中辺の西の方と言い、アイルランドを聞かれたら西の島の方と言う。


「大昔に大陸の方からイングランドの元になった国がわーって来てそれに押されてウェールズとスコットランドとアイルランドが西と北と島の方にぎゅむってなった」


 割と語弊がある説明である。本当はもっと紆余曲折ある。とてつもなく大雑把である。


「……何で今の状態になってるんだっけ?」

「王族同士が結婚して親戚になって一人の王様が両方の国相続して一つになったみたいなパターンとか」

「国相続した……スケールでかいな……」


「あ、部長。スコットランドで思い出したことがある。全然関係ないかもしれないけど」

 元英語研究部、近堂こんどうであった。

「何何? どんな小さい事でも言ってほしいな、何か手掛かりになるかもしれない。」


「この歌詞の内のいくつかがグラスゴーの聖人、聖ケンティガンSaint Kentigernの奇跡のモチーフと被ってる」

「そうなの?」

「何それ知らない簡潔に詳しく教えて」

「割と無茶言うな副部長」


 副部長の難しい要請は置いておいて、部長美夏原みかはらに促されて元英語研究部、近堂こんどうは話し始めた。

「ケンティガンは聖マンゴーSaint Mungo、グラスゴーの街を作った人とされる」


 6世紀頃、望まぬ妊娠をした王女が激怒した父王に崖から突き落とされた。しかし彼女は生きていたので、改めて魔女として舟で流された。彼女は陸に流れ着き男の子を生んだ。それが後の聖ケンティガンである。


 訳ありの女手一つで育てられる事になった聖ケンティガンは不憫に思われたのか、小さい頃に修道院に招き入れられ育てられる。そして奇跡を起こしたとして列聖された。そのモチーフが鳥、木、鐘、魚として伝わる。


 鳥の奇跡は修道院長の飼っていたコマドリを生き返らせたこと。ケンティガンに嫉妬していた学生達が罪をケンティガンに擦り付けようとしたとも言われている。


 木の奇跡は修道院では夜の用心のために全ての火を消してはいけなかった。ケンティガンが火の見張りの時に、学生達が嫌がらせに火を消した。ケンティガンは垣根のハシバミの枝を折って火を点けなおしたと言われている。教会の必要な灯火に火を点けるとその枝の火は消え、枝はその後大きく育ったという。


 魚の奇跡はある王妃が指輪をなくしてそれが浮気の証拠となり、王に殺されそうになっていた。ケンティガンが王妃の使者に川から魚を採ってくるように言い、採ってきた魚を開いてみると、中に王妃の指輪が入っていた。王妃は聖人に罪を告白し、二度と道を踏み外さないと誓った。


 鐘はケンティガンがローマから送られた鐘。死者の葬送に使ったとされる。



「……直接的な関係は分からないけど、この辺からってのはあるかもねぇ」

「身近なモチーフが使いやすいって事はあり得ますからね」

「この指輪に似た話は結構あの辺の伝承の中にある。シェイクスピアのオセロも指輪じゃないけど似た感じで浮気疑うからかなり定番だったのかも」


「本来は聖ケンティガンの奇跡を称える歌で、途中でいくつかのモチーフをそのままに別の歌詞に変わったとか?」

「いじめっこをたしなめる為の歌になったとかじゃないか?」

「冒頭の「誰がコマドリを殺した?」とか考えるとすごいありそう……」

「鳥以外の登場動物(人物)達、コマドリが死ぬのを見たflyと、もしかしたらBeadleと掛かってる覆いを作ろうとしてるbeetleか。fishは指輪の話だろうし、もしかして牛bullも何かと掛かってる?」


「聖ケンティガン絡みだと牛が出てくるのはケンティガンが高潔な信徒を埋葬した話。

 ある日ケンティガンに一目会いたいと旅していた瀕死の信徒に会った。ケンティガンは信徒を看取ると遺体を荷車に乗せ牛に引かせてふさわしい埋葬地に導かれることにした。

 そうして牛達が立ち止まった聖地に埋葬した。

 ここがグラスゴーの始まりの伝説として語られてるらしい」


「関係ありそうな無さそうな」

「当時は牛bullと引くpullが掛かってたんじゃない? bellも何かと掛かってたとか」

「普通にbellにもpullが掛かってたかもしれん」


「聖ケンティガンの時代は鐘はハンドベルだったんじゃないかという説がある」

「そうなると動詞がpullなのは考えづらいか?」

「もしくは伝説は6世紀にあって、歌が作られたのがもっと後の時代とか?」

「ケンティガンの伝記が書かれたのは1185年とされてる。著者は多分ジョスリン・オブ・ファーネスJocelyn of Furness。伝承と古文書から書いたといわれている。

 この人は他にも何人か聖人の伝記を書いてるのかな?」


「鐘の由来は時代を考えるとローマが考えづらいのでアイルランドからじゃないかという説がある」

「何でアイルランド?」

「イギリスの布教はあの辺から開始したらしい」


「アイルランドにも小鳥を復活させた伝説のあるサイギールのキアランCiarán of Saigirという聖人が居る。この聖人は狐やアナグマ、狼などを連れていたと伝えられてるんだ」

「……複数の動物か」

「複数の動物が団結して何かしようとする話、確かに意外と出てこないよね。大勢でドタバタする話とかはあるけど、動物が恩返しに来てくれる話とかだと大抵単独だし」

「ブレーメンの音楽隊と猿蟹合戦ぐらいしか思いつかない……」

「猿蟹合戦……動物……?」

「クロンマクノイズのキアランCiarán of Clonmacnoiseも動物に好かれてるっぽい描写あるし」

「その二人の聖人、別人だったのか」


「原型がこの辺の話で、それが形を変えて伝わったとかかな」


「最初と最後がケンティガン由来で他が違うって事になる」

「仮にそうだとしたら弔いの鐘と牛の引く荷車が混じった事になる、結構前から聖人伝説の色合いは消えて別の歌になってたかも」


「もしかしてそれで歌詞に灯火を持つ鳥が居るのか。ハシバミで火を熾したエピソードに関連して」

「アメリカ版に多く見られる歌詞を見るに、魚がキャッチしたのは小さな銀の指輪だったかもね」

「皿の上の魚捌いたら指輪が出てきたから歌詞に血が入ってるとか……?」


「指輪の方が歌詞に残りそうなもんだけどな。被害者の身分証明にぴったりだし」

「鳥の……指……? ってなったのでは……」

「…………コマドリだって足の指があるし……」


「この奇妙な一致は興味深いね、それも込みで以降の歌詞も見て行こうか」


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