5.甲虫のshroud
誰が覆いを作るの?
私、と甲虫
糸と針で
私が作る
「絵本の原文はこう」
参照するのは19世紀の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。
Who'll make his shroud?
I, said the Beetle,
With my thread and needle.
I'll make his shroude.
「細かい事だけど、ここからセリフの中が未来形になってるんだよね」
「ほんとだ」
「つまりコマドリが死んだのを確認して、葬式の段取りしてるって事ですか?」
「saidになってるから話自体は終わってるのかな。分かんないけど」
暇な寄り合い部、合同同好研究部。現在、部長の訳した歌詞を参考にマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。
みんな好き勝手な事をする部活なため、自由参加である。
「ごめん、shroudって何? 一応調べてみたけど、遺体を包む布? ってことでいいの?」
ほぼ言い出しっぺの副部長。早矢が聞くと、元英語研究部近堂が説明を始めた。
「この場合は棺桶に敷く白い布みたい。
西洋のお化けが被ってるシーツみたいなのがこのshroudなんだって」
「へー」
そこまで説明すると、近堂は少し黙ってから周りに尋ねた。
「……このコマドリ、棺使ってる?」
「使ってるんじゃないの?」
当たり前と言えば当たり前である。
「coffinが出てくるし、pallも棺の覆いか棺そのものらしいから使ってるはず」
「こっち、絵本の詩だとcoffinありませんよ」
「へ?」
「一応1860年って絵本には棺出てくる」
William Samuel著。『The death and burial of Cock Robin』の鳶の場面である。
「他の絵本も彼を運ぶとは言っているものの絵では棺で運んでますね」
報告を聞いて、ちょっと考える風にしてから近堂は続けた。
「昔の埋葬って棺使ってなかったっていう説があるらしいんだよね。
このshroudって言うのに包んで墓穴に埋める。そして数年後、新しい埋葬者が出た時とかにに掘り出して骨を納骨堂に収める」
「あ、納骨堂ってそういうシステムだったんだ」
「……掘り出した時にまだ分解中とかだったらどうすんだろ……」
「感染症とか大丈夫なんだろうか……」
「こわい」
「そういうわけだからお化けもshroudをまとって出てくる姿だったらしい」
「あーなるほど、その布の下は……って想像すると意外と怖いな。シーツ被ってるから内気でかわいいお化けなのかと思ってた……」
そこに元歴史研究部、保志名が口を挟んだ。
「俺もその辺が気になったんで、今、調べてみてたんだ」
元歴史研究部、保志名。喋ったと思ったら黙り込み、気になった事を調べているマイペースな男である。
「一応、教区の棺parish coffinというものがあったのが分かった。
これは安置所から墓場まで遺体を運ぶ為の棺。要するにレンタル棺。埋葬の穴に遺体を入れたら使いまわすらしい。
そこそこ裕福な人は17世紀に自前の棺桶とか作ってたっぽい話もあるみたいだ」
「へー」
「昔の西暦500年頃までは棺桶も火葬も使ってて、その後で納骨堂型になったっぽい? 黒死病みたいな大勢人が死ぬ緊急事態がたびたびあったのもあって棺桶が間に合わなくなったのかな?
で、調べてたついでに見つけた話だから関係ないんだけど、17世紀半ばから19世紀初め頃の英国ではshroudには羊毛を使うべしっていう法律があったらしい」
「何で??」
「何か時代背景の手掛かりになるかもしれないから一通り言ってって」
部長美夏原に促されて保志名がもう一度口を開く。
「地元の羊毛産業の保護のためにライバルを締め出そうとしたらしい。一つはフランスのリネン。もう一つはインドのキャラコ。
1600年に東インド会社が設立され、当時インドから輸入されたキャラコっていう綿製品が大人気で、国産の羊毛産業が大打撃を受けそうになった。その保護政策でキャラコ禁止法ができた。shroudの決まりもその一つみたいだ。あまり守られてなかったみたいだけど」
「英国しょっちゅう外国製品で国内産業に打撃を受けてるな」
「この頃には全世界が相手になるから産業によって有利不利出やすかったろうからね」
「イギリスがインドからの輸入を止めても他のヨーロッパ諸国がインドから買ってイギリスに売りつけるというパターンがあるので使用禁止でもしないと歯止めがかからなかったらしい」
「キャラコ・ジャックもそういった禁止法に対して俺はお上には従わねぇぜという意思表示もあったのでござろうなぁ」
「何それ?」
副部長早矢が小柳に尋ねたら、代わりに西院寺が答えた。
「17、18世紀頃に居たジョン・ラカムという海賊の事ですぞ。インドのキャラコ製品を愛用していたと伝わっているのですぞ」
「へー」
「16世紀にヘンリー8世がカトリックやめたんで納骨堂も使われなくなってお墓になったっぽい。ペスト禍とかの異常事態以外は基本的にお墓作ったみたい。
そして恐らく人口過密で19世紀ロンドンの墓地がえらい事になって感染症の危険とかも出てきたんで都市内の埋葬を原則禁止し郊外の埋葬地を設定したらしい」
「墓地がえらい事に……あまり聞きたくないな」
「このcoffinとcasketって違うの?」
「coffinは、あの長い六角形みたいな形のやつみたい。何であんな形かって言うと、木材の使用量を減らすためらしい。
casketは長方形の形をしてる。19世紀頃の比較的新しい言葉で元々宝石箱みたいな飾りのついた箱の意味なんだって。coffinの縁起の悪さを打ち消すための言い換えだったみたいだ」
「つまりこの歌、棺が出てこないって事は納骨堂を使ってた時代の可能性がある?」
「なるほど?」
「ところでbeetleってカブトムシじゃないの?」
「needleに合わせるためとはいえ糸も針も無いよな。針って頭の角?」
「英語ではツヤッとしたそこそこの大きさの虫は大体beetleのようだ。絵本見てもそんな感じだし。
日本でも四つ足の犬ぐらいの大きさの黒っぽい動物を指してムジナって呼んでた節があるだろ」
「だから訳も甲虫としたよ」
「つまりクワガタやゲンゴロウとかも?」
「コガネムシとかもそうみたい。最近の外国の絵本とかの誰がコマドリを殺したかではbeetleのシーンでテントウムシが出てくることが多いね」
「……ちなみに黒いあいつも?」
「……多分」
「この話やめやめ」
「蜂や蛾やクモなら針か糸を納得できたのに」
「語呂が悪かったのかなぁ……」
「やめようって」
「蚕って当時のヨーロッパに知られてるの?」
「6世紀にビザンツ帝国が秘密裏に修道士に蚕の卵を移送させたと伝えられる。10世紀頃にはヨーロッパにも生産地があったみたいだ」
「Beadleっていう宗教行事にも関わる……雑務全般担当?みたいな役職があったらしいんで、もしかしてそこから来たのかなぁ……とか」
「じゃあ鳥と関係の無いfly、fish、bullはもしかしてその辺から?」
「そういう役職があるかは分かんなかった」
「キリスト教の聖職者の役職名なんて分かんないよ……」
「うーん……とりあえず役職名をもじってる可能性も念頭に次に行こうか」
部長が仕切り直すと、能上が告げる。
「次の5番はフクロウがお墓を掘るシーンです」