31.別の名前で呼ばれる薔薇も、甘い香りがするでしょう
「発汗病ともう一つは教会なんだよな。ウッドヴィル家が居ればいつでも発動できるんだもんな、エレノア・タルボット爆弾」
「病気と継承問題はどうにかしないと最終的に全員死ぬ気がする」
「ジョン・モートンとか本気でどっち側なんだよ」
「当時のイングランドで宗教的に一番偉い人って誰だっけ?」
「トマス・バウチャーThomas Bourchier枢機卿じゃないかな。
この人はリチャード3世の味方のはずだ。エリザベス義姉さんの所から甥っ子弟のリチャードを連れ出す説得を手伝ってくれてるし。リチャード3世の戴冠もしてる。
つまり事情を知って協力してくれてるはずだ。
この人は枢機卿だから、刑事事件とか民事事件でも起こさない限り弾劾とか受けない。裁けるのは教皇だけ。この人に何かやったら全カトリックが敵に回る。宗教界の超強力カード。勝てるのは教皇ぐらい」
「じゃあもうエドワード兄さんが婚約してましたって言い張るロバート・スティリントンとかはその人に破門とかしてもらえばいいじゃん。何でやらないんだよ」
寄り合い同好会集団、合同同好研究部。
暇に飽かせて、童謡『Who killed Cock Robin』の元ネタを検証していたところ、歌の由来がリチャード3世の鎮魂を祈るものだったのではないかという仮説が出た。
リチャード3世と言えばシェイクスピアに描かれる悪役主人公であるが、その悪行の多くは後代に創作されたものとされる。
イングランドとフランスが争った百年戦争の終わり頃、イングランドでは中央政治から遠ざけられた貴族の間で、枢密院への不信が募り爆発。薔薇戦争が勃発する。
その争いの中心となったのが枢密院のランカスター家とその分家ボーフォート家。そしてリチャード3世の父親、ヨーク公リチャードである。
ヨーク公リチャードは王位継承権を得るものの、戦死。代わってリチャード3世の兄がエドワード4世として王位に就く。
エドワード4世と従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルが協力し、敵対していたランカスター派を追い落とすことに成功。
この治世の間、リチャード3世はグロスター公の地位を与えられ成長していく。
しかしエドワード4世の秘密結婚の頃から徐々にエドワード4世とウォリック伯の仲が悪化。
ウォリック伯はクラレンス公ジョージと結託して反乱を起こし、エドワード4世とグロスター公リチャード達は国外に脱出する。
その翌年、エドワード4世とグロスター公リチャードは軍備を整え、反攻を開始。
この戦いによりウォリック伯は討ち死に、国王だったヘンリー6世の直系は途絶え、ランカスター派は勢いを失い、エドワード4世は国を治めた。
エドワード4世の治世中、兄弟であるクラレンス公ジョージの処刑や、周辺国との戦争などがあったものの、概ね穏やかに国は保たれていた。
しかし、そのエドワード4世が急死する。
エドワード4世は死の間際に、グロスター公リチャードを護国卿に任命した。
しかし、グロスター公リチャードは突然、甥の戴冠式を延期。
秘密結婚の以前に別の女性と交わされていた兄の婚約によって、義姉との結婚は成立していないと発表。甥であるエドワード4世の息子たちの嫡出を否定し、継承権を無効化。自身が王位に就いた。
リチャード3世である。
しかし簒奪の形になったためか、国内が不安定化。
リチャード3世と同盟者のはずのバッキンガム公の反乱などが勃発。
ボズワースの戦いではリチャード3世のほとんどの軍が動かず、ランカスター派の当主、ヘンリー7世に敗北した。
この一連の史実を確認した上で、一番極端な事を仮定した。すなわち、リチャード3世が完全に無罪だった場合、何を思ってどんな行動をしていたのか。である。
そうして出てきたのが、エドワード5世戴冠式騒動の真犯人は、エドワード4世時代の恩恵が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、リチャード3世を排除しようとしたのではないか、という仮説である。
エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚により、国王の庇護を受けていたウッドヴィル家。
しかしエドワード4世の急逝により、急遽、護国卿に任命されたのは、ウッドヴィル家の対立派閥と目されていたリチャード3世だった。
後ろ盾が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、教会関係者を巻き込んで陰謀を企んだ。
戴冠式でエドワード4世の重婚を指摘してその息子である王子を非嫡子扱いし、偽王排除の暴動を誘発する。その動揺を突いて政敵であるリチャード3世を暗殺し、自作自演の嫡子回復の功を上げて王を傀儡化する。
しかし、その実態はランカスター派が策謀した、ヨーク派の内紛を狙う離間計だった。
リチャード3世はそれを阻止しようとしたが、リチャード3世に味方してくれたアンソニー・ウッドヴィルや盟友のヘイスティングス達は騒動に紛れて処刑された。
甥達は教会法に諮られるのは回避したものの、法律的には庶子という扱いにせざるを得なくなった。
やむを得ずリチャード3世が王位に就く。
法律上の庶子。それは国内の不穏分子を排除した後で、法律を削除して甥達を嫡子に戻し、王位に就ける布石だった。
しかしロンドン塔で保護している間に、甥達が新興感染症、発汗病で亡くなった。
埋葬時に教会法の下で庶子の扱いをされるのを回避するために、リチャード3世は甥達を兄、エドワード4世の墓に秘密裏に埋葬した。
一方、王子達が排除されたことで王位にあと一歩に届いてしまったバッキンガム公は、反リチャード3世を標榜する集団に担ぎ上げられる。その多くはエドワード4世派と見せかけたランカスター派だった。
反乱が鎮圧され、バッキンガム公が処刑されると、反乱で束になった集団は大陸に渡ってヘンリー7世のもとに参じた。
リチャード3世がヘンリー7世を迎え撃ったボズワースの戦い。
戦闘の直前に発汗病を発症したリチャード3世は、ヘンリー7世を討ち取るために突撃を敢行し、玉砕した。
リチャード3世の症状に気づいた者の多くは、その戦いの最中にヘンリー7世に寝返ることを決めた。
そしてヘンリー7世の治世下、流行する発汗病などの社会問題を新王朝からそらすために、リチャード3世を悪者に仕立てる印象操作が行われた。
30年後、トマス・ウルジーが主導でフランスとの親和路線がとられた。
そのために過去のチューダー朝とフランスの共同戦線であるボズワースの戦いが引かれ、リチャード3世は悪役に仕立てあげられた。
それを記録に残していたのがトマス・モアだった。
という仮説である。悲劇で終わったが、じゃあどうすればよかったんだろ? という話をしている。
「流石に戴冠式の時は無理だったんだろ」
「何でだよ? ロバート・スティリントンは過去にエドワード兄さんに投獄されてるから動機も十分だぞ」
「多分まだ証拠がなかったんだ。下手に裁いたらそれこそ反撃される」
「もうロバート・スティリントン弾劾裁判にかけようぜ。そこならボロ出さざるを得ないだろ」
「ロバート・スティリントン、教会法の権威だぞ?」
「バウチャー枢機卿は大法官だから大丈夫だろ。ボロ出した瞬間にとっちめてもらえばいい」
「誰も予想だにしない英国宗教裁判?」
「………ジョン・モートン、黒だったんじゃね?」
「え? 何で?」
「バウチャー枢機卿、ジョン・モートンの師匠みたいなポジションらしいんだよ。
ジョン・モートンが反乱に参加してる間、バウチャー枢機卿が説得したりしてる様子が無いんだ。俺が資料見つけられてないだけかもしれないけど」
「………イーリー司教って相当高い地位だろ? 王様の戴冠式に出て来るぐらいには。
国内にランカスター派、どれくらい残ってると思う?」
「………薔薇戦争が始まって30年、エドワード兄さんが戴冠して20年か?
ひっそり残ってる人とか、積極的に動かないけどチャンスがあれば、って人は結構居るんじゃないかな? 高齢で高位の聖職者とか多そう。
司教の投票制だとしたら負ける可能性はある」
「そうでなくても自由意思で積極的に活動するのは一般的に組織の20%前後だとして、ランカスター派が半分占めてたら国内の教会の一割が一斉にロバート・スティリントンを擁護し始める。教皇庁に沙汰を頼んでも相当ややこしいことになりそうだ。
教皇庁はイングランドの事情を詳しく分からないだろうし。やっぱり説明に時間食われそう」
「それでまかり間違ってエドワード兄さん達の結婚無効の布告とか出されたら最悪だぞ」
「あ…」
「また何か面白いもの見つけちゃった子が居るな?」
部長が目ざとく見つけたのは元語学研究会飛田のリアクションである。
「いや、もしそうだとしても蛇足になりますよ?」
「おもしろくなかったら没にするからいい」
「フランスの王様、この時期ルイ11世なんですけど」
「………確かに何かやってきそうだな……」
「誰?」
副部長が首を傾げた。
「陰謀に定評のあるフランスのやり手の王様かな? まぁリチャード3世に負けず劣らず悪い噂立てられてる。
従兄弟のウォリック伯とランカスター家を組ませたのもこの王様だって説があったはずだし、この前、他国の王様達と一緒にフランスに殴り込もうとしたら金貨で殴り返されて帰らざるを得なかったでしょ。あの人」
「ブルゴーニュでちょくちょく暴動があるのもこの王様の扇動だったってもっぱらの噂」
「あー………なるほど、やり手か」
「確かイングランドがフランスと交渉する時にバウチャー枢機卿とジョン・モートンも居たらしいんで、教会の人達って向こうの事情に詳しいんだと思うんですよ。
それでこのエドワード兄さんが亡くなった年、3月の末から4月末頃にイタリアの聖人がフランスの王様に会いに来てるらしいんです。
この聖人は病気を治せるって言われてて、教皇がわざわざフランスの王様を診てあげるように聖人に頼んだそうなんです。
それでイタリアからフランスまではるばる来訪したと、フランス国内ではちょっとしたお祭り騒ぎだったらしいんですね」
「治ったの?」
「神の御許に旅立つ準備をするように諭されたらしい。実際にルイ11世はこの年の8月に亡くなっている」
「王様に治らないって言えるのむしろすごいな」
「で、このフランスのお祭り騒ぎを利用して「聖人の訪問は表向きで、ランカスター派から教皇庁に話が通っていて、フランスでイングランドの王位継承に介入する準備が出来てる」とかハッタリかまされたら嫌かなぁ………って」
「………3月末から4月って、丁度エドワード兄さんがぶっ倒れた時か………流石に無いと言いたいけど、確認するのに一手損しそう………」
「無いものを探すのめちゃくちゃめんどくさいからな。少なくても6月の甥っ子の戴冠式には絶対間に合わない」
「もしハッタリじゃなければ教皇庁からエドワード兄さんとエリザベス義姉さんの結婚無効の布告だ。慎重にならざるを得ない」
「その聖人、ナポリ王フェルディナンド1世の所に居たフランチェスコ・ダ・パオラFrancesco da Paolaで合ってる?」
「うん? 合ってるけど、どうしたの?」
「この聖人の話がフランス宮廷に伝わったのは、ナポリの商人を介してだと言われている。
ナポリはヘンリー6世の王妃様、マーガレットオブアンジューのお父さんルネダンジューRené d'Anjouが継承した土地のはず。4年戦ったけど、このフェルディナンド1世の息子に勝てなくて王位は手に入らなかった」
「………それは…気付いたら冷や汗出るだろうな………仇討ちのために教皇庁の使節を秘密裏に移動させるにあたって、王妃様の縁故のナポリの商人の伝手で、何も知らない中立な聖人を担ぎ出したって考えたら………」
「教皇庁の見解の確認とか手探りしてたら何やかんやで10年くらいかかっちゃうんじゃないの?」
「ランカスター派の介入も合わさって押し問答の末に進まない交渉にブチギレたリチャード3世が数十年早く英国国教会作りそう」
「そんな事したらカトリックのランカスターとプロテスタントのヨークを主軸にイングランドが宗教戦争最前線になるぞ。全然国治まらねぇ」
「流石にプロテスタントとは名乗らずに、改革派カトリックというか、今の英国国教会みたいに中道派みたいなのを名乗るんじゃなかろうか?」
「成り立ちが『王室の継承問題で教会に余計な口を出されたくない』という一点なので大体合ってる……」
「結婚は七秘蹟の一つだぞ。教会を通して神様の恩寵が得られるとされる貴重な機会。
それを聖職者が悪用したってなったなら、敬虔な信徒ほどいい顔しない」
「多分カトリックも二つに割れる。『そもそも秘密結婚なんかするから』って勢と『エドワード4世の結婚は間違いなく祝福されていたはずで、それを政治利用でいちゃもんつけたのはランカスターだ』って勢」
「エドワード兄さん、確かに神様のお気に入りとしか思えないんだよなぁ」
「でもエドワード兄さんには秘密結婚っていう、どでかい瑕疵があるんだよ?
教皇庁の心証は絶対悪い。勝てたとしても絶対長引く」
「いやこれ勝てなくないか?」
「ていうか誰が考えたんだよこれ?」
「ジョン・モートンかなぁ……? 多分この騒動のブレーン的な動きをしてるんじゃないかと」
「あの短期間で考えたの? これを? 多分エドワード兄さん死んで1か月経ってないぞ」
「ていうかエドワード兄さんの秘密結婚ってそんな有名な話だったの? それだと自称婚約者の女の人がぞろぞろ出てきたりしない?」
「教会の偉い人とかは知ってたんじゃない?」
「考えたのウォリック伯だったりして……」
「どなた?」
「従兄弟の16代目ウォリック伯、リチャード・ネヴィル。キングメーカー」
「??? 戴冠式騒動の時にはとっくに戦死してるでしょ?」
「まぁ根拠は全然ないから創作のレベルなんで流してくれていいけど、こんな筋書き。
ウォリック伯はランカスター派に付いてエドワード兄さんを追い出した後も、市民に大人気のエドワード兄さんを復位させないようにする方法を考えていた」
そうして思いついたのが反エドワード4世派、つまりランカスター派の聖職者を抱き込み、自身がエドワード4世の近しい親族であることを利用して、秘密結婚の瑕疵を利用し、エドワード4世の重婚をでっちあげる事。
こうなるとエドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルとの結婚は無効。その子供達は庶子になり、エドワード4世に後継ぎは居なくなる。
「そこで議会に根回しして国王に迫るわけだ。
エリザベス・ウッドヴィルと離婚してウッドヴィル家を切り捨て、別の女の人と後継ぎをもうけるか。
国王として不適格の烙印を押されるか」
「うわ…」
「エドワード兄さんにとって幸いと言うべきか、ウォリック伯の戦死でこれが実行されることはなかった」
「エドワード兄さん、絶対にそんな離婚には応じなかったと思う」
「エドワード兄さんが拒否してたら、堂々とジョージ兄さんやヘンリー6世を担ぎ上げられただろうね」
「……ランカスター派の聖職者が知ってたならさ、ジョージ兄さん、その計画知ってたと思う?」
「………エドワード兄さんの治世中、ジョージ兄さんがエドワード兄さんのことを庶子だって言ったって話があるらしいんだよね。
あまりにも今更過ぎて確かめようもないから、単なる中傷合戦の一幕かと思ったんだけど………もしかしてジョージ兄さんが言ってた庶子のエドワードって、エドワード兄さんの長男のエドワードの事だったんじゃない?
従兄弟の代わりにこの計画を実行しようとして、ジョージ兄さんとランカスター派聖職者の足並みがそろわずに不発したんじゃないかな」
「あるいはエドワード兄さんがカリスマ性で抑え込んだか」
「ロバート・スティリントンがエドワード兄さんに牢に放り込まれたの、これ絡みじゃないだろうな……ジョージ兄さんの裁判関係の頃だったはず………」
「………微妙にありそうで困る……」
「ジョージ兄さん、まだバリバリに王位狙ってたんです……?」
「………なぁ、エドワード兄さんの治世中に、妙な行動してジョージ兄さんの反乱に協力した疑いを持たれて収監された人が居たよな?」
「えーと………第13代オックスフォード伯ジョン・ド・ヴィアーJohn de Vereかな?
この人はずっと従兄弟のウォリック伯に味方してて、バーネットの戦い、従兄弟のウォリック伯が戦死した霧の戦いで、ヨーク陣営の左翼を圧倒して霧の外に出た後、慌てて霧の中に戻ったら友軍に攻撃されちゃったとされる人。
後にボズワースでランカスター派の指揮を執る」
「その人の戦運荒ぶり過ぎだろ」
「この人、ジョージ兄さんの反逆罪関連で逮捕されて高所から堀に飛び込んだけど生きてて、看守の説得に成功して脱獄してヘンリー7世に加わってるらしいから、全体的に運が荒ぶっている」
「この人の奇妙な行動というのは、セント・マイケルズ・マウントSt. Michael's Mountっていう小島を占拠してるらしい。ここはイギリスの西南の端、西南の方に出っ張ってる所の端っこ。
これさ、最初に誰かが言ってた『地方で反乱が起こってロンドンが手薄になったタイミングで、王子様庶子騒動を起こして暴動を誘発する計画』の一環だったんじゃないか?」
「仮にそういう計画だったとして、じゃあリチャード3世はこの事件を知らなかったって事?」
「リチャード3世も事件の捜査に加わってたんじゃないかな? だからジョージ兄さんの助命を願えなかった。完全に反逆罪だから。
この計画では秘密結婚を追求して教会に訴え出るためには、エドワード兄さんの血族、つまりエドワード兄さんの兄弟姉妹かお母さんの家系のネヴィル家の協力が必要だと思うんだ」
「リチャード父さんの方の家系は?」
「ヘンリー5世が相続させる先に困る程度に死に絶えてるし、リチャード父さんのお姉さん、伯母さんの所は多分一貫してヨーク派だし、そこまで野心的な勢力じゃないから………大丈夫じゃないかな………」
「だから従兄弟が戦死して、ジョージ兄さんを処刑して、大司教の従兄弟も病死して、叛意の無いリチャード3世達みたいな仲の良い家族だけなら警戒は必要ない。
ロバート・スティリントンが釈放されたのも、それが理由なんじゃないかな」
「聖職者もジョージ兄さんの連座で処刑しちゃえばよかったんじゃないの?」
「聖職者の処刑って相当難度が高いっぽいんだよ。理由を公表しなきゃ納得されないだろうし、理由を公表したらまた秘密結婚の事実を悪用する奴が出そうだしで無理だったんじゃないか?」
「……従兄弟さ、エリザベス義姉さんとの結婚をずっと反対してて、事ある毎にこんな感じでエドワード兄さんの離婚を画策してたんじゃないの?
従兄弟の弟の宰相解任、これ絡みなんじゃないの?」
「……ああ…なるほど」
「そりゃ仲悪くなるわ」
「従兄弟と兄さんの結婚に対する価値観の相違もありそう。割り切って政略結婚できるタイプか、無理なタイプか」
「従兄弟の弟の方、大司教ジョージ・ネヴィルは1472年の4月に反逆罪で逮捕されて、秘密裏にカレーの方に移送されてる」
「あ、エドワード兄さんのご飯食べようぜってフェイントに引っかかって逮捕された時の」
「……さっきの運があらぶってる人が小島に上陸したのいつだっけ?」
「1473年の9月」
「大司教ジョージ・ネヴィルの逮捕容疑は、このオックスフォード伯と文通を行っていたためです」
「え……………もしかして………マジで?」
「従兄弟、頭が良すぎるんだよ…。セントオールバンズでも活躍したみたいだし、サンドイッチの造船所の奇襲もノーサンプトンの陣地侵入なんかを見ても」
「キングメーカーの名は伊達じゃないと」
「盤外戦術が上手すぎる」
「バグ技に近いよな」
「何か2回目のセントオールバンズに勝った王妃様王子様の軍がロンドンに入れなかったの、従兄弟が何かやったんじゃないかって気がしてきたぞ……」
「そこまで何でもかんでも従兄弟のせいにすることないだろ………まあ言いたい気持ちも分かるけど」
「そうだとすれば何人の王様の浮沈に関わってんだよ」
「ヘンリー6世で1人。
もしリチャード父さんが長生きしてたら2人。
第二次セントオールバンズでヘンリー6世の息子のエドワード王子がロンドンに入れてたら、エドワード兄さんの凱旋は無かっただろうから………4人。
ジョージ兄さんが簒奪出来てたら5人。
ジョージ兄さんが反逆罪に問われることもなかったなら、エドワード兄さんの子達の庶子騒動があった時にジョージ兄さんの息子が王位に就く可能性もあったわけで、6人。
リチャード3世とエドワード兄さんの息子達で9人。
この計画で継承権が手の届く所に来ちゃったバッキンガム公を入れるなら10人。
ヘンリー7世が王位を獲れたのが、この計画に端を発したヨーク派の内紛と人手不足が原因な所があると考えたら、11人」
「そりゃ事情知ってる人はキングメーカーって言うわな………」
「平時に乱世の感覚でバグ技使われたら、そりゃ走狗も煮られるよ」
「バグ技使いの走狗……」
「死んだウォリック伯が生きてる元仲間達を奔走させまくっている………」
「ネタにしてる場合じゃないぞ」
「敵に回したくないタイプなのに裏切ったら……まぁ………」
「ランカスター派、バーネットの霧の戦いで劣勢になった時、ウォリック伯が何か策を弄して意図的にランカスター軍を窮地に陥れたと思い込んだんじゃないだろうな………」
「戦闘前に「指揮官が逃げると思われたら士気が落ちるから馬に乗らない方がいいですよ」って言われてるらしいんだよね………」
「あ、これ裏切ると思われてるっぽい」
「………背水の陣で死ぬのは、退路が無いからなんだってさ。
味方に切られたっていうのが本当なら、ウォリック伯も気付かない内に背後が無くなってたのかな………」
「策士策に溺れるってこういうのなの??」
「………つまり従兄弟やジョージ兄さんは失敗したけど、反エドワード4世派、というかランカスター派の聖職者達はこの計画をずっと覚えてて……?」
「俺が言いたいのはさ、これの焼き直しだったとしたら、リチャード3世、戴冠式騒動の仕掛けにかなり最初の方で気付くんじゃないの? って事なんだけど」
「どうやって? エドワード兄さんがとっくの昔に完封した陰謀で、命綱がなければウッドヴィル家の自爆だぞ」
「リチャード3世、陰謀を聞いてから数か月以内におよその概略を掴んでるっぽいから、途中で気付いたんじゃないだろうか?」
「そもそもがウッドヴィル家を追い出すための計画だったなら、ウッドヴィル家が計画の詳細や実行の伝手を持ってるとも思えない。
命綱もといランカスター派聖職者側からウッドヴィル家に計画を持ち掛けたと考えるのが自然だけど」
「いくら教会が腐敗してると言われた時代とはいえ、暗殺計画を聖職者が切り出す? 怖すぎて乗ってくれないと思う。そんな計画」
「エドワード兄さんの死から一か月経ってないんだよね。信頼関係の構築は難しくないか?」
「前々から内通してたんじゃないの?」
「内通しようにもエドワード兄さんの死とリチャード3世の護国卿就任が突発的すぎる」
「傀儡化のためにアンソニー・ウッドヴィルの暗殺計画があって、護国卿就任が決まったリチャード3世も乗せただけじゃない?」
「仮に暗殺計画があったとしても、アンソニー・ウッドヴィルは戴冠式で暴動が起こっても対応に関係しないだろ。というか何かあったら厳重に警備されて新王と一緒に一番安全な所に引っ込むと考えるのが普通だ」
「護国卿じゃなくても甥っ子の戴冠式にはリチャード3世も来るだろうから、その時の暗殺計画だったんじゃないの?」
「護国卿就任が無かったらリチャード3世は戴冠式の警備して北部統治に戻るだけだろ。一方のウッドヴィル家は王太后の血族で中央で権勢振るい放題だぞ。暗殺を計画する方がリスクが高い」
「でも北部はウッドヴィル家の重要拠点だし……」
「戴冠式に騒動を起こして自分達が無事に済む根拠が薄い。リチャード3世の護国卿就任で相当に切羽詰まってたはずだ。
エドワード兄さん存命時からの教会・ウッドヴィル家の事前打ち合わせは多分ない」
「じゃあ教会はどうやって信頼を得たんだろ?」
「普通に利害関係じゃね? 成功報酬。ライバルが居ないなら王権使い放題だろうし」
「信頼できねぇ、そんな生臭坊主。計画に乗って暗殺が上手くいったとしても、それこそ継承無効を盾に王権ごと乗っ取られるか、教会に梯子外されて反逆罪で誅殺される未来しか見えねぇ」
「つまり聖職者がウッドヴィル家に対して、リチャード3世一人…もしかしたらアンソニー・ウッドヴィルもだけど、とにかくごく少数の被害で済むと思わせる大義名分を出してきた事になるわけだけど」
「……………邪魔者を消す手伝いをする代わりに、エドワード王子の仇を討ってくれって言ったんじゃないの?」
「えーと???」
「甥っ子のエドワードじゃなくて、ヘンリー6世の息子のエドワード王子」
「ああ!」
「テュークスベリーの戦い……兄さん達二人とも亡くなって、残ってるのリチャード3世一人か……」
「あの時ヘンリー6世の奪還に失敗したのはアンソニー・ウッドヴィルがロンドン包囲戦で防戦したからだしな……」
「この計画、実際にそういう仇討ちの側面もあったんじゃないの?
ランカスター家に仕えてた人にしてみれば、百年戦争を終わらせて挙国一致で内政頑張ろうって時に、リチャード父さんに追い出されて、最後はわけ分からない内にその息子達に主君の血族全員殺されて終わっちゃったんだぜ。
リチャード3世とエドワード王子、ほぼ同い年。王子が生きてればあんな歳って、リチャード3世を見る度に思うわけだ。
奥さんも一緒だしさ…」
「………」
「………つまり従兄弟やジョージ兄さんが失敗したこの計画、ランカスター派の聖職者達はずっと覚えてて、それがウッドヴィル家を利用して炸裂したのがリチャード3世の代、と……」
「………もしそんな昔から計画されてたのを知ってたなら………教皇庁に話が付いてるって言われたらハッタリと切り捨てる事はできなかっただろうな………」
「めちゃくちゃ気の長い陰謀……あったわ………」
「……流石にキングメーカーそこまで祟らない……よね……? 祟る……?」
「やめようこの話、怖い」
「もうエドワード兄さんが生きてるうちに告解って形で秘密結婚を暴露してもらって教皇庁に祝福をもらおう。当時ヨークとランカスターは仲悪かったんで秘密結婚という形になったんですけど。って泣き落として。
いがみ合う二勢力を愛の力で乗り越えた二人。多分教会は好きでしょ? そういう人たちに祝福与えるの」
「ロミオとジュリエットだ」
「いや、仮に通ったとしても多分ローマまで行かないとダメでしょそれ。エドワード兄さんが国を離れるのは絶対まずい」
「下手なタイミングだとジョージ兄さんが国盗りに来るぞ」
「バウチャー枢機卿の祝福じゃダメなのか?」
「一応カンタベリー大司教、バウチャー枢機卿は教皇の代理みたいな立場のはずだけど、こういう時にどうなるかまでは知らない」
「親戚同士のリチャード3世達が結婚する時とかも教皇庁から許可もらってるから、多分こういうの全部教皇庁の管轄。イングランドの王様の秘密結婚ともなると、手紙じゃ無理でしょ多分」
「そういう時のために教皇代理の人とかが派遣されるんじゃないの?」
「教皇特使Papal legateだな。調べたらヘンリー8世の離婚騒動の時にも呼ばれてるみたいだ。
戴冠式騒動の時は多分、この役職に話が通ってる事を仄めかされたんだと思われる」
「バウチャー枢機卿が問題ないよって祝福しそうだったらランカスター側が教皇庁に異議申し立てしそうな気がする」
「教皇庁が中立だとして。なんせエドワード兄さんは秘密結婚。しかも戴冠式だと重要な証人のエドワード兄さんやウォリック伯は死んでる。ランカスター派聖職者はそれを最大限利用してくると見ていい」
「話が振出しに戻ったな?」
「もう最初から従兄弟のウォリック伯に相談して秘密結婚じゃなくすれば?」
「絶っっ対通らないし割れる。ヨーク陣営が早々に真っ二つに割れる」
「王妃様王子様、従兄弟、ジョージ兄さんがバラバラだったから各個撃破できただけで、一回でもまともに連携されたら絶対しんどいぞ。リチャード父さんとエドムンド兄さんとリチャード伯父さん、同じ戦場で死んでるからね?」
副部長早矢が軽く手を挙げた。
「甥っ子に戴冠する方法思いついた。庶子になっちゃうけど」
「はぁ??」