30.その血潮は石に迸った
「紋章の整理、度量衡、目安箱もとい市民の陳情の受付窓口の拡充、司法制度の充実。
地味だけどかなり重要なの多いな」
「紋章って現代日本で言えば実印と家紋と屋号が合わさったみたいなもんらしいんだ。被ったり間違ったり勝手に使われたりするとトラブルの元だから」
「リチャード3世の治世の善し悪しを論じるには、統治の期間が短すぎる。というのが専門家の見解だそうだ」
「わずか2年だからな」
「この人、逆行転生者か何かか?」
「ループしてそう」
「ここ失敗回の世界なのかよ」
「わかる。戴冠式の暴動に対して陣頭指揮をとってたら、ウッドヴィル家の旗印の奴に不意打ちで殺された回ありそう」
「いやループしてんのってエドワード兄さんの方じゃね?」
寄り合い同好会集団、合同同好研究部。
暇に飽かせて、童謡『Who killed Cock Robin』の元ネタを検証していたところ、歌の由来がリチャード3世の鎮魂を祈るものだったのではないかという仮説が出た。
リチャード3世と言えばシェイクスピアに描かれる悪役主人公であるが、その悪行の多くは後代に創作されたものとされる。
イングランドとフランスが争った百年戦争の終わり頃、イングランドでは中央政治から遠ざけられた貴族の間で、枢密院への不信が募り爆発。薔薇戦争が勃発する。
その争いの中心となったのが枢密院のランカスター家とその分家ボーフォート家。そしてリチャード3世の父親、ヨーク公リチャードである。
ヨーク公リチャードは王位継承権を得るものの、戦死。代わってリチャード3世の兄がエドワード4世として王位に就く。
エドワード4世と従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルが協力し、敵対していたランカスター派を追い落とすことに成功。
この治世の間、リチャード3世はグロスター公の地位を与えられ成長していく。
しかしエドワード4世の秘密結婚の頃から徐々にエドワード4世とウォリック伯の仲が悪化。
ウォリック伯はクラレンス公ジョージと結託して反乱を起こし、エドワード4世とグロスター公リチャード達は国外に脱出する。
その翌年、エドワード4世とグロスター公リチャードは軍備を整え、反攻を開始。
この戦いによりウォリック伯は討ち死に、国王だったヘンリー6世の直系は途絶え、ランカスター派は勢いを失い、エドワード4世は国を治めた。
エドワード4世の治世中、兄弟であるクラレンス公ジョージの処刑や、周辺国との戦争などがあったものの、概ね穏やかに国は保たれていた。
しかし、そのエドワード4世が急死する。
エドワード4世は死の間際に、グロスター公リチャードを護国卿に任命した。
しかし、グロスター公リチャードは突然、甥の戴冠式を延期。
秘密結婚の以前に別の女性と交わされていた兄の婚約によって、義姉との結婚は成立していないと発表。甥であるエドワード4世の息子たちの嫡出を否定し、継承権を無効化。自身が王位に就いた。
リチャード3世である。
しかし簒奪の形になったためか、国内が不安定化。
リチャード3世と同盟者のはずのバッキンガム公の反乱などが勃発。
ボズワースの戦いではリチャード3世のほとんどの軍が動かず、ランカスター派の当主、ヘンリー7世に敗北した。
この一連の史実を確認した上で、一番極端な事を仮定した。すなわち、リチャード3世が完全に無罪だった場合、何を思ってどんな行動をしていたのか。である。
そうして出てきたのが、エドワード5世戴冠式騒動の真犯人は、エドワード4世時代の恩恵が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、リチャード3世を排除しようとしたのではないか、という仮説である。
エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚により、国王の庇護を受けていたウッドヴィル家。
しかしエドワード4世の急逝により、急遽、護国卿に任命されたのは、ウッドヴィル家の対立派閥と目されていたリチャード3世だった。
後ろ盾が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、教会関係者を巻き込んで陰謀を企んだ。
戴冠式でエドワード4世の重婚を指摘して王子を非嫡子扱いし、偽王排除の暴動を誘発する。その動揺を突いて政敵であるリチャード3世を暗殺し、自作自演の嫡子回復の功を上げて王を傀儡化する。
しかし、その実態はランカスター派が策謀した、ヨーク派の内紛を狙う離間計だった。
リチャード3世はそれを阻止しようとしたが、リチャード3世に味方してくれたアンソニー・ウッドヴィルや盟友のヘイスティングス達は騒動に紛れて処刑された。
甥達は教会法に諮られるのは回避したものの、法律的には庶子という扱いにせざるを得なくなった。
やむを得ずリチャード3世が王位に就く。
法律上の庶子。それは国内の不穏分子を排除した後で、法律を削除して甥達を嫡子に戻し、王位に就ける布石だった。
しかしロンドン塔で保護している間に、甥達が新興感染症、発汗病で亡くなった。
埋葬時に教会法の下で庶子の扱いをされるのを回避するために、リチャード3世は甥達を兄、エドワード4世の墓に秘密裏に埋葬した。
一方、王子達が排除されたことで王位にあと一歩に届いてしまったバッキンガム公は、反リチャード3世を標榜する集団に担ぎ上げられる。その多くはエドワード4世派と見せかけたランカスター派だった。
反乱が鎮圧され、バッキンガム公が処刑されると、反乱で束になった集団は大陸に渡ってヘンリー7世のもとに参じた。
リチャード3世がヘンリー7世を迎え撃ったボズワースの戦い。
戦闘の直前に発汗病を発症したリチャード3世は、ヘンリー7世を討ち取るために突撃を敢行し、玉砕した。
リチャード3世の症状に気づいた者の多くは、その戦いの最中にヘンリー7世に寝返ることを決めた。
そしてヘンリー7世の治世下、流行する発汗病などの社会問題を新王朝からそらすために、リチャード3世を悪者に仕立てる印象操作が行われた。
30年後、トマス・ウルジーが主導でフランスとの親和路線がとられた。そのために過去のチューダー朝とフランスの共同戦線であるボズワースの戦いが引かれ、リチャード3世は悪役に仕立てあげられた。それを記録に残していたのがトマス・モアだった。
という仮説である。悲劇で終わったが、じゃあどうすればよかったんだろ? という話をしている。
「まず甥っ子の戴冠式の準備段階で、アンソニー・ウッドヴィル達も連れてってロンドン塔で籠城の準備をしてもらう。
向こうが事を起こすのは戴冠式本番なんだから、逆にそれまでは比較的安全なはずだ。
エリザベス義姉さん達も説得して連れて来てもらう」
「偽王暴動は出足を押さえて「じゃあグロスター公に戴冠してもらおうぜ!」で一時的に無効化できるのは確認済みだから、甥っ子達は機を見てこっそり寺院のエリザベス義姉さんに預けるのも手かもしれない」
「エリザベス義姉さん、アンソニー・ウッドヴィルの言うこと大人しく聞いてくれるか?
ウッドヴィル家家中、リチャード3世を警戒する人と私欲で王権を独占したい奴が混じってて見分けが付かんぞ」
「甥っ子達はロンドン塔のアンソニーさんに預けて、エリザベス義姉さん達は護衛を付けてウェストミンスター寺院に居てもらった方がいいんじゃないだろうか」
「海軍を押さえられてテムズ川に隣接してるロンドン塔の立地はまずくないか?」
「史実で戴冠式にロンドン塔は襲撃されてないから大丈夫でしょ」
「この時代、艦砲射撃とかあるんだっけ?」
「エドワード3世がカレーで使ったとか何とか……」
「ある。他ならぬロンドン包囲戦の時にアンソニー・ウッドヴィルが撃退したはず。相手が船の大砲を外して岸に設置したらしいから、装備として普及してるはず」
「甥っ子弟までロンドン塔に置くのは何で? 兄弟でばらけてた方が標的が分散して安全じゃない?」
「護衛の人手もばらけるんだわ」
「寺院に置いておくと偽王排除を口実にした暴動にウェストミンスター寺院と義姉さん達が巻き込まれる可能性がある」
「それだと姪達も危ないんじゃない?」
「この時代は女王って発想がない。偽王に憤慨する暴徒でも、警備された寺院の姪達に向く可能性は低い」
「あれ? イギリスって女王陛下って印象だけど………?」
「その印象が出来るのはヘンリー8世の娘達の代から。
この時代で女性の君主と言えば12世紀、海難事故でヘンリー1世の後継者が一斉に絶えた。他家に嫁いでて生き残ってた長女を後継者にしたんだけど、国が荒れた。
ヘンリー8世が男の後継者を切望した理由の一つと考えられている」
「甥はロンドン塔、姪はウェストミンスター寺院として、暗殺側への対応はどうする?」
「ヘイスティングスがエドワード兄さんに悪い遊びを教えてたって話だから、つまりエドワード兄さんが見つけた悪い事しそうな身内はヘイスティングスが知ってて、ある程度は事前に逮捕できるんじゃなかろうか?」
「ああ、ヘイスティングスはエドワード兄さんの潜入捜査の助手みたいな立ち位置の可能性があるのか」
「それやるとヘイスティングスが標的になって不測の事態で殺されない?」
「ヘイスティングスがサクッと処刑されちゃったのは男爵だったってのもありそうな気がするのよ」
「え? 何かもう少し偉いのかと思ってた」
「だからエリザベス義姉さんの息子が犯人だとしたら、最低でも侯爵以上の人が一緒に居ないと危ないんじゃないかと思うのよ」
「この時点で信頼できる侯爵以上の身分の人って誰??」
「リチャード3世か、まだ裏切りの動機が発生してないバッキンガム公辺りしか居ない気がする」
「多分会議を招集して緊急逮捕時にゴタゴタした隙にやられちゃった感じでしょ?」
「ヘイスティングス、戴冠式まではリチャード3世かバッキンガム公に付いててもらった方がいいんじゃないだろうか。普通にエドワード兄さんの仕事の引継ぎとかもあるだろうし」
「何かRTAの攻略チャートみたいになってきたぞ………」
「リチャード3世生存RTA………」
「確率で死病が飛んでくるRTAは嫌だ」
「大体発汗病のせいなんだよな。エドワード兄さんが死んだのも、甥っ子達が死んだのも、ボズワースで突撃せざるを得なかったのも」
「この病気はウイルス性でいいのか?」
「こんな急速に変異するならウイルスだと思う。ただ当時は似た症状の別の病気を鑑別する方法が無いから、はっきりは分からない」
「発汗病の感染経路、想像つく人居る?」
「空気飛沫感染は呼吸器に影響が出ることが多い。だけど発汗病は呼吸器症状がほとんどないんだよね。空気飛沫感染じゃなさそうな気がする」
「夏秋に増えることから、その時期に増えるダニを媒介にしているんじゃないかという見解があるらしい」
「王様王子様が真っ先に罹るっていうのがいうのがよく分かんないんだよな」
「裕福だと布地や敷物が多いだろうから、そこにダニとかかなぁ」
「ダニなら一般人の間でも滅茶苦茶流行りそうな気がするけど」
「洗濯係の人とかが真っ先にやられそうだが……そしたら気付くだろ?」
「中世のお城がめちゃくそ衛生状態悪かった説はあるけど」
「その説が真ならロンドンの街中も同じぐらいめちゃくそだろ」
「貴族の人が多くやられてはいるけど、一応一般にも流行はしてるよ」
「数年から十数年おきに出たり消えたりするってのもよく分からん」
「普通に考えたら自然界に宿主が居て、そいつに接触してばら撒かれるって形だと思うけど………」
「それだと16世紀半ばを最後に消滅ってのがよく分かんないんだよな………」
「でも18世紀フランスに現れたって説もあるから………」
「血液感染とダニや蚊が感染させるのは違うの?」
「媒介感染は病原体が虫の中で増殖する性質が無いと起こらない」
「ただ確かにちょっと感染成立が複雑そうではあるな。普通の媒介感染とかなら王様達が罹る前後にバタバタ倒れてるはずだろ」
「それを言ったら血液感染もない。部下より先に偉い人が怪我、はかなりのレアケースだぞ」
「御典医の瀉血の器具が汚染されてたとか」
「あー……」
「でも王子様二人がほぼ同時に罹るは無くないか? 町の大流行も。人人感染で、もっと早い経路がある気がする」
「悪寒めまい発汗って何だろ? どの辺やられてそう?」
「悪寒、発汗はウイルス感染かな? 爆発的に増殖して血中に出てくる印象だけど、はっきりとは言えない。めまいは耳の前庭神経だったかやられると起こるはず。吐き気とか消化器症状に関しては、どうも記録されてる時とされてない時があるっぽいんだよな」
「新陳代謝が盛んな人が重症化してる気がする。心持ち女性とお年寄りは助かってる人が多い気がするんだよね。アン・ブーリンとか50越えたトマス・ウルジーとか。
キャサリン・オブ・アラゴンは生存したけど、アーサー・チューダーは亡くなってるから、弱毒化してたからってわけでもない気がする」
「免疫系の暴走?」
「一応サイトカインストリームっていう炎症性物質の過剰放出に関しては、それを抑える制御性T細胞というのが女性ホルモンのエストロゲンで増えるらしい、それで男女の重症度に差が出るという説が唱えられているようだ」
「もしかしてエドワード兄さんが数日持ちこたえたのって、以前からの体調不良で逆に強烈な症状が出にくかったんじゃないか?」
「それだとエドワード兄さん、どのみち近い内に死ぬやつだよね? 抵抗力ほぼお年寄り並ってことでしょ」
「不摂生による糖尿病との合併症かな?」
「何でだか海外からの旅行者は無事で、地元のイギリス人だけやられる、みたいな話があるらしい」
「何で??? 島国とはいえ、そんなに体質変わるぐらい遺伝的特徴とか偏ってないでしょ???」
「デング熱みたいに再感染で重症化するんじゃないか?」
「あー」
「言われてみると症状ほぼデング熱か? 発疹無いけど」
「蚊の媒介感染なら夏秋に多いのはある程度説明が付くけど……」
「たとえ何かの原因でイングランドにデング熱発生だったとしても、やっぱり王侯貴族だけ罹るはないぞ」
「でもお城の周りって大抵お堀あるよね? 蚊、多いんじゃない?」
「春先に亡くなったエドワード兄さんとリチャード3世の息子のエドワードはどうなる? デング熱を媒介するヒトスジシマカは成虫で越冬できないはずだぞ」
「似た症状の別の病気だったのでは?」
「そもそもその二人は発汗病が死因っていう根拠が薄いからな」
「身分の高い人なら暖房効かすし断熱も他よりいいでしょ? 媒介する蚊がウイルスと一緒に冬も生存したんじゃないの?」
「今時の住宅でも冬でもヒトスジシマカが越冬できるってなかなかないと思うけど……」
「他所でも兄弟揃って発汗病を発症して、数時間の差で二人とも死亡、みたいなパターンがあるんだが、媒介感染ってそんな揃って再感染するもんなのか? 周囲の人は? キャサリンオブアラゴンとアーサー王子は?」
「ていうかデング熱って年齢とか性別で重症度って変わるの?」
「そもそもデング熱だとして、どっから来たんだ?」
「アンソニー・ウッドヴィルが昔、十字軍に行こうとしたらしいんだよね。従兄弟のウォリック伯とやり合ってた頃………1460年頃だったかな?
1453年、東ローマ帝国の首都、コンスタンティノープルがオスマン帝国の攻撃で陥落した。それで何回か十字軍出すぞって機運は高まったんだけど、結局色々な事情で難しかった。
1463年には強引に出撃しようとした教皇ピウス2世が亡くなってる。熱病で」
「熱病って、まさかそっから?!」
「地中海沿岸部はデング熱媒介蚊の生息域のギリギリ北限だな………」
「でも片道数か月とかでしょ? 特にデング熱は複数の型が感染しないと重症化しない。
途中の町に何の痕跡もなく、急にイングランドに発生する?」
「それからも何回か十字軍出すぞって話自体はあったらしいんだよね。アンソニー・ウッドヴィルが行きたがったって事は、イングランドや周辺国からローマ方面に向かった人も居たんじゃないかな?
デング熱じゃなくても、もしそこでイングランドに無い感染症持ち帰っちゃってたらって考えるとさ……」
「……この前、この時代にフランスで暴れてたモンスター、南の方から連れてこられたワニだったんじゃないか、みたいなの誰か言ってたよね? 生きたワニなんて相当大急ぎで運ばないとだめでしょ? 割と速い船足の交易があったんじゃないの?」
それを聞いた元歴史研究部保志名が端末をいじり、断片的に必要そうな情報を探していく。
「13世紀頃までヨーロッパの南北で船の技術が大きく違ってて……地中海で使われてたラテン帆っていうか縦帆が逆風でも進めるってんで帆船の発展に大きく貢献して……ポルトガルが喜望峰に着いたのが1488年でアメリカ大陸発見が1492年だから……」
「薔薇戦争中、エドワード兄さんとリチャード3世がイングランドに戻って来た時、ヘンリー6世の王妃様王子様がフランスから従兄弟のリチャード・ネヴィルの応援に行こうとしたけど、風向きが悪くて船が出せなかったって話あったよな?
丁度この頃が技術の過渡期なんじゃないか?」
「戴冠式騒動でエリザベス義姉さんの弟が海軍を持ってっちゃった時、リチャード3世に従ってくれたのがジェノヴァの船長さんだった気がする。イタリア半島の付け根からすこし西に行った海岸沿いの都市。
もしかして地中海の航行技術を教えてもらってたんじゃないかな?」
「ちょい待ち、てことは薔薇戦争の時より船の機動力上がってたんじゃないの? ロンドン塔を襲撃されてたらアンソニー・ウッドヴィルでも危なかったんじゃないの?」
「リチャード3世の書面で海軍の大多数の船は降伏してくれた………はず」
「このジェノヴァの船長さんが船団の反リチャード3世派を酒に酔わせた隙に縛り上げたらしいんだよ」
「割とギリギリじゃん、乱数によっては暗殺成功しちゃうって」
「RTAから離れよう」
「で、縦帆のお陰で動ける風向きが増えたせいで、船便が増えて南の方の未知の病気が入ってきちゃった?」
「発汗病って結構研究されてるらしいんだけど、デング熱ならDNAとか検出されてるんじゃないの?」
「デング熱って確かRNAウイルスだけど、500年以上前のRNAウイルスって検出ってできるの?」
「分かんない」
「生態調査で環境RNAの分解は想定されてたより遅いって研究はあるみたいだけど、つまり考古学レベルでは分解されちゃって検出できないんじゃないかな?」
「あの当時イングランドやブルゴーニュでマラリアが流行ってたらしいって話がある。マラリアとかに紛れたデング熱だったんで、似た症状で鑑別が遅れたんじゃね?」
「そんな事あるの?」
「……実は黒死病も一部の記録で、明らかに腺ペストじゃない症状が記録されてるらしい……。ペストに紛れて新興の出血熱が流行ってて、そっちが主な死因だったんじゃないかって説がある」
「ええー、そんなんあんの?!」
「分かんないけどね」
「てことはデング熱によく似た新興感染症だった可能性もあるわけだ」
言いながら部長が手を叩いた。
「発汗病の特徴から、完全な新興感染症とデング熱。複数の仮説を立ててみよう。できれば感染経路と対策まで考えて欲しい」
「………」
今度こそ完全な無茶振りである。
部室に沈黙が落ちた。
「………新興感染症だとして、リチャード3世の周りだけでも相当な致死率だけど。大流行してよくヨーロッパの人生きてたな。王族の方が看病も手厚いだろうに」
「免疫が強い人が逆にやられてる気配がするから、看病されてれば治るってわけでもないだろう」
「瀉血とかの時代だからね……あ」
軽く返事を返していた元語学研究会飛田が、閃いたように教室内の別の場所に声をかけた。
「………歴史研。イングランドの御典医が柳を解熱に使った可能性は?」
再び元歴史研究部保志名が端末を手に取る。
「……18世紀頃にキナの樹皮から採れるキニーネに解熱作用が確認された。そのためヨーロッパで自然生薬が盛んに研究され、柳の樹皮の解熱鎮痛効果が発見されたとされている。
でも柳にそうした薬効があるのはローマ時代から知られていたと言われている。医者が知っていた可能性はある」
二人の会話を興味深そうに見ていた早矢が声をかけた。
「それ使ったって事?」
「………柳の解熱鎮痛効果の成分はサリシン。服用するとサリチル酸に変化して、効果を発揮する。
サリチル酸系は解熱鎮痛の他に、血液の凝固を抑える作用がある。その作用自体は血管が詰まる血栓症の予防などに使われる」
「あ、サリチル酸ってそれ、デング熱のページに載ってる………」
「症状だけでウイルスの性質を測ることはできないけど、似た症状が似た原因で起こっていることはありうる。
もし発汗病が出血傾向を起こすなら、デング熱と同じく、血液凝固を抑制するサリチル酸の処方は禁忌だ。
脳で出血して血液が脳を圧迫したら、現代でもすぐに開頭手術しないと助からない」
「じゃあ……」
「手厚い看病があだになったのかもしれないな……」
「当時の医療の限界だよ。本来薬なんて「この症状にはこれ」で済むもんじゃないんだ。
どうしてそうした作用が起こるのか、体の中で何が起こっているのか、お医者さん達が研究を続けているのはそのためだ。今もずっと」
「逆に言えば知識があれば防げるって事だ」
「勝てそうかい? 現代知識チートは」
部長のコメントで全員それぞれの参考にしているサイトを睨んで首を傾げる。
「推測としては、デング熱の様に抗原抗体反応などをすり抜けてしまう変異株が存在し、再感染時に抗体が効かずに増殖したウイルスが大量に血中に放出され、炎症物質の過剰放出が起こっているんじゃないかと」
「ごめん副部長としてはもうちょっとわかりやすく言ってほしい」
「ウイルスは人の細胞に入って増殖する事で細胞を壊す。人の免疫が作る抗体はウイルスの周りにくっついて細胞に入れなくする。でもデングウイルスの型違いなど、よく似たウイルスだと抗体はくっつきはするけどウイルスは細胞に入れちゃったりする場合があるらしい」
「それで防衛してるはずなのに増えちゃったウイルスがバーッと血管の中に出てきちゃう感じか」
「まぁ………現代知識だけあったら経口補水液飲んで寝ててもらうしかないよね………抗ウイルス薬なんて無いし……」
「水1リットルに砂糖40グラム塩3グラムのやつだ………」
「昔の砂糖は薬用って、そういう………?」
「果汁やハチミツで吸収に適切な浸透圧を出す方法分かんねぇもん。濃度違うだろうし」
「あ、昔の重湯って多分これだ……」
「なぁ、炎症物質の放出で血液凝固するんじゃないの? 何で出血するんだ?」
「線溶系って言って、人間の体は血液が凝固してしばらくすると、凝固した血液を溶かす作用が働きはじめる。血管が詰まったままだと困るでしょ。
でもそれが全身で一度に起こると、致命的な状態になる。過凝固の直後に出血症状を示すようになるんだ。DIC、播種性血管内凝固症候群の中の線溶亢進型DICという」
「脳内の出血が起こった時の最終手段としては、頭に穴を開ける穿頭治療は中世にもあったりする。意外と生存率高いらしい」
「本当に最終手段だなそれ」
「麻酔ないんでしょ?」
「まぁヘンリー5世とかも顔から頭部に矢刺さってるらしいから」
「王様ですら致命傷負う機会が多すぎる中世、恐い」
「当時の医療技術で症状から障害部位を判別して頭に穴開けるのは無理でしょ」
「血が出るだろうからそこから感染拡大するのがオチな気がする」
「現代的に行こう、予防から考えよう」
「蚊の媒介感染だったら定番なのは除虫菊だけど」
「除虫菊の北限てどこ?」
「戦前に北海道の和寒町で栽培してたっていうから、気候的にはイングランドでも大体大丈夫そうな気がする」
「除虫菊が当時どの程度の範囲に分布してたかは知らんけど、恐らく17世紀頃に除虫菊が発見された辺りは丁度この頃オスマン帝国に支配されたぞ」
「おっといきなり入手ハードルが上がったな。十字軍の編成が必要になったぞ」
「あと除虫菊の殺虫成分が分かったのは19世紀だ」
「日本にも蚊遣火あるし、燻製は古今東西にあるから、虫除けに煙で燻すぐらいの事はやってたんじゃないの?」
「蚊の媒介感染でいいのか?」
「他になくない? 夏秋に増えるって」
「色々考えたけど、蚊の媒介感染じゃなければ接触感染じゃないかな? 病原体の付いた手で目鼻口などの粘膜を触る、食品を掴んで口に運ぶ。
当時フォークは無いはず。フィンガーボールとかに名残がある、詳しくは分からないけど、多分お寿司とかと似た作法」
「箸使え!!」
「中世から箸文化の英国は嫌だ!!!」
「向こうは手にキスとかの習慣があるから、接触感染だとフォークとかあってもダメだと思う」
「あれってお芝居の中だけじゃないの?」
「少なくともヘンリー6世が『黒死病の感染が危ないから王の指輪にキスする儀式やらなくていいよ』ってお触れ出してるらしい」
「権威の象徴なんだけど病気が怪しい人だけでなく一律禁止にする辺り、ヘンリー6世、仁君なんだよな………」
「いや接触感染だと空気感染と同じで、あっさり広がるだろ?」
「おそらく血中とかで増殖して、ごく限られた段階でしか体外に出てこないんじゃないかな? 病気が強烈過ぎて大量のウイルスが出てくる前に患者が死んだとかでさ。
でも、王様や貴族は遺体に例の防腐処理、するでしょ」
「あ、内臓取り出して防腐する………」
「そのせいで貴族のお葬式では、棺桶とか扉の取っ手とか、どこかに付いてる事も多かったんじゃないかな、病原体。
お葬式に参加して棺桶を担ぐのって、大体友人知人の中から一番元気な男の人だから、若い男性に多いんじゃない?
感染中に怪我で亡くなった時とか、瀉血の処置を受けた時とかは感染拡大しそうだけど」
「ladies firstで扉を開ける習慣がいつからあるかは知らんけど、昔のドアって頑丈で重いだろうから女性に代わって男性が扉と接触する機会は多そうな気がする………」
「棺桶って貴族も担ぐの? 何か下の人とかに任せるんじゃないの?」
「当時の習慣は分からないけど、今のpallbearerって特に親しい人とか故人に信頼されてる人がやるみたいだから、もしかしたら昔でも埋葬時に棺桶ちょっと持ったりすることもあるんじゃないかな」
「棺桶が運び込まれた部屋は全員触るだろうしな……」
「いやでも、それだとご遺体を処理する人が最初に死なない?」
「だから実は意外と簡単な感染防護で防げるんじゃないかな。中世で習慣的にやってるぐらいの。
例えば、遺体の保存液の余りで手を洗うとか。あれの主成分、アルコールのはずだ。
医師の手洗い習慣が意識されるのは19世紀だけど、15世紀当時のやり方の遺体の防腐処理なら間違いなく血で汚れるから、洗うでしょ。習慣的に」
「アルコール消毒で発汗病を防げる……?」
「いや……もしかしてこの病原体、かなりアルコールに弱いんじゃないか?
発汗病、16世紀の半ば頃まで数年から十数年おきにヨーロッパで流行してるんだけど、アルコールに香料を溶かし込んだ香水が流行るの、16世紀後半のはずだ」
「つーか、消毒とかって習慣にできないの? トルコでもコロンヤとかあるよね?」
「14世紀頃には『ハンガリーの水』みたいな、蒸留アルコールとローズマリーの外用薬とかあったって説もあるみたいだけどね。
でもそんなに蒸留アルコールを普段使いできる? ビールの醸造がようやく家内工業から産業規模になってきた頃だったと思うけど」
「接触感染なら―……近年、柳の樹皮の切片を凍結粉砕して煮込んだものに、かなり広範な抗ウイルス作用が発見された。それで手を洗ったらどれくらい感染防護効果があるかとかはまだ試験前だけど。
もし効果があるなら、ローマ時代とか古代に発生するはずだった感染症対策なんだったりしてね」
「冬に凍った柳の樹皮を砕いて煮出す風邪の予防薬って、魔法薬の類じゃね?」
副部長の早矢が首を傾げて尋ねる。
「柳を使っても例の出血は大丈夫なの?」
「予防的に使うだけだし、サリシンは体内で分解されて効果を発揮するから、皮膚から吸収されるとはいえ手を洗う程度で体に付く分には大丈夫だと思う。ただ柳にどういう処理するとどんな成分がどれくらい出てくるかは分からないから、安全性や有効性については研究が進むまで何とも言えないけど」
「むしろ柳なんてそんなにあるの?」
「アジア圏が竹細工を作るみたいに、向こうは柳で籠とか色々な物を作ったりしてたみたいだよ。英国は古代ローマ時代から柳細工で有名。Willow harvestingって調べれば出てくると思うけど」
「………しだれ柳みたいなのを想像してたら、お爺さんは山に柴刈りにレベル100みたいな画像出てきた」
早矢が端末で画像検索している間に、別の疑問が投げられた。
「夏秋に多くて冬に減る理由が無くないか?」
「寒さに弱い病原体なんじゃないかな? 夏秋に多いのは暑さや季節の変わり目で亡くなる人が多いからじゃない?
不顕性感染の人が別の要因で亡くなって、遺体に保存処置して感染機会が増大する。
冬、気温の低い時に体の外に出たらすぐ死滅するんじゃないかな。冬の間は不顕性感染で人の中に潜んでたけど、いつか人知れず消え去ったのかもしれない。
エドワード兄さんとリチャード3世の息子のエドワード、二人とも亡くなったのは同じ時期、春先ようやく暖かくなってきた頃。二人とも体が弱ってたって説があるから、病原体が少なくても感染成立したんじゃないだろうか?
ただ、甥っ子二人はロンドン塔に隔離されてたのに感染してるとすると、たまたま怪我した不顕性感染の人が傍に居たとか、もしくは寒さとアルコール消毒以外には強くて、人の体外でも長時間生存するのかもしれない」
副部長が元歴史研究部保志名に声をかけた。
「このエドワード兄さんとリチャード3世の肖像画って、本人を前にして書いてるやつ?」
「え? ちょい待ち………………
いや、副部長が出してる画像はウィンザー城のロイヤルコレクションの一つのはずだ。描かれたのは16世紀前半から半ば以降、二人の死後。
木の板に油彩で描かれたもので、年輪年代測定法を使えたらしい。
簡単に言うと、各地の木は育った環境変化によって年輪に痕跡が刻まれる。そのデータベースみたいなのが作られていて、その特徴を木片に当てはめると、かなり正確な年代を割り出せるみたいだ」
「死後でも時代は近いから服装は大きく間違えないよね?」
「多分?」
「手がちょこっと描かれてるけど、これ素手だよね?」
「15世紀は手袋が流行ったり廃れたりしてるみたいだけど、指輪着けてるし恐らく素手」
「冬だけ葬式に手袋してた可能性とかある?」
「――………この絵の指輪が王室とかに関して暗示している可能性があるらしくて、それなら必然的に手袋してても外しているだろうというのが一つ。
あと流石に15世紀イングランドの葬式の手袋のエチケットなんて知らんからな。
だけど上流階級の人が着けるものだろうし、敢えて手袋禁止になる理由も思いつかない」
「なるほど、手袋で偶然感染防御したか」
それを聞いた部長が大きく頷いて、まとめた。
「発汗病ウイルスは急激な変異によって、デング熱のように違う型が再感染する事で劇症化する。
ウイルス自体は環境中でも数日以上感染力を維持し、主な感染経路は患者や遺体の血中にあったウイルスが付着した手で、食事などをした場合の接触感染。
冬の間は手袋をしていて、ウイルスへの接触が制限されたため感染例が少ない。もしかしたらこのウイルスは寒さにも弱い。
アルコールに弱く、16世紀のアルコール成分の多い香水の流行で、主な伝播経路だった上流階級の間での感染経路が消滅。ってところかな?」
「実際の所は分かんないですけどね」
「………もしそういう特徴を持つ感染症だったとしたら、ロンドンの感染拡大。本当にヘンリー7世のせいかもな」
「なんで?」
「ヘンリー7世の軍がボズワースのど真ん中で浴びちゃった激烈な感染源があるだろ。
リチャード3世の返り血」




