3.私、と言った
誰がコマドリを殺した?
私、と雀
私の弓と矢で
私が殺した
「一番がこんな感じ? 文化祭に展示するならできれば歌も一緒に流せたらいいなぁぐらいに思ってるんだけど、津都築ちゃんMIDI打ち込みと歌詞の流し込みできるよね?」
「それぐらいならできるよ」
合同同好研究部部長美夏原が元電子音楽研究部津都築に合成音声に歌わせる相談している。
「韻は踏まないんですか?」
「流石にそこまで技術はないよ。出来るだけ原文に意味が近い事を優先するよ」
暇な寄り合い部、合同同好研究部。部長の訳した歌詞を参考にマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。
上手くまとまったら文化祭の展示に使う予定である。部の立ち上げからして適当な部活のため、活動している様子が見られた方が心証がよいのであった。
みんな好き勝手な事をする部活なため、自由参加である。
「どのメロディーに合わせるかによるな」
「一応今流してるのを耳コピしたやつに合わせたけど、このメロディーもいつからあるのか分かんないんだよね……」
「じゃあこの歌何なんですか?」
「さっき調べた通りメロディーにもいくつか種類があるんだけど、20世紀半ばに収録されたフォークソングのレコードがいくつかほぼ同じメロディを使ってたからとりあえずそれをもとにしている」
「複数の人が歌ってるならこれが本来の曲なんじゃないんですか?」
副部長早矢の疑問に部長美夏原は肩をすくめた。
「それがいくつかのレコードは一致してるけど、基本的に全部メロディばらばらなんだよね。これ歌ってる歌手さんも別のレコードでは全然別のメロディーで歌ってたりする」
「え? 違うってどれくらい?」
副部長早矢の動揺に対し、眼鏡の元語学研究会飛田がざっと調べた結果を述べた。
「全然違う。多分アメリカイギリスでも違うし、アメリカ国内でもイギリス国内でも違う。一家に一曲あるのかなってぐらいに」
「え、間違ったメロディで歌ったら怒られるの?」
「正解は無いだろうから怒られはしないと思うけど、思ってたのと違ったらがっかりぐらいはされるんじゃない?」
「地域性とかあるのかな?」
「それはさすがに調べられなかった」
「広く歌われてる方はアメリカのフォークシンガーさんが歌ってる印象が強いかな。メロディの違いがほとんどないから、ラジオやレコードが発達した後の時代、音声関係の技術が発達した後の時代に広がったんじゃないかとか思ったりもする」
部長美夏原の意見に飛田が異を唱える。
「でもAll the birds in the air~からはどこの歌も大体メロディ一緒ですから、伝わってた複数の曲の内で人気のあったメロディの一つって可能性もありますよ」
「まぁ1950年代に広く歌われてた童謡で流石に著作権でどうこう言われる可能性は低いと思うけど」
「昔から歌われてたなら大丈夫なんじゃ……」
「最近の人のオリジナル要素が入ってたら著作物とみなされる可能性はあるよ」
先程部長美夏原に声を掛けられていた元電子音楽研究部津都築である。肩につくぐらいの長さの髪だが前髪が長く、目を避けるように髪の流れが分かれている。
「例えば日本の雅楽はほんとはもっとテンポが速かったっていう説があるよ。
そうした説をもとに雅楽の古楽譜から復元された曲があるけど、雅楽の古楽譜って音の変化の指示が入ってて、ここの解釈の余地がかなり広いらしいんだ。
だから復元された曲には読み取った人のオリジナル要素がある。
流石に同じメロディのフォークソングの違いはそれより小さいと思うけど」
「うーんめんどくさそう」
副部長早矢が机に突っ伏した。
「ひとまずこのメロディに合わせておよその歌詞を決めようと思う。けど、歌も無理に展示に出そうとは思わない」
「メロディ歌わせるだけなら一週間もあればできると思うよ。短い繰り返しだし」
それを聞いてツンツン頭の元語学研究会谷志田が軽く何度かハミングして言った。
「そうなると「私の弓と矢で」が忙しい気がする」
「これ以上縮められなかったんだよ。日本語の歌は韻より文字数の方が重要なのは困ったね」
「中国語と日本語は情報量の多い言語じゃなかったのか?」
「音数に直すとどの言語の情報量もあまり変わらないと聞いたことがある」
美夏原部長と飛田も混ざって何やかんや話している。
能上が誰ともなしに言う。
「それにしてもここ有名ですよね」
「どんな話でも犯人が名乗り出る所は一番盛り上がるところでござるからな」
「最初からクライマックスというわけですな」
元サブカルチャー研究部小柳と西院寺が相槌をうつ。
言われてみれば聞き手を引き込む極めて速い展開である。
「原文はこう」
「絵本から書き出してます」
部長に言われて一年書記能上がテキストを出す。
主に参照するのは19世紀の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。
Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,
With my bow and arrow,
I kill'd Cock Robin.
「雀sparrowと矢arrowが掛かってるわけだ」
「弓矢のくだり、with何々 の用法として教科書に載っててほしい」
「killedのeって省略できたの!?」
「こんな調子で2番に行こうか」
「複雑な隠喩とかあったら絶対分かんなそうなのが困るな」
「諦めよう」
誰が彼の死を見たの?
私、と蝿
私の小さな目で
私が見た
「で、原文がこう」
Who saw him die?
I, said the Fly,
With my little eye,
I saw him die.
「蝿flyと目eyeが掛かってるわけだけど、出てくるのって鳥だけじゃないんだ」
「この後で魚とカブトムシと牛も出てくるから鳥限定ってわけじゃないのかも」
「じゃあ何で全ての鳥?」
「参列者は鳥で、虫と魚と牛は居合わせて手伝ってるだけなのかもしんない」
「bullに関してはウソbullfinchって説もあるようだ」
「死体があって犯人が自首してるのに目撃者まで捜してて偉いな」
「これ現場検証なの?」
「何か不審な点でもあったのか?」
「でも蝿も異議を唱えたりしてないしな」
「じゃあ「看取った人はいませんか?」みたいな意味なのかなぁ?」
「次、3番行ってみよう。10番くらいまであるし」
誰が彼の血を採った?
私、と魚
私の小さな皿で
私が採った
「ちょっと待って。ここが一番分からない」
副部長、早矢が制止した。
「確かに」
「血を? 皿で? 何で?」
「何か向こうの風習とかなのかな?」
「魚fishと皿dishが掛かってるわけだから料理絡みの話題に変えても良かったと思うのに血を皿でっていうのは何か意味がありそうな気がする」
副部長早矢が言う。どうもここに引っかかっていたようである。
「葬式に料理出す風習が無かったとか?」
「17世紀頃にお葬式の宴会の飲酒で大騒ぎしてけしからんみたいな日記があるみたいなのでもしかしたらこの頃にできた新しい風習なのかも?」
「でも葬式って古今東西人集まるよね? 特に人力の時代は穴掘って運んで埋めてって人集まらないとどうにもならないし。要るでしょ、食事」
「坊さんが手弁当でやるシステムが確立してたんだろうか?」
「昔じゃ血液で科学捜査なんてしないだろうしな。なんだこれ?」
「昔は血を調べたりってしないよね?」
元歴史研究部保志名がひょっこり現れてコメントする。
「シャーロックホームズのちょい前にようやく赤い染みが血液かそれ以外か調べられるようになったはず。ホームズが確か1作目で血液に反応する薬品に言及してるのとほぼ同時期に薬品が使われるようになってた気がする」
「ホームズいつ?」
「19世紀」
「コマドリは?」
「18世紀」
「もうコマドリ出版されてるな」
「じゃあ言い回しとか風習とかの方?」
「英語研究部~」
元語学研究会谷志田が再び近堂に助けを求めた。
近堂が本から顔を上げる。
「……前に調べてみたけど、ほとんど何も分からなかったから参加したくなかったんだよ……」
「実は近堂氏もこういうの好きですな!」
空気を読まずに断定する西院寺。苦笑いで返す近堂。
「まぁ、英ファンタジー読んでたらたまにマザーグース出てくるから……」