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27.塔の王子達

「塔の王子達。エドワード兄さんの二人の息子。リチャード3世の二人の甥。

 エドワードとリチャード」


 二人の王子はリチャード3世が王位に就いた後はロンドン塔から出ることはなく。

 その年、1483年の夏頃には遊んでいる姿が目撃されたが、秋頃にはリチャード3世に殺されたという噂が立った。

 記録されている最後の目撃情報は9月の初め頃とされる。

 この二人の運命は、現代でも不明。


「殺された説でも犯人はリチャード3世の他、同世代人で王位に近い血筋のバッキンガム公、ヘンリー7世などが挙げられている。

 生存説ではブルゴーニュに脱出した説や秘密裏に連れ出されて生き延びた説。僭称者が本人だった説などがある」


「てゆーかさ、議会にかけて継承権回復して王位にって手順はジョージ兄さんの子も手間暇は同じだよな? そりゃ継承無効の経緯とか人気の差とかで多少の手続きの速さや通りやすさは違うだろうけどさ。

 継承問題で塔の王子様達だけが狙われる理由は無いはずだ。リチャード3世だけじゃなくて、他の犯人にしてもだ」





 寄り合い同好会集団、合同同好研究部。

 暇に飽かせて、童謡『Who killed Cock Robin』の元ネタを検証していたところ、歌の由来がリチャード3世の鎮魂を祈るものだったのではないかという仮説が出た。


 リチャード3世と言えばシェイクスピアに描かれる悪役主人公であるが、その悪行の多くは後代に創作されたものとされる。


 イングランドとフランスが争った百年戦争の終わり頃、イングランドでは中央政治から遠ざけられた貴族の間で、枢密院への不信が募り爆発。薔薇戦争が勃発する。

 その争いの中心となったのが枢密院のランカスター家とその分家ボーフォート家。そしてリチャード3世の父親、ヨーク公リチャードである。


 ヨーク公リチャードは王位継承権を得るものの、戦死。代わってリチャード3世の兄がエドワード4世として王位に就く。

 エドワード4世と従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルが協力し、敵対していたランカスター派を追い落とすことに成功。

 この治世の間、リチャード3世はグロスター公の地位を与えられ成長していく。


 しかしエドワード4世の秘密結婚の頃から徐々にエドワード4世とウォリック伯の仲が悪化。

 ウォリック伯はクラレンス公ジョージと結託して反乱を起こし、エドワード4世とグロスター公リチャード達は国外に脱出する。

 その翌年、エドワード4世とグロスター公リチャードは軍備を整え、反攻を開始。


 この戦いによりウォリック伯は討ち死に、国王だったヘンリー6世の直系は途絶え、ランカスター派は勢いを失い、エドワード4世は国を治めた。


 エドワード4世の治世中、兄弟であるクラレンス公ジョージの処刑や、周辺国との戦争などがあったものの、概ね穏やかに国は保たれていた。

 しかし、そのエドワード4世が急死する。


 エドワード4世は死の間際に、グロスター公リチャードを護国卿に任命した。

 しかし、グロスター公リチャードは突然、甥の戴冠式を延期。

 秘密結婚の以前に別の女性と交わされていた兄の婚約によって、義姉との結婚は成立していないと発表。甥であるエドワード4世の息子たちの嫡出を否定し、継承権を無効化。自身が王位に就いた。

 リチャード3世である。


 しかし簒奪の形になったためか、国内が不安定化。

 リチャード3世と同盟者のはずのバッキンガム公の反乱などが勃発。

 ボズワースの戦いではリチャード3世のほとんどの軍が動かず、ランカスター派の当主、ヘンリー7世に敗北した。



 この一連の史実を確認した上で、一番極端な事を仮定した。すなわち、リチャード3世が完全に無罪だった場合、何を思ってどんな行動をしていたのか。である。



 そうして出てきたのが、エドワード5世戴冠式騒動の真犯人は、エドワード4世時代の恩恵が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、リチャード3世を排除しようとしたのではないか、という仮説である。


 エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚により、国王の庇護を受けていたウッドヴィル家。

 しかしエドワード4世の急逝により、急遽、護国卿に任命されたのは、ウッドヴィル家の対立派閥と目されていたリチャード3世だった。


 後ろ盾が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、教会関係者を巻き込んで陰謀を企んだ。

 戴冠式でエドワード4世の重婚を指摘して王子を非嫡子扱いし、偽王排除の暴動を誘発する。その動揺を突いて政敵であるリチャード3世を暗殺し、自作自演の嫡子回復の功を上げて王を傀儡化する。

 しかし、その実態はランカスター派が策謀した、ヨーク派の内紛を狙う離間計だった。


 リチャード3世はそれを阻止しようとしたが、リチャード3世に味方してくれたアンソニー・ウッドヴィルや盟友のヘイスティングス達は騒動に紛れて処刑された。

 甥達は教会法に諮られるのは回避したものの、法律的には庶子という扱いにせざるを得なくなった。

 やむを得ずリチャード3世が王位に就く。

 法律上の庶子。それは国内の不穏分子を排除した後で、法律を削除して甥達を嫡子に戻し、王位に就ける布石だった。





「さて、『リチャード3世は戴冠式でランカスター派にエドワード兄さん達夫婦の結婚無効を突き付けられそうになり、とっさに法律上の手続きにすり替えることで教会法上での扱いをすり抜けさせることにした。

 いつか議会で法律を無効化し、嫡子回復の手続きをとるために』。

 この仮定だとリチャード3世は王子達の味方だ。殺害はない」

「いつ、何で塔から居なくなったか………」

「………」


「良い想定と嫌な想定、どっち先にする?」

「嫌な想定が否定しづらいんで良い想定からがいい。

 嫌な想定を先にしちゃうと良い想定しても「でも多分本当は………」ってなっちゃうから」


「まぁ王子様達が脱出した先だよな。どこを考える? 第一候補はブルゴーニュ。小さい頃のリチャード3世もジョージ兄さんと一緒にお世話になってるし、マーガレット姉さんは健在で家族仲もいいし」


「アイルランドとかどうなのかな。反攻するリチャード父さん達の一時避難場所だったし、リチャード3世、確かアイルランド提督も継いでなかったかな」


「ノーフォーク公の所」

「……そういえばノーフォーク公の所はスケルトンさんも居たっぽいし、人は多いのか?」

「上流階級の人が出入りする家に居たらバレちゃうだろ!」


「研究者の人が、居たとしたらここじゃないか、って候補地を英国内外から探してるらしい」



「アイルランドもなー、地元の人、別にイングランドの偉い人の言う事を聞いてくれるわけじゃないっぽいんだよな」

「リチャード父さん達が反攻する時も「イングランドに傭兵の出稼ぎ行ってもいいよ」って人を連れてきた感じだったと聞いた」



「ブルゴーニュ、この前お義兄さんが亡くなってえらい事になったって言ってなかった?」

「それはマーガレット姉さんの継娘のお婿さんが助けに来てくれてどうにかなったよ」


「待って。短い内容に情報が多い」

「副部長のためにも、ブルゴーニュ公国の関係者、最初から行くか」

「あそこもちょくちょく情勢が乱れるんだよね。1483~1485年頃っていうと、どうだったっけ?」




「まず小さい頃にリチャード3世とジョージ兄さんがお世話になったのが多分『善良公フィリップ3世』」

「異名ついてて見分けやすくて助かる」



「北の方のネーデルランド。ここは領土争いが起こっていた。

 善良公はここの獲得を目指して息子の司教を送り込んだりして調停を手伝うなど、影響力を拡大していたらしい。

 ところがイングランドのランカスターの人がその土地の継承者の女性と結婚して勢力争いに殴り込んだ。

 その人の独断だったんだけど、それでブルゴーニュとイングランド、滅茶苦茶仲悪くなった」


「同盟相手のブルゴーニュに喧嘩売りに行ってフランスと結託された。枢密院のランカスター派のやらかしの一つ」

「リチャード父さんのブチギレ案件?」

「この人がやらかした時、リチャード父さん15歳なので直接は関係ないです」

「実はランカスターの人もこの身内のやらかしにはキレてた」

「みんなで仲良くその人を殴りに行ければよかったね」


「でもやらかした人は対フランス主戦派だから、その点ではリチャード父さんと派閥同じなんだよなぁ……」

「ブルゴーニュと仲悪くなったのは枢密院がフランスを贔屓し出したのもあるよ」



「そんなわけで一部例外もあるけど、基本的にフランスと敵対してるのでイングランドとブルゴーニュは仲はいい。ジャンヌダルクを捕まえてイングランドに引き渡したのもこの善良公の部下だし」


「その善良公の息子が突進公シャルル。マーガレット姉さんの結婚相手。

 この突進公は奥さん二人に先立たれてて娘が一人。

 マーガレット姉さんは三人目の奥さんで、先妻の娘さんの継母になる」


「11歳差で継母っていっても母娘仲は良かったようだ」


「マーガレット姉さん何か強いからな………継娘さんに子供が生まれた時、フランスが「後継ぎじゃなくて女児だ」って噂を流したらしいんだ。「男の子よ!!」ってマーガレット姉さんが裸の赤ちゃん掲げてみんなに見せたとか」

「頼りがいがあるというか………」


「マーガレット姉さん、リチャード3世がボズワースで戦死した後、ヘンリー7世に暗殺者やら甥達の僭称者やら、どんどん送り付けてるからな」

「その戦法ってありなのか?」



「とにかく、マーガレット姉さんが突進公にお嫁入したのは1468年。マーガレット姉さん22歳、継娘のマリーさん11歳。

 そして1477年。マーガレット姉さんの旦那さん、突進公が戦死した時に、フランスがブルゴーニュ国内の暴動を煽った。

 そこにマーガレット姉さんの継娘さんの婚約者、オーストリアっていうか神聖ローマ帝国の王子様が助けに来てくれた。

 二人はそのまま結婚して、継娘さんと神聖ローマ帝国のお婿さんの共同統治になって安定した。

 1482年に継娘さんが事故で亡くなっちゃって、オーストリアの娘婿さん排斥の暴動が起こった。暴動で担ぎ上げられたのはマーガレット姉さんの4歳の継孫。

 この反乱を何とかして父子が再会できたのが1485年7月頃だそう」


「ヘンリー7世が王子達に関して何も発表してないって事は、その時点で王子達は行方不明のはずだ。

 戴冠式騒動が1483年でリチャード3世の戦死が1485年8月、際どいな………」


「この辺は専門家が当時の書簡とか色々調べてるみたい」

「専門家じゃないと対応できない部分だ」

「考察する事なくなっちゃったな………」



「あ」

「また誰か何か見つけたか?」


「さっき話に出てきた、勝手にネーデルランドに殴り込んだランカスターの人、グロスター公ハンフリーオブランカスター。

 この人を止めるために、教皇から結婚の無効の布告を出してもらってるらしいのよ。

 ネーデルランドの奥さんが前の夫と別れてないから、グロスター公ハンフリーとの結婚は無効だって」

「………それって……」

「ランカスター派が結婚の無効を政治利用した前例が直近にあるって事。

 教皇から結婚の無効の布告が出されたら(くつがえ)せない」


「多分リチャード3世が一番恐れてたのはこれだ。

 ランカスター派の政治的な裏工作で、エドワード兄さんとエリザベス義姉さんの結婚無効の布告が、教皇庁から出される事……」

「………………」



「………ん? グロスター公?」

「ネーデルランドでやらかしたのはリチャード3世の前のグロスター公で、ヘンリー6世の小さい頃の護国卿で、ヘンリー5世の末の弟だったりする」

「ヘンリー5世の弟って、堅実にフランスを侵略してたらジャンヌダルクに蹴散らされた人?」

「その弟。一番上がヘンリー5世、真ん中に二人居て、早くに戦死しちゃった人と、堅実な人、末っ子がこのやらかした人のはず」


「えーと、まぁこういった事情か、グロスター公爵位、縁起が悪いって言われたりしたらしいのよ。

 初代、王様に難癖付けられて大逆罪で拘留中に暗殺。このランカスターの人、主戦派だったんで和平派に逮捕され急死。一説には暗殺。リチャード3世、知っての通り」

「縁起が悪いというか焦ると特に人間関係で事故る相が出ている気がする」

「それだと人類に普遍的なやつだな。グロスター公関係ないな」


「そんなわけでか知らんけど、リチャード3世以降しばらく空位だったらしいぞ」

「まぁグロスター公に限らず、この辺の爵位はちょくちょく空位があったりはする様だ」

「エドワード兄さんにもらって長く使ってた爵位だから、お気に入りだったのかもしれんね」



「ちなみにヘンリー5世の兄弟の内、堅実派の真ん中の人はベッドフォード公ジョンオブランカスター。

 ヘンリー5世の後しばらくしたら亡くなっちゃったんだけど、その未亡人がブルゴーニュの貴族の娘でエリザベス義姉さんのお母さんだったりする。

 再婚の手続きにイングランドに来る途中、エリザベス義姉さんのお父さんと出会って身分違いの恋に落ちたんだそうだ。

 本来政略結婚しなきゃいけない立場だったんだけど、ヘンリー6世に罰金を払って結婚を許してもらったと」




「ところでオーストリアってオーストラリアと紛らわしくない?」

Österreich(ウェスタライヒ)とかじゃだめなのかってのはちょっと思うよな。国際線とかだと紛らわしいの普通に困るし」

「ウェスタライヒならヨーロッパっぽいの分かる」

「綴りが読めないからでは?」

「世界中で発音記号の読み仮名義務付けしてくんないかな………」


「ジョージアもアメリカの州と紛らわしいから何とかしてほしい」

「ようやく定着したのに」


「ちなみにオランダの名前もホラント州から来てるから、2020年から国名はネザーランズ呼びにするように呼び掛けてたりする」


「今俺達がちょくちょく混乱を来たしているブルゴーニュとブルターニュだが、英語だとBurgundy(バーガンディー)Brittany(ブリタニー)だそうだ」

「バーガンディーって赤色の事じゃないんですか?」

「ブルゴーニュのワインの色に(ちな)んだ色の名前の様だ」

唐紅(からくれない)みたいなもんか」


「どっから来たの………日本で広まってる方のブルゴーニュとブルターニュの呼び名は」

「綴りから見てフランス語じゃね? 発音は聞いてみた感じだとBourgogne(ブーゴーニャ)Bretagne(ブーターニャ)って感じだけど」

「にゃ?」

「自分で聞いてみて」


「オランダ語は? 江戸時代はオランダ語しか入ってこないからそっちの方が可能性あるんじゃないの?」

「オランダ語は………Bretagne(ブータニユ)って感じだからブルターニュはオランダ語か?」

「じゃあブルゴーニュもオランダ語?」

「………何かBourgondië(ブーホンディエ)みたいに聞こえる」

「何でだよ!?」


「どこも結構ややこしいな」

「国民ですら呼び方がニホンになったりニッポンになったりする国に言われたくは無いと思うんだよな」



「そろそろ塔の王子様達の話に戻ろうか」


 部長の誘導にいつになく腰の重い面々である。

「………それ以外のパターンを考えるのがつらい……」

「そうなの?」



「甥っ子弟のリチャードの方の僭称者は出たけど、最終的に処刑されてるからな……パーキン・ウォーベックPerkin Warbeck」

「甥っ子兄の方は?」

「実は出てないんだよな」


「それよりも前にジョージ兄さんの息子の方のエドワードの僭称者なら出てた。

 蜂起の直前にジョージ兄さんの息子がヘンリー7世に処刑されたって噂が出回ったんでそう名乗らせたらしいんだけど、本人が生きてたんで普通にバレた。

 担ぎ上げられたのは小さい子だったんで許された。最初その子には甥っ子弟の方のリチャードを名乗らせる予定だったらしい。

 ランバート・シムネルLambert Simnel」



「あとは……」


「多分二人とも死んでる。最初の年の秋に」

「………………」


「…何で?」

「僭称者が出た時にノーフォーク公は、王様の娘のエリザベスの夫、つまりヘンリー7世とは戦わない、って言ってるらしいんだ。

 王子達が死んだ事、知ってたんだと思う。

 それでリチャード3世が戦死した後は姪っ子達。エドワード兄さんの娘とその血筋を守ることにしたんだと思う。義理堅いから」



「でもいくら昔とはいえ、俺らぐらいの男の子が二人揃って死ぬなんてことある?

 リチャード3世が殺すのはあり得ないとして、事故? それとも」



「思い当たることがある。記録されてるのは1485年から、断続的に数十年。ヘンリー8世の兄の死因ともされる。恐らく新興感染症。

 発汗病sweating sickness」


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