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26.偽りの心が知る胸の内を偽りの顔が隠してる

「多分、リチャード3世は聖職者が陰謀に加わってるのまでは分かってた。

 でも誰が何をするかまでは分かってたかどうかは不明」





 寄り合い同好会集団、合同同好研究部。

 暇に飽かせて、童謡『Who killed Cock Robin』の元ネタを検証していたところ、歌の由来がリチャード3世の鎮魂を祈るものだったのではないかという仮説が出た。



 リチャード3世と言えばシェイクスピアに描かれる悪役主人公であるが、その悪行の多くは後代に創作されたものとされる。


 イングランドとフランスが争った百年戦争の終わり頃、イングランドでは中央政治から遠ざけられた貴族の間で、枢密院への不信が募り爆発。薔薇戦争が勃発する。

 その争いの中心となったのが枢密院のランカスター家とその分家ボーフォート家。そしてリチャード3世の父親、ヨーク公リチャードである。


 ヨーク公リチャードは王位継承権を得るものの、戦死。代わってリチャード3世の兄がエドワード4世として王位に就く。

 エドワード4世と従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルが協力し、敵対していたランカスター派を追い落とすことに成功。

 この治世の間、リチャード3世はグロスター公の地位を与えられ成長していく。


 しかしエドワード4世の秘密結婚の頃から徐々にエドワード4世とウォリック伯の仲が悪化。

 ウォリック伯はクラレンス公ジョージと結託して反乱を起こし、エドワード4世とグロスター公リチャード達は国外に脱出する。


 その翌年、エドワード4世とグロスター公リチャードは軍備を整え、反攻を開始。

 この戦いによりウォリック伯は討ち死に、国王だったヘンリー6世の直系は途絶え、ランカスター派は勢いを失い、エドワード4世は国を治めた。


 エドワード4世の治世中、兄弟であるクラレンス公ジョージの処刑や、周辺国との戦争などがあったものの、概ね穏やかに国は保たれていた。

 しかし、そのエドワード4世が急死する。


 エドワード4世は死の間際に、グロスター公リチャードを護国卿に任命した。

 しかし、グロスター公リチャードは突然、甥の戴冠式を延期。

 秘密結婚の以前に別の女性と交わされていた兄の婚約によって、義姉との結婚は成立していないと発表。甥であるエドワード4世の息子たちの嫡出を否定し、継承権を無効化。自身が王位に就いた。

 リチャード3世である。


 しかし簒奪の形になったためか、国内が不安定化。

 リチャード3世と同盟者のはずのバッキンガム公の反乱などが勃発。

 ボズワースの戦いではリチャード3世のほとんどの軍が動かず、ランカスター派の当主、ヘンリー7世に敗北した。



 この一連の史実を確認した上で、一番極端な事を仮定した。すなわち、リチャード3世が完全に無罪だった場合、何を思ってどんな行動をしていたのか。である。



 そうして出てきたのが、エドワード5世戴冠式騒動の真犯人は、エドワード4世時代の恩恵が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、リチャード3世を排除しようとしたのではないか、という仮説である。



 エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚により、国王の庇護を受けていたウッドヴィル家。


 しかしエドワード4世の急逝により、急遽、護国卿に任命されたのは、ウッドヴィル家の対立派閥と目されていたリチャード3世だった。

 後ろ盾が無くなる事を恐れたウッドヴィル家の一部が、教会関係者を巻き込んで陰謀を企んだ。


 戴冠式でエドワード4世の重婚を指摘して王子を非嫡子扱いし、偽王排除の暴動を誘発する。その動揺を突いて政敵であるリチャード3世を暗殺し、自作自演の嫡子回復の功を上げて王を傀儡化する事を計画していた。


 しかし、その実態はランカスター派が策謀した、ヨーク派の内紛を狙う離間計だった。

 という仮定で話を進めている。





「ロバート・スティリントンがリチャード3世にエドワード兄さんの事前婚約の事を伝えたっていう話があるらしいんだよ。戴冠式の前にネタばらししたなら、どういう事だ?」


「追い詰められて自白したんじゃない? ある程度ネタが割れてるなら、動揺を突いて暗殺は無理だし」

「じゃあこいつ一人を捕まえれば解決では?」



「あと甥っ子、エドワード5世の嫡子否定の説法をしたっていうラルフ・ショーはどうなんだ?」


「数か月後に病死してるらしいけど」

「ランカスター側は細かいことを知らせず、老い先短い爺さん聖職者に、これ読んどいて、みたいに投げた感じ? いや無理があるか………」


「ラルフ・ショーがずっとランカスター派で、『人生最後の御奉公として捨て石を買って出た』。じゃない?」


「ああそっか……聖職者がランカスター派って事もありうるのか………」



「そうだとすると、リチャード3世、坊さん達がどこまでランカスター派に取り込まれてるか、最後まで判断がつかなかったんじゃないか?」


「どゆこと?」



「ロバート・スティリントンやラルフ・ショーを弾劾なり反逆罪適用なりする事自体は可能だ。

 でも他の聖職者がロバート・スティリントンを擁護したら?

 仮に反逆罪で処刑した所で、ロバート・スティリントンを殉教者扱いとかして、エドワード兄さんの結婚無効を取り消さなかったら?」


「そういえばジョン・モートンがどっち側か未だに判別ついてないな。ジョン・モートン。ローマに居たこともあったはずだ。教皇庁との伝手はかなり太いはず」

「ジョン・モートン、味方だったら滅茶苦茶心強いけど、ランカスター側だったら絶対まずい」

「え。それって…どうなる………?」



「政権が教会の見解を否定すれば、甥っ子達の出生が正式に教会法にはかられる。

 もしもエドワード兄さん達の結婚が否定されたら?

 取り消すためには、教会の土俵で、どこの息が掛かってるとも知れない聖職者相手に、途方もない交渉をしないといけない。それで覆るかも分からない。

 ヘンリー8世が離婚する時、押しても引いても何してもダメで、最後にブチギレて英国国教会を作ったアレだ。

 この動乱時に長期の国王不在。揉めてる相手は巨大権威の教会。一気に不安定化するぞ」


「いや流石にそれは……教会の内政干渉というか」

「やろうと思えばそれが出来ちゃうと思うよ、当時の教会」

「ヘンリー5世の王妃様だってふわっと再婚してるし、ヘンリー6世、又従姉妹が一度7歳で教皇庁の許可まで得て結婚したその年の内に離婚再婚させてたりしてるけど」

「多分それは議会と教会の協力あってのものだと思うぞ」


「ランカスター派が教皇庁辺りに何か根回ししてる可能性だってある。

 計画がどの程度のものか、はったりかも分からない、だけどリチャード3世視点では、この問題では完全に後手に回ってる」


「教皇庁が中立でも、エドワード兄さんが秘密結婚なのはどう見てもアキレス腱ですぞ」

「うわ、そもそもそれがあった………」



「そんなに都合よく暴動なんて起こせる?? って思ってたけど、正当後継者の継承無効と二段構えだったのか」

「むしろこっちがランカスター派の本命では? 後継者が甥っ子の王子様な限り、間違いなく内輪揉めを誘発する。ほぼ永続デバフだぞ」

「………それで仕方なくリチャード3世自身が戴冠か………」

「そうして対抗した方法が、リチャード3世が簒奪したように見せかけて鎮静化すること。あくまで『法律上』の甥っ子達の継承無効。敵対勢力を追い出せた時に法律を無効化して、王子達を嫡子に戻すという計画なわけだ」


「他に何とかならなかったのか?」

「教会がランカスター側なら無理だよ」

「エドワード兄さんが王位に居たのはここ20年。まだランカスター時代の聖職者たちも残ってるはずだ」



「さっき話題になったジェーン・ショアが結婚無効の申し立てをした時に、教皇からイングランドの司教三人に審議を命じてるみたいなんだ。

 これと似たような審議になるなら、単純な多数決だったとしても、選ばれた司教の内に一人でもランカスター派が多かったらアウト」



「いや待て、ヘンリー7世だってこの後で議会にかけて継承権を回復して王位に就いてる。ヘンリー8世の庶子だって、長生きしてれば継承法を変えて王位に就く可能性が示唆されてた。

 法律をいじるぐらいなら庶子扱いされても法律で継承権を認めちゃえばいい」


「それでエドワード兄さんの隠し子を名乗る奴が大勢湧いたらどうする?」

「………そこは護国卿、頑張って………」

「甥っ子上の子はプリンスオブウェールズだし、下の子はたしかヨーク公だから、エドワード兄さんがその地位につけたから後継者って主張できる……大丈夫なはず………」

「そうだよ、王室の称号令Titilus Regiusの逆で、兄さんと義姉さんの子達にだけ継承権を認める法律を制定しちゃえばいいだけじゃん」



「多分、バッキンガム公に誘導された。王子達が危険だって。

 教会にも潜んでたんだから、議会内にも反対勢力が居るはずだ。そこで教会との爆弾を抱えた王子の継承権を主張したら起爆されかねない。王権が使えない以上、示し合わされて議会が継承を拒否することもありうる。

 一度リチャード3世が王位に就いて安定を図るべきだ。って」


「そういえば、リチャード父さんが王位に就けなかったのは議会の反対によるものって話があったはず……」

「議会には問題の坊さんたちも参加してるわけだしな」

「そうだとしたら、バッキンガム公の意見は至極真っ当だと思うけど?」



「………バッキンガム公の先祖はエドワード3世の末息子の血筋だ。

 ジョージ兄さんの子も、ヘンリー7世も、一度議会にかけないと継承権を復活できない。王位継承ってなった時に一歩遅れる。

 エドワード兄さんの子供達を庶子に落とし、リチャード3世を潰した後に、王子達の死を公表してリチャード3世に擦り付け、反逆者としてその息子の継承権を奪えば、バッキンガム公が次の王だ」

「え………」

「やれない事は無いはずだ。史実でバッキンガム公が反乱を起こした時点で、リチャード3世が王子達を殺したって、もう噂になってるんだからな」


「恐らく最初バッキンガム公はランカスター派と繋がっていなかった。

 でもこの騒動の最中か後に、この画を描いた。もしくは描かされた。

 反リチャード3世、エドワード4世派として人が集まって来たのを幸いに、リチャード3世を除くために反乱を起こした。

 でもそこに大勢紛れていたのはエドワード4世派のふりをしたランカスター派。捨て駒にされたんだ。反乱が失敗した途端、大多数は大陸に渡ってヘンリー7世を担ぎ上げてる。

 バッキンガム公自身もヘンリー7世の継承に邪魔だったんだ」

「あー………」



「話を戴冠式に戻そうか。6月22日。

 向こうの捨て石であるラルフ・ショーが動いたことで、リチャード3世達は陰謀が実際にあったことを目の当たりにした。

 でも計画を阻止した事で、敵の規模を測ることはできなかった」



「多分、ラルフ・ショーの説法で「というわけでエドワード4世の息子達は王位を継承できません」って話になった時にすかさず「じゃあグロスター公リチャードに王様になってもらおうぜ!」って叫んで誘導する役の人は本当に(・・・)居たな」

「そのまま放っておいたら最悪の場合は暴動を誘発されるからね」

「エドワード兄さんの嫡子を否定されちゃうと、本当に他に居ないからな。ジョージ兄さんの子はジョージ兄さんの反逆罪で継承権失くしてるはずだし」


「………リチャード3世を王様にするように叫ぶ役の人が本当に(・・・)居た。ってどういう事?」

「シェイクスピアの『リチャード3世』にもリチャード3世が大衆から戴冠の請願を受ける場面があるんだよ」

「ちなみに劇ではこの時も大衆の前では猫被ってるぞ。三顧の礼みたいなやりとりしてる。イングランドなのに」



「ところで、リチャード3世が王位継承の請願受けた時か戴冠の時かに、自分はイングランド生まれだから、みたいな事を言ってるらしいんだよね。

 これをもって兄達より自分が王位にふさわしいと、密かに思ってた証拠の一つとされたみたいなんだけど」


「え? 兄さん達イングランド生まれじゃないの?」

「リチャード父さんは転勤が多かったから、エドワード兄さんとエドムンド兄さんはフランス生まれ。ジョージ兄さんはアイルランド生まれ」

「あ、そうなんだ」

「でもこんな不安定な時期に、わざわざ兄さんを否定するとも思えない。

 この経緯で言ったとしたら、これ、特定の人物に向けて言ってると思う」

「?」



「副部長、プリンスオブウェールズの由来、知ってるっけ?」

「イギリス皇太子、次に王様になる予定の人で、ウェールズの一番偉い人って意味でしょ?」


「そのプリンスオブウェールズの称号の由来に関する話」


 1300年頃、ウェールズに侵攻したエドワード1世は、息子にウェールズの統治者であるプリンスオブウェールズの称号を与えて、ウェールズを統治させることにした。

 その為に身重の王妃をわざわざウェールズの城に連れて来て出産させ、『ウェールズ生まれの支配者』としてウェールズの諸侯を納得させた。

 と伝わっている。


「そしてエドワード3世以降は、イングランドの次期国王がプリンスオブウェールズの称号を与えられる事になっている」

「うん???」


「居るでしょ? リチャード3世の同時代に。ウェールズ生まれのウェールズ育ち、ウェールズ王家の血を引いていて、揃ってないのは爵位だけ」

「……フランスの王妃様が再婚した先の?」


「そう、リッチモンド伯ヘンリー・チューダー。ヘンリー7世。

 リチャード3世がわざわざ自分を『イングランド生まれ』って言ったとしたら、その意味は『王位に就くのはお前(ウェールズ生まれ)じゃない』つまり『この騒動の背後に居るのはお前らだろ、調べはついているんだぞ』だ」


「……そうだとしたらリチャード3世は気付いたんだな……ランカスター派の離間計だって」



「これ言うぐらいに歴史の教養がある人間が、意図してジョン王の愚行を繰り返すなんて考えづらいな」


「ジョン王ってロビンフッドのやらかしまくってる王様? まだ何かやってるの?」


「甥殺しだよ。ジョン王は獅子心王リチャード1世に後継者として指名されていた甥を殺したとされた。それで甥を支持していた勢力にそっぽ向かれたとされているんだ」


「ジョン王の甥アーサーも閉じ込められた末に行方不明。

 アーサーはブルターニュの後継者。

 リチャード3世の甥っ子のエドワードの婚約相手もブルターニュの王女様。

 連想するんじゃないかな。もしかしたらそれを助長した存在が居るかもしれないけどね」

「アーサーの姉、ジョン王の姪はブルターニュの継承権があって、かなり長期間ジョン王達に閉じ込められている。

 リチャード3世の姪達の身が心配されてたの、そういう所もあったかもね」


「え? 何かややこしいな、えーと、リチャード1世の子が行方不明になってるの?」

「アーサー達はリチャード1世の子じゃないよ。リチャード1世の弟、ジョン王の兄で、ブルターニュのお姫様と結婚したジェフリーの子」

「何かもっとややこしくなったぞ? 要はジョン王のお兄さんの子だよね? 甥だよね?」

「合ってる」


「まぁジョン王もジョン王で、兄のリチャード1世の遠征費用の工面で大変だったり、部下が先走って暴走しがちだったとかで色々大変そう。

 ジョン王の甥の暗殺が事実だったとして、実際に何があったかは不明。

 酔って感情的になったジョン王が殺したって話もあれば、アーサーが脱走しようとして死んだとか、当時からいろんな説がある。

 もしかしたらジョン王もリチャード3世も、甥の事は何か不可抗力だったのかもね」


「ちなみにリチャード3世は王子達が行方不明になった当時、ロンドンには居なかった。

 そのため『ロンドン塔の警備担当だったノーフォーク公が、リチャード3世の王権の強化のために先走って王子達を暗殺した』または『ノーフォーク公が王子達の身を案じて、密かに脱出させた』という説があるようだ」


「じゃあ塔の王子様達に本当は何があったのか、行ってみようか」


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