24.敵か、否か、それが分からない
「『ウッドヴィル家の一部が、戴冠式に乗じてリチャード3世の暗殺を企んでた』
というのがリチャード3世の言い掛かりでなくマジだった。って事ですよね?
ウッドヴィル家の動機は『エドワード4世時代の恩恵を受けられなくなりそうだったからランカスターに寝返ることにした』。
方法は『王妃の血縁者であることを利用してエドワード4世に結婚法上の疑惑をぶつける。そうして王子達の継承権の疑惑を膨らませて暴動を起こし、騒動に乗じてヨーク家の有力者を討ち取ってランカスター派への手土産にする』」
「そうだね。こんな調子でリチャード3世が完全無罪だった説を考えるの絶対面白いよ」
「確かに面白いけど」
暇な寄り合い同好会集団、合同同好研究部。
暇に飽かせて、童謡『Who killed Cock Robin』の元ネタを検証していたところ、歌の由来がリチャード3世の鎮魂を祈るものだったのではないかという仮説が出た。
リチャード3世と言えばシェイクスピアに描かれる悪役主人公であるが、その悪行の多くは後代に創作されたものとされる。
イングランドとフランスが争った百年戦争の終わり頃、イングランドでは中央政治から遠ざけられた貴族の間で、枢密院への不信が募り爆発。薔薇戦争が勃発する。リチャード3世が生まれたのは薔薇戦争の始まる直前のこと。
その争いの中心となったのが枢密院のランカスター家とその分家ボーフォート家。そしてリチャード3世の父親、ヨーク公リチャードである。
ヨーク公リチャードは王位継承権を得るものの、戦死。代わってリチャード3世の兄がエドワード4世として王位に就く。
エドワード4世と従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルが協力し、敵対していたランカスター派を追い落とすことに成功。
この治世の間、リチャード3世はグロスター公の地位を与えられ成長していく。
しかしエドワード4世の秘密結婚の頃から徐々にエドワード4世とウォリック伯の仲が悪化。
ウォリック伯はクラレンス公ジョージと結託して反乱を起こし、エドワード4世とグロスター公リチャード達は国外に脱出する。
その翌年、エドワード4世とグロスター公リチャードは軍備を整え、反攻を開始。
この戦いにより国王だったヘンリー6世の直系は途絶え、ランカスター派は勢いを失い、エドワード4世は国を治めた。
エドワード4世の治世中、兄弟であるクラレンス公ジョージの処刑や、周辺国との戦争などがあったものの、概ね穏やかに国は保たれていた。
しかし、そのエドワード4世が急死する。
エドワード4世は死の間際に、グロスター公リチャードを護国卿に任命した。
しかし、グロスター公リチャードは突然、甥の戴冠式を延期。
秘密結婚の以前に別の女性と交わされていた兄の婚約によって、義姉との結婚は成立していないと発表。甥であるエドワード4世の息子たちの嫡出を否定し、継承権を無効化。自身が王位に就いた。
リチャード3世である。
しかし簒奪の形になったためか、国内が不安定化。
リチャード3世と同盟者のはずのバッキンガム公の反乱などが勃発。
ボズワースの戦いではリチャード3世のほとんどの軍が動かず、ランカスター派の当主、ヘンリー7世に敗北した。
部員の誰かが純然たる史実を指摘する。
「でもさ、この後で甥達の継承権を否定したのはリチャード3世なんだ。仮にきっかけはウッドヴィル家だったとしても、結局、リチャード3世が死んだエドワード兄さんを裏切ってその息子達から簒奪した事は揺るぎない事実だ」
「いや………違う……」
それを否定したのは元歴史研究部保志名。
「この時代、結婚問題は教会の管轄だ。もし教会が結婚の事実を否定したら、王様といえども覆せない。ヘンリー8世の離婚騒動みたいに」
「そうだけど?」
「でもヘンリー7世はリチャード3世の甥姪達を『議会で議決して』嫡子回復した」
「うん?」
「この王室の称号令Titilus Regius」
「何だっけそれ?」
「Titilus Regiusは戴冠式騒動の翌年2月に制定された、リチャード3世が王位に就くのを正当化するための法律だ。エドワード兄さんの子供達の嫡子否定が、経緯ひっくるめて法律で規定されてるみたいなんだ」
「それに何の意味が??」
「乾坤一擲の妙手だったのかもしれない」
「どういうこと?」
「いいか、この時点ではエドワード兄さん達の結婚問題はまだ『教会法』に諮られていない。
極論、議会がこの法律ただ一つを否定しさえすれば、教会に関係なくいつでも嫡子回復できるはずだ。史実でヘンリー7世達がやったみたいに」
「え? どういうこと?」
「問題が教会の管轄になったら、リチャード3世達は手が出せない。
だから『国の法律』の範囲で事態を収束させた。議会で否定すれば王子達の継承権を回復できるようにするために」
「え……てことは………」
「リチャード3世は王子たちの味方……ってこと?!」
「リチャード3世が一時的に王位に就いて政権内と教会内の不穏分子を排除。安全になった所でこの法律を無効にして甥っ子に王位を渡す。そういう計画だったんじゃないかな。できなかったけど……」
「リチャード3世、盛大に自分の戴冠式やったらしいけど?」
「それぐらいの腹芸できなきゃ相手に見破られるだろ」
「もしそういう意図だったとしたら、ランカスター派は最後までリチャード3世の真意を掴めてなかったんだろうな。ヘンリー7世が執拗にTitilus Regiusの写しを破棄してる。どこかで上げ足とられるのを心配したんだと思う」
「おい………だとするとかなりの人数の白黒が入れ替わる可能性があるぞ……」
部員達が資料を引っくり返し始めるのを、部長は楽しそうに見ていた。
「真犯人ウッドヴィル家説。この説を進めていくとして……エリザベス義姉さん、つまりエドワード兄さんの奥さんで、甥っ子王子様達のお母さん、エリザベス・ウッドヴィルだけど、計画知ってたと思う………?
自分の弟の逮捕の話を聞いて、子供たちを連れて一目散に寺院に駆け込んでるけど」
「個人的感情としては知らなかったで居て欲しい。エドワード兄さんを裏切って実の子供を利用したとか考えたくない………」
「多分無関係だ。王太后の地位を捨てて乗る賭けにしては分が悪すぎる」
この計画はエドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚に疑念を与えて、王子が庶子である事を声高に叫び、偽王の戴冠を批判する暴動を誘発し、ヨーク陣営の動揺の隙を突いて何かしらの戦果を挙げ、それを手土産にランカスター陣営に寝返るものである。
「エリザベス義姉さんが参加するとなると自分の築いてきた立場を御破算にする上に、逃げようにもエリザベス義姉さんとヘンリー7世の位置が遠すぎる。
王太后だからうっかりすると騒動の最中にどの勢力からどんな言い掛かりつけられるか、最悪処刑されるかも分からない。成功すれば息子たちは間違いなく殺される」
「計画に引き入れるために声をかけるリスクが高すぎる。エリザベス義姉さんが知ってたとは思えない」
「純粋に個人的な復讐を狙ってたとかなら分かんないけど。戦死したランカスターの人でしょ、前の旦那さん」
「……………誰にも気付かれず20年だぞ? エドワード兄さんより先にエリザベス義姉さんがストレス死するわ」
「計画するにも難しい。無関係だろ」
「エリザベス義姉さんが最後までランカスターに与する様子が無い。多分無関係」
「エリザベス義姉さんは単純にリチャード3世を警戒して、子供達を守ろうとしただけじゃないかな。ジョージ兄さんがしょっちゅう簒奪企んでたご時世だし」
「そういやそうだった。警戒するわ。エドワード兄さんには従順でも、その息子に対しては分からない」
「……従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルがエドワード兄さんを一回捕まえた時、エリザベス義姉さんの父親とか家族、殺されてるはず」
「え、てことは」
「リチャード3世が色んな反対を押し切ってまで結婚したのは、エリザベス義姉さんの父親の仇の娘」
「うわ……」
「北部を統治する間、リチャード3世はウッドヴィル家だけを贔屓することなく、地元貴族を引き立てたらしい。それでウッドヴィル家と一部の貴族の対立が激化したみたいなんだ。
エリザベス義姉さん視点、リチャード3世はウッドヴィル側じゃない。対立してるネヴィル家側なんだ」
「それは……怖いだろうな……」
「エリザベス義姉さんにしてみれば、亡くなった旦那がリチャード3世を護国卿に指名した事に対して、弟を信頼しすぎでしょ!? って感じだったと思われる。何かあったら即ウェストミンスター寺院に駆け込む準備ぐらいしてたんじゃないだろうか」
「いやちょっと止まろう。エリザベス義姉さんの反応はもっともだとして、根本的なところがおかしい。
ウッドヴィル家がランカスター側に付くと思えない。
俺らはこの後ヘンリー7世が巻き返すって知ってるけどさ、ランカスター派の当主と言っても、ブルターニュで保護とはいえ監視されてる日々だぞ。
ボズワースに着いた時点で疲弊してたんだ、リチャード3世に勝ったのだって、かなり運の要素が強い」
「……これ計画した人さ、ランカスターに与してる意識が無かったんじゃないかな?
ウッドヴィル家って事は護国卿リチャードの暗殺さえ成功すれば、若い王様の後見人として好き勝手振舞えるでしょ。
自作自演で庶子騒動を起こし、どさくさに紛れて暗殺を実行。その後は自分達が教会に取りなして庶子騒動を収める。そうして王様に引け目を作って傀儡化する。ウッドヴィル家の誰かの本命はそっちだったんじゃないかな」
「これ……ウッドヴィル家も操られてる……?」
「誰もランカスター派の策謀だって知らない……戴冠式前後の大粛清、もしかしてそれか?」
「つーか犯人ランカスター派なの? もうウッドヴィル家単独犯でよくない?」
「もしランカスター派が黒幕だとすれば、戴冠式の騒動でリチャード3世が暗殺されたら最悪の事態になったな」
「これ以上最悪になりようがある? 言っちゃ悪いけどリチャード3世が殺されてた方が状況が分かりやすくなったりしない?」
「リチャード3世、今でこそ悪の権化みたいに言われてるけど、当時は身内贔屓控えめで比較的公正な評判のいい王弟殿下だろ。
暗殺なんてされたらリチャード3世に恩のある貴族達が弔い合戦に出る。
ウッドヴィル家への憎悪と偽王を降ろせの扇動に煽られて、エリザベス義姉さんとその息子達に矛を向ける。
エリザベス義姉さん達がリチャード3世の排除に動いてたのは知られてたはずだ。リチャード3世が来る前に戴冠式を済ませようとして、戴冠式の前倒しのために議会を動かしてるんだから。
それでリチャード3世が暗殺されたら、ウッドヴィル家が何を言っても信用されるとは思えない」
「中央で権勢を振るう一族がどれだけ嫌われるかはボーフォート家の例があるしな。そこに大義名分が加わったら………」
「その後は味方の振りをしたランカスター派が、リチャード3世の息子やバッキンガム公なんかを担ぎ上げて、庶子扱いされたエドワード兄さんの息子達にぶつける。
そうして王位継承者と支持者が居なくなるまで潰し合わせて、ヘンリー7世に漁夫の利狙わせるのが本来の狙いだったんじゃないかな。
ウッドヴィル家とネヴィル家の壮絶な潰し合いになったはずだ」
「えええ………」
「本場の離間計ってこんなえげつないもんなの………?」
「上手くいくかは分からないけど、基本的に相手の弱点を調べつつ、ちょっと欲の皮突っ張った奴を鉄砲玉の手で破裂するまで増長させて本命の隙を作るみたいに見えるから、待ちの姿勢さえできれば意外と何とかなるのかもしれん」
「よしよし、面白くなってきたぞ。この仮説で時系列を追って検証していってみようか」
部長が生き生きとしている。
「1483年4月9日。エドワード兄さんが亡くなった。
リチャード3世は戴冠式をする甥のエドワードを護衛するために、バッキンガム公と一緒にロンドンに向かってる。
異変があったのは4月29日、ロンドンに向かう途中で甥のエドワードに付き添ってたエリザベス義姉さんの親戚と合流した後。
リチャード3世はこの親戚達を逮捕してる。
リチャード3世は甥に付いていた護衛を解散させ、この親戚達を北に送ったとされる。この人達は送られた先で裁判で裁かれ、有罪判決を受けて6月25日に処刑されてる」
「処刑された親戚達、誰が居たんだっけ?」
「まずエリザベス義姉さんの弟、アンソニー・ウッドヴィル。甥のエドワードの家庭教師で保護者みたいな役をしてた。その役目を頼んだのはエドワード兄さん」
「日本なら傅役ってやつか」
「あと甥の異父兄、リチャード・グレイが居た。エリザベス義姉さんの前夫との息子」
「アンソニー・ウッドヴィルと一緒に処刑された人にトマス・ヴォーンThomas Vaughanって人が居たはずだよー。
元ランカスター派の財務官だけど、何かの時にエドワード兄さんが命を助けたんだったかな? それ以来エドワード兄さんの財務官とかやってるらしい。
マーガレット姉さんとブルゴーニュ公との結婚の交渉やった人みたい」
「エドワード兄さんの腹心って事か」
「ラドロー城に居たのって、エドワード兄さんが直々に選んだ次期国王の御意見番なんじゃない?」
「なるほど」
「あ、リチャード・グレイはラドロー組じゃないっぽいです。ロンドンから議会の決定を受けて甥っ子エドワードを迎えに向かった可能性あり」
「とりあえずアンソニー・ウッドヴィル達と一緒にまとめていいのかな? 一緒に処刑されてるし」
「このアンソニー・ウッドヴィル達は知られている限り処刑されるほどの落ち度がない。
だから「甥っ子の味方を消すためにリチャード3世が処刑した」って言われてる」
「リチャード3世が無罪ならアンソニー・ウッドヴィル達が暗殺の陰謀側ってなっちゃうんだけど………」
「ヘンリー8世が即位とほぼ同時に処刑した重臣二人居たじゃん? あの内の一人がアンソニー・ウッドヴィルとの関係を理由にリチャード3世に解任されてるらしいんだよ」
「つまりヘンリー7世の重臣と知り合いってこと? アンソニー・ウッドヴィル、陰謀側でいいのでは?」
「でもヘンリー8世が処刑してるって事は何かと問題ある人だったんじゃないの? リチャード3世が都合よく左遷の口実にしたとかだったりしない?」
「アンソニー・ウッドヴィルが敵側ならどこの位置だ?」
「エリザベス義姉さんに同調してリチャード3世を警戒しているか、護国卿就任で対立しそうなリチャード3世を消しに行ったってことになるけど………」
「仮にエリザベス義姉さんに同調したせいだとしても、やったのは議会の決定に則ってロンドンに移動してただけ。処刑される罪状じゃないはず」
「じゃあ暗殺の陰謀側?」
「新王の傅役の立場をふいにしてまで参加する陰謀か?
多分甥っ子に対する影響力、リチャード3世よりアンソニー・ウッドヴィルの方が強いぞ」
「この辺ちょっとおかしいんだよ。戴冠式に向かってたアンソニー・ウッドヴィルは王子を放って先にリチャード3世に合流した。
問題の3人が逮捕されたのはストーニー・ストラットフォードで甥っ子王子とリチャード3世が合流した後」
「……リチャード3世に逮捕されたアンソニー・ウッドヴィルが前日からリチャード3世と一緒に行動してたってこと?」
「引き止め役とか? でも王子の傅役ってそこで切る札?」
「公爵の身分に対抗できるのって身内しか居なくない?」
「逮捕されるとまでは思わなかったんじゃない?」
「甥っ子王子はリチャード・グレイと一緒に先行してたらしい。リチャード・グレイは議会の許可をとってて私有地を強引に進んだらしいんだ」
「ん? でも陰謀側と考えるとリチャード・グレイの行動、何かおかしいような………」
「えーと……ああ、それなら多分リチャード・グレイは純粋にエリザベス義姉さん側だ。リチャード3世を警戒してるだけ。
リチャード3世の味方じゃないけど、暗殺計画には関係ない」
「どゆこと?」
「この中で戴冠式に急がないといけないのはエリザベス義姉さん陣営だけ。リチャード3世が来る前に政権を身内で固めたいと思ってる。
他の陣営の狙いはリチャード3世を暴動のどさくさに巻き込んでの暗殺なんだ。ウッドヴィルもランカスターも、リチャード3世が居ないのに暴動を起こしても意味がない」
「つまりアンソニー・ウッドヴィルは………どこ??」
「リチャード3世を足止めしたならエリザベス義姉さん派かなぁ」
「これさ、庶子騒動を起こす奴が必要だろ?
庶子騒動を訴え出る役、アンソニー・ウッドヴィルだったんじゃないか?」
「アンソニー・ウッドヴィルにそんな計画もちかけるかね? エリザベス義姉さんと同じぐらい知られたら困る相手な気がするけど」
「さっきアンソニー・ウッドヴィルがリチャード3世の足止めしたとしたらエリザベス義姉さん派で暗殺関係ないって話になったじゃん」
「いやでも………リチャード3世の動きが明らかに変わったのがこの人から陰謀の存在を聞いたと考えると辻褄が合う」
「もしかして、暗殺の標的がリチャード3世とアンソニー・ウッドヴィルだったんじゃないか? 王子様を傀儡にしたいなら絶対邪魔でしょ、部外者の護国卿と王子様の育ての親で家庭教師。
その陰謀をアンソニー・ウッドヴィルに知らせた人が居たんじゃないか?」
「暗殺で傀儡化を狙ってたのはウッドウィル家家中だろうから、知り合いから漏れるは十分あり得ると思う」
「なるほど、『戴冠式で護国卿と傅役の暗殺計画あり』っていう情報しか無かったならアンソニー・ウッドヴィルをロンドンから離すほかないな。護国卿と傅役、二人まとまってたらいい標的だ。リチャード3世がロンドンで殺されたら後を託すしかない」
「護国卿が戴冠式欠席はどう考えても無理だしな……陰謀事件の捜査しないといけないし」
「多分傅役が戴冠式欠席も無理だったんだろ。苦肉の策で逮捕護送だったんじゃないだろうか」
「仮にアンソニー・ウッドヴィルが暗殺計画に関係してたなら、ロンドンに連れて行って取り調べしないといけない。
北で取り調べしてもらおうにも、連絡のやり取りで数日も時間があいたらそれで手遅れになる事もありうる。
それがないって事は保護のための逮捕だと思う」
「資料が見つからなかったから推測だけど、もしかしてリチャード・グレイが強引に進んだんでアンソニー・ウッドヴィルは異変を感じて引き留めようとしたんじゃないかな。リチャード・グレイの連れてた大軍に対抗できなくて、慌ててリチャード3世に合流して連絡をとって急行したんじゃないか? 前日の会食ってそれじゃない?
本来はリチャード3世達は北から、甥っ子たちは西のラドローから、ノーサンプトンの辺りで待ち合わせする予定だったんじゃないかな?」
「つまりリチャード・グレイがエリザベス義姉さん派で、アンソニー・ウッドヴィルはリチャード3世の味方?」
「この逮捕の時はあまり険悪じゃなかったみたいな伝聞もあるし、あくまで諸説ある中の一つだけど」
「あーなるほど」
「でもアンソニー・ウッドヴィル処刑されてるよね?」
「この処刑がおかしい。誰が裁判やったとか分からない?」
「………第4代ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーHenry Percyのはず。親はランカスター側で戦ってた。パーシー家はネヴィル家と領土争いしてた家。そしてボズワースの戦いで動かなかった部隊」
「そいつランカスター側だろ!?」
「え、もしかして勝手に処刑されちゃったか?」
「でもボズワースで戦死したリチャード・ラトクリフが処刑に立ち会ってるよ」
「何か絶対処刑しなきゃいけない事情が出たのか?」
「ラトクリフさん、移動してたのは戴冠式騒動でウッドヴィルの反乱への警戒のために、応援に呼ばれたって話があるらしい。
応援のために北からロンドンに向かって移動してる所を通りがかっただけで、アンソニー・ウッドヴィルが逮捕された経緯の詳細を知らされてなかったんじゃないか?」
「あー………何も聞いてない中で『リチャード3世と合流して逮捕されて北に送られてきた』っていう事実に『リチャード3世を襲撃したから』って誤情報をくっつけられたら………分かんないよね。3人は当然否定するだろうけど………」
「勝手に裁判やられたなら判決を下した相手に大逆罪を下せばよかったんじゃないの? ジョージ兄さんそれで処刑されてるから。越権行為ってやつ」
「それだと事情を知らなかったリチャード・ラトクリフが連座にならんか?」
「………それ分かってて処刑に立ち会わせたんじゃないだろうな…」
「そうだとしたら怖すぎる……」
「リチャード3世が無罪だとすると………アンソニー・ウッドヴィル達の処刑は公表されてない理由による正当な手続きによる処刑なのか、陰謀側の口封じか、裏切り者に対する見せしめか、それとも単なる行き違いか………」
「敵なのか味方なのかすら全然確信持てないな………」
「ノーサンバランド伯をボズワースに連れてってる所を見ると、叛意無しと判断とされた? どういう裁判だったんだ?」
「全く分かんない。けど、ノーサンバランド伯はリチャード3世治世下で色々降格させられてるらしいんだよね。この辺、もしかして関係あるかも?」
「アンソニー・ウッドヴィルが味方なら、何事もなかった顔して甥っ子に付き添ってもらってロンドン塔に籠城してもらうべきだった。
ランカスター家と戦ってた頃、ヘンリー6世の王妃様王子様達がフランスから着いてウェールズの味方と合流しようとするのを追った時があったろ?」
「あー、ヘンリー6世の王子様が戦死しちゃった時の?」
「あの時、ランカスター派の別動隊がロンドンを襲撃してる。そして2代目リヴァース伯、アンソニー・ウッドヴィルはこの時にロンドン塔を防衛した人のはずだ。
ヘンリー6世をランカスター派から守り切ってるんだ」
「ああ、そうだったんだ………」
「エリザベス義姉さんの有能な親戚か」
「アンソニー・ウッドヴィルならエリザベス義姉さんを説得して連れてきてくれるかもしれない」
「そういやそうか。この逮捕でエリザベス義姉さんの態度が硬化したんだもんな」
副部長の早矢が申し訳なさそうに声を出した。
「ごめん、すごく基本的なこと聞いていい? ロンドン塔って何なの? ちょくちょく大臣とか王様とか王子様が閉じ込められてるけど。調べてもお城みたいな画像しか出てこない」
「この斜め上空から撮影された写真で見れば分かると思うけど。ロンドン塔の塔はいっぱいある、ていうかでかい。この真ん中にある四角くて四隅に尖塔が建ってるのはホワイトタワー。他のタワーは外周にある大体円柱状のやつらしい。
横に映ってるのはテムズ川」
「これ塔? 城では?」
「城で合ってるけど、ロンドン塔Tower of Londonって呼ばれてるから仕方ないだろ。
元々防衛施設として作られて、この地図のホワイトタワーの横の壁の跡が確か10世紀頃の城壁の跡だったかな? 王様の居城として増改築されて更に多機能化した。
確かに牢屋とかもあるみたいだし、15世紀時点では王様の居城はウェストミンスター宮殿だったみたいだけど。ロンドン塔もおおよそ偉い人の使うお城って認識でいいはず」
「16世紀に改築された後は政治犯的な偉い人が収監、処刑される場所っていう印象が強いけど、この時点では大体お城って考えていいんじゃないかな? 15世紀のロンドン塔はこの外側の緑の所がお堀になってて、テムズ川と繋がってたらしいんだ」
「つまり15世紀のロンドン塔は大体俺らの考えるお堀に囲まれた西洋のお城って認識でいいのか……」
納得したらしく、副部長は黙った。
その間も活発な議論は続く。
「………でもさ。ロンドン塔に立て籠もってもらうって……この人、本当に信用できるか?」
「味方って確信できる情報が無い。陰謀に加わる動機がないのと処刑の経緯が怪しいってだけで味方だったんじゃないかって推測してる」
「ずっと王位継承者である甥っ子と一緒に居たんだから今更陰謀側には回らないでしょ?」
「どさくさに紛れて邪魔者一掃する機会を狙ってたかもよ?」
「そんな気の長い陰謀ある?」
「そもそもエリザベス義姉さんも信用できるのか?
「息子の護衛に2000人連れて来て」って言ったの、エリザベス義姉さんだぞ。リチャード3世が護衛のために連れて来たのだって300人、確かバッキンガム公の所の人数入れても500人ちょっとだぞ」
「………」
「リチャード3世視点、誰も信用しきれない………?」
「それで判断付きかねて北に送ったんじゃね?」
「黙って主犯格だけ逮捕ってならなかったって事は、アンソニー・ウッドヴィルも計画の全貌知らないだろ。だから仮にこの人達を信用できても無理だ。ロンドンに連れてったら守り切れない。
今連れて来てる2000人の中に裏切り者の息がかかった奴が居ないって誰が言える?」
「うわー無理だこれ……」
「自分のとこの護衛300人を分けて………とか……」
「甥っ子とリチャード3世自身も守らなきゃいけないのに?」
「つーかさ、騒動の犯人のエリザベス義姉さんの血縁者、誰だか思いつく人居る?」
「数人居るんじゃないかって気がするけど、一人思い当たる人物が居る。
リチャード3世が主張したウッドヴィルの陰謀ってこの二人の事だろうって言われてるらしい、リチャード・グレイともう一人。
エリザベス義姉さんの弟。エドワード・ウッドヴィルEdward Woodville。当時28歳。エドワード兄さんの悪い遊び仲間の一人。
エドワード兄さんが亡くなった直後の会議。エリザベス義姉さん達が戴冠式を前倒しするように勝手に議決した時。
この人は海軍元帥Admiral of a fleetに任命されてるらしいんだ。そして恐らく大量の財産を船に乗せてる。
海軍の大半の船はリチャード3世に従ったみたいなんだけど、この人は数隻の船を率いて財産を持ち出してヘンリー7世に合流してるらしい。それが5月頃」
「めちゃくちゃ怪しい」
「財産を船に乗せてるって、何か起こるって知ってた感じじゃん?」
「まぁ普通に考えればリチャード3世に接収されないようにって事なんだろうけど、この仮説だと……なぁ」
「……エドワード兄さんの悪い遊び、こういうのの手綱をとるためだったんじゃないかって気もしてきた……。
身内を粛清なんてしたらエリザベス義姉さんがウェストミンスター寺院に引きこもってしまう」
「そんな手綱の取り方、エドワード兄さんしか無理だから! 死ぬ前に何とかしといてくれよ、シェイクスピアのハル王子みたいに!」
「そうする予定だったんじゃないの? 悪い奴を出来るだけ集めて、決定的な悪さをする所を現行犯で押さえる。それを理由にエリザベス義姉さんも文句言わない形で粛清」
「王様自ら潜入捜査って、暴れん坊将軍なのか遠山の金さんなのか」
「スパイの本場だからな」
「いや無理だろ」
「そういえばエドワード兄さんが従兄弟の大司教を逮捕する時、今度一緒にご飯食べようぜ、みたいな声掛けておいて、その前日に食事会の準備してた従兄弟を呼び出して極秘逮捕した。みたいな話があった気がする」
「エドワード兄さん、滅茶苦茶運がいいまっすぐさわやか好青年みたいな印象だったけど、もしかして意外と策士だな?」
「まぁ流石に潜入捜査してたかは知らんけど」
「どうしても憶測の部分が多くなるな」
「アンソニー・ウッドヴィル灰色のままだしな」
「でもリチャード3世無罪説で行くならこれぐらいしか無くない?」
「見つけられなかっただけでリチャード3世から出されたアンソニー・ウッドヴィルの処刑の命令書とかあれば丸っと崩れるのよ、この考察」
部長が手を叩いた。
「おもしろさ重視だから多少の不都合は大目に見よう。
こんな感じで、戴冠式までの時間を追っていこうか」