23.あの時何があったのか
「リチャード3世は生存の噂を打ち消すために死体は晒され、簡素に埋葬された。
きちんとした墓が作れなかったのは、埋葬地が分かると抵抗勢力が集合する危険性があったという事情もあるらしい」
暇な寄り合い同好会集団、合同同好研究部。
暇に飽かせて、童謡『Who killed Cock Robin』の元ネタを検証している。
現在は15、16世紀にリチャード3世の鎮魂を祈るためにできた。という仮説のもと、薔薇戦争の内容を確認している。
イングランドとフランスが争う百年戦争の終わり頃、イングランドでは中央政治から遠ざけられた貴族の間で、枢密院への不信が募り爆発。薔薇戦争が勃発する。リチャード3世が生まれたのは薔薇戦争の始まる直前のこと。
その争いの中心となったのが枢密院のランカスター家とその分家ボーフォート家。そしてリチャード3世の父親、ヨーク公リチャードである。
ヨーク公リチャードは王位継承権を得るものの、志半ばで戦死。代わってリチャード3世の兄がエドワード4世として王位に就く。
エドワード4世と従兄弟のウォリック伯、リチャード・ネヴィルが協力し、敵対していたランカスター派を追い落とすことに成功。
この治世の間、幼いリチャード3世はグロスター公の地位を与えられ、成長していく。
しかしエドワード4世の秘密結婚の頃から徐々にエドワード4世とウォリック伯の仲が悪化。
ウォリック伯はクラレンス公ジョージと結託して反乱を起こし、エドワード4世とグロスター公リチャード達は国外に脱出する。
その翌年、エドワード4世とグロスター公リチャードは軍備を整え、反攻を開始。
この一連の戦闘で国王ヘンリー6世の直系は途絶え、ランカスター派は勢いを失い、エドワード4世は国を治めた。
エドワード4世の治世中、兄弟であるクラレンス公ジョージの処刑や、周辺国との戦争などがあったものの、概ね穏やかに国は保たれていた。
しかし、そのエドワード4世が急死する。
エドワード4世は死の間際に、グロスター公リチャードを護国卿に任命した。
しかし、グロスター公リチャードは突然、甥の戴冠式を延期。
秘密結婚の以前に別の女性と交わされていた兄の婚約によって、義姉との結婚は成立していないと発表。甥であるエドワード4世の息子たちの嫡出を否定し、継承権を無効化。自身が王位に就いた。
リチャード3世である。
しかし簒奪の形になったためか、国内が不安定化。
リチャード3世と同盟者のはずのバッキンガム公の反乱などが勃発。
ボズワースの戦いではリチャード3世のほとんどの軍が動かず、ランカスター派の当主、ヘンリー7世に敗北した。
現在、リチャード3世が戦死した後の話である。
「リチャード3世を倒した後、ヘンリー7世は自身の継承権の回復を議決。
そしてリチャード3世が決議したエドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚の無効を覆し、エドワード4世の娘、エリザベスを嫡子に回復。結婚した。
これによって薔薇戦争で敵対し続けてきた赤薔薇のランカスター家と白薔薇のヨーク家が一つの家となった」
「さて、『誰がコマドリを殺したか』を書いた候補の一人、ジョン・スケルトンさんの話に戻ろう。
ノーフォーク公に仕えていたと思われるスケルトンさんは、エドワード4世の葬儀の詩を書いたって説もあるらしい。
1460年頃の生まれとされてるから、エドワード兄さんの葬儀の時は20歳前後かな?」
1485年。ボズワースの戦いでリチャード3世と初代ノーフォーク公ジョン・ハワードはヘンリー7世に敗れ、戦死。
2代目ノーフォーク公トマス・ハワードはロンドン塔に幽閉されている。
ジョン・スケルトン、25歳前後。2代目ノーフォーク公トマス・ハワード、42歳。
1488年頃。2代目ノーフォーク公がロンドン塔から出された。
ジョン・スケルトン、28歳前後。月桂樹の冠の詩はこの頃にノーフォーク家に贈られたものとされている。
「いつからかは分からないけど1495年頃、スケルトンさんはヘンリー8世の家庭教師をやってる。
ヘンリー8世、5歳ぐらい。スケルトンさん35歳ぐらい。
1502年にヘンリー8世の兄アーサーが急死して、ヘンリー8世が王位を継がないといけなくなったんで、スケルトンさんは家庭教師を辞めてノーフォーク公の土地で教会の仕事をやってたらしい。
宮廷に仕えている間に聖職者の身分を得ていたみたいなんだ。
ヘンリー8世、11歳。スケルトンさん42歳ぐらい」
「丁度ヘンリー8世が小学生の間、ずっと面倒見てた感じか」
「スケルトンさん、ヘンリー8世のためにラテン語の慣用句集とか作ってるらしいんだよね。
多分…言えたらかっこいいラテン語決め台詞集?」
「そっから外国語を教えてもらったらやる気ぶちあがりそう」
「外国語でも必殺技の技名なら覚えるもんな」
「小学生の王子様でしょ? 絶対使いまくる」
「いい先生だ」
「まぁヘンリー8世の教育係にはエラスムスも居たりするんで、スケルトンさん一人で教えてたわけじゃないだろうけど」
「誰?」
「改革派カトリックだけどプロテスタント否定派、著書の教育論の中には記録される限りで最古の子供の権利についての記述があるらしい。俺らが体罰受けないで済んでるのはこの人のお陰、かもしれない」
「………でもそれで育ったのは離婚であの騒動起こしたヘンリー8世だよね」
「教育自体は成功してた……んじゃないかな? 若い頃は聡明な君主って評判だったみたい」
「馬上試合で頭打った後遺症じゃないかみたいな話があるぐらい、途中で性格が変わってるんだそうだ」
「複数の奥さんが流産を繰り返したのと、後年の性格の変化から、遺伝子疾患が関係してたんじゃないかという説があるらしい。
血液型の一つにケルっていうのがあって、これがあると不随意運動や衝動的、強迫的な精神状態が起こるようになる。
そして、この血液型の子を妊娠した女性は、その血液型に対する抗体ができてしまう。第二子以降はお腹にできたケルの血液型を持つ子を母親の免疫が攻撃するようになるんだ。それが流産につながる。
何でそんな話が出たかって言うと、エリザベス義姉さんのお母さんがこの遺伝子を持ってるのが発見されたんだそうだ」
「………もしそうなら、倫理面は置いておいて、ヘンリー8世は後継ぎが欲しいなら別の奥さんが必要だったんだな………」
「スケルトンさん、詩を見るにヘンリー8世の事を寿ぎこそすれ、恨んでる風じゃないんだよな。ノーフォーク公とかの元白薔薇陣営にも配慮した内容な気がする」
「王宮に勤めてもスケルトンさんとノーフォーク公とのつながりはずっとあるんだな。教区に再就職してるし」
「ヘンリー7世が1509年に死去。ヘンリー8世がキャサリンオブアラゴンと結婚すると言い出す。
そして重臣を二人、大逆罪で処刑してる。どうも財務関係の顧問だったらしいんだけど、悪評が高かったらしい」
「ヘンリー8世、割と後の暴君っぽい片鱗が見えてるような……」
「1510年頃にスケルトンさんは再び王室と接点があったみたいだ。スケルトンさん50歳頃。
1520年頃、かなり派手にトマス・ウルジーを攻撃してるらしい。60歳頃。
亡くなったのは1529年。70歳頃。権力者を攻撃しまくって身が危なくなり、ウェストミンスター寺院に逃げ込んでいたという説がある。エリザベス義姉さんがちょくちょく使ってた聖域セーフだな」
「聖域セーフ……」
「あくまで説の一つ。スケルトンさんの晩年の事はほとんど分かっていないらしい」
会話が止まった所で部長が一つ手を叩いた。
「さて、これでおおよそ『Who killed Cock Robin 誰がコマドリを殺したか』の歌と、リチャード3世と、スケルトンさんの背景は出揃ったけど……リチャード3世の印象操作があった時期と目的、思いついた人居るかな?」
「そういえばそういう話だった」
部長の質問にみんな考え込む。
「ジョン・ラウスJohn Rousが1492年まで生きてる。リチャード3世の奇形とヘンリー6世殺害とアン・ネヴィル毒殺説はこの人が書いてたんじゃなかったかな? ならやっぱ1492年までに印象操作はあったんじゃないか?」
「それぞれ元々あった噂をすぐバレるように大げさに誇張して新王朝に迎合して見せただけって気もする。
この時点ではリチャード3世の死後十年経ってないから、すぐ嘘だってバレるでしょ。
この人、過去のリチャード3世治世下の記録は破棄してないし」
「……やっぱり征服で交代した新王朝に対する忖度で前王朝、特に簒奪で王位に就いた王様が槍玉にあげられたって形で、犯人は居ないんじゃないかなぁ………」
「トマス・ウルジーはいろんな人に嫌われてたらしいんで、スケルトンさんも何か攻撃する虫の好かない事があっただけかもしんない。スケルトンさん、似たような時期にプロテスタントのことも攻撃してるし」
「もしくはやっぱり姪のエリザベスを嫡子回復する時に、悪い奴がやったことだから、みたいな風潮を作ったか………」
「実際悪いだろ、親が亡くなったのに乗じて子供から簒奪は。しかもその簒奪の混乱で事態が悪化したっぽいし」
「17世紀にロンドン塔の礼拝堂の地下から発掘された二人の子供の遺骨。王子達の物ならほぼ確実にリチャード3世は何か知ってるし、隠す理由って暗殺以外に無くない?ってなるわけで」
「でもそもそもあの遺骨の鑑定は進んでないし………」
「確かにこのままだと、もやっとしたままで終わりそうだね」
こういう時は一番面白くなりそうな方向で考えよう。
と、部長が一つ手を叩いた。
「リチャード3世が完全に無罪だったとしたらどんな時?」
突然の部長の無茶振りである。
ここからは当然未知の領域。歴史が苦手な副部長じゃなくても疑問は湧く。皆が一斉に喋り出した。
「無罪って……思いっきり簒奪とかしてますよね。しかもリチャード3世しかできない方法で」
「ただ直前まで簒奪の意思はなかったと言われているみたいだけど」
「ふと思い立って実行してグダグダになって滅ぼされたって事??」
「用意してないって事はないでしょ。エドワード兄さんと婚約したっていうエレノア・タルボット、どこに用意してたの?」
「だよね? 用意してないと出来ないよね?」
「マジで誰なんだよ、このエドワード兄さんの婚約を証言したロバート・スティリントンって人」
「ヘンリー6世の政治顧問の一人の様だ。その後もエドワード兄さんとかにたまに投獄されたりしてるけど、リチャード3世の時代を経てヘンリー7世に投獄されてる。教会の結構偉い人らしい」
「聖職者が政治に関わってるの?」
「各教区の司教は議会に来るんだってさ。モンフォール議会で聖職者と騎士が国政に参加するようになったらしいから」
「ああ、そっか」
「聖職者、当時の数少ない知識階級の一つだからな」
「はいはい。思いついた」
「どうぞ」
「エドワード4世は女癖が悪かったから、リチャード3世、戴冠式のために僭称者対策してたんじゃないか?
例えば「俺がエドワード5世より先に生まれてたエドワード4世の息子だから俺が後継者だ!」みたいなのが出てきた時のために、護国卿として「庶子だからダメ」って言う準備してたらさ。
調べてみたらエドワード兄さん秘密結婚だし、何か別の女の人との婚約の話が出てきた。みたいな状態になって頭抱えたとか」
「あー……」
「でもぶっちゃけエレノア・タルボットとの婚約、証明できないんだよね。
このロバート・スティリントン一人の証言だけ。
マジでどこから出てきたの? 黙ってればよくない? エドワード兄さんの結婚が発覚した時は黙ってたわけでしょ? このロバート・スティリントン。
不審すぎるわ」
「意図的に話でかくしないと、多分この話一生出なかったと思う」
「リチャード3世はこの時、ウッドヴィル家とか重臣達を自分に対する殺人未遂で逮捕処刑ってやってる。専制始めますの合図にしか見えない。やっぱ無罪説は無理筋過ぎるって」
眠そうな目をした副部長が尋ねてきた。
「この結婚問題、意図的に話をでかくしたらいつでも大問題になるんだよね?」
「エドワード兄さんとエリザベス義姉さんみたいに公に認められた結婚を認めない、つまり離婚、というのが難しいのはヘンリー8世の例の通り。本人や血族が結婚契約の落ち度を証明しないといけないはずだ。
秘密結婚で重婚は相当な落ち度だろうけど、それを主張出来る人ってその血族、リチャード3世以外に居ないと思う」
「エリザベス義姉さんの実家は?」
「………………え」
「エドワード兄さんの奥さんの実家。
ウッドヴィル家の誰かが「エリザベスは騙されたんです。エドワードは婚約してたんです。あの子たちは庶子なんです。王位は継げないんです」って騒いだら?」
「………………どうなるんだそれ……?」
「向こうでは結婚は神様の前で誓う契約だから、結婚関係を取り仕切ってるのは教会のはず。
教会に駆け込んで騒いだら、もしかしたら通っちゃうかも………何なら事前に教会関係者と示し合わせてたら……」
「教会に結婚法で訴え出るのは本人の他に血族でもできるはず………」
「普通に反逆罪で逮捕では?」
「それこそ権力者を教会の権威で跳ねのける聖域セーフが発動するんじゃないか?」
「う………」
「……いや、ウッドヴィル家に利益が無いだろ?」
「ウッドヴィル家、元々ランカスター派で、エリザベス・ウッドヴィルがエドワード兄さんと結婚して、エドワード兄さんが優遇して勢力を伸ばした所があるから……。
もし「エドワード4世が与えてくれた利権を、護国卿リチャードに剥奪されそうだ」ってなった時にどうする?
ランカスター派と手を組んで、最悪のタイミングで庶子騒動を発動するっていう方法でヘンリー7世に恩売って寝返ることも考えるんじゃないか?
例えば地方で反乱が起こってロンドンが手薄になったタイミングで、王様庶子騒動を起こして「偽王を下ろせ」って暴動を起こしたら……」
「王子様、爆弾か何かか?」
「副部長が言い出したんじゃん!」
「地雷系王子……?」
「地雷系違う」
「地雷というか起爆装置付きの爆弾というか」
「………地雷と言わず爆発秒読みだったのかも……ラルフ・ショーRalph Shaaっていう人が戴冠式と同時期にエドワード5世の嫡出を否定する説法をしてるらしいんだ。
この人はロンドン市長の血縁者で教会のそこそこ偉い人。
リチャード3世の正当性を高めるための説法だったっていう説だけど……内容は正確に伝わってないらしい。エドワード兄さんの嫡出を否定したのか、その息子の嫡出を否定したのかってところからして不明確だって話なんだ。
説法が行われたのは6月22日。予定通り行われていたら戴冠式当日のはず」
「……甥の戴冠式は間違いなくヨーク派の重鎮が集まるはずだ。式典の最中に重武装してるとも思えないし、暴動を起こして、どさくさに紛れて有力者を何人か仕留めたら……」
「リチャード3世は式典に参加してればほぼ間違いなく武装してない。式典には参加してるはずだ。甥の後見人を頼まれたんだから。
そして騒動が起こったら真っ先に駆け付けざるを得ない。警察本部長とか自衛隊幕僚長みたいな地位だから、警備の責任者だ。標的の一人でほぼ間違いない」
「………リチャード3世、甥っ子を迎えに行った時、ウッドヴィル家の2000人の護衛の武装解除して回収した武器山積みにしてたよね………?」
「え、まさか」
「ウッドヴィル家が戴冠式に暴動を引き起こして「敵は本能寺にあり」しようとしてたって事!?」
「ラルフ・ショーはランカスター側が回収し損ねた国家転覆用の仕掛けの一つなのか………?!」
「おお、面白くなってきたね!
ほんとにウッドヴィル家がランカスター派と手を組んで、戴冠式に仕組んだ、リチャード3世を第一目標にした暗殺未遂事件だったとして、行ってみようか!」




