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2.そもそもいつの歌なのか

「まず大雑把な背景を調べてこうか、で、歌詞と合わせて他の資料で裏取りする」

 提案するのは合同同好研究部部長美夏原みかはら


 暇な寄せ集め部、合同同好研究部はマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べる事となった。元々真面目にやっている部活ではないため自由参加である。



 『Who killed Cock Robin(誰がコマドリを殺したか)』。射殺されたコマドリの死を悼む鳥たちの葬式を描いた歌。

 世界的に知られるマザーグースの童謡。nursery(ナーサリー) rhyme(ライム)の一つである。


 マザーグースは18世紀にイギリスで刊行された童謡集が元になっているとされ、名前の由来は影響を受けているとされる英訳されたフランスの童話集の扉絵とされる。

 総数500を越えると言われる英語圏で広く親しまれている言葉遊びやなぞなぞなどを中心にした童謡の総称である。


 コマドリの歌が最初に書籍に残っているのはおよそ18世紀の半ば、一緒に収録されていたのはおよそ17世紀から残っているものとされる。17世紀から18世紀といえばちょうど欧州からアメリカへの移民があった時代であり、当時の欧州・アメリカの歌が広く収録されているという。


「コマドリの歌が何かの事件をモデルにしているっていう説は複数あるけど、定説はないみたいなんだ」

 部長の言葉を受けて、一年、能上のがみがすかさずルーズリーフにペンを走らせる。書記、記録係である。


 コマドリの歌に絡んで有名なのは、18世紀、出版の直前に長期政権を務めたロバート・ウォルポール首相が辞任しているため、それを指したものという説がある。


 一方でコマドリの歌自体がもっと古いものの可能性があるという。


 眼鏡の元語学研究会飛田ひだは目当ての資料を見つけたようだ。

「16世紀に書かれたっていう、死んだ小鳥の詩が紹介されてたから調べてみた。多分、猫にペットの小鳥を食べられちゃった話だと思う。色んな種類の鳥がお葬式に参加してるっぽいシーンが出てくる。確かに韻を踏んでると思うけど、普通の詩の韻の踏み方との違いが分かんない。英語話者ならピンとくるのかも?」


 部長美夏原みかはらも軽く補足する。

「墓穴を掘る場面、絵本ではふくろうOwlとコテtrowelが掛け言葉になってるけど、歌詞によってはふくろうOwlがシャベルshovelを使ってるんで何とも掛かってない歌詞があるんだ。

 でも中世の英語だとシャベルshovelはshowl、shoulみたいな発音をしてたらしい、それが伝わってこうなった説がある。その場合、この歌は中世以前って事になる」


 ツンツン頭の元語学研究会谷志田たにしだがざっと調べて裏取りする。

「中英語は……およそ12世紀から15世紀か、結構広いな」

「shovelの発音に関しては大体15世紀頃って解説してる所があるね」

 眼鏡の元語学研究会飛田ひだもあちこち調べて回ったようだ。


 横から声がした。

「spadeは古英語にもspaduとかspadaみたいな形であった古い農具みたいだ」


 元歴史研究部、保志名ほしな

 眼鏡でやや短い髪が真ん中分け気味の男子生徒である。

 それっきり話しかけては来なかったが、関心はあるようである。


 こんな感じでちょくちょく教室のあちこちから参加したり別の作業に移ったりする。自由参加である。


「歌詞が時代とともに変わってるならもっと古い可能性もある?」

 副部長早矢はやが聞くと、飛田ひだも首をひねる。

「年代的にさすがにないだろうと思ってたウィリアム2世説の可能性もあるか?」


 10世紀の終わり頃に狩りの途中で矢に当たって亡くなったとされる王様である。コマドリと同じ赤を特徴としていて矢で死亡している事から、コマドリの歌を解説するサイトでは、もしかしたらこの事件を指しているかもしれない程度に軽く紹介されている。


「じゃあコマドリの歌は恐らく15世紀以前、うっかりすると10世紀ごろまで遡る可能性ありって事か?」

 谷志田たにしだがあちこち調べながらおよそまとめた。


 同じく検索していた部長、美夏原みかはらが呟いた。

「ちょっと困ったな」

「どうしたんですか? 部長」

 副部長早矢はやが軽く反応する。


「歌詞の種類が多すぎる。変り種の歌詞があったとして、それが最近誰かが替え歌したものなのか昔からあるものなのか判別がつかない。著作権が切れてるかどうかわかんない」

「……おう……」

「どうします?」

 飛田ひだも気づいて声をかけてきた。


「確実に百年以上経ってるって分かんない歌詞はスルーが安全かと思う」

「え、それじゃあ……その縛りで検証できますか?」

 副部長早矢はやに部長美夏原みかはらが難しい顔をする。

「多少の制限は仕方ないな。絵本だとtrowelになってるけど、フクロウのシャベルはどうするか……」


 そこに声をかけてきたのも一年能上のがみであった。

「1830年代ごろ出版と思われる絵本見つけました。Owlがspadeとshowlで墓穴を掘ってます。著者のWilliam Dartonは18世紀末から19世紀に活躍した絵本作家で共著者になっているその息子は19世紀半ばまで活躍してます」


 1830年から1837年ごろに出版されたとみられるWilliam Dartonとその息子William Darton and son著。『The death and burial of Cock Robin』である。


「ふへー……」

 副部長早矢はやが声を上げた。絵本の誤植で無いなら確かにshowlである。その横で飛田ひだは部長美夏原みかはらと話し合う。

「こういうのの研究の専門書ってどこにあるんだろ?」

「正直近所の図書室で資料見つけられる気がしないんだよね」


「専門書があったとして、絶対翻訳されてなさそうだけど、俺達に読めるのか?」

「無理だよね!」

 ツンツン頭の元語学研究会谷志田たにしだのコメントに、部長美夏原みかはらは開き直った。


 諦めが肝心である。そもそも専門書を読み解くほど情熱をこめて活動しているわけではない。


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