19.反逆罪~エドワード4世戴冠
寄せ集めの同好会集団、合同同好研究部。
暇に飽かせて、童謡Who killed Cock Robinの元ネタを検証しているところである。
現在は15、16世紀にリチャード3世の鎮魂を祈るためにできた。という仮説のもと、薔薇戦争の内容を確認している。
百年戦争の終わり頃、中央政治から遠ざけられた貴族の間で枢密院への不信・不満が募ってイギリス内戦、薔薇戦争勃発。
宮廷の権力闘争から武力行使へ発展。最初のセントオールバンズの戦いが終わって、ヨーク公リチャードが宿敵を葬った。
「リチャード3世のお父さん、ヨーク公リチャード達は1455年。セントオールバンズの戦いで武力によって政敵を排除する事に成功。
それによって確かに宮廷で勢力を強めたんだけど、議会では王妃様が勢力を集めて対向してきた」
「強い」
「王妃様にどれだけの権力があったかは諸説あるらしいんだけど、ヨーク派に対して態度が硬化したのは死者が出たセントオールバンズからだった様だ」
「王妃様にしてみればリチャード父さんが王位を狙ってるなら、せっかく生まれた息子、ほぼ確実に殺されるからね」
「1459年。王妃様陣営は議会をコヴェントリーって町に引っ越したらしい」
「議会って引っ越せるもんなの? 国会議事堂的なところでやるんじゃないの?」
「基本的に今も昔もウェストミンスター宮殿でやることになってるみたいだけど、この時は危険を感じたのか引っ越したみたいなんだよね」
「リチャード父さん怪獣か何かか?」
「そもそも、セントオールバンズで戦いになった理由の一つ。
王様達が味方の多いレスターってとこに議会を移そうとしてたんで、リチャード父さん達がそれを止めに行った。っていうのがあるらしい」
「昔リチャード2世がシュルーズベリーで議会を開いて、軍隊で囲んで要求を通してるらしい。俺らが知らないだけでそういう議会の引っ越しって意外とあるのかもしんない」
「そんなのあるんだ………」
「で、コヴェントリーで議会やるから来なさいって各方面に連絡がきた。
だけど、リチャード父さん達は国王軍がすごい集まってるのを見て、これ絶対罠でしょ、って思って行かなかった。
王妃様達は普通に議会を開いて、リチャード父さん達の反逆罪が可決された」
「おう……ありなのかそれ………」
「反逆罪なので財産没収。身分剥奪。
それでリチャード父さん達は軍隊を連れて王妃様達に文句を言いに向かったんだけど、負けちゃって逃げた。ラドフォード橋の戦い」
「負けちゃって逃げた……」
「直前の王様が居ない戦場では勝ってるぞ。ブロアヒースの戦い」
「ラドフォード橋の戦いでは、ヘンリー6世が先頭に居たから攻撃できなかったらしいんだよね。王様に攻撃したら反逆罪になっちゃう。
あと、王様が出てきちゃったんで、主君に弓を引けないって大勢の味方が裏切って王様側に付いた」
「1459年。リチャード3世、7歳。
調べられた限りだと、一緒に居たのはセシリーお母さんとマーガレット姉さんとジョージ兄さんとリチャード3世。
逃げ遅れたセシリーお母さんはヘンリー6世に謝って許してもらった。
皆でバッキンガム公とその奥さんの所で保護されることになった。
ちなみにバッキンガム公の奥さんは、セシリーお母さんの実の姉です」
「めっちゃ許されてる」
「このバッキンガム公はご先祖様がエドワード3世の末息子、グロスター公の血筋。
昔、リチャード2世から難癖付けられてグロスター公が死んじゃって、それからは微妙な地位だったらしい。
それが百年戦争の功績でヘンリー6世に取り立てられた」
「ああ初代の人が反逆罪で暗殺されちゃったお家か。
しかし反逆者の子でも殺されたりしないんだな。リチャード3世の兄いくつ?」
「1449年生まれらしいから、この時は10歳かな。ちなみにマーガレット姉さんは13歳。あ、一年達と一緒?」
「そうですね」
「13歳と10歳と7歳、つまり小中学生連れのお母さんか」
「リチャード3世のお母さん、コヴェントリーの議会に出席して子供達の養育費を確保したり、リチャード父さんの弁護したりしてるらしい」
「王妃様といいリチャード3世のお母さんといい、貴族女性強いな」
「一方、リチャード父さんや兄さん達、ネヴィル家の伯父さん従兄弟達は、巻き返しの機会をうかがっていた。
一年後の1460年に反攻を開始する」
「どこに居たの?」
「海外。ていうか文字通りの海を越えた外。
大陸のカレーに脱出してたのはお母さんのネヴィル家の親戚達と18歳のエドワード兄さん。
アイルランドに脱出してたのはリチャード父さんと17歳のエドムンド兄さん。
王様達ランカスター側は海を越えてリチャード父さん達を攻撃するために、サンドイッチって所で造船を始めたらしい。
従兄弟のウォリック伯リチャード・ネヴィルは、船が完成したのを見計らってそこを襲撃したと言われている。夜間の奇襲って説もあったかな? サンドイッチ上陸戦」
「サンドイッチ、名前だけはめっちゃ知ってる。どこだかしらないけど。
カレーといいサンドイッチといい何か食べ物を連想する地名多いな」
「前も言ったかもだけど、カレーは現在のフランスの一番イギリスに向かって出っ張ってるとこね。ベルギーの近所。カレーライスとは関係ない、はず。
そしてサンドイッチはイングランドの南東のストアー川っていう川辺にある町だってさ」
「エドワード兄さんとネヴィル家の親戚達は、サンドイッチを占領して船を確保した上で橋頭保にし、コヴェントリーに進軍したと言われている。
アイルランドに居たリチャード父さん達も、船でカレーに集合していたらしい」
「王様達もコヴェントリーの南、ノーサンプトンに防御陣地を作って大砲とか設置して迎え打つ姿勢で居たんだけど、突然の雨で大砲を使えなかった様だ。
しかも王様達の方に裏切り者が出て、防御陣地に侵入できたとされている。
どうも従兄弟のウォリック伯が事前に裏切り交渉していたらしい。ノーサンプトンの戦い」
「この陣地内への襲撃で、王様を守ろうとして何人かランカスター側の有力貴族が討ち死にした。リチャード3世達がお世話になってたバッキンガム公もこの時に討ち死にしてたはず」
「リチャード父さんは王様を連れてロンドンに戻り、晴れて身分回復、護国卿に戻る。
そして王様ヘンリー6世が終生王位にとどまることを約束した。
ただし、王様の息子の相続権を放棄させ、リチャード父さんの家系が王様の後継者となるように議決させた」
「そんな事出来るの?」
「リチャード父さんの母方がクラレンス公の血筋。
王様達ランカスターより継承権は上」
「その話ここで出て来るんだ」
「そんなわけで一応下克上ではない。多分」
「それ王様側の人達どうしたの? 絶対反対するでしょ?」
「どうもリチャード父さんの即位に反対した妥協案がここだったっぽい?」
「そして反対派はヨーク公リチャードに対抗するため、王妃様の呼びかけで北の方、スコットランドの近くに集まった。
それを倒しにその年の終わり、リチャード父さんとエドムンド兄さんとネヴィル家の伯父さんのソールズベリー伯リチャード・ネヴィルが向かったんだけど、リチャード父さん達は全軍不用意に城から出た所を大軍にやられて戦死。さらし首にされた。
1460年。ウェイクフィールドの戦い。この時リチャード3世、8歳」
「あっさり……」
「この大軍の前に出て行った形になったヨーク公リチャードの動きはかなり不可解で、未だに歴史家を悩ませているらしい。
権力に手が届きそうになって焦りが出たとか、兵糧に不備があったとか、北部貴族の裏切りに遭ったとか、挑発に乗ったとか、いろいろ言われてるけど詳細不明。事情を知ってるであろう人が全員死んでるからな。
この辺はリチャード3世の最期に似てるかもしれない」
「少し前の時期に吹雪いてたっていうから、もしかしてこの日も視界が悪くて敵の規模を見誤ったのかなぁとか思ったりする」
「ちなみにシェイクスピアの『ヘンリー6世』ではこのシーンは脚色されていて、エドムンドは末っ子の小さい子供になっている。
戦闘に巻き込まれ、リチャード父さんが過去に殺した敵の身内によって、報復という形で殺される。という悲劇的な最期を遂げる」
「かなり小さい子として描かれてるらしいけど、劇中のエドムンド、多分史実のリチャード3世ぐらいなんだよな。8歳ぐらい。
シェイクスピアさん、劇で興味を持って歴史を調べてみた人が、これに気づいたらどんな顔するかなーって思いながら書いてたんじゃないかって気もする。
劇中のリチャード3世と史実のリチャード3世を切り離したかったんじゃないかなとも、ちょっと思う」
「ついでにシェイクスピアさんの『ヘンリー6世』では、この時のヘンリー6世の王妃様、めっちゃ怖いんだけど」
「おう」
「史実では王妃様は多分戦場に居ません。多分スコットランドに居た」
「おお……もしかしてリチャード3世以外にもシェイクスピアさんの劇でキャラ誤解されてる人って多い?」
「まぁ時代劇だから」
「史実の徳川光圀も別に諸国漫遊したりしないからな」
「一応リチャード父さんをさらし首にするように命じたのは王妃様みたいな話はあった気がする」
「まぁ反逆罪はさらし首って法律で決まってるので」
「リチャード父さんやられちゃったって事は、じゃあまた反逆罪に?」
「前回の敗走時の反省を生かしてか、今回は8歳のリチャード3世と11歳のジョージ兄さんはお母さんの手引きで低地諸国、今のベルギー、オランダ、ルクセンブルクの辺り、当時で言うブルゴーニュ公国に逃がされたらしい。
ただどういう伝手だったかが分かんなかったんだよな。
この辺に何かの伝手があったならエドワード4世、エドワード兄さんのブルゴーニュ贔屓もその辺から来てるのかな?」
「確か一時期ブルゴーニュからエドワード兄さんのお嫁さんをもらう交渉をしてたみたいな話があった気がするけど、ちょっと自信ない」
「ブルゴーニュ公国どんな関係なの? ジャンヌダルク捕まえた所だっけ?」
「ここも説明難しいんだよなぁ………」
「フランスの王様の親戚とかが治めてた領地…かな?
色々あったんだけど、イングランドが今ヘンリー6世の病気で割れてるみたいに、ヘンリー6世のおじいさんのフランスの王様が病気したとき辺りにがっつり割れた。
ヘンリー5世が利用したフランスの内乱っていうのがこのブルゴーニュ派と宮廷派の争いだった気がする。
それ以来フランスとブルゴーニュは暗殺したりされたり、戦争したり、休戦したり、でいいのかな?
フランスと仲悪い時のブルゴーニュは基本的にイングランドに味方してくれる感じ?」
「前に話に出てきた、イングランドから羊毛を輸出して毛織物を作ってたフランドル地方の立場も関わって来るはず。途中で領主の婚姻関係か何かでブルゴーニュ公国になってた気がする」
「さて、リチャード父さんが死んじゃったとはいえ、一応王様の後継者の一族とされてるのはまだ有効だから、18歳のエドワード兄さんがお父さんの後を継ぐ事になった。
エドワード兄さんは西のウェールズの軍が北のスコットランドのそばにいる王妃様達の軍と合流するのを防ごうとしていたらしい。
モーティマーズクロスの戦い」
「この戦いは記録の不備か、ちょっと分からない所が多いらしい。
ただウェールズのランカスター派の大多数が戦死、または捕まって処刑されたっていう記録は残っている。
ヘンリー7世の父方のおじいさん、つまりヘンリー5世の王妃様が再婚した旦那さんも、この時に処刑されてたはず」
「ちなみに一部の記録の通りなら、エドワード兄さん、何故か背水の陣」
「背水の陣って名前があるんだから何か有名な戦法なんじゃないの?」
「違う。背水の陣は古代中国の兵法でも『やったら絶対死ぬ』と言われている。水辺を背後にして敵に相対する布陣の事だ」
「確か百年戦争中、ノルマンディーで決定的にボロ負けした戦闘は、イングランド軍が川を背後に簡易な防御陣地を作ってたんだけど、騎兵突撃で手薄な所を突破されて分断されたんだった気がする」
「背水の陣を、退路を断って不退転の戦い、みたいな使い方をするようになったのは中国の韓信という武将の故事からだ」
「韓信は敵の拠点の前に、川を背後にして陣を敷いた。用兵の素人だと侮った敵軍は、一気に潰すために大勢で拠点から出てきた。しかし韓信の軍は守勢に徹して敵軍は損害が積み上がった。
それで敵軍は拠点に戻ろうとしたんだけど、拠点は韓信の別動隊が攻め落として、大量の旗を掲げていた。大軍に城がとられたと動揺した敵軍を、韓信の軍と別動隊とで挟撃して勝利した」
「ちなみにこの韓信、この後に別の戦いではあらかじめ川をせき止めておいて、浅い川を退却するように見せかけて敵軍が追ってきたところを決壊させて壊滅させるようなこともやってる」
「エドワード兄さんがそんな感じの奇策を使ったとかは?」
「それなら流石に敵味方に記録の一つも残ってると思うぞ」
「研究者の人達の間でも、こんなリスクのある布陣する?って事になって、川を側面にして回り込まれないようにした上で両軍ぶつかったんじゃないかって説が出たんだったか?」
「ちなみに戦いが近くなった頃に、幻日っていう超珍しい気象現象が起こって、迷信深い当時の人達がパニックを起こしかけたと言われる。
エドワード兄さんは、これは吉兆、って断言して浮足立った人達をまとめた。なんて感じの話もある。エドワード兄さんのカリスマエピソード」
「迷信深いって言ってもそんな戦いの前に浮足立つもんなの?」
「この時代は錬金術が学問の最先端で、フランスでは蛇の頭と尻尾を持つ緑の毛むくじゃらのペルーダという謎生物が暴れていた」
「ファンタジー異世界!?」
「日本でも19世紀の瓦版で水虎か何かが渡し船だかを引っ繰り返したりしてる世界だからな」
「ペルーダの記述を見てると、藻が生えて蓑亀みたいになったワニじゃねーかって気もする。錬金術師の工房にワニの剥製が吊るされてる時代みたいだし、何かの事情で南から連れてこられたのかなーとか」
「モーティマーズクロスでエドワード兄さんが戦っていた頃、従兄弟のウォリック伯はロンドンへ向かってくる王妃様達の軍の道を塞ごうとしていた。
奇しくも薔薇戦争最初の戦いのあったセントオールバンズで王妃様達の軍と戦う事になり、今回は王妃様達の軍に敗走した。連れ出していた王様は王妃様の軍が保護した。
第二次セントオールバンズの戦い」
「しかし、勝利を飾ってやって来た王妃様達の旗を見て、ロンドン市が城門を閉じた」
「何で?」
「ランカスター軍の乱暴狼藉が伝わっていたと言われる。
傭兵に略奪を許したらしいんだよな」
「ついぞ十年前にロンドンは反乱で略奪に遭ってるからな。1450年、ジャック・ケイドの乱」
「それは門閉める」
「ただ、このランカスター軍の略奪も、誇張されたって説もある」
「王妃様達は従兄弟のリチャード・ネヴィル、ウォリック伯と戦うのに、近くの街を接収して陣地を築いたらしいんだ。もしかしたらそれが伝わったのかも。
ロンドンまで2、30km、頑張れば戦闘が終わって行軍が再開するまでにたどり着ける。そこで乱暴狼藉の噂として広まったかもね」
「何そのランカスター陣営の試合に勝って勝負に負けた感」
「そしてエドワード兄さん勝利の知らせが届く。
王妃様の軍はウェールズの援軍が望めず、不用意に敵戦力に囲まれることを危惧してロンドンから後退したようだ。
エドワード兄さんはロンドンに戻り、エドワード4世として即位した」
「即位しちゃっていいものなの? 王様まだ生きてるよね?」
「俺らもこの辺よく分かんなかった。コヴェントリーの議会の逆で、ヨーク派大多数の中で議決した感じかね?」
「調べてると、リチャード父さんと王様達が議決した、例の後継者を決めるAct of Accordっていう法律。王妃様達がそれに違反したから、って話をちょこちょこ見るんだけど、法律の内容すら分かんないのでパス」
「エドワード兄さんがロンドン市民に歓迎されたのもあるかも」
「何で?」
「高身長でイケメンの18歳。ってだけじゃないだろうけど」
「それは仕方ないな」
「景気良くなりそう」
「その後のエドワード4世、エドワード兄さんはタウトンの戦いで勝利し、ヘンリー6世を保護してロンドン塔に戻す。
敗走する王妃様と王子様はスコットランドに助けられ、フランスに逃亡。
この時、王妃様の息子、エドワード王子様、7歳」
「敵味方でエドワードなの?! 紛らわしいんだけど!」
「ヘンリー6世の王妃様もマーガレットだからマーガレット姉さんと名前同じだぞ」
「これで一先ず政情は安定した。が、トラブルは思わぬところからやって来る」