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16.誰がために鳥は空に

 話を聞いていた部員が一斉に反応した。


「リチャード3世?!」

「………あー……」

「……確かに第二代ノーフォーク公トマス・ハワードの元の主君だね……」


 寄せ集めの同好会集団、合同同好研究部。

 暇に飽かせてWho killed Cock Robinの元ネタを検証しているところである。


 聖ケンティガンの伝説辺りから歌が作られた。その歌をもとにして死の(ダンス)舞踏(マカブル)のような時代の世相を反映して死を思う葬式の歌ができ、破門の脅しに使うようになり。それに反発した人が替え歌にして鎮魂を表すようにしたのではないか、という推論である。

 その替え歌を作ったのが第二代ノーフォーク公に仕えていた詩人ジョン・スケルトンで、その鎮魂を祈る対象がリチャード3世だったのではないか、という話になっている。


 ?を浮かべているのはさっきまで司会進行と質問者をしていた副部長の早矢はやである。

「リチャード3世、誰?」


「王位をめぐるイギリスの内戦、薔薇戦争の白薔薇最後の王様」

「シェイクスピアの作品の一つ『リチャード3世』の主役で超有名な悪役主人公ですぞ」

「シェイクスピアの劇中では王位簒奪のために権謀術策を弄して邪魔者を殺し懐柔し利用し使い捨て、兄王が死んだらその幼い息子達から継承権を剥奪して王位につき、結局は恐れて暗殺し、最期はヘンリー7世に討ち取られるという役回りでござる」

「史実でも死後はさらしものにされた後、簡素に埋葬され、宗教改革か何かの折に埋葬地は消えたという」


「悪役かぁ」

「このシェイクスピアの劇のイメージが強すぎてね……」


 副部長の早矢はやはそれを聞いて、相変わらず眠そうな目をしながらも少し神妙な表情になり、疑問を口にし始める。


「ちょくちょく歴史界隈で問題視されてる、歴史小説の創作ネタが史実として広まってるみたいな感じ?」

「似たようなものだけど、なんせシェイクスピアだから影響が広い。リカード派Ricardianっていう人達が名誉回復活動してるよ。ちょっと前に遺骨と推定される亡骸を発掘して埋葬し直してたはず」

「とは言ってもリチャード3世周りは謎が多い。事情を知ってたであろう人達が直後の戦争で大勢死んだ。王朝の代替わりも重なったし、リチャード3世の簒奪とその後の経緯もあって新王朝の体制下でも書類が破棄されたと言われている。真相は誰にも分からないんだ」


「シェイクスピアって薔薇戦争の何年後にその話書いたの?」

「薔薇戦争の終わりが15世紀後半でシェイクスピアの活動が記録され始めるのが16世紀の終わり頃からだから……大体100年近く経ってからかな。エリザベス1世、つまり当事者であるヘンリー7世の孫の世代のはずだ」


「リチャード3世、シェイクスピアにはかなり悪し様に書かれてるみたいだけど、理由ってあるの?」

「一つはシェイクスピアがリチャード3世を書いたのはエリザベス1世の時代ってこと。エリザベス1世のおじいさんはリチャード3世を倒して王朝を開いたヘンリー7世。必然的にリチャード3世を善良に書くと現王朝に物申すことになる。

 もう一つはシェイクスピアが資料にしたというトマス・モアThomas Moreの未完の著書、リチャード3世の影響だと言われている。トマス・モアはジョン・モートンJohn Mortonに世話になってて、ジョン・モートンはリチャード3世にえらい目に遭わされてるから意見が偏るのも仕方ないかも」


「その人達誰?」

「どっちもイギリスの教会の偉い人だね。当然、政治にも為政者にも深くかかわってた」

「エドワード5世、さっき話題に出たリチャード3世に簒奪された若い王様なんだけど、ジョン・モートンはそのエドワード5世の戴冠式しようと準備してたところをリチャード3世に反逆罪で捕まってる。

 トマス・モアはもっと後の時代。ヘンリー8世のプロテスタント教会設立に反対して処刑されてる」


「……じゃあ、その二人の頃にリチャード3世に対する印象操作みたいなものがあったんじゃないの?

 だからスケルトンさん、教会に食ってかかったんじゃないの?」

「……あー……そういう発想もあるか……」

「スケルトンさんが批判してた枢機卿ってトマス・モアだったっけ??」

「違う。トマス・ウルジーThomas Wolsey。トマス・モアの前任者。スケルトンさんはトマス・ウルジーが王様ヘンリー8世を傀儡にしようとしてるってんで批判してたんだったかな?」

「とにかくスケルトンさんが宮廷や教会を批判してたのは確か」


「なるほどね。

 かつての主の墓所も分からず

 葬式すらもあげられない

 かつての主が辱めを受けても

 違うと声すら上げられない

 そんな人たちが咎められずに鎮魂を表する方法か」

「負けた側だと立場が弱いからなぁ」


「そこまでして敬意を表したい相手だったって事でしょうかね……」

「いっその事、その辺も調べてみちゃう? 上手くこじつけられたらおもしろそうだし」


「え~~~? あの辺長いぞ……」

「そもそもリチャード3世に対して印象操作があったとしたらいつだ?」


「割と王子達の姿が見えなくなった直後からリチャード3世が殺したんじゃないかみたいなのは言われてたみたいだけど」

「憶測ですが、エリザベス・オブ・ヨーク達兄弟の嫡子への地位回復ではないでしょうか?」

「そっか、「何で庶子にされてたの?」ってなったら「悪い奴にそう画策されたから」って事になるわけだ」


 そこに黙って聞いていた副部長早矢はやが質問に入った。

「庶子? 夫婦の子じゃないってこと?」

「当時の手続き上、と言われている。リチャード3世の兄、エドワード4世とその妻エリザベス・ウッドヴィルの結婚に不備があったと」

「二人の結婚当時、まだエドワード4世の婚約者が生きていたので結婚が無効である。というのがリチャード3世の主張だったとされている」

「あれをアピールするのは簒奪だろ。言い逃れできないだろ」


「でも油断を誘うためと言えばそれまでかもしれぬでござるが、甥っ子の戴冠式の準備はしてたでござる」

「地位剥奪の上で暗殺ももっとやりようがある気がしますぞ」

「簒奪と暗殺が別の犯人って説もあったし……」

「ヘンリー7世は庶子とされたエドワード4世の娘を嫡子に回復して、結婚することで血筋の正当化と薔薇戦争の収束を図ったとされる」

「え? つまりどういうこと?」

「リチャード3世や兄のエドワード4世やその子供たちは白薔薇の家。

 ヘンリー7世達は赤薔薇の家。

 リチャード3世が兄の息子から王位を簒奪した。

 赤薔薇のヘンリー7世がリチャード3世を倒して白薔薇のエドワード4世の娘と結婚した」

「ああ、ややこしいけど何となく分かった」

「そういう経緯もあってリチャード3世時代の資料が破棄されてる可能性があるらしいんだ」


「でもスケルトンさん、ヘンリー8世の家庭教師やってたんでしょ? その頃までは印象操作なかったんじゃない?」

「1495年、リチャード3世の埋葬から10年後にヘンリー7世が墓石作らせてる。この時じゃないっぽい。もっと後かも」


 聞いたことを確認するようにスマホをいじっていた早矢はやが早くも音を上げた。

「……リチャード3世、今調べたけどこの辺の年表ちらっと見ただけでも似た名前の知らない人がいっぱい出て来てよく分からない……誰か詳しい話を……」

「じゃあ薔薇戦争の経緯を……?」

「いや、王位継承者の関係が分からないといけないからエドワード3世と百年戦争の経緯も必要じゃね?」


「ていうか名前被りが多いのもだけどさ、この何何公とか何何伯って何? 苗字じゃダメなの?」

「それは要するに治めている地名というか……称号?」

「苗字あっても例によって親子で同じ名前とかあるから識別できない。混乱するだけだと思うぞ」

「ええー……」


「あー……例えば江戸時代。尾張、紀州、水戸の御三家は全員徳川でござろう?」

「そうなの?」

「でも水戸光圀と言えば」

「あ、水戸黄門」

「そんな感じで治めてる土地+名前である程度立場が分かるのでござる。水戸光圀公なら諸国漫遊してても水戸藩藩主の家つまり将軍家の血筋と出てくるわけでござるな」

「プリンス・オブ・ウェールズといえばイギリス皇太子なわけだけど、ウェールズを治めてる一番偉い人みたいな意味」

「あーなるほど、そんな感じなのね」


「ただし江戸時代と違って薔薇戦争の頃は戦争してるからしょっちゅう左遷されたり昇格したり戦死したり処刑されたりで称号が入れ替わるぞ」

「うわー」

「称号が変わったら昇進したんだなーとか思っておくといいと思うぞ」

「……その仕組みが分かってもかなり複雑なんだけど……」


「じゃあ次からはまず百年戦争と薔薇戦争の話をざっと見て行こうか」


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