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15.駒鳥のために

「つまりジョンスケルトンさん説って事?」

「その人かどうかは分からないですけど、とりあえずその辺の時代で教会に反感持ってた人かなと」


 寄せ集めの同好会集団、合同同好研究部。

 暇に飽かせてWho killed Cock Robinの元ネタを検証しているところである。

 副部長の早矢はやが15世紀にできた説の推測を述べはじめた。


「えーと、まずこの15、6世紀って教会が腐敗してたんですよね?」

「そう言われてるね」


「教会って破門ていう、しんどい罰を下せるんですよね?

 何か王様ですら謝りに行ったみたいな」


「それは11世紀の話だけど」

「有名なカノッサの屈辱前提で失地王ジョンとかも詫びを入れに行った話はスルー?」

早矢はや君は絶対知らないと思って」

「知らなかったです」


「例のロビンフッドで悪役扱いされてる王様だけど、イングランドの大司教の任命権を教皇と争って破門されてそれが理由でフランスを中心にカトリックを敵に回して詫びを入れに行っているらしい」

「そんなんもしてたの……」


「ガリレオさんの17世紀頃は石もて追われたりはせず自宅軟禁だったらしいけど、結局カトリックの葬式はあげられなかったらしい」

「あ、やっぱ葬式できないんだ」


「16世紀のルターさんは歩き回ってあれこれ活動してるけど。

 それでも偉い人から「ルターさんは法律では守られない」って大々的にお触れを出されてるし、ちょっと立ち位置見誤ると死、みたいな感じで結構大変そう」

「1519年にカール5世は一度ルターさんと話してみてやっぱ異端だわ認定してるんだけど、身の安全を保障して呼んだっていう体面もあってか直接攻撃してはいないんだよね」

「あそこで殺すと殉教者として祭り上げられてプロテスタントと一揆に歯止めが利かなくなるって判断もあったと思う」


「まぁ異端とみなされた15、6世紀の一般庶民が破門された時の悲惨さは推して知るべしだ」


 そこまで聞いて早矢はやが口を開いた。

「だからこれ、地獄の説法みたいに破門への恐怖を煽る歌だったんじゃないですかね? お前の葬式をあげてくれるのは動物だけ、みたいな」

「皮肉にしては馬鹿丁寧に葬式をあげられてるけど」


「だから、最初の4番を作った人と、その後を作った人が違うんじゃないかと。

 最初に出版されたっていう豆本、虫が覆いを作る4番で途切れてますよね」

 1744年頃にロンドンで出版されたとされる作者不詳。Tommy Thumb's Pretty Song Bookである。

「ロンドン橋落ちたの方は4ページまであるからコマドリも区切りよく埋葬とか弔いの鐘とかで切ってもよかったのに挿絵2つも入れて4番で終わってる。1~4番までのバージョンがあったんじゃないかと」


 副部長の意見を聞いても腑に落ちない様子で一同首を傾げる。

「まぁこの本では変なとこで切れてるのに挿絵2つ入ってるってのはthere was a little man とかでも言えるけど」

「でもあれも結構歌詞違うし」

「コマドリの方は一番二番って番号入ってるんだよね。元本があって、レイアウトを参考にしてるんじゃないだろうか。そうなるとやっぱ4番までの歌詞があったんじゃないかな」

「4番までだとして……どうなるんだ?」


「んーと上手く言えないけどお前を看取ってくれるのは蠅だけみたいな……」


 早矢はやの意見を聞いて部長美夏原みかはらが改めて文章を眺め、口ずさんだ。


「…………

 庇護の無いお前は小鳥にすら殺される

 死を看取るのは蝿しかなく

 血を受けるのは魚しかなく

 死体を包むのは虫けらだけ」


「ひえ……」

「確かにそれなら呪いの歌かもね」


 元歴史研究部保志名ほしなが口を開いた。

「……14~16世紀頃に悲葬碑transiっていう腐乱した遺体を象った像とか墓が流行った」

「何でそんなもん??!」

 一同が引く一方、納得した様子は元語学研究会飛田ひだである。

「死の舞踏Dance Macabreとかの時代か。関係あるのかな?」


「何でそういうのが流行ったのかはいまだに諸説あるらしい。

 黒死病の暗い世相や虚しさに向き合った結果とか、煩悩にとらわれないために人生の虚しさを思い起こさせるためとか、死ぬと肉体はこんなんなっちゃうけど魂は救われてますよみたいな教会の宣伝用とか。

 あるいは平民だけでなく王や聖職者にお前もどうせ死ぬぞっていう平等観を与えたとか色々」


「墓荒らし予防じゃね?」

「かもね。13世紀頃までの像は安らかな姿だったらしいんだけど、この亡骸の像は多分14世紀末から16世紀頃に流行った。

 像を作るのも大変だから、代わりにそれを歌にして、いつしかそれを破門への恐怖のために使うようになってたら……」


 改めて一同で歌詞を見直す。

「確かに作った人が違うなら分かる。1番でコマドリが死んでるのも、仮に民間伝承に森の埋葬者っていう話があったとすれば民間伝承への逃げ道を塞ぐ目的なら分かる。鳥に統一してなくて、むしろバラバラの生き物なのも、そもそも鳥の葬式の歌じゃなかったなら」

「しっかり鳥のお葬式にすることで上書きしたのか」


「問題は当時の人達が自然発生説で死体から勝手に虫が湧くと思ってた事っすかね。包むって表現するかどうか」

「虫が集まってくるのは観察されてただろうから認識として現代と大きく齟齬が出ることはないんじゃないかな? 中国では農具に蠅が集るのを見て殺人事件の犯人当てたみたいな話がある」


「えーと、つまりどういう経緯でできた歌なんだ?」

「多分大本が聖ケンティガンの伝説なんじゃないかな。

 コマドリが死んでるのが見つかって、証言したのがfriar、小鳥を包む布を持ってきたのがBeadleでコマドリ復活の奇跡。ハシバミに火が点く奇跡。魚から指輪が見つかる奇跡。牛が亡骸を引いてグラスゴーにたどり着く奇跡。ローマの鐘。みたいな話だった。

 それで14世紀ペスト禍のタイミングで聖人の奇跡の歌から死を思う歌が出来る過程で鳥の葬式の歌になった、friarがfly、BeadleがBeetleに変わり、松明と魚が入れ替わって、恐らく高貴な人の葬式を表してるから牛の荷台でって事は無いだろう、牛が亡骸を引いていくのが消えて……って変化して、そこから元の意味が忘れられて破門の脅しの歌に……とか」


「sparrowは何だったんだ?」

「studentとかかなぁ……?」

「小さい子供の暗示とか?」

「arrowに合わせたかったんじゃないかな。鳥を殺すって難しいから聖人の話が消えた時点で矢が出てきた方が説明省けて都合がよかったとか」

「コマドリに矢が当たったら最悪原型がないけどな」

「大本の聖ケンティガンの話では子供達がコマドリ取り合ってちぎれたって説が……」

「ちぎれた……」

「いつの時代もお子様は容赦がないな」

「だから包む布が必要だったのか……?」


「途中で葬儀の歌に変わったなら皿の血も本当に遺体の防腐処理の話かも。

 薔薇戦争で敵方についてて、薔薇戦争後のイングランド防衛戦で身分が回復したノーフォーク公居たろ。

 この人がイングランド防衛戦で戦ったスコットランドの王様、ジェームズ4世なんだけど、敵の王様を討ち取った証明のためか遺体に保存処置をして回収したっていう話があるらしいんだよね」

「ジェームズ4世、ヘンリー8世の義理の兄なんで王妃様と将軍だけの現場で打ち捨てるって判断できなかったのかも」

「そのヘンリー8世の最初の王妃、キャサリン・オブ・アラゴン妃が亡くなった時、遺体の保存処置をしていたら心臓が黒ずんでいたので毒殺が疑われたという記述があります。このぐらいの時代に遺体の防腐処置が広く行われていた可能性はあるかと」

「ヘンリー8世の兄も防腐処理されてるっぽい。出先で急死したのもあるけど、この頃の偉い人の葬儀は長いから王様が亡くなったら普通に毎回処置してたっぽい。内臓取り出して防腐液に浸けて、体には防腐剤としてハーブやスパイスを詰めるらしい。エリザベス1世は生前この伝統を拒否したと伝えられる」

「17世紀に貴族の間で夜間葬が流行った理由の一つにすぐ埋葬するから防腐処理しなくて済んだってのがあるらしいって説がある。処置するのは男性だからやんごとない女性が死後すっぽんぽんで内臓いじられるのが嫌ってのがあったって話があったみたいだ」


「なるほど、この頃にはミイラみたいに王侯貴族の遺体を防腐処理するのは一般的だったのか。お葬式のために」

「当然処置中は血も出るだろうな、そのためのお皿か?」

「それだけ防腐処置頑張っても、やっぱ安定した保存は難しくて実際のお葬式には本人の代わりに木の人形が使われてたって話もあるみたいだけど」



「つまり最初は聖人の歌だったのがメメントモリみたいなのが流行ってる時代に諸行無常みたいな意味合いの葬式の歌になって、破門の脅しに使われるようになって、それに反発した人が鎮魂の歌に変えた」


 一緒に居る事もできず

 どことも知れぬ場所で果て

 葬式すらもあげられない

 でも鳥に託した弔いの鐘は届いてると信じてる


「なるほどね、破門にされた人、行方不明者とその家族を慰める歌か」


「そうなるとアメリカ版が過去形なのは、もしかしたら行方不明だった知人のお墓を詣でてるのかもしれないね。

 入植当初は現地の人との不和、慣れない気候、慣れない危険な動植物、有用な地図も存在しないって、かなり犠牲者が出たみたいだから」


「ああなるほど、イギリス版が葬式の段取りを確認した時の話で、アメリカ版は葬式をどう進めたか、過去の話してるのか」

「アメリカ版は、ちゃんと葬儀が施された様子を聞いている歌なのかもね」


 少ししんみりした空気が教室を包む。


「おお……ちょっといい話かもしれない感じで終わった?」

「あ」

 早矢はやが締めようとした時、元英語研究部、近堂こんどうが小さく声を上げる。


「どうした?」


「もしジョン・スケルトンさんがノーフォーク公に縁があって、今、副部長が推測した経緯でできた歌なら……埋葬地も分からず、葬式もあげられない、でも多分関係者が気にかけていただろう人物が居る」


「そんな人いる?」

「さっきの話に出てきた?」




「リチャード3世……」


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