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12.教会のコマドリ

「じゃあとりあえずよく似ていると言われるPhyllyp Sparoweの話に行こうか」


 寄せ集めの同好会集団、合同同好研究部。

 暇に飽かせてWho killed Cock Robinの元ネタを検証しているところである。

 現在は15世紀頃の痕跡について追っている。


「ジョン……スケルトンでいいのかな? とりあえずジョン・スケルトンJohn Skeltonという人が16世紀はじめ頃に書いた詩だそうです。

 飼ってた鳥を猫に捕られちゃった人が嘆き悲しんでいる様子。だと思います」


「スケルトンって骸骨?」

「綴りが違うな。人名がSkeltonで骨格がskeleton。eの有る無しに違いがある」

「まちがいさがしか??」

「一応skeltonの骨格の綴りも一部であったみたいだけど」

「15世紀の終わりから16世紀の、風刺に定評のある詩人だったみたいだ」


 司会進行は合同同好研究部副部長早矢はやに任されているが、それは歴史が苦手なので彼が理解できればおよそOKという基準で進行するためである。

 日本で馴染みのない数世紀前の詩人に関してはほぼ全員無力なのでお互いが分からないところを質問する形式で進んでいる。


「sparoweはすずめsparrowの事でいいの?」

「中世の英語みたいです。フィリップは小鳥の名前みたいに見えます」


「割と最初の方に『私たちの猫が誰を殺したのか』みたいな気になる表現とかもあるよ」

「ほうほう」


「でもすっごい長いですよこれ」

「これ長すぎてほとんどのサイトは途中で切ってない?」

「鳥達が出てくる前に終わってる」

「全文見るならThe Boke of Phyllyp Sparoweで検索すればいいのか?」

「Boke?」

「どうもBookの古風な表現っぽい。当時はこの綴りが一般的だったのかな? 吐き気みたいな意味もあるみたいだけど」

「それだと食べられちゃった小鳥のbokeはまずいだろ」

「他に表現のしようがなかったんじゃね?」

「狙ってやったならどれだけどぎつい風刺が入ってるのか想像するだけで怖いわ」

「……この人の作品、似た表現でbookeって表現してるのもあるな……」

「正式名称はHere after foloweth the boke of Phyllyp Sparoweでいいのかね?」

「以下に綴るはPhyllyp Sparoweの本みたいな?」

「分からん。何なら当時の西洋の出版形態も分からん」

「そろそろルターさんの時代だから活版印刷はあるはずだけど」


「もしかして本来の英文はこっちなのかな?」

「なんじゃこりゃ!?」

「読めそうで全然読めねぇ!!」

「日本で言えば安土桃山時代の文章読むようなもんでしょうかね」

「え、もしかしてこっちのdothとかhathとか入ってる英文もギリ現代語訳なの?? これ古いdoesとかhasだよね?」

「分からん」

「日本の教科書に載ってるような旧字取っ払った古文みたいな物?」

「それ現代の人の手が入って無いか?」

「……原文はパブリックドメインだし。古語の一番多い文を複数サイト照らし合わせて独自表現使ってないか確認してこう」


「鳥のお葬式のところどこ~?」

「robinかrobynでページ内検索すれば出てくる」

「コマドリ司祭やってるっぽい」

「あ、そうか。こっちのrobinはRed(red)brest(breast)だからpreest(priest)にかかってるのか」

「そのちょっと上の文とか……」

「コマドリの歌詞に似てる?」

「やっぱりそう思う?」


「何か墓穴掘るのを連想する単語の周辺に石頭みたいな旧態依然とした人に対する罵倒語の隠語を持つ鳥が多いのがちょっと気になる」

「辞書があっても中世英語詩人のハイコンテクストな内容を理解できるとも思えないんだよなぁ……」

「関係ないかもしれないけどコマドリが神の雄鶏かは分からなかったけどミソサザイが聖母の雌鶏って呼ばれてる。ミソサザイwrenがhenに掛かってる。この文脈だとour Ladyって聖母だよね?」


「確かにこの辺りの文章見ただけで韻を踏んでるって分かる。日本の中学生でも分かる」

「もうこれが原型ってことでいいんじゃないの?」

「でも韻を踏むこと自体は英語ではよくあるみたいだから」

「韻を踏むなら18、19世紀頃のウィリアムブレイクの春とかでも韻を踏んでますよ」


「解説するサイトではかなり特徴的な詩って書いてる所もあるけど」

「つまりちょっと知ってる人が見ればスケルトンさんっぽい詩だなって分かるってこと?」

「そりゃ作詞者が違えば雰囲気も違うだろうけど」

「俺は日本語でも似た雰囲気の知らない歌詞並べられたら判別無理です」


「文の特徴から区別できないとなると、この人の以前に元となる歌詞があったのかどうかだな」

「本歌取りしてたら誰か気付くんじゃ?」

「……オマージュ?」


「でも長いからな」

「勝手にどこかしらの表現が被りそうですぞ」

「鳥の名前に掛かる単語なんて流石に数が限られると思うでござる」


「そもそもこの作者、何者?」

「ヘンリー8世が小さい頃の家庭教師だってさ」

「さっきも出てきたヘンリー8世?」

「離婚のためにイギリス国教会作った王様か」


「さっき何でヘンリー8世の話になったんだっけ?」

「確かミヤマガラスのparsonがカトリックかプロテスタントかってところからですね」


「このスケルトンさんがコマドリの歌を作ったとすればいつ?」

「はっきりは分からないらしいけどPhyllyp Sparoweが1500年ちょっと後って辺りっぽい。あまり作品の年月日が書いてないらしい。

 なんでもしょっちゅう教会を批判して色々睨まれてたとか」


「もしかしてプロテスタントなの?」

「いいや、多分カトリック。晩年にプロテスタントの思想を宣伝しようとした学生を批判してるみたいだ。でも酔っ払いの女性をうたった詩みたいな、当時としては思いっきり眉ひそめられる作品を発表したり宮廷や教会の偉い人を酷く風刺してたり。とにかく尖った作風と思われてたっぽい」

「パンクロックみたいな感じかな?」

「中世パンクロック……」


「当時flytingという中世ラップバトルみたいなのがあってそれをやってたっぽい?」

「中世ラップバトル……」

「歌合せみたいな?」

「flytingで検索するとラップバトルに限りなく近い印象を受けますぞ」

「それだと日本の歌合せのイメージじゃないな」

「でも古事記でも皇子様と重臣の一族が女の子を巡って歌垣で戦ってるし」

「古代ラップバトル……」


「スケルトンさん、経歴見る限りでは最初は真面目な感じなのにどうした?」

「どんな感じ?」


「あまり経歴が記録で残ってないらしいんだけど、薔薇戦争の混乱期なのに大学卒業、ノーフォーク公に仕える、ヘンリー7世に仕えてヘンリー8世の教育係、宮廷詩人として仕事。みたいな感じ、宮廷から出た後もノーフォーク公の所の教区で働いたり宮廷に戻ったり詩で何かしらを批判してたりしてるぽい? 亡くなった日ははっきりしてるみたいだけど最晩年はよく分かってないみたいだ」

「どういうポジションの人なんだ??」

「スケルトンさんが仕えたのはどのノーフォーク公なんだ?」


「トーマス・ハワードThomas Howardって人っぽいけど……何人か居るからちょっと待って」

「15世紀のトーマス・ハワードさん。多分どっちもノーフォーク公。薔薇戦争で白薔薇側に参加して戦ってたんで色々没収されて投獄された後、王様が不在中にイングランドを守って身分回復されたトーマス・ハワードさんと、その息子で姪二人が王様に嫁ぐもその姪が浮気したかどで処刑されて立場悪くしてたトーマス・ハワードさんとが居る」


「親子二代で同じ名前なの!?」

「欧州あるある」

「もうちょっと何か区別つくようにしてほしい」

「欧米にシニアとかジュニアとかあるわけだ」


「薔薇戦争よく知らないんだけど」

「王様の血筋が二手に分かれて争ってた。諸侯もそれぞれの主について戦った。最終的に勝ったのが離婚のいざこざの話でしょっちゅう出てくるヘンリー8世の父、ヘンリー7世」

「結局スケルトンさんが仕えてたのはどっちのトーマス・ハワードさんなんだ?」

「ロンドン塔から出された主人に送ったのがハワード家の女性をうたった『月桂樹の花冠』だった説があるらしいんで薔薇戦争で敵の側に参加して戦ってた方のトーマス・ハワードさんかな。第二代ノーフォーク公」


「ん? てことはその息子の第三代ノーフォーク公の姪二人ってキャサリン・ハワードCatherine Howardと……誰?」

 疑問を投げたのは歴史苦手副部長早矢はやではなく元語学研究会谷志田たにしだの方であった。


「5番目の王妃のキャサリン・ハワードは2番目の王妃アン・ブーリンAnne Boleynの従妹で3番目の王妃ジェーン・シーモアJane Seymourの再従妹らしい。アン・ブーリンとキャサリン・ハワードがハワード家の関係者で、ジェーン・シーモアとは曾お婆さんが一緒、なのかな?」

「ジェーン・シーモアは曾お婆さんの再婚でかなり複雑になってる」

「えーと、曾お婆さんの最初の結婚で生まれた娘さんが二代目ノーフォーク公にお嫁入してて、その人の息子が三代目ノーフォーク公。その妹の娘がアン・ブーリン。弟の娘がキャサリン・ハワード。

 一方で曾お婆さんは再婚後も子供が生まれてて再婚相手との間の娘がジェーン・シーモアのお婆さん……でいいの??」

「ジェーン・シーモアのお母さんはハワード家に住んでいた縁でスケルトンさんの詩『月桂樹の花輪』に登場しているらしいTo Mistress Margery Wentworthって書いてあるからこれじゃないかと」

「え、王様の結婚相手、軒並みこのノーフォーク公の関係者って事?」

「……古今東西権力者と血縁持つって貴族の常套手段なわけだけど、ここまで露骨なもんなのか」

「王様にお目通りできる教養と血筋の女性って普通に限られるんじゃなかろうか」

「……ヘンリー8世結婚相手多くない? 結婚相手5人居るの?」

「全員で6人」

「結構よく知られてると思ったけど。ちょい前に流行った『真実の愛に目覚めて婚約破棄』ネタのモデルの一つはこの人じゃないのか?」


「五回も真実の愛に目覚めるな」

「実のところは薔薇戦争のいざこざも尾を引き、スコットランドに嫁いだ姉の下に男の子が育つ中、自分の子供はメアリー1世一人。前例の少ない女王という立場を危惧して男子の後継者を切望したとされている」

「もしかしたら自分の兄が急死したのもトラウマだったのかもね」


「急死?」

「前も言ったかもだが、最初の王妃はヘンリー8世の兄アーサーが結婚直後に病死して未亡人になった。

 王様ヘンリー7世が持参金惜しさと外交カードの一つとして微妙な立場のまま身柄をイングランドに置かれたりしててしんどそう」

「そんな元皇太子妃の唯一の癒しはたまに訪ねて来てくれる義理の弟妹」

「それで心を通わせて義弟と結婚したけど死産が重なって離婚」

「かわいそう」

「王妃がスコットランド撃退したのを見てこの王妃の娘なら将来安泰だながっはっはみたいに構えられれば良かったかもな。ぶっちゃけ後継ぎが王女一人だけだったんだから王妃が亡くなった後に再婚するのは文句言われなかっただろうし」

「イングランドカトリックルート……!?」


「ヘンリー8世の離婚に関しては、自分に男の子の世継ぎが生まれないのは旧約聖書で禁止されてる兄弟の婚約者と結婚したから呪われたんじゃないかって悩んで、誰でもよかったわけではないだろうけど離婚を急いでた。みたいな説があるからアン・ブーリンはとばっちりの可能性がある」

「そして王様が無理を押し通しまくって結婚したアン・ブーリンは絶対男の子だと思われてた第一子が女の子、後のエリザベス1世。

 その後流産一回死産一回、反逆罪で処刑。その時の罪状として魔術の使用やら浮気やら並べられ、その後メアリー1世女王の時代はカトリックなので国を惑わせた稀代の魔女扱いと」

「一般に流布されてた話を合計すると、後継ぎの男児が生まれないで困ってる王様に近づき妊娠を盾に正妃の位を要求。お腹の子供を嫡子にするために拙速なほどに離婚・結婚を進めさせる。そのせいで教皇や周辺国と不仲に。生まれたのは女児。宮廷で贅沢好き勝手し、最終的に不倫などの容疑で処刑。王様を惑わせ信仰を失わせた魔女として語り継がれた。ってとこ。

 次にまともに名前が出るのは娘のエリザベス1世が王位に就いてから」

「略奪したとされる側が濡れ衣で断罪されるパターン初めて見たかも」

「かわいそう」

「アン・ブーリンの話を見ると王様が自分に関心を持ったのを好機としてマジで宗教改革狙ったんじゃないかって気もしたりする」

「まぁそういった激動期だから実際の所は本当に謎のまま。生前も死後もある事ない事伝えられたのは確かみたいだ。悪役令嬢のモデルになりそうなエピソード探すにはぴったりかもね」


「およその時代背景も分かった所でそろそろスケルトンさんの話に戻ろうか」

「忘れてた……」

 部長美夏原みかはらの号令で話題が戻る。


「このスケルトンさんの桂冠詩人ってのはどういう立場なの?」

「古代ギリシャの競技に詩があった時代の名残っていう説がある。要するに詩の金メダリストみたいなものなのかな?

 この時代で桂冠詩人と言うと詩のオリンピックイギリス代表みたいな感じ? 実際の役職になったのはもうちょっと後の時代っぽい?」

「称号みたいなもんか?」


「もしかして中世ラップバトルflytingってかなり正式な競技だったの?」

「それはちょっと分からなかったけど偉い人怒らせて立場悪くしたなら違うんじゃないか?」

「ラップバトルだってボクシングだっていきなりその辺の人に絡んだら通報されるでしょ」


「イギリス国教会できたのいつだっけ?」

「調べた。ヘンリー8世の離婚のいざこざで1534年の国王至上法で王様がイングランドの宗教上の一番偉い人になったのが成立年とされてるけど、その前から教会権力への色んな働きかけはあったみたい。厳密には1529年頃の教皇への離婚の申し立てがどうも上手くいかなそうな気配が濃厚になった時かららしい」


「その時系列ってスケルトンさん何歳の時か分かる?」

「1460年頃の生まれで1529年死亡とされている。奇しくもヘンリー8世の離婚騒動が燃え上がる直前に死去」

「じゃあ教会批判は王様を擁護してってわけじゃないのか?」


「スケルトンさんは王宮からも出てるから王宮も嫌いだったのでは?」

「何か宮廷の権力争いに巻き込まれて牢屋に放り込まれた説があるようだ。

 ただスケルトンさんが解雇されたのはヘンリー8世の兄が急死したため早急にヘンリー8世に王様になるための教育を施さなくてはならず、詩の勉強してる場合じゃなくなったからというのが理由のようだ」


「宗教改革が起こったのが世間の不満が爆発した1515年頃ってだけで以前から教会の腐敗への批判はあったみたいだよ。教会に対して知識人たちが批判的になるような事が色々あったんじゃないかな」


「じゃあコマドリのお葬式も何かしら教会を揶揄してる可能性はあるか」

「でも小鳥の葬式するネタはPhyllyp Sparoweでやってるからな」

「この人だとすれば何かもう一回同じネタでやらないといけない何かがあった?」


「聖ケンティガン由来説あったでしょ?

 聖人伝説は消えてたかもしれないけど、教会の歌だったんじゃない?」


「教会の歌を替え歌した?」

「スケルトンさんは宮廷時代に教会の歌の歌詞を書下ろしたっぽい仕事はしてますね。やれないことはないかと」

「そりゃ怒られそう」

「でもいくらなんでも元の歌が残ってるんじゃないか?」

「教会に伝わってる歌ならそれこそドイツやフランスに似た歌が伝わってるんじゃない?」


「グラスゴーの市章に木、鳥、魚、鐘が揃ったのが15世紀。1488年らしい」

「……もしかしてこの頃に記念に歌作られた?」

「もしくはこの頃にじわっと広がってた歌だったかも」

「スコットランドの足場を固めて印刷機導入したのはジェームズ4世、ヘンリー8世の姉と結婚したスコットランドの王様なので、この頃スコットランドの歌の一部がイングランドに伝わったはあるかもしれない」


「15世紀にできたばっかりの歌で、早速スケルトンさんに上書きされたのでは?」

「確かに鳥にロビンの愛称がついたのが15、6世紀頃という説があるのでありえますね」

「Phyllyp Sparoweにrobin redbreastってあるからこの時点でロビンの愛称はあるな」

「少なくともこの時代の可能性が高いか」

「多分だけど聖人伝説とコマドリのお葬式の間に何か挟まってる」

「替え歌って割と爆速で発生するからな」

「印刷で目にする人が増えればなおさらそうなりやすそう」


「じゃあ元の歌詞……聖人伝説が無くなった後の歌詞は何だったんだろう?」

「う~~~~ん…………」


 沈黙が落ちる。

 替え歌しか知らないで替え歌前の歌詞を再現するのは実質不可能であろう。

 そもそも何を揶揄しているのかが分からない、精々が葬式って色々やるから大変だよねぐらいであろうか。


「ロバート・ウォルポール首相の辞任劇説、行こうか?」


 部長の提案で話が移った。


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