10.誰がコマドリを殺した?
「この歌の元ネタとして既にいくつかの事件が仮説として挙げられている。えーと、何があったっけ?」
寄せ集めの同好会集団、合同同好研究部。ひょんなことからマザーグースの『誰がコマドリを殺したか』を調べている。
せっかくなので区切りのいいところまで考察中である。
「英国初代首相ロバート・ウォルポールが辞任」
「ロビン・フッド絡みの何か」
「外国の伝説由来って説がある、北欧神話とか」
「ウィリアム2世の死」
「飛び入りで一部が聖ケンティガン由来説」
「Who did killed Cock Robinが収録されたTommy Thumb's Pretty Song Bookが1744年出版ですね。時系列としてまとめますか」
一年書記能上が提案した。
「あ、それっぽい詩とかの年代も入れておいてほしい」
「はい」
? 成立年不明。北欧神話などの神話や民間伝承
6世紀頃 聖ケンティガンの活躍
1100年 ウィリアム2世、矢に射られて死亡
13世紀頃 ロビン・フッドの伝説発生。12世紀、リチャード1世統治時代の義賊とされる。
16世紀初頭 ジョン・スケルトンJohn SkeltonによるPhyllyp Sparowe発表
1742年 英国初代首相ロバート・ウォルポール、下院の反対多数により辞任。
1744年 Tommy Thumb's Pretty Song Book。Who did killed Cock Robinが印刷された現存する最古の印刷物。四番まで。
「神話はスルーでいいかな……」
「きりがなさそう」
「『矢で死んだ人のお葬式を鳥が手伝う』ってキーワードなら古事記にすらあるからな」
「ネタが無かったらやる感じ」
「ちなみに古事記の葬式の鳥は食べ物に関わる役職が複数出てる」
「風習なのか何なのか知らんけど、一回も飯に関する記述なかったなコマドリのお葬式」
「突然の英国飯ディス」
「誰も何も言ってないからね!?」
「向こうは亡くなった人にご飯お供えする習慣とかが無いからじゃないか?」
「地域によっては食べ物供えてたみたいだけど一般的な教義ではなかったようだ」
「聖ケンティガンの伝説もこれ以上はなぁ……」
「伝わってる話より他は検証のしようが無いですからね。グラスゴーの民謡とかと共通点があれば現地の人や研究者さんが指摘してるでしょうし」
「そもそも後の時代に伝説から歌が作られてそれが改造されて……って経緯の可能性もある。そうなると聖ケンティガンは直接関係ない」
「正直グラスゴーに伝わってるっていう4つの詩。いつからあるのか分からなかったけど聖ケンティガンとは別の所に由来がある詩なんじゃないかって気もする……此処に一度も飛ばない鳥が居るHere is the bird that never flewとか」
「確かに……伝説に合わせてくっつけられただけでちょっとちぐはぐしてる気がするんだよな……もし別の由来があるならそっち経由かも」
「bird never flew on one wingはスコットランドの言い回しで鳥は片翼では飛ばない。バランスが大事って意味らしい。身近なところでは酒場をもう一軒回る時にも使うと紹介されていた。いつからあるかは分からなかった」
「……もしかして他にも慣用句的に使われてる言い回しと関係ある……?」
「調べたけど出てこなかった。知られてたらそれこそ言葉遊びとして紹介されてるんじゃないか?」
「日本人が近いと感じる文章と現地の人が近いと感じる文章が違うんじゃないかって気もする」
「となるとまともに歴史の話が出来そうなの10世紀ごろからかな……その前に元サブカル研二人、部長として聞いておきたいことがある」
「何でござるか?」
「何ですぞ部長?」
「大丈夫だとは思うけど、今挙げられた辺りの歴史に絡んだ作品結構あるよね? 推し作品関係の単語が出て来ても騒がない?」
「某ら、不勉強ゆえに雑知識で雑語りすることはありますぞ。しかしながら内輪以外で内輪ネタを押し付けるような事は言語道断ですぞ」
「小生も、推しジャンルの話してる時に苦手な二次創作設定の話を出されてうんざりした事は一度や二度ではないでござる。
自分がされて嫌な事は他人にやらない、オタでなくても当たり前でござる。現実と二次創作を混同するなどオタの風上にも置けないでござるよ」
「うん、偏見だったね、ごめんね二人とも」
「いやいやスイッチが入ったらはしゃぎすぎる傾向があるのは自覚がござる」
「予防線感謝ですぞ、某らも気を付けますゆえ」
「部長、多分歴史研究部に配慮してくれての事だと思うんでこっちからも一つ。
歴史関係は新資料の発見などで定説が入れ替わることもあり、よっぽど関心を持って追いかけてないと俄知識の雑語りになる事はしばしばある。自分もよくそうなるんであんまり気にしないでほしい」
「歴史は広いから無理ないよね」
「オタでも解釈割れたりしますからな」
「残念ながら俺はそもそもオタクと名乗れるほど関心が高くない。歴史研究部だけど」
「じゃあウィリアム2世の話から始めて行こうか。一番歴史苦手なのは早矢君でいいのかな? 彼に解説する感じで進めてくれ」
「助かる。他の人も分かんない所あったらどんどん質問してほしい。俺が助かるから」
「早矢君司会進行頼んだ。原則分かんない所を聞いていくだけでいい」
「まじすか」
部長が決めると早速早矢副部長が疑問を口にする。
「えーと、何でこの人は歌のモデルって事になってるんだっけ? 歴史上矢に刺さって死んだ人とか割と居そうだけど」
「戦闘とかじゃなくて狩猟中に部下に矢で射られて死亡した王様。その異質性でちょっと目立ってるってのはある」
「ウィリアム2世は血色の良さからか赤rufusというあだ名があったみたいです。赤い髭だったという説もあります。赤色はコマドリの特徴でもありますね」
「個人的にはフランス語名のLe Rouxがどっかで訛ったあだ名なんじゃないかとも思うんだけどな」
「伝わってる話にもよるけど、射手も居るし、目撃者も居るっぽいし、コマドリの元ネタとしてあげられるには十分」
「即死ではなく矢を抜こうとしたとかそれで矢が折れたとか言われてるから、血が滴った描写があるのも納得できる」
「えーと……ウィリアム2世? 狩りの途中で矢に射られて死亡って言うけど、これって事故だったの? 暗殺?」
「射った人の名前は後年の年代記に載ってて、ウォルター・ティレルというウィリアム2世の部下だったとされている。けど実の所はっきりしないらしい。
伝わっている話によると王様が傷を負わせた雄鹿を一緒に追っていて、彼の矢が王様に当たった。とされている。犯人の義理の兄が一緒に現場に居たという記述や射った本人はそのまま逃げた。という話もあるらしいけど、どの程度史実かは不明」
「はっきり残ってるのはウィリアム2世は狩猟中に部下に矢で射られて死んだって事だけのはずだ」
「話を聞く限り不幸な事故って感じだけど」
「でも確かこの王様、相続で揉めてた気がしますぞ」
「そんなサスペンスみたいな……」
「うん、事実だね。
まずこのウィリアム2世が4人兄弟。
4人兄弟の内、一人が早めに亡くなってて長男ロベール2世がノルマンディー、実質次男のウィリアム2世がイングランドを継いだ。末の弟のヘンリー1世には継ぐ土地がなかった」
「そういう言い方されたら一気にヘンリー1世が怪しくなっちゃうじゃん」
「実際にウィリアム2世の急死ですぐにヘンリー1世はイングランド王になってるしね。
でもそれ以前から地域の有力者達が長男ロベール2世を支持して反乱を起こしてはウィリアム2世に鎮圧されてるらしいんだよね。
そしてウィリアム2世はロベール2世のノルマンディーに侵攻したりもしてる」
「後釜狙ったヘンリー1世、反乱企てて潰された諸侯、領土争いしてたロベール2世、他にも居た気がするけど」
「ウィリアム2世、教会から搾取とかしてなかった?」
「容疑者多っ! ……ノルマンディーってどっか歴史で聞いたと思ったら、第二次世界大戦で連合軍が上陸した激戦区か」
「映画とか見るとよく上陸できたねって思う」
「分かる。俺も映画で見たから知ってる」
早矢が飛田と感想を交わす。
「例のパンジャンドラムの開発騒ぎを見て、爆破が必要な所に上陸してくる予定かもと疑心暗鬼になったドイツが兵力を分散させたと聞いたことがあるでござる」
「その話はまことしやかに流れてるけど、自分がドイツのスパイだったら絶対ネタとしてパンジャンドラム報告してるとは思う」
小柳と保志名が常識のように話しているが、カルト的人気を誇るパンジャンドラムPanjandrumは第二次大戦中にイギリスが開発した移動装置を備えた爆弾である。味方に危険が及ぶほど動作が不安定だったため、残っている動画の様子や試験運用中に上層部の居る席に突っ込んだという逸話も相まって珍兵器・失敗兵器として有名である。
自爆ドローンの原型、と言えるかもしれない。
「あれ? ノルマンディーってイギリス??」
「今はフランスだけど当時はイギリス。というかノルマンディーの人がイギリスにやってきた直後の時代の話」
「つーかこのウィリアム2世の父親のウィリアム1世がノルマンディーからイングランドに殴り込んだんだよ。仲良かったイングランドの王様に後継ぎが居なくて発生した後継者争いに乗っかった感じ」
「有力者は何で長男を推したの?」
「国が分かれてると弱体化するってんでロベール2世を推して統一しようとしたって説はある。少なくともウィリアム2世は反乱を力づくで押さえ込んだりして人気はなかったようだ」
「そもそも確かウィリアム2世がイングランドを継いだ経緯も結構微妙で、当時、長男のロベール2世は父親に反抗してイタリアに逃げてた。父親が亡くなってロベール2世がイタリアから帰ってくる前にウィリアム2世がさっさとイングランド王に即位した。そんなわけでしょっちゅう兄弟で戦争してた」
「何やってんの……」
「有力者がロベール2世を推してた理由、兄に全部渡せば無駄な兄弟喧嘩に駆り出されなくて済むと思ったのかもしれんね」
「相続を放り出しかねない振る舞いからロベール2世の方が土地に執着せず有力者たちの好きにやらせてもらえると思ったんでしょうか?」
能上も推測を口にすると、保志名もそれを受けて説明を加えた。
「なるほど、そのせいかは分からないけどヘンリー1世は即位後、自由憲章Charter of Libertiesっていう王様の権限を規定した法律を出してる。自ら権力に縛りを設けたわけだ。これは後年のマグナカルタの発想につながった重要な法律とされている」
「喧嘩してた長男ロベール2世と死んだウィリアム2世だけど、一応どっちかが死んだら相手の土地を継承しようって話はあったらしい。
で、ウィリアム2世が狩りの途中で死んだとき、ロベール2世は十字軍に従軍していて不在だった。その間にヘンリー1世がイングランド王に即位。
ロベール2世は以前のウィリアム2世との約束を口実にヘンリー1世と戦争して負けた」
「ヘンリー1世……犯人では?」
「そういう説は根強いけど、元からウィリアム2世に反乱が起こって武力で鎮圧されてた事実とかがある。あと十字軍で遠征してる間、ロベール2世はウィリアム2世に統治任せてたんだ」
「案外仲いいの?」
「治めさせる代わりに十字軍への遠征費用出させたらしいんだよ。国を抵当に入れたの」
「国を抵当に入れた……」
「買い戻すための費用は遠征先で工面できたんだけど……ちょっと思ったりしないか? 帰ってきたところを準備万端で暗殺されたらどうしよう……とか」
「おお……」
「兄弟殺しは忌み嫌われてたらしいんで大手を振って暗殺はないんじゃないか? この後ヘンリー1世だってロベール2世に勝ってはいるけど殺してない」
「でも教会からカツアゲしてたんだよね? ウィリアム2世。体面気にする?」
「そうなると「殺られるまえに殺る。油断してる内に」……とか」
「……容疑者が多すぎる……中世怖い……」
「無責任な考察で盛り上がって来たね。なんかそれらしいネタ無いの? 適当な事言って盛り上げて」
部長の無茶振りである。
「奇しくも、早くに亡くなったウィリアム2世の兄も狩猟中に死んでたりする。確か枝で強打した事故だったはず」
「おお」
「ウィリアム2世が埋葬されたウィンチェスター教会の納骨堂、資料によっては埋葬の翌年、厳密には1107年に倒壊してます」
「自分がコマドリの歌作った人なら絶対そのネタ入れるよ」
「じゃあ逆に考えると塔が崩れる前、葬式からすぐに作られた歌の可能性があるって事?」
「ミステリーものだったら怪しい有力者が歌われてる奴だ」
「ミヤマガラスrookがペテン師とかそういう意味なんですよ」
「いいねいいね、そういうの」
部長は盛り上がったがしかしその後は特に面白そうなネタも出ずぐだぐだしたため部長が次の話に持って行った。