1.コマドリの歌
全ての 空飛ぶ鳥たちは
ため息落とし すすり泣く
彼らの聴く鐘は
コマドリのために
「『誰がコマドリを殺したか』ってメロディーあったんですね」
合同同好研究部副部長。早矢の感想であった。
眠そうな目をしたごく普通の男子生徒である。
「ちょっと調べただけだけど、古い歌だから色んなバージョンがあるみたいなんだよね」
今の今まで教室でコマドリの歌を高らかに歌っていた合同同好研究部部長。美夏原の言である。
柔らかな黒髪を肩甲骨の辺りまで垂らした美人の女子生徒である。
「ほんとだ、こっちのは……なんだかお経みたいですね」
手元の携帯端末で動画サイトの歌を再生しているのは一年の能上。
肩の辺りにかかるやや淡い色の癖毛が柔らかい印象を与えるかわいい系の女子生徒である。
少し離れた所から本から顔を上げて元英語研究部近堂が声をかけてきた。
「……聞いたことない訳だったけど、誰のです?」
「私が曲に合わせてつけた歌詞だよ」
「部長の訳だったんですか」
「翻訳探しても曲に合わせて歌えそうな感じの訳が無かったんだよね。メロディがばらばらだから訳しようが無かったか、私の知らないメロディに合わせてあるのかも」
とある中学校に存在する『合同同好研究部』。生徒数減少のあおりを受けて規定人数を割ってしまった同好会や研究会が集まって一つの部という形で存続している部活動集団である。
一つの教室のあちこちに2,3人が集まって各々が好きな事をやっている。
あちらの隅ではアニソンイントロクイズを行い、その横では複数人で巨大あやとりをやっている、その横では一人で切り紙をしている人あり、といった調子でぐだぐだしている。
部長が教室内で歌ってただけで迷惑がられることは無い、誰も人が歌っている程度でやる気が無くなるほど真剣にやっていない。
「そもそも原曲の歌詞も複数あるみたいだね」
少し遠くの席から同じく端末を操作しながら声をかけてきたのは元語学研究会。飛田である。
前髪がやや長く、少しモテそうな見た目の眼鏡男子である。
「殺人(?)事件の葬式の歌がこんな軽快でいいのか? ってメロディーのもあるな……」
その隣の同じく曲を検索していた元語学研究会。谷志田。
少し短めの髪が癖毛になり、針のように跳ねている男子生徒である。
「ガタッ! ポップレクイエムと言うわけですな! 某、好きですぞ」
「ガタタッ! マザーグースの解釈の話でござるか!? 小生そういったの大好物でざるぞ」
少し遠くの席から反応したのは元サブカルチャー研究部の小柳と西院寺である。
口調から分かる通り、現実のオタクでもそういった喋り方はしないであろう、概念上のキモオタが顕現した姿である。
見た目は美少女である。
西院寺は肩に届くか届かないかぐらいのショートカットの美少女である。
小柳は肩の左右でゆるく結んだ黒髪を胸の辺りまで垂らした美少女である。
立てば芍薬、座れば牡丹、喋る姿は残念美人。現実美少女受肉概念上にしか存在しなそうな気持ち悪いオタクである。
なお、彼女らは初対面で意気投合し、二人で居る時は一人称を入れ替えている。何の意味があるのかは分からない。
「しかし、どういう意味なんでしょうね? この歌」
副部長、早矢が何の気なしに口にすると、部長、美夏原が考えながら返す。
「意味なんか無いんじゃないかな? 原文を見ると掛け言葉になってるんだよね。
sparrowとarrowとか、flyとeyeとか、似た単語の存在を子供に意識させるための内容なんじゃないかな?」
「なるほど」
一年の能上が相槌をうつ。
「いや……そもそも英文を見ても……何かもやもやするっていうか……」
副部長、早矢の言葉に会話に参加していた数人が顔を見合わせる。
「じゃあ、調べてみる? 暇だし。もしおもしろくなったら今年の文化祭のポスター発表に使おう?」
「英研、元英語研究部~」
ツンツン頭の元語学研究会谷志田が教室の少し離れたところに居た大人しそうな眼鏡の男子生徒に声をかける。
元語学研究部の英語研究部、近堂である。
「いや、英研はずいぶん前からハリポタを原文で読む会なので」
「おう」
特に応召義務はない、断られたらそれだけである。
一方、教室の端では場外乱闘が始まっていた。
「それは違うでござる! こじつけ妄想は解釈や考察とは絶対違うでござるよ西院寺殿ぉ!!」
「某もアフェリエイト目当ての、でたらめ人気マンガ考察や、妄想を二次創作でやらず考察と言い張る輩は検索妨害以外の何ものでもなく大嫌いですぞ! しかし自由な発想や意見交換を否定するのは間違いですぞ小柳氏ぃ!!」
「そうしたアフェリエイト目的でアクセス数を稼ぐため、耳目を集めるためだけのでたらめな考察を見た若者が、オタクのコミュニケーションとはこういうものだと誤認する事こそが問題だと言っているのでござるよ!!」
「流行のコンテンツをコミュニケーションツールとして消費する輩は自ずと耳目を集めるために突拍子もない事を発信し始めたはずですぞ!
この問題はこじつけ解釈や突拍子もない考察の良し悪しでなく、個人の情報発信が容易になった現代において表面化した、コンテンツを愛でる者と、自身の顕示欲や縄張りの道具として消費しようとする者の感情的軋轢だと理解すべきですぞ!!」
「じゃあ英文の歌詞を書き出してみる事から始めよっか」
口角泡飛ばす二人をスルーして部長が話を進めた。
合同同好研究部ではいつものことである。
「4番までは最初に出版されたっていう18世紀の豆本Tommy Thumb's Pretty Song BookにWho did kill Cock Robinというタイトルで載ってますね。
大英図書館のアーカイブにある。38ページから、画像だと41番目から」
18世紀1744年頃の豆本。作者不詳。『Tommy Thumb's Pretty Song Book』である。
見つけてきたのは飛田。元語学研の眼鏡の方である。
「やっぱ普通はdid killだよね?」
「有名作品に限って英語勉強してる外国人が混乱するような表現する」
「どうでもいいけどLondon BridgeってBroken Downだったんだな」
「Falling Downじゃなかったんだ……」
谷志田は関係ないページを見ていたようだ。その横から画面を見させてもらっていた副部長、早矢が尋ねる。
「何か所々sの字fになってない? 誤植?」
谷志田が早矢の疑問に答えた。
「long sってやつじゃないか? 縦に長いsの字があったんだよ。18~19世紀頃に消えたって。
日本で言うところの旧字体みたいなもんかな」
言いながらコマドリの歌のページに戻る。
「ところで学校のポスター発表とはいえさ、歌詞って引用したら怒られるんじゃないかな?」
眼鏡の元語学研究会飛田が部長を窺う。
部長美夏原が難しい顔をする。
「他の歌詞と照らし合わせるための引用なら怒られないんじゃないかと思うけど……わかんないな。そもそもどの歌詞を基準にすればいいやら……」
「比較のための引用なら最後の方に引用元書いとけばいいんじゃないか?」
副部長早矢はややのん気である。
「部長、英語版wikipediaの外部リンクにある『かわいそうなコマドリの死とお葬式』っていう19世紀の絵本がほぼ歌詞そのまんま載ってるから、とりあえずこれを底本にします?」
提案してきたのは一年能上であった。
19世紀1865年頃の絵本。 Henry Louis Stephens著『Death and Burial of Poor Cock Robin』である。
「じゃあそれでやってみようか。19世紀の絵本なら流石にパブリックドメインのはずだし」
「翻訳が最近のだと引用怒られることがあるんで気を付けてください」
少し遠くから元英研の近堂が注意した。
「そこは皆で訳してくから大丈夫だよ多分」