第十四話 平和の訪れ
怪奇な夜、病院が静けさに包まれた。
月光が建物の屋上に光を注ぐ。が、それも暗雲に消されてしまった。
病室に【音無】の札。
寝ている古都音。布団を頭からかぶり仰向けに寝ている。
掛布団の隙間から白く細い手が見える。
ドアの開く音。男の影。
前原だった。
「よく寝ているようだ」
邪気注射を取り出す。
「すぐに気持ちよくなる。その後は悪となり仲間を洗脳する」
前原がニヤリと笑う。
「おまえの演奏で、邪気が拡散される」
注射器を振り上げ、思いっきり腕に突き刺した。
パチッ
うむ???
針が砕け飛び、前原の額に刺さる。
「な、なにぃ??」
腕が、気豪鐵に変化している。針は弾き飛ばされた。
布団から飛び出したのは烈司だった。
「邪に邪気は効かないか」
額に刺さった針を見て烈司は言った。
前原は平然としている。
花見も入ってきた。
「おまえたち、なに者」
「正体を暴いてやる」
花見は、香水を噴射した。
前原の様子がおかしくなる。
体から黒い煙が出現し、体全体が飲み込まれていく。
苦しみながら、窓を割って外へ飛び出した。
花見と烈司は追いかけた。
病院の中庭にでた。
黒い煙で正体が見えない。
が、やがて怪物と化す。
花見と烈司の後からキシムがやってきた。
「これがアルゴビジュアル……ドクター ミューの正体」
花見の瞳に映る怪物<モンステリア>……巨大なサイのようだが、尻尾はカマキリの顔、尻からカマが出ていた。
「こんな化け物だったのか」
「冥府次元刀がお相手致します」
「ここで戦うの?」
花見はここが病院であることを気にしている。
病院に被害が及ぶのでは?
入院している患者の命が……。
「僕に任せて」
雲が流れ、月光がピエロを照らした。ピエロの衣装がレモン色に冴える。
「8号室の?」
「はい」
「赤羽クウヤさん」
どうしてここに??? 花見は思った。
「僕は、結界術使」
「結界? って、もしかしたら?」
「そう、こんなふうに結界を作る」
ピエロの衣装をはぎ取ると、能面の顔に変わった。服装も能舞台に登場する衣装になっている。
背後に鼓の幻影が生まれ、ポンポンと鼓の音がする。
呪文を唱え、手を大きく広げる。綿菓子機から綿菓子が大量に生成されるように大量の綿が生まれ、空間を四角く囲む。その綿菓子が透明の線となり、仕切られた空間が結界となる。
巨大なガラスで囲まれたような空間ができた。
攻撃から守るためのバリアのようなものだが、戦闘空間にもなり外に被害を及ぼさない。
モンステリアはその中に封じ込められている。
「行くぞ」
烈司とキシムも結界に飛び込んだ。
結界の壁はシャボン玉の外壁のようで、二人の体は通過した。
「私も」
と、花見も飛び込んだ。
ギャッ!!
結界の壁に弾き返された。
「どうして私だけ???」
「中に入れるのは霊力の強いものだけ。つまり、その時の魂の強さが関係している」
クウヤが言った。
霊力が弱ければ入れない。つまり強い魂を必要とする???
今の私では……。
「ここで、見ているといい」
普通の人間では結界の中を見ることさえできないが、霊象波動を身に着けた花見なら、中を見る能力はあった。
「彼らの戦いを、ここでも守ろう」
クウヤの瞳に曇りはなかった。ほんの少し先を見通しているようで……。
ウリャァァァァーー
烈司の気豪鐵の腕が、サイの角と激突する。裂傷物が飛散した。
爆発力は凄まじいが、結界の外への影響はない。
「これが、結界術使の結界」
花見はクウヤの横顔を見た。クウヤは戦いを静観している。
ヒュゥゥーー
キシムの冥府次元刀が背後から狙いに行く。
カマキリの目が素早く動き相手をとらえる。
カマと刀がぶつかり合った。
カキーーン ガクガク キイィッィーー
離れては、突撃、激突を繰り返す。
「なんて怪物、あれだけの攻撃に全然衰えない」
「まさに激闘」
花見は拳を握りしめた。
サイの巨体が烈司に突進してきた。
重量級のぶつかりで、烈司は跳ね飛ばされる。
結界の壁に背中をぶつけた。
「氷室さん!!」
花見が叫ぶ。
烈司は、花見をチラリと見て、大丈夫だと視線を返した。
キシムの刀が、サイの角に炸裂。
が、連続攻撃も、首の動きで角の攻撃力が増大し、封じられる。
「強いな」
烈司がキシムに言った。二人の体力消耗が激しい。
異次元の魂……重複魂……前世の怨念……様々なことが、怪物の強さや脅威になっている。
「連携技でいきましょうか」
キシムが言った。
「同時に、全力で……」
「いきましょう」
二人は呼吸を合わせた。
ヨォォッォォーーー
ウリャァァーーー
烈司の気豪鐵の拳がサイの角に直撃。
同時に、冥府次元刀がカマと接触した。
クラェェーー
気豪鐵の拳は角を潰した、空き缶を上から押しつぶすように。
そのまま、サイの顔面に拳がめり込む。
グォォーー
キシムはカマを砕き、カマキリの顔から胴体まで切り込みを入れた。
ボォォォーー
切り裂いた割れ目から炎が噴出する。
ガアッァァーー
モンステリアは暴れながら燃焼しているよう。
次第に、体が灰になっていく。
どんなもんだ……烈司はそんな顔をした。
キシムは、仏に手を合わせるような仕草。
「見事!!」
クウヤが呪文を解くと、結界は解放された。
怪物は細かな粒子となって、風と共に消えていった。
【霧獣院ハウス】の表札に日光が注ぐ。
今日は霧に包まれていなかった。
姫乃樹フレグランスを訪れる女子の姿。
55号室。
綾香と彩香が茶道の準備をしていた。
花見が和室に入る。お給料で買った和服を着ていた。
花見は双子の姉妹に端末を見せた。そこには、怪物と化し倒された前原紀陽の写真が映っていた。
「前世を引き出します」
と、茶がたてられた。
花見は、差し出された茶碗の中を覗く。
前原の顔が映っている。
一口飲む花見。
茶に映る前原紀陽の前世……。
前原の前世は人間だった。名前は、武内和也。
中学生の時、深夜、高熱で病院で運ばれた。
その時、運悪く……。
病院長の娘婿が交通事故で運ばれてきた。こちらは軽傷だったが、病院長の意向で、医師は先に手当てをする。
結果、和也は……。
死後、青色人間道を通るが、あの世で異次元の魂が重なる。アルゴとなってしまったのだ。
そして、前原紀陽として生まれ変わるが、医師となり歪んだ意思を抱いてしまった。憎むべき社会への復讐心が、他人を操り破壊や破滅に導く怪物にしてしまったのだろう。
彼もまた被害者だったのかも……。
もっとはやく、気づいてあげられたら……。
花見は悲しい気持ちになった。
茶碗に口をつけ、茶を飲み干した。
1週間が過ぎた。
海沿いの道路に、車が列になっていた。
白い砂浜、夏は海水浴場にもなる。
海風が海岸を走って流れていく。
今日は、屋外音楽フェスティバルの日だった。
人気アーティストが集結する。
ファンの熱気で会場が熱くざわめきに包まれる。
希美が、バラドールのボーカル・カリアとして登場した。
もう、悪魔メイクもない、生き生きとしたカリアの姿があった。
醜い風貌のファンも一人もいない。会場は普通の音楽ファンでいっぱいだった。
観客の中に、花見と三奈、瑠璃もいた。
「ありがとう、希美を助けてくれて」
三奈は、希美との友情が戻り、花見に感謝の気持ちを伝えていた。
カリアの歌うバラード曲が、会場の人たちをロマンスへと誘う。
『遠く離れて 愛だと気づいたの 愛はいつも そばにあるもの 今 永遠が 見える時 あなたと いつまでも いたかった ……
love forever endless love …… 遠ざかる夜が あなたの香りをつれて 風にのせて 通り抜けていく …… 抱きしめて ……♪』
メロディーに酔い、歌声に感動し、歌詞に引き込まれた。
「いい曲ね」
「うっとり……」
花見の瞳はウルウルとしている。
アナウンスが入り、
「続いて、BRILLIANT TOP」
架純が登場する。
ファンの拍手と歓声で盛り上がる。
『dear friend …… my love for you …… ♪』
英語の歌詞とメロディーに心が躍る。
架純の歌声に、花見は束の間の平和を感じていた。