第十一話 救いを求める声
都会の夜は騒がしい。天空に朱色の三日月が浮かんでいた。
『血は……肉は……破滅が……この世を支配する』
ライブハウスから音楽が聴こえている。
近くの道路、突然、車が爆発する。
顔を汚く塗りつぶした輩が逃げていく。
シティーポリスのパトカーが出動する。
真っ赤なパトライトとサイレンが、都会の闇を通り抜けた。
炎上した車を野次馬が遠くから見ている。
そこに、薄ら笑いを浮かべて立つ前原紀陽の不気味な姿があった。
酒井坂総合病院。
診察室で患者を診る前原の別の姿がある。
子供を抱いた母親を前にしている。
「風邪ですからご心配なく」
「ありがとうございます」
親切丁寧な対応をしている前原。裏の顔はドクターミューなのだが……。
花見は霧生ハウジングを訪れた。
その日は、氏神と二階の喫茶店に来た。
テーブルに座る。
窓から入り込んだ日光が観葉植物の緑をより引き立てていた。
「明るい店内なんですね」
店員の瑠璃が、友人の指原三奈を連れてきた。
瑠璃は、三奈の相談を聞いてほしいと氏神に助けを求めたのだ。
三奈は、親友の木崎希美がある時から変わってしまったという。
希美は、カリアの名前でバラドールというバンドのボーカルをしていた。
以前は、心に染み込むようなバラードを歌っていたのだが、突然、醜い歌詞を歌うようになったという。
三奈の頬に涙が伝わった。
「あんなに素敵なバラードを歌っていたのに、なぜ?」
「助けてもらえませんか?」
瑠璃も、いつもの明るさが消えていた。
「桐咲さん、頼めるかな?」
と、氏神が花見に返してきた。
「わ、私がですが」
なんで??? と思ったが、すぐに断ることもできなかった。
【親友のため】……その言葉には、弱い花見だった。花見にも親友のかえでがいる。時々テーマパークに遊びに行ったり、食べ歩きとか……一緒にいる時間がとても尊く思える時も……。
三奈さんを助けてあげたい……。
花見は三奈とライブハウスに行ってみた。
熱気がすごいのは、ライブハウスらしいのだが、そこは普通ではなかった。
【争いを好む人種の戯れ】……そんな会場だった。
悪魔のメイクで、客を誘導するバラドールのメンバー。
楽器の音が、耳を破壊すほど凄まじい。
『狂った果実が実る季節……絶望が駆け抜ける……』
歌っているカリアを遠くに見て、三奈は悲しそうな顔をした。
近くの客も、異様なメイクで顔を汚している。花見を吸血鬼のような目で見ている者もいた。
怖い……一般人が一人では入れそうにないほど濁り切った空間に思えた。
耳が痛い。
「外に出ましょう」
花見は、変わり果てた友達を見て立ち尽くす三奈の手を引っ張った。
「大丈夫ですか?」
三奈の青白い横顔に言った。
「ええ、なんであんな希美に変わってしまったのか?」
「酷い音楽でしたものね」
「もう、ラブソングが歌える希美にはもどれないのかな?」
そのまま二人は、裏口に向かった。
駐車場に車が停まっている。
ライブが終わると、バンドのメンバーが出てきた。
顔はメイクをしたまま、誰も寄せ付けないような雰囲気が漂う。
「希美」
三奈が叫んだ。
「希美、話をしたいの?」
他のメンバーの刺すような視線。
「その名前は忘れた」
希美は、低く濁った声で言った。
近づこうとする三奈を花見は止めた。
危険だからやめたほうがいい……花見は小声で告げた。
メンバーは車に乗り込み、出て行ってしまった。
誰かに相談した方がよさそうね
花見はマンションの住人に頼ることにした。今日は三奈を連れて帰ろう。
その時、妖気に近いものを感じた。
醜いメイクをした集団が立っている。
「邪魔をするな」
聞き取りにくいが、そう言っているようだった。
邪魔をするなって???
考えている暇はない。襲われる。逃げなければ。
集団は、殺気立って襲いかかってきた。
「逃げよう」
花見は三奈の手を引いた。
走るが、相手も動きが速い。
出口は?
あっ!!
三奈が、転んでしまう。
「先に逃げてください」
花見は、霊象波動の姿勢<カマエ>に入る。
なにを? 三奈は花見の能力を知らなかった。
ヤアァァァーー
掌から霊象波を撃ちこんだ。
殺さないように、風圧で集団を吹き飛ばす。
「今のうちに」
二人は、出口に急いだ。
花見は、希美の様子が尋常ではないことを氏神に伝えた。
すでに混乱の種がまかれたのかもしれない。
事実関係の調査が必要だった。
氏神は、元霊界探偵、悟に探らせると言った。
仕事嫌いな悟だったが、社長の業務命令ということで、渋々承諾したらしい。
帰ってくると、24号室新田キシムと会った。
鞄を持ち、冥府次元刀を背負っている。
「これから修行に行ってきます」
キシムは、次元刀で死者を蘇らせる蘇生術の習得を目指している。
時々、部屋を留守にしていた。
キシムを見送ると、優香の部屋を訪れた。
とても優雅な香りが漂う室内。
「これは?」
【アイライン コスチューム】のネームカードが貼ってある香水が気になった。
「新作をオーダーされたの」
「恋に敏感になりそうな香り」
「わかる? 恋愛運アップの占いを頼まれて」
「それがこの香水」
「目元のメイクを強調したら恋愛運アップすると占いで……さらに、その運勢に合った香水を調合したわけ」
「お客さん、喜びそうですね」
「それで、今日はどんな用事?」
「実は……」
花見は、三奈の親友、希美の周辺で起こる奇怪な現象について話した。
それまではラブソングを歌ってファンを感動させていたバンドが、ある時から悪魔のメイクで、残酷な歌詞でファンを狂わせている。
怪しげな集団に襲われたことも話した。
優香は、バンドメンバーとアルゴとの関係を示唆した。