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動画クリエイター失格

作者: のーと

 書き間違えた履歴書の裏に座右の銘をでかでかと書く。

「人を笑わせるなら泣くことだってする!人を笑いで泣かせたる!」

 ガムテープをちぎり、椅子の前の壁に貼りつける。ちょっと雑に貼りつけるのが動画映えしそうだ。初投稿の動画はもう撮影してある。あとはサムネを作り編集するだけなのに、これが難しい。難しいというより時間が経つのが早い。マウスをクリックし効果音、字幕を入力する。なぜか録音されていない部分があり、米印を使ってお詫びの字幕を入れる。ふと時間を見るともう、20時だ。たったこれだけの編集で一時間以上作業していることになる。

「毎日続けられるかなぁ」

 目の疲労を感じながら、初投稿する動画が出来上がった。

 「今日からスタート!初投稿はやっぱりメントスコーラっしょ!」

 久しぶりに湯船につかり、そのまま布団に入った。横になりながらスマホで概要欄の文章を考えた。

 明日、俺の動画投稿ライフが始まる。

 

 動画再生回数、チャンネル登録者、SNSのフォロワー数、数字で表れるもの全てが増加した。俺を後押しするように、動画の低評価ボタンの数が非表示になった。動画の編集作業も慣れてきた。強いて不満なのは相変わらず目の疲労と肩こりだけだ。変化はそれだけではなかった。

「はじめまして、シマロクと申します。日々、ケシゴムさんの動画を見ています。突然ですが私とコラボしてもらませんか?私たちのコラボ動画ならば、互いの視聴者も喜ぶと思います。連絡お待ちしています」

 同じ動画クリエイターからメールが届く。何人からもだ。メールの文字もあいさつから始まるならまだいい。

「ケシゴムさんとコラボしたいです!!都合のいい日時を教えてください!!」

 どこの誰かも知らない人から失礼な文章が届くのは不快でしかない。

 俺はひとりで動画を投稿したい。ひとりで企画を考え、撮影の準備、カメラを固定、ときにはは手に持ち撮影する。撮影が終わればパソコンに向かい編集作業をする。自分だけの芸術作品を評価されるコンテンツがあるだろうか。こんなにも好きなことをして生きていける仕事があるだろうか。

 俺は誰ともコラボはしない。視聴者と共に笑う時間を重ねたい。

 

 防音壁の部屋に引っ越しをして、一ヶ月が経った。足元にはエナジードリンクのゴミが散乱している。毎日投稿なんかしなくとも、動画をアップロードすれば一定数、再生される。一定数、再生されるのであれば一定数の収入がある。動画投稿よりも今はライブ配信が稼げるようだ。ゲーム実況やバーチャルライバー、食事をしながら雑談するだけで良い。こんなにも好きなことをして稼げる仕事があるだろうか。すると、スマホの通知音が聞こえた。

「来週、ジョンバニーズのズカの誕パをいつものバーでやるけど来るよね?そこで登録者百万人耐久のライブ配信するんだって(これ解禁まで情報秘密)」

 シマロクからの連絡だった。

 ジョンバニーズは世話になっているから顔を出してやるとした。


 ジョンバニーズの百万人耐久配信は実現しなかった。ジョンバニーズのズカが児童ポルノで警察に逮捕された。他のメンバー一同がスーツ姿で騒動の詫びと、無期限の活動休止を報告する動画を、俺は電車の中で視聴した。

 これだから複数人で活動はしたくない。連帯責任なんて部活動じゃあるまいし。

 俺は最寄りの駅から歩いて自宅に向かった。事件があったのか、火事なのかサイレンがやけにうるさい。

 角を曲がると俺の住んでいるマンションの前に消防車やパトカーが停まっていた。野次馬の目線の先に炎が勢いよく立ちあがっていた。

 燃えているのは俺の部屋だった。

 血がめりめりと体を昇る。

 俺はポケットからスマホを取り出し、規制線まで駆け寄った。まずは家事の様子を写真で撮影した。思わず連写してしまったが、適当に一枚を選びsnsで呟いた。

「アカンw俺の家が燃えとるwww」

 次に動画撮影をするために赤丸のボタンをタップした。

「おわったーおわった、まじかー皆さん見てください。火事です。俺の家が炎上してます。俺は幸い外出してて無事なんですけど、見てください野次馬の数、多すぎでしょ、まって笑えない。てかすげー臭いだけど、え、通帳とか全部燃えているってこと?まじか、おわったー」

 俺は録画ではなく誤ってライブ配信をしていた。流れるようにコメントが寄せられる。

「え?これライブ?待って、待って、ちょっと住所特定とかやめてくださいね、てか臭い」

 間もなくして鎮火した。

 数字と俺の気持ちはしばらくの間、上がりっぱなしだった。

 

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