連想ゲーム『努力』『優』『鈍感』『気楽』『可憐』これな~んだ。分からない?じゃあ『幼馴染』これでどう?惜しい!最後のワードは『好き』
「うちの学校にも書道室があれば良いのになぁ」
「そんなの私立とか書道が流行ってる高校くらいにしか無いよ」
「我が校の書道部だって歴史ある由緒正しい部なんだよ」
「歴史だけはね。今はたった二人しか活動してないでしょ」
「所属人数は多いもん」
「幽霊部員ばかりでしょ。ほら、文句ばかり言ってないで準備しよ」
「は~い」
誰も居なくなった放課後の教室で、僕と幼馴染の斎藤明日奈は隣同士の席に座って毛筆で半紙に書く準備をする。
制服を汚さないようにお互いジャージ姿だ。
僕としては床で書く方が好きなんだよね。
だって明日奈の垂れる胸や突き出されるお尻を堪能出来るから。
書道家の皆さん怒らないで。
思春期の男子なんて誰だってこんなもんだから。
「はぁ~あ、やる気でな~い」
「今日はどうしたの。いつになくアンニュイな感じじゃん」
「私って何で書道続けてるのかな、なんて思っちゃって」
「なるほど、長年続けているのに一度も入選すらしないのを気にしてる、と」
「ぐはっ、はっきりと言わないでよー」
明日奈は字が下手だ。
硬筆は女の子らしい可愛らしい文字を書くのだけれど、毛筆となるとバランスがどうしても崩れてしまう。
その影響か、高校生になって大人の部に参加するようになってから入選にも昇級にも縁がない。
「嫌なら辞めちゃう?」
「……それも考えたんだけどね。辞めたら辞めたで何して良いか分からなくなりそうで」
「小さい頃からずっと続けて来たもんね」
「うん、筆をとらない生活ってのがどうも想像出来なくて」
特に好きという訳でも無く、嫌いと言う訳でも無く、ただ惰性でここまで続けて来た。
だから本当は辞めてしまっても問題無いのだろう。
「渉はなんで続けてるの?」
僕が書道を続けている理由なんてとてもシンプルだ。
好きな幼馴染と一緒に居たいから。
ただそれだけのこと。
僕は小さい頃からずっと明日奈の事が好きだった。
そしてその想いは今でも変わらない。
こうして明日奈の傍で二人っきりで部活動をしているのが、まるでデートみたいでとても楽しい。
でもそろそろ明日奈と本格的に恋人としてイチャイチャしたい。
ただ明日奈が僕の事をどう思っているのかは正直なところ良く分からない。
これまで何度も探ってみたけれど、脈があるような気も無いような気もしている。
それでも僕は今日、明日奈に告白すると決めていた。
僕達の関係の変化を望んで。
「そんなことも分かんないの?」
「むぅ、なんか腹立つ答えなんだけど」
「勝負に勝ったら教えてあげる」
「勝負?」
「うん、いつものアレやろうよ」
「おけ、今日は負けないからね」
いつものアレとは部活で明日奈と良くやっている勝負事だ。
勝負の内容はシンプルな連想ゲーム。
お互いに文字をいくつか書いて、それらの単語が指し示すものを当てるというよくある内容だ。
一つだけだと分からないのでまずはお互いに三枚書く。
明日奈が書いた文字は『桃』『苺』『梨』。
「果物かぁ。何だろう」
「ふふん、今日のは自信あるから絶対に当てられないよ」
クイズなんだから当てられるものを選んでよ。
でもなんとなくピンと来そうだ。
次かその次くらいで当ててやる。
僕が書いた文字は『努力』『優』『鈍感』。
もちろん明日奈の事だ。
「え~なんだろう。スポーツ物の主人公とか?」
「どうして?」
「だって努力するし、優秀だし、でもスポーツ馬鹿でヒロインの想いに鈍感だったりするじゃん」
「分からないでもないけど違うよ」
「ちぇー」
それなら『友情』とか『勝利』を先に持って来るかな。
まぁ明日奈が分からないのも当然だ。
そうなるように工夫してあるからね。
『努力』
明日奈は努力家で何事も真面目に真摯にコツコツとやるタイプだ。
不器用なので失敗することも多いけれど、どんなに苦しくてもめげずに最後までやり遂げる姿を僕は何度も見て来た。
そんな明日奈の事を僕は尊敬している。
『優』
明日奈は誰にでも優しくて他人のために心を痛められる人だ。
僕の母さんが事故で意識不明になった時、ショックを受けて塞ぎ込んでいた僕にずっと寄り添ってくれた明日奈の想いを絶対に忘れない。
これに関してはクイズなので優しいとも優秀とも取れるように一文字にしてミスリードを狙った。
明日奈は自分の事を優秀とは思っていないから自分を指す言葉だとは思わないだろう。
僕の狙いは上手く行ったようだ。
『鈍感』
これは単純に僕の好きな気持ちに気付いてくれてないことだ。
割と分かりやすくアピールしているのだけれど、気付いた様子が無くて結構苦労している。
「それじゃあ次の文字だね」
「うん」
お互いにまた机に向かって次の文字を書いた。
「私はこれ『杏』」
「また果物だね」
「どう、分かんないでしょ」
「…………うん」
何かがひっかかるんだよなぁ。
明日奈が特に好きな果物ってわけじゃない。
う~ん、最近明日奈が話していた何かでこれらの果物の名前が出てきたような。
後ちょっとで思いつきそうなんだけどなぁ。
「僕は『気楽』」
「ええ、全然違うのが出て来た」
「これまでの文字とは雰囲気が違うけど、答えとはちゃんと繋がってるよ」
「むーわかんなーい」
『気楽』
これは僕が明日奈と一緒に居る時の感覚だ。
小さい頃からずっと一緒だから、傍に居て気楽に接することが出来る。
最近は好きな気持ちが大きくなりすぎてドキドキしてる時間も多いけどね。
どちらもまだ正解が分からないので次の文字に進む。
「私はこれ『蜜柑』」
「良く漢字で書けたね」
「そこは良いでしょ!スマホで調べながら書いたの!」
「あはは、知ってる」
だって僕の方が先に書き終わったから隣で見てたもん。
「それで答えは?」
「う~んまた果物だよね……あ!分かった!」
「うそ!?」
「明日奈の好きなVtuberの名前に含まれてる果物でしょ」
「わー!当てられたー!」
最近明日奈の話題はVtuberばかりだったからね。
好きな女の子が興味あるものって気になるでしょ。
だから僕は調べたことがあって、印象的な名前が多かったから覚えてたんだ。
「明日奈の事なら何でも分かるからね」
「はぅ……それじゃあ私が渉の事を分からないみたいじゃない!」
真っ赤になって明日奈は照れている。
僕の言葉を意識してくれているように見える。
でも……
「くーやーしーいー!」
すぐにこうやって悔しがるから、本当に意識していたのかどうかが分からないんだ。
照れ隠しなのかどうか、僕はまだ見破れていない。
「それじゃあ次は明日奈の番だね」
「ここで当てれば引き分けだもん」
「僕の文字は『可憐』だよ」
「…………ムッキー!」
「分からないからって叩かないでよ」
叩くって言ってもポカポカって擬音が似合いそうな可愛い感じだ。
明日奈は暴力系ヒロインでは無いのだ。
『可憐』
これも説明不要だろう。
僕の目から見たら明日奈は誰がなんと言おうとも可憐な女の子だ。
それに男子からの人気もあるって最近知って、それが僕が告白を決意した理由の一つでもある。
「僕の勝ちは決まったね」
「最後までやる!」
この連想ゲームは大抵が僕の勝ちで、明日奈は負けが決まっても最後までやると主張する。
この流れも想定内だ。
というかそうなってくれないと告白が中途半端になるから困るところだった。
「それじゃあ次のを書くね」
これまで『努力』『優』『鈍感』『気楽』『可憐』と続けて来た。
書こうと思えば山ほど書けるけれど、あまり焦らすと明日奈が分からな過ぎて拗ねてしまう。
だから僕はついに肝心の一言を書くと決めた。
明日奈は僕が書くのを隣でじっと見ている。
僕が筆を進める度に、ビクンと体が反応しているのが分かる。
一体明日奈は今どんな顔をしているのだろうか。
それが気になったけれど、中途半端に止めるのは情けないので鋼の意思で書き切った。
「次は『幼馴染』だよ」
「……」
真っ赤だった。
それこそ茹蛸という表現が似合う程に。
明日奈がここまで照れたのは小学校の劇で台詞を忘れて大失敗した時以来かな。
「ええと……渉が理想とする女の子」
「そう来たかぁ」
優しいを優秀だと思っているし、可憐なんてのも入っているから自分だなんて言えなかったかな。
それならこれも追加しよう。
「次はこれ」
「……」
勘違いしないように、ド直球で勝負した。
『明日奈』
流石にこれなら間違えないだろう。
僕の意図する不正解を答えてくれるはずだ。
「わ……私?」
「惜しい」
「え?」
ほぼ正解だけど、一番大事なところが足りていない。
僕は最後の文字を書き始めた。
『好き』
これですべての文字が出揃った。
正解は『好きな幼馴染、明日奈』だ。
明日奈の顔の火照りは更に増し、僕から目を逸らしてもじもじとし始めた。
この雰囲気ならいける。
「僕は明日奈が好きだ」
明日奈は僕の告白を受けて動きを止め、そのまましばらく硬直してからぼそりと一言だけつぶやいた。
「知ってた」
そうか、知ってたんだ。
それなら『鈍感』は撤回した方が良いかな。
むしろ僕の方が『鈍感』だったのかも。
「知ってるとは思わなかったよ」
「だって全力で隠してたから」
何故隠してたのだろうか。
もしも僕から異性として思われるのが嫌ならば態度に出ていたはずだ。
例えば僕から距離を取るとか。
でも明日奈はそんなことはせずに僕と一緒に居てくれた。
毎日楽しく話をしている。
だとすると考えられるのは、僕と恋人関係にはならずに友達でいたいということかな。
「そっか……」
はぁ、失恋かぁ。
幼馴染だから恋愛対象として見れないとか、そういうパターンなのかな。
もっと早くに告白しなければダメだったのかな。
「違うよ!」
「え?」
僕が目に見えてしょげていたからか、明日奈が慌てている。
「ちょっと待ってね!」
そして明日奈は筆をとる。
「こ、これ……」
新たな一枚に書かれていたのは『大好き』の文字だった。
「明日奈!」
良かった。
本当に良かった。
明日奈も僕の事を好きでいてくれたんだ。
こんなに嬉しい事は無いよ。
でもそれじゃあなんで明日奈は隠してたのだろうか。
僕の疑問を察したのか、明日奈はその答えを教えてくれた。
「変わるのが怖かったの」
僕は明日奈の事をなんでも知っていると思っていた。
でも最も肝心なところで分かっていなかったんだ。
明日奈は変化を恐れるタイプの女の子だったんだ。
書道を惰性で続けていたのも、止めるという変化が怖かったから。
そしてそれは当然恋愛でも同じだった。
僕と一緒の心地良い関係が良くも悪くも変わるのが怖かった。
だから僕の気持ちを察しても気付かないふりをして自分の気持ちも隠し続けていたんだ。
「僕は明日奈のただの幼馴染から恋人へと変わりたい」
「渉……」
「絶対に後悔させない。だから、一緒に変わってくれませんか?」
「………………うん!」
この日、僕は明日奈を一生幸せにし続けると誓った。
「明日奈、『抱』は流石に早すぎないかな」
「ち、違う!『ハグ』って意味だから!」
うん、知ってる。
恋人としてやりたいことのテーマでポカしてしまう明日奈がマジ可愛い。
僕達は結局書道を続けている。
惰性で続けている訳でも、書道が本当は好きだったという訳でもない。
二人しか居ないこの空間は、イチャイチャ出来る最高の場所というだけのことだ。