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バイト‼︎3話   作者: 薄荷水
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我慢の世界と自由な世界

私には、年上の夫と子供が2人いる。

束縛の強さが愛の強さだと勘違いしていたと気づいたのは、子供を産んだ後だった。


転勤先の寒い北の知らない土地で、1人ではじめての子を産んだ。

仕事が忙しい夫が、病院に来られない事は予め分かっていた。

そんな事よりも、無事に出産する事が私の使命と何時間も頑張った。

そして、夫の両親が産後1ヶ月間の子育てを手伝ってくれた。

実家は遠く、両親は入院中で頼る事ができなかったから、本当に助かった。

しかし夫は、何もしない。

子育ては妻の仕事と、おむつ替えも沐浴も何も手伝ってくれない。

おむつ替えは、不潔だから触りたくないと嫌悪していた。

それどころか、職場への送り迎えを両親が帰った後に私にさせた。

たった3kmの道のりを歩けばいいのに、赤ちゃんを抱えて雪の中、車での送り迎えは産後の身体にはこたえた。

辛いと言えば、俺の仕事の方が辛いと、対抗心剥き出しで言い返してくる。

何の思いやりもない態度に、私の心は冷え切っていった。

夫からの愛はどこにいったのかと、辛い気持ちを打ち消すように、子供を溺愛した。

私が子育てを頑張れば頑張るほど、夫は私にきつくあたった。私を子供に取られたような気持ちなんだろうと思う。

2人目が欲しいと言い出したのは、夫だった。

兄弟がいないとかわいそうだという理由だったが、こんな家庭に子供を増やす方がかわいそうだと思った。

しかし、夫の意見は絶対。この家の王様で、家族のために仕事をしているから何でもいう事を家族がきくのが当たり前だと言う。

仕事をするからには、家事はしないし、家族への責任もとらないとまで言い出した。

絶望感と幼子を抱えて、我慢していた。

我慢して生活しすぎて、我慢が当たり前になった世界。

それが私の家族だ。


転勤族であったため、1年から2年で引っ越しがある。そうやってどんどん環境が変わっていった。

夫は変わらず忙しく、ほとんど家に帰らない。

私はというと、新しい土地で子育てを通じて知り合った人達との交流が、心を生き返らせてくれた。

子育ての相談や夫の愚痴、どこにでもあるママ友との付き合いが心地よかった。

その生活も1年か2年で変わっていく。

あっと言う間に14年が過ぎた。

子供に手もかからなくなり、家も買い、夫が家にいる時間が増えていった。

家に夫がいると、掃除ができない。

好きな映画も観られない。

夫の食べたいものしか食べられない。

ちょっとした事で切れて物を壊す。

どんどん家にいたくなくなる。

子供達も同じ気持ちで、部活や友人と遊びに出かける。

だから私は、仕事をはじめた。

あの時は、30代で正社員に運良くなれたが、今は40代。

なかなか正社員にはなれない。

あの時の仕事は辞めたくなかったが、月の残業代が本当は15時間あっても、4時間分しか申請させてもらえない。

そればかりか、会社の同僚が家族だから、子供が熱を出しても仕事を休む理由にするなと、理不尽な上司に苦しめられた。

どんどん同僚が仕事を辞め、休職するのをみて、もう無理だと思った。

線路に飛び込んで楽になりたいと思った時に、辞める決心がついた。

そんな上司だから、仕事を辞める時も大変だった。3ヶ月先までシフトを組まれて、有給も使わせないと言われた。

流石にコンプライアンス違反すぎるため、やっと社内の相談窓口に相談したらすぐに辞めさせてもらえた。

会社でも我慢し過ぎていた。

そして、ようやく心が落ち着いてきた頃、辛い仕事を続けてくれている夫への感謝が湧いてきた。

ありがとう。どちらがマシか分からないけど。

少なくとも殺されないならいい。

外も内も地獄。

我慢の世界がどこまでも広がっているのだと思い始めていた。


そんな風にもう無理って限界まで我慢し過ぎてしまう。

今考えると、途中で誰かに相談もしていたのに、上手くストレスを調整できていなかった。

家庭でも仕事でも、ストレスをただ我慢して、ストレスを減らす具体的な努力をできていなかったのかもしれない。

多分ストレスのせいで、客観的に考えられなくなっていた。

仕事を辞めても、家庭のストレスが続くがだんだんとストレスにも耐えられるようになった。

心が落ち着いてきて、少しずつ、夫に協力してもらえないか交渉するようになっていった。

それは、家族であっても職場の同僚に対するような気遣いを持って接する様にと努めたから。

はじめこそ何で俺がしないといけないのかと言う風であったが、感謝を伝えていくと食器を洗ってくれる事が増えた。

子供に関してはノータッチなままであったが、父親になりたくないのであれば仕方ない。

本当は、一緒に子育てをしたかったが、したくない人にはさせられない。

母親は、子を育てるために母親にならざるおえない。ほぼ逃げ場がない。

何とか毎日、怪我や病気をさせないように必死で子育てに追われていく。

私はそうだった。

そして、それはとてもとても幸せな時間だった。

ただ大切に愛して育てた。

もう後10年もしないで、その大切な子供達が巣立っていく。

そう思うと、嬉しさと同時に夫との時間をどう埋めていけばいいのか。

やはり、ずっと家にいると苦しくなる。

例え外でまた苦しい事があったとしても慣れて何とか生きていこう。

やっとそう思えるようになった。


「バイトしよう‼︎」


そうやってまた働き出したのだった。




外で働くと色んな人と出会う事が楽しい。

大学生、他の仕事をしながらバイトに入っている人、もちろん自動車会社の社員さん達、出入りのクリーニング業者などなど。

それぞれみんな個性的で、意欲的に仕事をしている。活気のある職場の人達と一緒に働ける事が嬉しく、背筋がグッと伸びる。


「とにかく真面目に生きろ」

「消しゴムで消す文字は綺麗に消せ」


父から言われた言葉で、私の中に残っている言葉。

いつも野球と仕事のどちらかの明るい父が、いつになく真面目な顔で子供の私に言ったからよく覚えている。

日常生活の中でほとんど思い出す事はないのに、時折悩み迷う時にふと蘇る言葉。


ケイ「おすすめの恋愛小説はありませんか?」


ケイくんは恋愛小説がやっぱり好きみたい。

改めて聞かれて、恋愛小説はほとんど読まないことに気がついた。

ビジネス、実用本、資格試験の本、心理学、民間伝承、哲学本、料理などなど私の読む本はいかに自分の興味を満たすかと役に立つかを軸に選んでいる。


恋愛は本ではなく、実践主義だった。


好きな人へのアタックは惨敗だけど。

好きすぎて好きすぎて重くなる。

好きすぎて彼のことしか見えなくなる。

そんな自分から好きになると全然上手くいかない恋愛を重ねて、受け身になってしまった。

ひょっとしたら、もっと恋愛小説を読んでおいた方が良かったのかもしれない。


私「おすすめがあったら私の方が知りたいよ。」


ケイ「キミスイとかは?」


話題の恋愛小説は、名前とあらすじは知っていた。でもまだ読んでないし、映画もアニメも観ていなかった。


私「ありがとう、良かったら貸してね。」


ケイくんは、次のシフトの時にその本を貸してくれた。

こういうやりとりっていいな、青春って感じがする。

借りた本を大事にカバンにしまった。

ほんの少し後ろめたさを感じながら。

借りたキミスイは、すぐ読み終えたい気持ちを抑えて、5回に分けて読んだ。

あっという間に読んだら、すぐ返してしまわないといけなさそうで。

本当は、2時間くらいで読める量だったが、ゆっくり文章を味わった。


…ふぅ…


読み終えて、こんなにいい作品を何でもっと早く読まなかったのかと思った。

静かに哀しみと友情と絆について涙した。


はぁ、読み終えてしまった。


感想を語り合いたい気持ちと、恋愛小説を語り合うことの恥ずかしさがせめぎ合う。

ケイくんには、半分も感動を伝えられないだろう。

バイト先の中年おばさんが恋愛小説について語る姿は、ちょっとひく?

まぁ、アニメの話を熱く語っている段階で、既にひかれているとは思うけど。

私には、大学生と話しても大丈夫そうな事って、アニメや映画や食べ物の話くらいしか思いつかない。

そもそも恋愛について話す事が難しい。

本当に人を好きになっている状態は、脳のバグだと思いたかった。

それくらい、人を好きになるとまわりが見えず空回りしてきたような気がする。

いつも恋が終わってから振り返る自分の姿が、とてつもなく恥ずかしかった。

それでも脳のバグは不意に訪れて、私を翻弄していた。


胸がドキドキする。

確かにドキドキしている…

体質的に不整脈があるのは分かっている。

病院で看護婦さんが慌てふためくくらいのビートを、私の心臓は刻んでいたから。

あの時、すぐ死ぬのかと思ったけど何とか生きている。

何かあったら止まるとは思うけど。

刺激的な事があまりない方がいいなと思いながら、本を借りたお礼にとエメラルドグリーンの新しい栞をそっと挟んだ。

ケイくんと同じシフトの日に、借りた本とお礼の栞とちょっとだけチョコレートを忍ばせて。

いつものバイト先への道のりがまた違って見える。少し明るく見える気がする。


ドキドキ…している…


できるだけ自然に、なんていうこともないように振る舞おう。

「はい、これありがとうねー」

みたいな感じで。

もうこんな事考えているだけで、不自然じゃんと自分にツッコミを入れてしまう。

誰かに何かアクションを起こすと、何かが返ってくる。

良いことも悪いことも。

こういうことを悩みだした事がまた新鮮。

自分の心の変化に戸惑った。

本を渡すのは帰り際にしよう。

そう思って仕事中ケイくんに話しかける。


私「この間借りた本、今日持ってきたから帰りに返すね。」


ケイくん「読みましたか!どうでした?」


本の感想とお礼を嬉しそうに話していた。

本当に話していて楽しいし、話す内容が恋愛ものという事で何だか学生の頃に戻ったみたいに錯覚する。

こんな時間を持たせてくれて、神様本当にありがとうございます。

半年前の私にも、未来で楽しい事があるよと、タイムトラベルして伝えたい。

そうやって少しオーバーかもしれないが、私の中でケイくんの存在がどんどん大きくなっていった。


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