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小椋夏己の千話一話物語  作者: 小椋夏己
2024年 12月
991/1001

青春のお焚き上げ

 今朝のテレビで物が捨てられない、今年中に捨てたい、てな話題をやってました。年末や何かの時によくあることですが、やっぱりつい見てしまいます。


 みなさん、私と同じで色々捨てられずに置いてるんだなあと思いつつも、これじゃいかんと思ってる気持ちも一緒なので、どういう風に捨てるのかを見ていたら、一番最初は、


「捨てられない物のお葬式をしましょう」

 

 という提案がありました。


 その人は高校生の頃の恋人の思い出の品を何十年も持ち続けていらっしゃった方なんですが、子どもも育て上げたので思い切りたいということでした。どうしてそういう思い出の品を捨てられないかというと、


「物に人格を見ているから」


 ということと聞いて、


「う、分かる」


 と、思いました。


 私もそうなんですよね、何かを「いらない」と言ったり思ったりしたら、その物がかわいそうとかそういう感じになってしまいます。それが思い出の品だったり、もういない人の手を通った物だと思うと形見のように思えてしまって、ゴミ同然の物まで手放せないという感じです。


 そういう物をあるお寺に持って行き、お焚き上げしてもらったら、本人がさっと火にくべて燃やしてました。供養の気持ちって日本人には大きいと思いますが、それができて思い切れたんでしょうね。これが提案されていた「物のお葬式をしましょう」ということだったようです。


 お寺では普段はこういうお焚き上げはやってなくて、その住職さんが提案するには、


「お線香を添えて他のゴミと別に出したらどうでしょう」


 ということでした。やっぱりここにも日本人の供養の気持ちが生きているようです、なるほど。


 なかなかいいアイデアだなと思いました。今までにもぬいぐるみとかは塩をかけてありがとうと言って別の袋に入れてゴミに出しましょうというのを見たことがありますが、それのアレンジバージョンですね。


 分かるんですが、その供養もなかなかできないので、いっそお寺とかがそういう商売始めてくれないかなと思ってしまいました。今はお寺も檀家さんが減ったりして経営が苦しいと聞きます。新しいお守りを売り出したり、有名人と縁がある神社仏閣に人が集まったりするように、新しい商売をやってくれたらどちらもうれしいんじゃないだろうか。


 下手に物を燃やすとダイオキシンが出るとかなので、お寺や神社で燃やすというのはできないでしょうが、そこでお経を読んでもらうとか、祝詞をあげてもらうとかして、それを業者さんで燃やしてもらうとかリサイクルしてもらう、そういうシステムができたら日本では繁盛するような気がします。いい商売だと思うんだけどなあ。

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