ほめられたこと
今朝の4時頃に目が覚めてしまい、ふと、なんの脈絡もなく思い出したことがあります。
私は、今でこそこうして毎日何かを書き散らし、
「書かないと死ぬ病」
を標榜していますが、これは今世紀になってから、
「サイト作ったったぞ、日記作ったったぞ、書け!」
と、小説を書いたことをカミングアウトしている人の一人、D氏に強制されてからでした。
それ以前は、頭の中に書きたい物語は溢れてる、本なしではいられないなタイプではありましたが、文字を書くのがとても苦手で、日記すら三日坊主でやめてしまっている状態でした。
それがなんでこうなっているかと言いますと、「書く」のではなく「打つ」になったからです。タイピングだったらいくらでも、なんぼでも、際限なくやってられます。
もっとも、右肩を痛めてから、それも多少の制限ありの状態で、ですが。
小学校に上がってからは、何度か市や学校の文集に載ったことはありますが、それだけ、表彰されたこともないし、文章を書くのは宿題とか、書かないといけない時ぐらいです。
それが、大学の時、一度だけほめられたことがあったのを思い出しました。
大学の教養で「日本文学」「東洋文学」「西洋文学」のうちから選んで一つ取る必要があり、一回生の時に日本文学を履修して単位は取っていたんですが、三回生の時だったかに中国から客員教授が来られたので、面白がって友人たちともう一度東洋文学をとることにしました。
ある時、その授業で中国の演劇、いわゆる「京劇」のようなお芝居を大学が誘致して見る機会があり、東洋文学を履修している学生はレポートを出すことになりました。
ある授業の後、いつものように友人たちと片付けおしてていたら、その客員教授が階段教室の中程にいた私達に近づいてきて、私に、
「一緒に中国に行きませんか」
と、いきなり声をかけてこられて、みんなでびっくりしました。
その時にどういう話をしたのか、もうしっかりと覚えてはいないし、その後もその教授と特に懇意になるということもなかったんですが、その理由がその時のリポートでした。
その教授がある大手新聞にコラムを連載されていて、そこに、
「中国の演劇と歌舞伎の比較論文を書いてきた学生がいて、それが素晴らしかった」
みたいに書いてくださっていたのが、私のレポートだったんです。
今思えば、あれってかなりかなり、ほめてくださっていたんだなあ、と、今朝いきなり思い出していました。
もしもあの時、一緒に中国に行ってたら、今頃もっと違う人生を歩んでいたんでしょうか?
人生の選択は、いつも今がベストと考えていますが、それでもちょっとだけ思ってしまいました。
あまりほめられる経験がないもので。




