続・サンタさんいるの?
前回は、
「サンタさんって信じてました?」
と質問してみたところ、やはり信じていた方、いなかった方、両方の声を耳にすることができました。
それで今度は、
「信じている人ってどういうきっかけで信じたのかなあ」
と、ふと、気になってきました。
今の日本では自然に「サンタさん」とか「クリスマス」って目にして耳に入って生活になじんでいるから、信じる子がいて信じない子がいて、それで普通だと思いますが、その「違い」ってどこでどう分かれるのかなあ。なんだかすごく不思議です。
ずっと前になりますが、当時の友人から聞いた話があります。
ある芸能人夫婦に息子ができました。その息子に物心がつく頃になって、
「良い子にしてたらサンタさんが来てくれるよ」
と、よく聞くこの言葉を言って息子を寝かしつけました。
その後、夫婦で庭にトナカイらしき足跡をつけたり、テーブルの上にサンタさんを歓迎したようにお酒だったかコーヒーだったか忘れましたが、それを飲んだ後みたいにグラスだかカップだかを置いたり、サンタさんが実際に来たように演出をしておくんだそうです。
それを朝起きて見た息子は、ちゃんとサンタさん来てくれたんだな、と喜んでプレゼントを受け取ります。
「素敵な話だと思わない?」
と、その友人が言うので、聞いたその時は夢のある話だなと思ったんですが、後でつらつら考えて、
「そうまでしてサンタさんの存在を信じさせる意味あるのかな」
とも思いました。
いい話だとは思います、それは本当に。
親が子どもに夢を与えてあげるって、それはそれでいいんじゃないかなと。
ただ、
「それいいね、うちでもやろう!」
と、安直に真似するのは、どうなんだろう、とも思います。
自然に信じたり信じなかったりはいいんですが、親がそうして「サンタさんはいる」と信じさせるようにしたとして、後でどうするつもりなのかな、とちょっと気になります。
単に大人が「子どもにこうしてあげた」「思い出作り」って言いたいだけになってしまわないか、と。
サンタさんがいると信じている子がいたとして、いつか自然に「子どもの時に思っているようなサンタさんはいない」と知る日が来ると思います。その時にどうしてあげるか、までが親のテーマじゃないでしょうか。
もしも、そういう演出までして信じさせた親御さんは、その時までを責任持ってちゃんとしてあげてほしいですね。どうしたらいいのか、その方法はその家族によって違うでしょうが。
そうじゃない子どもさんの場合も、サンタさんいるいないに関わらず、どうやって何を伝えるか、どうすれば一番自然に受け止めてくれるかは大事です。サンタさん問題って案外深い問題かも知れません。




