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小椋夏己の千話一話物語  作者: 小椋夏己
2023年 10月
463/1001

そのたった一言で

 今朝のニュースで奈良の鹿愛護団体が鹿を虐待している、という話題を取り上げていました。


 本当ならゆゆしき事態です。団体側は、保護した段階で病気や弱っている鹿がいて、そのためだと主張をしていて、今のところはまだ何が本当かは分かりません。なので、そのことは一旦置いておきます。今回私が言いたいこととは違いますし。


 その話題の時、あるコメンテーターというかタレントというか、その男性が落語の「鹿政談」を取り上げて、こんなことを言いました。


「落語の鹿政談でも飢えた鹿が豆腐屋のおからを食べて」


 この中の、


「飢えた」


 の一言に私はちょっと物申したくて、これを書くことにしました。


 私は落語が大好きです。もちろんこの「鹿政談」もどんな話か知っています。まずはご存知ない方のために、簡単に落語のお話について説明しようと思います


 奈良では昔から鹿が神様のお使いとして大事にされています。それが行き過ぎて、鹿を傷つけた人間も罰せられるようになります。うっかり命を奪ってしまったら、その加害者も死罪になります。これを前提として覚えておいてください。


 奈良のある小さな豆腐屋で親父が朝早くから豆腐を仕込んでいました。すると、置いてあるおからの桶に頭を突っ込んで食べている動物がいる。野良犬でも来たのかと、親父がそこにあった「割木わりき(まきやたきぎのことです)」を投げて追い払おうとしたら、当たりどころが悪く、その動物が死んでしまった。それが鹿だったんです。

 どんな事情があっても鹿を殺した者は死罪。ですが、この豆腐屋さん、正直者の働き者で通っている人物、お奉行はなんとか助けてやろうとするのですが、ごまかすように助け舟を出しても、全然それを分かってくれない。とうとう最後はお奉行に叱りつけられて、やっと助かります。


「きらずにやるぞ」

「まめで暮らします」


 この「きらず」とは「おから」のことです。お奉行はおからとかけて「斬らずにやる」、つまり「命を助けるぞ」と言ったのに、豆腐屋の親父は「まめ」、つまり「元気」で暮らします、と答えたのがオチです。


 この話の骨子は誰も悪い者はないというところだと思います。鹿は草食動物、そうやって見つけた食べ物があったら食べるのが本能、よっぽどお腹がいっぱいでない限り、食べられる時に食べるものです。

 豆腐屋の親父は正直者の働き者、決して鹿を傷つけようとしてそんなことをしたわけではありません。ですが、法律は法律、悪意がなくてもこのままでは死罪。それでそんな法律おかしいと思った奉行が助けてやるのです。


 それを今朝のその男性が、


「飢えた鹿が」


 この一言を付け加えたせいで、想像できる話が全然違ってくると思いませんか?


 のんびりした朝の風景がちょっとしたことから悲劇になろうとした、それを大団円で終えるという人情話、それが「飢えた鹿」がいたというだけで、殺伐とした風景に変わってしまいます。豆腐屋の主人だって、追い払おうとしただけじゃなく、鹿を虐待して殺した人間、みたいに思える可能性もあります。


 どういうつもりで「飢えた」と付け加えたのか分かりませんが、そのたった一言で事実が歪められることもあるのだなと思いました。


 私も仮にもこうして文章を書いて公開する、ということをしている人間です。今朝のことは反面教師として、たった一言も大事にしていかないといけないなと思いました。

 すでに気がつかないうちに、そういう失敗はやってしまっているのでしょうが、少なくともこれからはもっともっと気をつけないと。

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