エピローグ
ダル「対象O、オペレーション『sannr【真実】』を開始したお。」
ダルは興奮気味に画面を見ながら言葉にする。
ここはフェイリス名義のビルの一室に設けられた、巨大な実験室のような場所。
一室といっても、広さはちょっとした体育館程もある。
その部屋の半分には様々なサーバラックが陳列されている。
もう半分にはそれらの操作を行う端末があった。
UPXの表示版のような巨大なディスプレイも壁に設置されており、他の面々はそちらを見ていた。
岡部「フェイリスには大きな借りが出来てしまったな。」
心の底からそう思う。
フェイリス「フェイリスはフェイリスがしたいからお手伝いをしたまでニャン。これでまゆしぃが救われるなら十分だニャン。」
そう。
この世界線ではまゆりを救出出来ていない。
勿論、方法は多く立案され、検討された。
しかし、やはりS;G世界線から移動せずに行う方法しか有力案とならず、結果、失敗に終わっていた。
紅莉栖「正直、青写真ぐらいは自分で考案したかったわ。」
いじけるようにいう紅莉栖。
岡部「功労者がお前であることに違いはないさ。」
フェイリスには、ある実験のために必要な設備や機材をこのように整えてもらったのだ。
その実験の目的は『β世界線以外の観測しうるすべての世界線において、どうやっても早死してしまうまゆりを救う方法を見つけ出す』こと。
…
岡部「紅莉栖、良い方法は考えられるか?」
ラボに集まった俺、紅莉栖、ダル、鈴羽。
まゆりを助ける方法としてどんなものがあるか、どうすれば上手くいくか、時間を問わず話し合っていた。
紅莉栖「はっきりいって、リソース不足。」
突然このようなことを言い出した。
岡部「…根を詰めすぎているかもしれないな。今日はこの辺にしておくか?」
一番頭を使っているのは紅莉栖だ。
プライドの高さもあって、自分から休憩を言い出しづらいのかもしれない。
紅莉栖「そうじゃない。全然時間が足りないの。」
岡部「…確かにこれまで、相当な年月を費やしているとは思う。それでもいくつかの案は無効だとわかった。成果が出ていないわけではないと思うが。」
紅莉栖「私達4人で検討しても、考えられることには限界がある。それに、1つ方法が浮かんだとして、それが有効かを机上で確認しなければならない。これが酷く大変。一つ一つ順を追っていけば精度を上げて判断がつくけれど、その労力が大きすぎる。」
紅莉栖の言う通りだ。
紅莉栖「もっと人数がいたり、時間があれば。」
それは俺達も感じていたことだ。
紅莉栖レベルの人間がもっといれば違うのだろうか。
ふと思い立ったことをそのまま言葉にする。
岡部「紅莉栖の研究室のAmadeusに手伝ってもらうことは出来ないか?」
なんとなしに言ってみただけだったが。
紅莉栖「それよ!…そうね、そうすればいいかもしれない。」
岡部「何を思いついたんだ?」
紅莉栖「リソースを改善する方法よ。」
それは、S;G世界線の仮想実験(通称SGシミュレーション:SGS)だった。
SERNのLarge Hadron Colider等を間借りしてしまうことさえ出来る、ダルのハッキング能力。
AIとして動作する、人間として最高レベルだろう紅莉栖の頭脳のコピーAmadeus紅莉栖。
これらを用いて、仮想空間に現実のコピーを作ってしまうというものだった。
岡部「つまり、今の俺達のコピーを元にシミュレーションを行って策を得ようということか。」
紅莉栖「そう。Amadeusなら頭の回転の速さはハードウェアというリソースを上げることで相当な演算が出来る筈。リソースは橋田が色んな所のシステムから間借りすればいい。…大見得切っては言えないけどね。」
岡部「俺達のコピーはどうするんだ?」
紅莉栖「それはAmadeusの私と話をしてもらうことでいいと思う。私に、シミュレーションにさしあたって必要な情報を考えさせておいて、それを元に岡部達と話をしてもらう。人格や性格のすべてを抑える必要はない。あくまでシミュレーションで出てくるであろう選択肢でどういう反応をするだろうかということがわかるコピーが作れれば。一番いいのは、私と同じ方法での作成ね。出来たらそうしましょう。」
岡部「そうすると、上手くシミュレート出来た場合、俺達と同じトライ・アンド・エラーを繰り返すんじゃないか?」
紅莉栖「そうよ。だから、既に私達が試した方法をやろうとした場合はそれ以外の選択肢を考えるように止める。話が逸れていった時も同じ。」
岡部「Amadeusの紅莉栖がSGS全体の管理を司るわけか。」
紅莉栖「勿論、私達が最終決定権を持つようにはするわ。」
それが出来たら良い方法が見つかるかもしれない。
岡部「今回の件では絡んでこない人々についてはどうする?もしかしたら力を借りたりする方向に進むかもしれない。例えばMr.ブラウンだとか。」
紅莉栖「それはその時々、Amadeusの私が私達に訊ねてくるようにしましょう。知っている人がいれば有効なデータを与える。誰も知らないことならその時考えましょう。」
岡部「どういうことがあったのかという前情報もいるよな?」
紅莉栖「そうね。例えば送ったメールの内容や日時、宛先といった細かなものだけでなく、登場人物達それぞれが同じ日時や場所に同じように振る舞って貰う必要がある。それらは、『その時そういう振る舞いをする予定』という記憶を入力しておき、そのように動いてもらいましょう。環境要件、-例えば、ラボとSERNの施設は直通回線でつながっているとか-、も出来る限り設定しましょう。」
紅莉栖によれば、限りなく精密にこれらが出来ていれば、SGS内の俺達は現在の俺達に近い振る舞いをするという。
紅莉栖「当然だけど、上手く構築出来た場合、今の私達と同じようにSGSを構築しようとする。でもこれは止める。私達と同じことをされては意味がない。」
そうすれば、異なる考えや手法、手段を取ろうとするだろう。
SGSでは時間を早めることも出来るし、仮に諦めようとした時も続けるよう仕向けられる。
紅莉栖「時間遡行して新たな人物や事象に対し何かをする場合もあるかも知れないけれど、その時々でどういうシミュレーションになるかを検討し条件として追加しましょう。そして、新たに始める前のポイントまで巻き戻してシミュレーションを再開する。」
…
紅莉栖「けれど、これでどうかしら。」
岡部「そうだな。見事、仮想空間の俺達は様々な障害をはねのけ、最終的な解に辿り着いた。最終的にタイムマシンを使ってそうなるかはわからないが。おまけにお前は運命探知の魔眼の特異性や俺達の存在についてさえ気づいているフシがあったな。」
紅莉栖「果たして私達にとってそのような存在がいるかは不明だけど。でも、同じ疑念を抱いてはいる。」
岡部「とはいえ、俺達の目的はあくまでまゆりを助け出す事。そして、その方法は得られた…。」
後は実行に移すだけ。
きっと上手くいく、そう信じて。
岡部「シミュレーションは以上だ!今度こそまゆりを救う!これよりオペレーション『sannr【真実】』を開始する!」
…
2036年の秋葉原。
建物はより先進的になっているが、電気街、サブカルの街としての文化は残っている。
その中のとあるビルの一室。
大きなタイムマシンが1機。
壁の一角にはここの主と思われる人々の写真が貼られている。
その中の一枚の写真。
まゆり、橋田、萌郁、るか、フェイリス、鈴羽、真帆、かがり、由季。
そして、岡部と紅莉栖。
彼らの顔からは笑みがこぼれていた。