4th line:告白のプレステージ
まゆりの死まであと5日。
タイムリープした俺は、まずフェイリスにまゆりの連れ出しを依頼した。
真に迫るものを感じたフェイリスは、二つ返事で引き受けてくれた。
洞察力に長けていてくれて本当に助かる。
それから、紅莉栖、ダル、鈴羽にこれまでの経緯を説明した。
紅莉栖「なるほどね。タイムリープでの解決に囚われた。仕方のないことね。」
ダル「でも、オカリンと牧瀬氏、僕と鈴羽がいてもどうしようもなかったって、どうするん?」
岡部「世界線漂流では、紅莉栖達にアドバイスをもらい俺は行動出来た。だが今回それではどうしようもなかった。そうだな、鈴羽?」
みなが沈黙する。
鈴羽「うん、まぁ。そう聞いてる。」
その沈黙を破るように鈴羽は短く答えた。
ダル「鈴羽は2036年から来たんだよね。2011年からずっとどうにかしようとしてそれでも駄目だったってこと?」
鈴羽「どうしようもなかった、というのは本当みたい。でも、他に出来ることを考えつかなかったというわけではなかったんじゃないかって気はするんだ。未来の牧瀬紅莉栖はおそらく他にもいくつか考えついたんじゃないかって。でも、世界線変動が起きない程度のタイムリープでの試みだけが行われた。」
紅莉栖「じゃあ、もしかしたらどうにか出来た可能性も」
鈴羽「あると思う。でも、その方法を牧瀬紅莉栖は語らなかった。」
紅莉栖「それは何故?」
鈴羽「推測になるけど、仮にS;G世界線から移動してしまう可能性のあることをすれば更にひどいことが起きるかもしれない。また、それを行うことで解決出来るかもしれないと思っているのに、実行する恐怖で出来ない、ジレンマ。それによって岡部倫太郎が酷く苦しみ続けることを牧瀬紅莉栖は避けたかった。二人を見ていた父さんから話を聞いて、そう思ったんだ。」
再びみなが沈黙する。
紅莉栖を救うためにタイムマシンで過去に行く時もそうだ。
結局、俺がやらないから、俺が傷ついてしまうから。
方法があっても、動かない。
そんな俺にみんなが優しいから。
それに甘えて、解決できる可能性を閉ざしてしまう。
紅莉栖は分野に関わらず様々なアイデアを出せる天才だ。
俺が思いもしない方法を、きっと思いついた筈なんだ。
岡部「みんなは、まゆりを救いたい、よな…?」
そう思っていても、ようやく辿り着いたS;G世界線から移動してしまうかもしれないことが恐ろしかった。
だから、弱い自分の後押しを、縋る気持ちで願う。
紅莉栖「当たり前でしょ、迷うことなんかない。あんたもそう思って、これまで頑張ってきたんでしょ?」
ダル「そうだお。まゆ氏と牧瀬氏を救うために電話レンジ(仮)を作ったりSERNにハッキングまでしたんじゃまいか。今更そんなこと聞くなんてナンセンスだろ、常考。」
鈴羽「私は父さんに言われたからだけど、なんとかしたい気持ちは同じ。」
岡部「…流石は我がラボメンだな。…フ、フフフ。フゥーハハハ!」
厨二病を気取りたかったわけじゃない。
言ってしまえば空元気。
迷いがないといえば嘘になる。
それでも自分を奮い立たせるために活を入れたかった。
岡部「では、紅莉栖。話をして時間も経っていないが、新しい案は浮かんでいるのか?」
紅莉栖「流石にすぐにこれというものは。せめてどういう方法は試したのかだけでも分かればいいのだけれど。阿万音さん、何か聞いてない?」
問いを投げる。
しかし、おそらく細かな内容までは知らされていないだろうと思われた。
阿万音「詳しいことまでは。その結果何をして欲しいというオペレーションを聞いて来ているだけで。タイムマシンの操作方法とかそういうことなら。そういえば、あれは…。」
紅莉栖「何?」
阿万音「いや、あれはただのサインで。今の話とは関係ないよ。」
橋田「どしたん?何でも言ってみ?」
渋る阿万音さんに促す橋田。
サイン…?
阿万音「未来で出発する時に牧瀬紅莉栖がタイムマシンに何かを書いたんだ。ただのサインだと思ったんだけど。」
岡部「サイン?紅莉栖が?」
岡部が不思議がるのも無理はない。
私はそんなことをするタイプではない。
紅莉栖「ちょっとそのサイン、見せてもらえるかしら?」
…
まだ陽は高いが16:20頃。
ラジ館の屋上にあるタイムマシンの前に来ていた。
阿万音さんがタイムマシンの不可視状態を解く。
阿万音「ここだよ。」
みると、タイムマシン名らしきものが書いてある。
橋田「…『OR204 2nd EDITION Ver2.31 ×』って書いてあるお。」
岡部「このネーミングセンス、間違いなくダル…。」
鈴羽「この最後のエックスていうのを書き足したんだ。」
エックス。
機体名なら『OR204』に続けて書くだろう。
いや、『OR204』というシリーズのエックスという機体という意味ならわからなくもない。
ただ、それを出発日に書くという行為がおかしい。
橋田「エックスじゃなくて、バツじゃまいか?バージョンを細かく管理する時、その桁まで使うこともあるけど、ない場合に×と書くこともあるんだお。」
出発日の完成度をみてバージョンを書いた…?
阿万音さんの話によれば、開発は橋田、紅莉栖、岡部が主となって行われたらしい。
そんな橋田達に相談もせず?
そもそも、3分類の管理番号なら『Ver2.31.x』。
『.』が足りない。
他の人なら省略したと言われればそれまでだけど、私がそんな事をする筈はない。
阿万音「一応中も見てみる?」
阿万音さんによってタイムマシンが展開される。
それから小一時間、各々タイムマシンを見たり触ったりして確認する。
しかし、他に不審なところは見当たらない。
岡部「…。」
…特に深い意味はないのだろうか。
今の私ならサインをしたりしないが、未来の私のことだ。
相手は25年も時間を過ごした人間。
幼稚園に行っていた子供が立派に大人になってしまう程の時間だ。
もはや全くの別人格でもおかしくない。
唯一つ言えるのは、これは突発的に書かれたものだろうという事だけ。
紅莉栖「阿万音さん、これを私が書いていた時、他に何かしていなかった?」
阿万音「えっと、出発の直前だから私や父さん、岡部倫太郎と話をしていたと思う。」
紅莉栖「どんな話?」
阿万音「科学者だとかマッドサイエンティストだとか。牧瀬紅莉栖は『方法があるならやるのが科学者』だとか。よく意味はわからなかったんだけど。」
紅莉栖「…あんまり変わっていないみたいね。」
今の私と考え方は変わっていない。
やはり何か意味があるように思える。
『方法があるなら』。
そんな話をしながら過去へ跳ぶタイムマシンにサイン。
今の私達へのメッセージ…?
…これは。
紅莉栖「わかったわ。これはエックスでもバツでもない。掛ける、よ。」
岡部「掛け算…?でもどういう意味が」
紅莉栖「答えはこうよ。タイムマシン×タイムリープマシン。そしてOR×ラボメン。組み合わせろという意味。」
紅莉栖は合点がいったようだ。
組み合わせる?
紅莉栖には未来の紅莉栖からのメッセージがわかったのか?
岡部「どういう策を取ればいいか、思いついたんだな?」
紅莉栖「いくつかは思いついてはいる。その中で未来の私が言わなかったであろうモノとすれば、世界線移動をする、またはしてしまう可能性のある方法。更にこのサイン。」
岡部「俺に気を使わなくていい。その中で最もまゆりを助けられる可能性の高い方法について教えてくれ。」
紅莉栖「えぇ。ただ、その前に聞いて欲しい考えがいくつかある。それらに対しての岡部達の反応を見てからでもいいかしら。」
岡部「わかった。話してくれ。」
…
ラボに戻った俺達は紅莉栖を待つ。
紅莉栖は少し間をおいて話し始めた。
紅莉栖「まず一つ目。岡部は小学生の頃熱を出して寝込んだのよね。」
岡部「あぁ。丁度1999年の年末から年明けまでの間辺りだった。」
紅莉栖「その時、運命探知の魔眼が発動したのと同じ感覚になった。」
岡部「そうだな。それまではそういうことはなかったからよく覚えている。」
紅莉栖「私があんたと会ってからは、運命探知の魔眼が発動するのは岡部が世界線を移動した時ね。その時はどんな感じがする?」
岡部「同じ感覚だ。一瞬自分がぼやけそうになるような、不思議な。」
紅莉栖「本当にそう?」
岡部「どういうことだ。」
紅莉栖「小学生の頃は熱を出して寝込んでその感覚を感じた。そして、それまではその感覚になったことはない。」
岡部「あぁ。運命探知の魔眼が初めて発動した。」
紅莉栖「推測になるけれど、発動したのはその時。でも、実はその能力が身についた時でもあったんじゃないかしら。順番でいえば、熱を出して寝込んだ時、能力に目覚めた。そして、2000年になる時、ジョン・タイター-阿万音さんだったわね-、が言うように大きな分岐の年で世界線変動が起きてそれを感知した。」
そもそも小学生の頃に時間とか世界線とかそんな話になるわけもなく、紅莉栖と出会ってから、運命探知の魔眼がどういうものか理解した。
確かに、寝込んだことがきっかけで身についた、そう考えられなくもない。
紅莉栖「岡部、今私の話を聞いて『寝込んでしまったのはそういう理由だ』と思ったわね?」
岡部「流れ的に、ダルも鈴羽もそう思ったと思うが。」
紅莉栖「出来すぎているのよ。」
岡部「わかるように説明してくれ。」
紅莉栖「寝込んだことで能力が発現し、以降、世界線変動を感知できるようになった。『岡部が運命探知の魔眼という類まれな能力を持っているのはそういうことがあったからだ。』といわんばかり。人間には、始まりの果てに終わりが、結果には原因が、と結びつけたくなる思考/習性がある。」
岡部「そうとは限らない、と?」
紅莉栖「その習性に則った形を取ることで、あたかも『運命探知の魔眼が備わっているのは不思議な現象だけれどそういうものだ』と納得させようとしているかのよう。辻褄が合いすぎている。正直、薄気味悪い。」
紅莉栖の言うことは最もだった。
熱を出して寝込んでその能力に気づいた程度の認識だった。
岡部「しかし、中瀬克美さんのように、弱いけれどおそらく同じ能力を持っている者もいるぞ。」
紅莉栖「それもよ。『自分だけがこんな力を持っているのはおかしい』。別の人間が同じ力を持っているのを知ることでその考えは緩和される。」
岡部「…そうやって聞くと、あまりにも話が合いすぎているな。まるで、自分達を見ている神様のような存在がこの能力を授けたかのような。」
紅莉栖「科学者としては、意識と呼べるようなモノに合致する物理現象によって引き起こされたこと、程度がギリギリ許容範囲。」
岡部「それで、この話が作戦の前提になるのか?」
紅莉栖「直接的に、ではないわ。この後話す話の前段として認識しておいて欲しかったの。それぐらい不可思議な能力だってね。」
運命探知の魔眼。
これまで助けられもしたが、苦しめられもした能力。
どうしてこの能力があるのか、それはもうどうでもいい。
まゆりを救うための役に立つのなら。
紅莉栖「次の話をするわね。」
紅莉栖は続ける。