2nd line:時空境界のアブソリュートコンバージェンス
過去に跳んでいた。
場所はラボ。
時刻は午前11時頃をさしている。
紅莉栖とダルがいる。
まゆりは、フェイリスに頼んでバイトの人数合わせという理由で連れ出してもらった。
ここで打ち明けなければならない。
俺はすがるような気持ちで、二人に話し始めた。
紅莉栖「まゆりが!?S;G世界線ではまゆりも私も死なない、そうじゃなかったの?!」
岡部「あぁ。だが、現実にまゆりは…。」
鈴羽「椎名まゆりは、2011年8月25日に必ず死ぬ。」
ラボの入り口に現れた鈴羽は突然そう言い放った。
岡部「鈴羽!」
ダル「ど、どういうことだお?」
鈴羽「言った通りだよ。S;G世界線でも椎名まゆりは死んでしまうんだ。」
紅莉栖「貴方、岡部がS;G世界線に留まれるようになってからもここへ居続けたのは。」
鈴羽「岡部倫太郎をS;G世界線に留まらせるということができたら解決しようと思っていた2つ目の問題『椎名まゆりの死』を回避するため。」
岡部「α世界線でまゆりが、Β世界線で紅莉栖が死んでしまう。俺はそれを避けるためにS;G世界線へ来たんだ。なのに!」
鈴羽「そう。α世界線やΒ世界線での私も同じ認識だったと思う。だからS;G世界線を目指せと言ってきた筈。けれど、問題はそれよりもっと困難なものだったんだ。牧瀬紅莉栖の死と椎名まゆりの死は同じルールに則ったものじゃない。」
紅莉栖「それは貴方の理論?」
鈴羽「未来の牧瀬紅莉栖、君の考えだよ。牧瀬紅莉栖は、ラジ館の一室で出血多量死と思われる状態を岡部倫太郎に観測され、死が確定していた。対して椎名まゆりは、Dメールによって日時のズレが発生する上、死に方には制限がなく、定まった日時に必ず死ぬ。わかる?牧瀬紅莉栖はそもそも分岐点にあり、死ぬ状況も確定していたから、世界を、観測者を騙すという方法で死を回避できた。でも、椎名まゆりは、わかるのは日時だけ。どうやって死ぬのかもわからないしどうやっても必ず死ぬ。牧瀬紅莉栖と同じ方法が取れないんだ。」
岡部「だが、世界線を、まゆりが死なない世界線へと変えることでまゆりは死なない。そうだろう?!」
鈴羽「世界線は大きく束ねた様々な可能性の束の一つの線のようなもの。だから過去改変を行えば世界線は分岐し、未来に影響を及ぼす。けれど何事にも例外はある。」
岡部「まさか…!」
鈴羽「どの世界線でも同じ結末に収束する因果律も存在するということ。事象には必ず異なる側面があるという可能性があるが故に別の世界線がある。けれどそうでない事象も存在するということ。」
紅莉栖「まゆりの死はその例外に該当してしまう、ということね。」
鈴羽「未来の牧瀬紅莉栖は、世界線の絶対収束、そう結論づけていた。」
紅莉栖「阿万音さんもそうなのかもしれないわね。岡部がどの世界線にいっても必ず未来から現れる。世界線には絶対に変化しない事象部分も存在する…でも。」
岡部「Dメールも、タイムリープも、タイムマシンでさえも!まゆりを救うことは出来ないということなのか…?!そんなこと…!そんな…。」
鈴羽「牧瀬紅莉栖はこうも言っていた。世界線に関わらず、まゆりの死は決まっている。人間の寿命を鑑みればあまりに早い死。しかし、それでもそうなってしまうのなら。」
岡部「…だったらどうだと。」
鈴羽「運命、かもしれない。まゆりという人間に最初から与えられた、ただ、他の人間たちより短いだけの、自然な寿命と言えるのかもしれない、って。」
岡部「そんな馬鹿な!だったら俺は今まで一体何のために!」
紅莉栖「落ち着いて、岡部。今回はこれまでとは状況が違う。まゆりが死んでしまうのは…?」
岡部「…明日の15:30頃だ。」
紅莉栖「今13:00過ぎ。少し休憩して…14:00にまた集まりましょう。」
私はラボ近くの公園で空を見ていた。
青く澄んだ空。
とても明日まゆりが死ぬなんて思えない。
でも、これまでも常識とはかけ離れたことばかりだったのだ。
世界線、因果律、過去改変。
改めて世界の法則に抗うことの難しさを痛感する。
岡部は、ラボのソファに腰掛け、俯いたままだった。
無理もない。
まゆりは岡部にとって、きっと、違う意味で私よりも大切な存在。
S;G世界線に留まれるようになった岡部、そしてまゆり。
この二人のどちらが欠けても、嫌。
長い長い世界線漂流を終え、ようやく取り戻した筈の平穏な日常。
ようやく解決したと思っていた問題。
それがまた、しかもこれまでよりも難しい形で失われたかもしれない。
どれ程の無力感を岡部が味わっているか、想像に難くない。
だからこそ、私がしっかりしないと。
そう思いながら、先程の阿万音さんの話を検証してみる。
しかし、他の可能性は低いように思えた…。
岡部「まゆりは、助けられないのか…?」
14:00。
ラボに戻ってきた紅莉栖、鈴羽、ダルに岡部は開口一番そう言った。
ダル「それは…。」
鈴羽「未来の父さん達は、助けることが出来なかった。」
紅莉栖「待って!まだ可能性を捨てるには早すぎるわ!例えばタイムリープを繰り返して死に至る条件の」
瞬間。
牧瀬紅莉栖の思考が停止した。
静止したラボ。
…。
突如時間は流れ出す。
ダル「牧瀬氏?」
紅莉栖「え?あ、まゆりを救う方法、よね。なにか方法があるはず…。」
岡部「?」
鈴羽「未来の岡部倫太郎は、S;G世界線の中でまゆりが死なない方法に固執した。結果、救うことが出来なかった。でも、今の岡部倫太郎は、未来の岡部倫太郎が辿り着いた可能性を今知った。今度の岡部倫太郎は0からではなく1からスタート出来るんだ。」
岡部「…とにかく、このままでは明日まゆりが死んでしまう。またタイムリープして時間を稼ぐしか。」
紅莉栖「まゆりのためなら躊躇なくタイムリープしようとするのね。…でも、助ける方法がまだ見つかっていない。そもそも阿万音さんの話では世界線を移動する方法では駄目よ。」
岡部「しかし!」
紅莉栖「未来の私がいうように、まゆりの死が絶対収束するものなら、アプローチを変える必要がある。未来の私達には思いつかなかった、ブレイクスルー出来る方法があるかも知れないわ。いえ、きっとある筈よ。」
岡部「わかった。今三人とした話を過去に戻って話し、方法がないか探りたい。」
紅莉栖「いつでも私達がいること、忘れないで。…あと、一つだけ確認したいことがある。」
岡部「なんだ?」
紅莉栖「今回のことは、これまでとは違う。過去の事象を変えた影響で未来を変えるというのも、本来は禁忌な筈。でも、それが出来る余地が残されていたと考えれば変えても良かったもの、と言ってもいいかもしれない。」
岡部「どういうことだ?」
紅莉栖「今、私たちは様々な時間遡行する方法を持っている。だから、過去に干渉し、未来を変えることができる。でも、まゆりの場合、ただ寿命が短いだけで過去の事象に関係ないとしたら。」
岡部「…助けることは、世界の理を捻じ曲げることになる、と?」
紅莉栖「これまでは居たい場所を選んでいた。今度は場所自体を改ざんすることになるかもしれないわ。」
ラボにいた面々は紡ぐ言葉がなかった。
そんなことが出来るのかという不安、そんなことをしていいのかという不安、今よりひどいことが起きるのではないかという不安。
そして、そこまでしても助けられなかったらという不安。
水道の蛇口から滴り落ちる水滴だけが時を刻んでいた。
幾ばくかした頃。
岡部「…まゆりは。まゆりは、俺にとって大切な、世界を構成するものそのものなんだ。紅莉栖やダル、鈴羽、他のラボメン達も。だから、みんなには一般的なヒトが享受するのと同じような人生を送ってほしい。ずるいかもしれない。普通の人はこんなことを考えることすらない。例え、世界の人々が、世界が非難するとしても。俺はまゆりを助けたい。」
私の問いに岡部は覚悟を示した。
岡部、橋田、阿万音さんはこちらを伺っている。
私の中で答えは決まっていた。
紅莉栖「岡部、行きなさい、過去へ。今の覚悟をまゆり以外のラボメンと共有して。そして解決策を見つけなさい。」
ダルと紅莉栖が用意してくれた電話レンジ(仮)で、俺は8月20日へ跳躍した---。