転校生
超能力が目覚めたあの日から僕の目には、ありとあらゆるものが見えた。
いわゆる透視と言われることや、数秒先の未来を見ることだってできる。
でも、けしていいことばかりではない。超常の力を持つことは、社会から排除される危険性があった。幼い頃の僕が山に捨てられたように。
だから、僕は社会に潜み、機会を伺う。周囲の人には善良な人間と思わせ、世間一般で悪と言われる存在と接触した時――僕は正義の名の下戦う。
正義とはとても便利な言葉だった。これを手に持ち、振りかざしている間、人は表面上どうであれ、僕の味方をする。
暴力は至高の果実だ。安全を取り、捨てるにはあまりにも惜しかった。
「おい、榊。聞いているのか?」
「聞いていますよ、暴力はダメ。ですよね?」
「……よくもいけしゃあしゃあと言えるな。これで何度目だ? えぇ、おい」
僕の担任の先生は、頬杖つきながら鬼の形相で睨んでくる。
今、僕は教員室で叱られていた。理由はもちろん昨日の暴力事件。
でも、僕には正義がある。誰しも大好きなあれだ。大多数の人間が僕の味方をし、逆に僕を排除しようとする者を咎める。
僕はただ胸を張っていればいい。正義の味方はそういうものだ。
先生はその感情を読み取ったのか、頭を押さえて、ため息を吐いた。
「昨夜、お前に助けられたという子供の親御さんから連絡があった。人を助けようという気持ちは素晴らしいものだ。しかし、やり方がいかん。一人で動く前にしかるべきところに頼りなさい。ありきたりだが、君の体は君一人のものじゃないんだ。心配する者のことも考えろ」
「はい、リーナにもこってり絞られたので、よくわかっていますよ」
「はは、副会長か。それはいい。私が叱るよりよっぽど効果がありそうだ」
先生は小さく笑みを零すと、書類の山をどっさりと僕の前に置いた。
「これは?」
「ことがことだ。無罪放免というわけにもいかん。明日までに反省書を書いてこい。あと一か月間の地域清掃、近隣住民への謝罪ってとこだな」
「わかりました」
今回の事件は、いつもより規模が大きかった。それを考えると、甘い対応だ。断る理由がない。やはり、正義は便利な道具だと思う。
「あ、そうそう、他にもやってもらいたいことがあった」
「なんでしょう?」
僕は少し身構えた。今回の処罰は、甘いものだが、面倒なことには変わりない。これ以上増やされると思うと辟易する。
そんな僕の思いとは裏腹に、先生は予想外の頼みごとをしてきた。
「今日、転校生が来るんだが、その世話をしてほしい」
「転校生、ですか?」
「ああ、おまえはちょっと過激だが、正義感に溢れて、面倒見がいい。丁度同じクラスだし、都合がいいだろ。学校の案内とか、いろいろ教えてやってくれ」
「任せてください、学校の後ろ暗い噂までしっかりと教えますよ」
「ないと思うが、それはやめてくれ。話は以上だ。教室に戻っていいぞ」
「失礼します」
僕は、笑みを浮かべたままお辞儀をして、教員室から立ち去った。
表情からはもう感情のすべてが抜け落ちている。必要のないことをして、エネルギーを消費するのは好ましくない。
しかし、面倒なことを任されたものだ。転校生は、僕という人間を知らず、たとえ、正義の下行動したとしても僕に疑問を持つ可能性が万が一ある。それが転校生本人だけに留まるのならいいが、周りにまで伝染すれば面倒だ。いずれは大多数に淘汰されるだろうが……その過程が鬱陶しい。いち早く関係性を作り、僕に対する信頼を得なければ。
そう考えれば、今回のことは先生の言う通り都合がいい。転校生を僕の従順な支持者にしよう。幸い、僕の能力は人の思考を誘導するにはうってつけだ。
◆
朝の教室は、いつも以上に騒がしかった。
僕が起こした事件が原因――というわけでもない。学校やクラスのみんなからすれば、僕の起こした事件はいつものことだ。多少の心配や称賛を貰ったが、その程度だった。
どうやら、どこから漏れたのか、転校生が来ると知れ渡っているらしい。
リーナも浮かれた様子だった。先ほどまで僕の処罰を心配していたとは思えないほどの切り替えの早さだ。
「ねえねえ、転校生ってどんな子だと思う?」
「さぁ、会ってみないとなんとも言えないかな」
僕としては、人の話をよく聞き、簡単に鵜呑みにする従順な子がいいけど、そんなにうまく行く事なんてめったにない。贅沢は言わない。普通の子でいい。
だが、リーナは違う様で、目をキラキラとさせている。
「私は女の子がいいなー、友達になりたいし、できたら武術同好会にも入ってほしい」
「それは難しいんじゃないかな。武術でリーナに付き合えるのは僕くらいだ」
「そうだけど、そうじゃないの! 女の子が欲しいの! 私と優一の二人だとさびしいじゃない。入ってくれるなら別にマネージャーでもいいわ」
「それなら生徒会のみんなを入れれば――」
「それはいや。むさ苦しい」
僕は乾いた笑い声をあげる。
「宗士郎はともかく、確かに青獅がマネージャーになるのは想像が出来ないね」
「そうよ、それにそれだと生徒会と変わらないじゃない」
リーナは頬杖をついて、物思いに耽った。同好会に人がいないことを嘆いているようだ。
まあ、それは仕方ないことだと思う。リーナが強すぎる上に、手加減をするのは相手への侮辱と思っている。それが原因で元々数少なかった会員は、僕とリーナの二人にまで減ってしまった。
僕としては、リーナの心を僕が占める割合が上がって、願ったりかなったりだったが。
「おーい、お前ら席につけ」
先生が教室に入ってきた。
クラスメイト達は、普段の着席の遅さが嘘のように席につく。
「……その様子だと知っているみたいだな。いつもそれくらいだと、先生もうれしいんだが。まあいい。入ってきなさい」
先生が呼ぶと、ドアが開いた。
どこからか息を飲む音が聞こえてくる。それほどまでに衝撃であった。
教室に入って来た転校生。彼女は、美しかった。カラスの濡れ羽色のような髪、見た者を虜にする黒い透き通った瞳。端正な顔立ちは、大和撫子を連想させる。絶世の美少女であるリーナを見慣れたクラスメイトが驚くのも仕方ない。
僕は、見た目に興味はないが。
ガンッ
……なぜか後ろのリーナが椅子を蹴ってきた。意味が分からない。
後ろを向くと、怒った様子のリーナと目があう。ますます意味が分からなかった。
そんな僕をよそに、転校生は教卓の横に立って自己紹介を始める。
「来栖 愛莉です。親の都合で転校してきました。みなさんよろしくお願いします」
来栖が頭を下げると、大きな拍手が起こった。大歓迎されているようだ。
「はい、こちらこそよろしくな。来栖の席は、左の一番奥だ。分からないことがあったら、そこのぼーっとしている優男に聞くといい。あいつはあれでも生徒会長だからな」
「榊さんですね、わかりました」
来栖は笑顔でうなずき、僕の方を見て会釈した。
僕も彼女を“見る”。透視だ。皮膚、筋肉、骨を越え、臓腑と脳を観察するためだ。詳しい人間性は話して、反応を“見なければ”分からないが、大体の人柄は分かる。
心臓の鼓動は正常、非常にリラックスしていて、まったく緊張を感じてない。脳も同じ……。
こいつ、見た目にはんして肝が据わっている。人は普通、多数の人の目に晒されれば多少緊張するものだ。
僕は心の中で舌打ちした。こういうやつは、えてして一筋縄ではいかない。
厄介な奴が入って来たな。クラスメイトと話す来栖を見て、そう思った。
「さて、ホームルームを始めるぞ。まずは――」
ガンッ!
「なに鼻の下伸ばしているのよ……!」
リーナがまた椅子を蹴ってきた。今度は威力が高い。
どこをどう見たから僕が鼻の下を伸ばしているように見えるのか。
僕はため息をつく。わずらわしい。でも、僕にとって必要なもの。壊されるわけにはいかない。僕という化け物を守る盾だから。
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