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現代魔王は滅びない  作者: イズミナオト
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現代魔王は滅びない


それは鮮烈な記憶。

悲しい事故であった。

そして、命の授業のはずだった。

とある動物園の一角、そのふれあいコーナーで命がこぼれ落ちる瞬間を見た。

薄く灯る蒼い光。それが掌に乗る小さなネズミから立ち上っていた。

赤い目が飛出し、舌が斜めに垂れた無様な死体とはかけ離れた美しい光景だった。

弱冠三歳の僕は、誤って握りつぶしたそれをとうに忘れ、命に魅せられた。

息を荒く乱し、穴が開くほど視線を集中させる。

なにを勘違いしたのか、慰めてくる従業員も、親も鬱陶しかった。

一つの生命が生み出す最初で最後の芸術を魂に刻まんとただ凝視する。

しかし、至福の時は、唐突に終わりを迎えた。

蒼い光が徐々に薄れ、天に昇っていくのだ。


「あ、だめ!」


幼い頃の僕はなにを思ったのか、口を大きく開けて――食べた。

今思えば、命を逃がさないためだったのだろう。

綺麗な宝石を独り占めするように噛みしめ、溢れ出る血を呑み込んだ。

純粋で、邪悪。誰しも通る道の途上にあった僕は、泣いていた。

痛かった。

悲しかった。

心に受けた衝撃があまりにも大きかったから。

そして、可笑しかった。

理由は分からない。でも、小さくうつむきながら笑った。血に塗れた口で。


「ひっ……!」


その悲鳴が従業員だったのか、親だったのか。それとも両方だったのか、覚えていない。

僕は、ゆっくりと顔を上げる。瞳には世界がよく”見えた”。


その日、僕は超常の力、俗に言う超能力に目覚め――数か月後、山奥のキャンプ場への道中で捨てられた。



これは、後に魔王と呼ばれる男の物語である。





街の外れにある廃工場、そこは有名な暴走族が溜まり場としていた。

しかし、今は多くの不良たちが死屍累々と倒れていた。


「この化け物が!」

「ひどいな、僕はれっきとした人間だよ」


僕は鉄パイプで殴りかかってくる男を右へ、左へと躱して、軽く背中を押した。


「がッ……!」


男はまるで鈍器で殴られたように膝をつき、吐しゃ物をまき散らしながら蹲る。

その姿はあまりに滑稽だった。ただ、忍耐力だけは大したものだ。

男の体に駆け巡る痛みは、普通の人間なら気絶してもおかしくない。現に他の不良たちは地面に転がっている。意識を保っているだけでも優秀だ。流石は暴走族のリーダーといったところか。

僕は、男の側にしゃがみ込んだ。


「ねえ、なんで不良なんてやってるの? その痛みに耐えられるくらいの力があるなら普通に部活とか勉強すればいいのに」

「うるせぇッ……!」


男は懐に隠していたナイフを取り出して、切りかかってきた。

それを僕は余裕を持って躱す。すべて”見えていた”。

男がナイフを隠し持っているのも、男が乾坤一擲とばかりに切りかかってくる未来もなにもかも。


「しょうがないなぁ……もう少しだけ痛い思いをしてもらうよ」


僕は男の皮膚、筋肉、骨、臓腑、体を巡る気に至るまで透視し、もっとも脆い場所を見つけ出した。

左の鎖骨、過去に折れたことがあるのか、筋肉や骨が少し歪で気の巡りが悪い。

僕はそこを突く。

指を曲げ、突き刺した。


「あああああァァァ!!」


男は雷に打たれたように体を震わせ、やがて泡を吹いて倒れた。

この世のすべては弱点を抱え、それを一撫でされただけでも甚大な被害を受ける。

それは物も人も変わらない。あっけないものだ。


「さてっと、手早く仕事をすませようかな」


僕は倒れた男の懐に手を入れ、不良に似つかわしくない子供じみた財布を取り出した。

もちろん、不良のものではない。


「ひい、ふう、みい……ちゃんとお金は入ってるね。これで依頼は完了だ」


僕は懐に財布を仕舞って、男をあらためて見る。

絵にかいたような不良だ。髪を赤く染め、じゃらじゃらとしたピアスをしている。

派手なドクロのアクセサリーは、貧相な体と相まってなんだか可笑しかった。

――こいつなら、こいつらなら誰も文句は言わない。

顔が自然と嬉々とした表情へと染まった。


「まったく、子供がお母さんにプレゼントを買おうと貯めたお金をカツアゲするなんて許せないなぁ……

正義の名の下もっと痛めつけないとね――」


僕は足を振り上げ、顔めがけて――


「優一!」


不良の顔の前でぴたりと足を止め、下した。


「はぁ……邪魔するなよ」


僕は軽く息を吐いて、振り返る。なにも悟られないように、温かみのある優しい笑顔を浮かべて。

工場の入り口、そこには1人の少女がいた。金糸の如く美しい髪に、サファイアを想起させる瞳。

その瞳からは強い意志が感じられる。整った顔の造形はだれもが湿ったため息を吐くだろう。

入り口から差し込む夕日に照らされるその姿は、まるで物語から出てきたお姫様で、僕の義理の妹だ。


「リーナ、こんな危ない所に来ちゃダメじゃないか。君になにかあったらお父さんとお母さんに顔向けできないよ」


リーナは無言で歩み寄ってくるが、徐々に速度を上げて、やがては走り始めた。

そして、勢いをそのままにとび蹴りをしてきた。

僕はもちろん見えていたので避ける。


「なんでよけるの!」

「そりゃあ、痛いのは嫌いだからね」


リーナは軽く顔を伏せて、体をふるふると震わせる。

僕の答えが気に食わなかったらしい。怒髪天を突くというやつだ。


「じゃあなんで不良のたまり場に乗り込んだの!? しかも、一人で! いくらあなたが強くたって人には限界があるの!」

「ははは、僕にもそれくらい分かるさ。彼らが強そうだったら大人しく引いてたよ」

「そういうことじゃない!」


少女とは思えない程の咆哮が工場内に響いた。

僕は思わず耳を塞ぐ。

鼓膜が破れるかと思った。

だけど、次に続いたのは、あまりにも小さな声だった。


「頼ってよ……。私じゃなくていい、誰でもいい。でも、一人で行かないでよ。

あなたがどうにかなっちゃうかと思ったじゃない……」


リーナは瞳を濡らして、ひっくと喉を鳴らし始めた。

うーん、参ったな。

僕はどうしていいのか分からず、頬を掻く。


「あーあ、泣かしちまったな会長」


工場の扉に手がかかり、錆びついた金属が擦れあう音と共にゆっくりと開けられた。

僕は、夕日がまぶしくて目を細める。

そこには対照的な二人の男がいた。

一人は筋骨隆々で、満面の笑みを浮かべ、もう一人は華奢で無表情。

髪色もまた対照的だ。黒と白。オセロみたいだ。


「よっ! 加勢に来たつもりだったんだが、ぜーんぶ一人でやっちまったみたいだな」

「だから言ったではありませんか。会長は人ではありません。我々常人が心配するだけ無駄です」

「蒼獅、宗士郎来ていたんだ」

「おーよ! リーナに頼まれてな! だってのに、こりゃねーぜ! 一人くらい残してくれたって――ってーな!? なんだよ、宗史郎!」

「あなたはバカですか。それに会長もです」


蒼獅の横腹をついた宗士郎は、はぁ、とため息をつくと、鋭い視線を向けてきた。

眼鏡から覗く紅い瞳は僕を咎めるように、ジッと動かない。


「いいですか? 会長には必要なかったかもしれませんが、我々を呼んだ副会長は、ただひたすらに会長を心配してました。まず言うことがあるのでは?」

「うーんっと、ありがとう」

「……」


宗士郎に言われた通り謝ったが、リーナに睨まれてしまった。

僕は助けを求めて宗士郎を見る。

すると、宗士郎は頭を押さえて、首を横に振った。

なんだか、打つ手なしと言われた気がした。


「わかった、分かったよ! 僕が悪かった! 次からはみんなにも頼るよ」

「……ない」

「ん? なに?」

「足りない!」


リーナは突然大声を出して、僕の胸ぐらを掴んできた。

これは避ける必要はないかなぁ、と思いながら大人しく捕まる。


「なにかあったらすぐに言って!」

「うん」

「私たちを置いていかないで!」

「うん」

「帰りにアイス奢って!」

「うん? うん」


リーナはようやく満足したのか、僕を手荒に離すと入り口に向かって歩き始めたが、途中で立ち止まると、振り返った。


「行くわよ、遅くなるとパパとママが心配するから」


リーナは指で涙を払い、すん、と鼻を鳴らす。

どうやら許してくれたみたいだ。

っと、強い衝撃が背中を襲った。

蒼獅と宗士郎だ。


「ったく、やけるじゃねぇか! リーナは会長のことが大好きみてぇーだな! あっはっはっはっ!」

「鈍すぎますよ、会長。副会長は武術の達人とはいえ、一人の乙女。細心の注意を払わねばいけません」

「確かにその通りだね。今度からそうするよ」

「ち、違うからーー! そういうのじゃないからー! 私はただ家族として――」


素早く戻って言い訳を始めるリーナにみんな笑みをこぼした。



「また困ったことがあったら僕に言ってね、必ず助けるから」

「お兄ちゃん、ありがとう!」


盗られた財布を取り戻した少年は、輝かんばかりの笑顔と共にお礼を言った。

その頭を青獅が乱暴に撫でる。


「おう、坊主。もう日が暮れる。あぶねーから俺と、そっちの白い兄ちゃんが送って行ってやるからな」

「こう見えてもそこそこ強いので、安心してください」

「うん!」


少年は青獅と宗士郎に手を引かれて帰って行った。

僕はそれを笑顔で手を振って見送る。

そんな僕の隣にリーナが並んだ。


「優一って昔から正義感強いよね」

「そうかな?」

「そうよ、私も、みんなもあなたに助けられたじゃない。いろいろ無茶だけど……」


リーナは思い出したのか、一瞬不機嫌になったが、すぐに戻って小さな笑みを浮かべる。


「私、優一の妹で良かった。ありがとう」

「ははは、照れるな。僕もリーナが妹で良かったと思ってるよ」

「……! 私たちも帰るわよ!」


リーナはそう言って、足早に歩いて行った。

僕もその後を頭をかきながら追う。


「まったく――」


可愛くて、優しくて、自慢な……鬱陶しい妹だ。


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