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第九話 ライアンからの勧誘

 ユウトと水樹はバナナ園に戻った。


 バナナ園ではユウトたちが街に行く前から、腐ったバナナの廃棄作業と枯死した木の伐採をしていた。だが、作業は終わっていなかった。


 バナナ園に戻った時には水樹の秘儀石が使えるようになっていた。

 ユウトの秘儀石はまだ使えなかった。


「なんで、僕の秘儀石の使用間隔は水樹さんのより長いんだろう?」


 水樹が明るい顔で慰める。


「秘儀石は慣れると使用間隔も短くなるわ。それと、起こした奇跡によって次に使えるようになるまでの間隔も違うのよ」


「脅威モンスターが最後の力を振り絞った異界化を解除したからなあ。簡単には再使用できないか」


 水樹が秘儀石の力を使う前に訊く。

「先にユウトの右肩を治してもいいのよ」


 猿の脅威モンスターにやられた右肩は、水樹の治癒魔法でも完全に治らなかった。

「いいんだ。僕の肩よりバナナ園の従業員の生活だよ」


 水樹が優しく微笑む。

「わかったわ。なら、バナナの木から治すね」


 水樹は秘儀石の力を使った。

 バナナ園に空に向かってピンクの光の柱が立ち上る。


 柱が天に到達すると、光の雨を降らせた。

 水樹が明るい顔で告げる。


「これで、生き残っているバナナの木は救えるわ」

 腐ったバナナの処分と、完全に死んだバナナの木の伐採は、かなり手間が掛かる作業だった。


 ユウトと水樹も作業を手伝った。

 だが、完全ではない右肩と左手では、なかなか作業が思うようにいかない。


 ミッキーが困った顔で、おずおずと頼む。

「ユウトさんは作業監督なので、監督をしていてください」


(これ、俺は邪魔だな。迷惑を懸けないようにしよう)


 筆は使える。なので、日々どんな仕事をしたか、バナナ園のバナナの木はどうなのか、記録を付けた。


 食料は食べられるバナナがあったので、もったいないので食べた。

 バナナ園の従業員の目利きは、確実だった。


 食べられると判断したバナナは、食べても腹を壊さなかった。

 水樹も笑顔でバナナを食べた。


「やっと、新鮮なバナナを食べられるわ」

「ここには、バナナしかないけどね」


「いいでしょ。食べないで腐らせるより、よっぽどいいわ」


 探すと、食べられるバナナが想像以上にあった。


 バナナ園の手入れの傍ら、加工品の製造も始めた。ただ、酒を造って、またなくなると困る。なので、最初はもっぱらバナナ・チップス中心にした。


 ユウトがバナナ園に戻ってから、二週間後。二人の護衛を伴って、馬に乗ったライアンがやってきた。


 護衛の一人は茶色の髪をした大柄な壮年の男。名はガイウス。顔はいかつく四角い。歴戦の傭兵のような顔をしていた。


 ガイウスは鎖鎧の上から胸当てをして大きな剣を背負っていた。ライアンからは「副長」と呼ばれていた


 もう一人は小柄な女性で、名は梓。梓は黒い短い髪をしており、丸顔。年齢は水樹やユウトと同じくらい。梓は厚手の服の上からリングを連ねたリング・メイルを着て双剣を武器にしていた。


 ライアンはミッキーに事情を聞き、ユウトの作業記録を確認する。

 夜になると、ライアンはミッキー、ユウト、水樹を監督者の家に集めた。


 皆が四角いテーブルの回りにある粗末な椅子に座る。

 ライアンが厳しい顔で口を開く。


「バナナ園の今後だが、来年まで様子を見ようと思う」


 ミッキーがほっとした顔をする。

 ライアンは、ぴしゃりと釘をさす。


「断っておくが来年の収益が悪いと、売却か閉園があるからな」

 ミッキーは有り難がって頭を下げた。


「ライアンさんにはよくしてもらっています。売却や閉園にならないように、努力します」

(なんだ、ミッキーさんはライアンさんに恩義を感じているのか。ちょっと意外だな)


 ミッキーは安堵して家から出て行った。

 ライアンはユウトの書いた記録を取り出して、テーブルの上に置いた。


 ラインは冷静な顔でユウトを褒めた。

「ユウトくん、きちんと作業記録を付けてくれたようだな。しかも、字は読みやすい」


「作業監督ですから、どんな作業をしたか記録を残さないと、わかりません」


「前回は君を評価しないと判断した。だが、記録を付けてくれたのはありがたい。前の男は作業記録を残さず、バナナ酒ばかりを飲んでいた怠けものだったからな」


「それは大変でしたね」

 ライアンは素っ気ない態度で勧める。


「君は冒険者を辞めたほうがいい。バナナ園の監督者に常勤で勤める気はないか?」

 幸い秘儀石の力がある。傷はいつか癒える。冒険者を辞める気は全くなかった。


「僕は冒険者です。まだ、僕の冒険の旅は始まってすらいません」

 ライアンは引き止めなかった。


「そうか。残念だ」

 ライアンは澄ました顔で水樹に向き直る。


「水樹さんには、世話になった。バナナの木を救ってくれたおかげで、従業員たちの生活は何とか守れそうだ」


 水樹が毅然とした態度で言い返した。


「私はライアンさんを儲けさせるためにバナナの木を救ったのではありません。従業員さんを救いたいと願うユウトの心意気に応えただけです」


「手厳しいな。どうだろう、水樹さん。バナナ商会に来ないか?」


 当然の勧誘だと思った。水樹とはいつまでも一緒にいられるわけではない。

 いつか別れが来る。だが、目の前に別れが迫ると、辛くあった。


(どうせ僕は、誘われはしない)

 水樹はむっとした顔で言い放つ。


「バナナはもう充分に食べました」

 ライアンは冷静に説明する。


「名前はバナナ商会だが。バナナ商会の実態は冒険者の寄り合い所帯だ。クランと名乗ったほうがいいかな」


(バナナ商会は商売がメインではなく、クランだったのか驚きだな)

 クランとは、一定の理念や目的の下に集まった冒険者の団体を指した。


 水樹も気になったのか、尋ねた。

「バナナ商会って、どんなクランなんですか?」


「結びつきの緩いクランだ。団員が冒険から足を洗わなければならなくなった時のために、バナナの販売事業をやっている。僅かだか、怪我をした時に生活の保障などもしている」


(バナナ園の儲けは団員のために使っていたのか。なら、利益にシビアにもなるな)

 水樹がライアンの言葉に困惑して、確認する。


「冒険者を止めた時に冒険者がバナナ園で働けるように、バナナ園を所持している、と?」

「私はクランでバナナ販売事業をやることで、冒険者を助けたい」


 ユウトは胸に湧いた疑問をぶつけた。

「もしかして、ここの従業員は元冒険者ですか?」

 

 ライアンはさも当然のように語る。


「まだ、冒険者から従業員になった人間は、いない。ただ、彼らも事情があって行き場のない人間だ。私は彼らを安く使うことで利益を上げている」


(理念はいい。だが、そんなに世の中が上手くいくだろうか)

 水樹が真剣な顔で尋ねる。


「バナナ商会に私を誘う理由は、秘儀石使いだから、ですか?」


「そうだ。秘儀石使いを一人はバナナ商会に入れておきたい。秘儀石の使いを他のクランから借りると、高く付くからな」


(人をものみたいに言って、水樹さんは断るな)

「いいです。条件があります。ユウトと一緒なら、バナナ商会に入ってもいいです」


 ユウトは驚いた。ライアンも驚いた。


「ユウトくんはすでに、右肩と左手になんらかの障碍(しょうがい)を負っている。入団前の障碍に関しては、バナナ商会の補償は受けられない」


 水樹は堂々と宣言した。

「ユウトの怪我は私が治します」


「秘儀石の力か。秘儀石の力なら治るだろう。だが、君はユウトくんにどうしてそこまでしてあげる?」


 ユウトの知りたい答えをライアンが代わりに訊いてくれた。

「惚れたからです。女が惚れた男のために尽くすのは、いけないことですか」


 胸が高鳴る。嘘かもしれない、とは思った。

 だが、それでも、水樹にまったく気持ちがなければ出ない言葉だと思った。


 感謝と愛情の間でユウトの心は揺れた。

 ライアンは冷静だった。少しばかり皮肉るように発言する。


「恋愛感情ね。恋はいずれ冷める。ユウトくんの元を水樹さんが去った時、私はユウトくんをバナナ商会から追い出すかもしれませんよ」

 

 水樹は頑固に主張する。


「たとえ、死がユウトと私を引き裂いても、ユウトはバナナ商会から追い出されたりしません」

「なぜ、そう、思うんですか」


「ユウトは立派に役に立つ男だからです」


 照れを通り超して感動した。十六年とちょっとの人生だが、親を除いてここまで期待された経験はなかった。ユウトはこの時、水樹に好意以上のものを明確に感じた。


 ライアンは真剣な顔で即決した。


「わかりました。新たな監督者をバナナ園に派遣しましょう。ユウトくんと一緒に冒険者としてバナナ商会に来てください」


 一冒険者として活動するより、クランに所属している冒険者のほうが制約を受ける。

 ただ、制約に応じたメリットもある。大きな仕事を受けられる。信用もされる。


 だが、ユウトにとっては、水樹との出会いが何物にも代え難たかった。

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