第八話 バナナ園の行く末
脅威モンスターが倒されて一日が経った。だが、ミッキーに元気はなかった。
ミッキーが暗い顔で報告に来る。
「他の従業員と手分けして、被害状況を詳細に調べています。ですが、絶望的な状況です。生っていたバナナの九割以上が腐っています。木も枯死寸前のものがほとんどです」
「造っていたバナナ酒やバナナ・チップスはどうですか?」
ミッキーが力なく首を横に振る。
「酒はいつのまにか全てなくなっていました。バナナ・チップスは、そっくり残っています。バナナ・チップスの品質には問題ないです」
「無事だった商品はバナナ・チップスだけか。残らないより良かったけど、痛いな」
ミッキーが不安な顔で、おずおずと尋ねる。
「このバナナ園は、どうなるんでしょう。閉園になるんでしょうか?」
「何とも答えられませんね。バナナ商会のライアンさんの判断待ちになるでしょう」
ミッキーは縋るような顔で頼んだ。
「お願いします。バナナの木は全てが死んだわけじゃない。萎びた木とて、来年にまたバナナを収穫できるようになります。どうか、バナナ園を見捨てないでください」
水樹も弱った顔で頼む。
「私からも、お願い。バナナ園を見捨てないで」
(頼まれちゃったよ。これ、ライアンさん、何て判断するかな。利益に厳格な人みたいだったからな)
「僕からも、見捨てないようには頼みますけど。難しいかもしれませんよ」
来た道を水樹と一緒に戻る。だが、明るい話題は出なかった。
ラザディンに着いた。ライアンがいるバナナ商会に向かう。
バナナ商会は、ラザディンの街の旧市街にあった。場所は新市街と旧市街を結ぶ城壁の近くだった。
バナナ商会は旧市街にあっては珍しい三階建ての建物だった。敷地面積は二百㎡と狭い。
ドアを開けると、受付カウンターと小さなロビーがあった。
奥には四角い部屋がある。奥の部屋の広さは三十㎡ほどなので、簡単な商談は奥の部屋でするのだろう。
受付近くの椅子には一人の若い女性が座っていた。女性は金色の髪をして、優しい微笑みを湛えている。服装は白と紫のワンピースを着ていた。
「ライアンさんの依頼でバナナ園に監督として派遣されていた、ユウトです。バナナ園が大変な状況になっていました」
女性の表情が曇る。
「わかりました。ライアンを呼んできます。こちらでお待ちください」
奥の部屋に通された。奥の部屋は、机と背凭れのある椅子があるだけ。会議室のような部屋だった。
二分ほどでライアンが部屋に現れた。
ライアンが水樹を見て、ユウトに尋ねる。
「私が雇った監督者に女性はいない。そちらの方は?」
「こちらは水樹さん、僕が個人的に雇った護衛です。今からお話する話の証人でもあります。バナナ園が大変な事態になっていました」
ライアンからは水樹を歓迎しない空気が漂っていた。
「証人とは穏やかではないね。では、聞かせてもらおうか。大変な事態とやらを」
ユウトはバナナ園に脅威モンスターがいた事実を話した。
また、脅威モンスターのせいでバナナが壊滅的な打撃を受けた点も強調した。
ただ、ユウトが秘儀石を使った事実は伏せておく。
ライアンは渋い顔をしてユウトの話を聞いていた。
話を聞き終わると、ライアンはユウトに尋ねる。
「脅威モンスターがいた事実を認めるとしよう。脅威モンスターが、最後の力を使ってバナナ園に打撃を与える。何のためだ? 私はそんな猿に恨まれる覚えはない」
(異界に閉じ込めて僕たちと従業員を渇きで殺すため。だけど、正直に話すと、どうやって異界から脱出したのかの話題になるな)
水樹が真剣な顔で口を出した。
「脅威モンスターは、私たちを異界に閉じ込めました。飢えや渇きで殺すためでしょう。ですが、私には秘儀石の力があります。秘儀石の力で危機を乗り切りました」
ライアンが眉間に皺を寄せて疑う。
「水樹さん、貴女は秘儀石使いだと仰るんですか?」
水樹は堂々とした態度で返す。
「献身持ちの秘儀石使いです」
ライアンが水樹の言葉を確かめるために、じっと水樹を見つめる。
「水樹さんの言葉の通りなら、ユウトくんの話も理解できる。だが――」
ライアンは一度、言葉を切ってユウトに厳しい視線を向ける。
(僕の説明を疑ってきたか? さて、どうやって、僕の秘儀石の能力を隠して切り抜けよう?)
ライアンは疑いの目で、ユウトを見る
「理解できない話もある。秘儀石使い、それも一人で脅威モンスターに勝てるなら、護衛の報酬はさぞ高いはず。私はそこまでの報酬をユウトくんに提示していない」
(あ、そっちか)
「水樹さんの報酬は、バナナ食べ放題って約束で護衛に付いてもらいました」
ライアンは呆れ顔で尋ねる。
「君は、私を馬鹿にしているのかね?」
水樹が真顔でライアンに意見する。
「本当です。私は新鮮なバナナが食べたかったんです」
ライアンは目を数回、ぱちくりさせる。
「なるほど。これは、証言がないと信用できない話だな」
ライアンが苦い顔で水樹に向き直る。
「水樹さん。秘儀石の奇跡の力で、バナナ園のバナナの木を戻せませんか?」
水樹は弱った顔で説明する。
「腐ったバナナは戻りません。また、死んだバナナの木の蘇生もできません。ただ、木がまだ生きているなら、元気を取り戻させる術が可能です」
「種から木に急生長させる奇跡は可能ですか」
水樹はいい顔をしなかった。
「できるかもしれません。ですが、反対です。無理に生長させた木はすぐに枯れるでしょう」
ライアンは苦い顔で質問を続ける。
「秘儀石の力でバナナ園の木は、どれくらい救えると思いますか」
「秘儀石は連続で使えません。再使用の間に枯死していく分を考えても、三割も救えれば、いいでしょう」
ライアンの顔に苦悩の色が浮かぶ。ライアンは明らかに困っていた。
「三割、たった三割か」
閉園の話が出そうなので、お願いする。
「バナナ園ですが、従業員は努力するから閉園は待って欲しいと頼んでいました。僕からも、お願いします」
ライアンが不機嫌にユウトをチラリと見る。で、水樹に視線を戻す。
「あともう一つ、お聞きしたい。秘儀石の力でバナナ園を救ってもらうのに、いくら必要ですか?」
水樹は背筋をぴっと伸ばして答える。
「お金は要りません。ただ、努力したユウトを評価してください」
ライアンは、むっとした顔で拒絶した。
「評価はできない。ユウトくんは努力した。だが、結果はバナナ園のバナナの全滅。高価なバナナ酒も全てなくなった。木にいたっては、七割を伐採しなければならない」
水樹真剣な顔で抗議した。
「でも、ユウトがいなければ、誰も助からなかった」
ライアンは冷たく異を唱える。
「ユウトくんは、できないのなら、詳細を冒険者ギルドに報告して仕事を断るべきだった。そうすれば別の誰かがバナナ園を救ったかもしれない」
水樹は冷静な顔で言い放つ。
「そんな言い方って、酷い」
ユウトは、ライアンから評価してもらえない可能性をわかっていた。
だが、水樹が思った以上にユウトを評価してくれたので嬉しかった。
喧嘩になる前に、ユウトは割って入る。
「いいんだ、水樹さん。どうせ、僕は使えない奴って評価なんだよ。これ以上に僕の評価が落ちる状況にはない。それより、バナナ園を助けてあげてくれないか」
水樹は浮かない顔で確認する。
「ユウトはそれでいいの?」
「被害を受けた場所はバナナ園。困っている人間は従業員だ。それに、バナナ園を経営しているライアンさんだって、大損害を被った。バナナ商会にも従業員はいる」
水樹はライアンをきっと睨むと、啖呵を切った。
「わかったわ。雇われたついでよ。タダで、バナナの木は治療してあげるわ。さあ、もうこんな場所には、いたくないわ。さっさとバナナ園に行きましょう」
水樹が怒って部屋を出て行く。ライアンに一礼して水樹を追った。
街で保存食を買い足して、バナナ園に向かう。
水樹はその日、ライアンに対して怒っていた。
でも、ユウトはユウトのために怒ってくれる水樹の態度が嬉しかった。




