表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

第五話 バナナ園の異変

 八日目の昼。バナナ園が見えてきた。バナナ園はバナナの木に囲まれていた。

 緑色や黄色のバナナが、たわわに生っている。水樹が手を出そうとしたので注意する。


「待って。まだ手を出さないで。バナナ園の人間の無事を確認してからだよ」

 水樹が、がっかりした顔で手を引っ込める。


「美味しそうなんだけどな。このバナナ」

 バナナの木の間にできた道を進む。


 半円の屋根を持つ、工房のような大きな建物と、二十軒の家が見えた。

 バナナ園は静かだった。


「やはり、おかしい。静かすぎる」

 水樹が険しい顔で指摘する。


「見て。人がいるわ」

 軒先でぐったりした男性がいた。


 武器を携帯しておらず、軽装なのでバナナ園の従業員だと思った。

「おい、大丈夫か。しっかりしろ。何があった」


「あ、うっ、と」と男が呻く。

 空が急に暗くなった。


 見上げれば、湧き出すような黒雲が、バナナ園の上空を覆っていた

 水樹が怖い顔で叫ぶ。


「異界化よ。私たちはバナナ園に閉じ込められたわ」

 時間にして二十秒足らず、逃げ出す暇はなかった。


(異界化か。まずいな。これは、脅威モンスターか上級妖魔がいるぞ)

 異界化能力を持つなら、強敵である。


 なぜなら、異界化能力は脅威モンスターの男爵クラスでも所持するのは三割。

 異界化能力を所持する男爵級の三割は、子爵級に近い力を持つ男爵級である。


 男がぼんやりと目を開く。

「駄目だ。疲れちまって、力が出ない。助けを、助けを呼んで来てくれ」


 ユウトは尋ねる。

「僕たち以外にも、ここを訪ねてきた人間がいたはずです。そいつらは、どうしたんです?」


 男は苦しげな表情で答える。

「他の人間? わからない。体が、体が、どうしようもなく辛いんだ」


「代わって」と水樹が男の体を支える。水樹は治癒の魔法を試みた。

 男の表情が和らぐ。


「ありがとう。少し楽になった。俺の名はミッキー。このバナナ園の従業員だ」

「他の従業員はどうしたの?」


 ミッキーは疲れた顔で語る。

「皆、謎の疲労感に襲われて、動くのもやっとの状態だ。どうにか、家で休んでいる」


 ユウトは気になったので、尋ねる。

「バナナ園は外界から隔絶されています。水は井戸水があるとして、食料はどうしているんです?」


 ミッキーが当然だの顔で伝える。


「バナナだ。ここには豊富なバナナがある。バナナ・チップスも作っている。バナナを食べて生きている。バナナさえあれば、飢え死にはしない。ここのバナナは、とても甘くて美味しいんだ」


 周りを見渡せばバナナだらけだった。

 熟れたバナナも、未熟なバナナもたっぷりと成っている。


(バナナは豊富にある。乾燥させたバナナ・チップスもある。三ヵ月は飢え死にする事態にはならないだろ)


 だが、ここで疑問も湧く。


(異界化は自然に起きる現象じゃない。脅威モンスターの仕業だ。だが、脅威モンスターは、なぜバナナを残したんだ)


 バナナ園の従業員を苦しめるために、あえて食料になるバナナを残した。

 考えられなくはない。だが、脅威モンスターには別の意図がある気がした。


 二人で家を見て回った。

 ミッキーの証言した通りに、家では疲れ切って、ぐったりした人が多数いた。


 大人から子供まで数は三十人以上。

 だが、死んでいる人間は、誰もいなかった。


 また、ユウトの前に派遣された冒険者の姿も見当たらなかった。

 家を確認したので、工房を調べる。工房の扉を開けると、バナナの甘い匂いがした。


 工房の中では酒造りとバナナ・チップス作りが中断されていた。

 地面を調べる。死んだ蝿がいた。


 窓を開ける。窓にはしっかりと目の細かい網戸がしてあった。

 網戸の下には、死んだ蝿が落ちていた。


 ユウトは一つ気になった。


「おかしいと思わないか? バナナはこんなに甘い匂いがする。なのに、生きた蝿が、一匹もいない。網戸にすら蝿が止まっていない」


 水樹が思案しながら語る。

「それは、異界化の影響でしょうね。異界の環境に蝿が適応できなかったのよ」


「温度も湿度も問題ない。それに、餌になるバナナもあるのに?」

「指摘されれば、人間が生きていて、生きた蝿が一匹もいない状況は、妙ね」


 水樹が急に工房の入口に向かって振り返った。

 扉は閉まっている。水樹が険しい顔をして工房の入口に走って行き、扉を開ける。


 ユウトも後も追う。

 水樹は扉の外で怖い顔をして辺りを見回していた。


「どうしたの、水樹さん、何があったの」

「今、誰かが工房の内を見ていた」


 ユウトは視線を感じなかった。また、工房の扉も閉まっていた。

 建物内を透視する魔法は存在する。だが、透視の魔法は、一介の村人には使えない。


 怖い顔のまま、水樹は持論を語る。

「このバナナ園には、少なくとも騎士級脅威モンスターがいるわ」


 異界化を見た時点で、予想はしていた。

 僧正の筆があれば切り抜けられた。だが、今は小筆と剣しかない。


(右手が使えるから、魔筆の術は使える。騎士級なら、ぎりぎりどうにか行ける。男爵級なら、まずいな。でも、異界化能力って、男爵級以上が使う能力だぞ)


 剣は当てにならない。使えたとしても、左手が不自由なら、うまく握れない。

 それに、剣は安物。とうてい、脅威モンスターには通用しない。


(いざとなったら、秘儀石で異界化を一時的に解除するか。左手を治さなくて正解だったな)


 異界化を解除できたら、水樹と一緒に逃げられる。だが、外にバナナ園の詳細な情報を持った人間を逃がしたと知ったら、脅威モンスターがどう出るか。


 バナナ園を焼き払う。さらに、女子供も含めて人間を皆殺しにする可能性があった。

 脅威モンスターの悪行を許せば、依頼は失敗で、三十人以上の人間が亡くなる。


(何か、前回の地下遺跡の時といい最近、こんなのばっかりだな)

 水樹が決意の籠もった顔で告げる。


「こうなったら、バナナ園に巣くう脅威モンスターを排除しましょう」

 水樹の本当の実力は知らない。


 だが、木に拳で跡を付けるくらいでは正直、厳しいと思った。


「異界化は騎士級脅威モンスターには不可能だよ。ここにいるのは男爵級、しかも子爵に近い力を持っている。無理だよ」


 水樹はユウトを叱った。


「ユウトは男でしょう。無理とか、弱音を吐かないの。それに、異界化していても、男爵級がいるとは限らないのよ。ここは、脅威モンスターの荘園よ」


 水樹の指摘したい内容はわかった。


「つまり、異界化させた領地に組み込んだ脅威モンスターは男爵級か子爵級。でも、守っている脅威モンスターは騎士級って状況かい?」


「そうよ。上位の脅威モンスターは、自分の支配領域を下級の脅威モンスターに守らせる状況が、よくあるのよ」


「ちなみに根拠は何? あれば聞かせて欲しい」

 水樹はむすっとした顔で説明する。


「私が気配を察知できたからよ。男爵級や子爵級だと、こう簡単には行かない」


「でも、水樹さんの説明だと、察知できた騎士級が一体。察知できない男爵級が一体。合計で二体がいる可能性も、あるよね」


 水樹はむすっとした顔のまま、さらっと発言した。

「滅多にないわ。脅威モンスターは支配領域に一体が基本なのよ」


 水樹の意見は聞いた覚えがなかった。

 だが、主張されれば、侯爵級脅威モンスター・ターベワンのいた遺跡でも他の脅威モンスターを見なかった。


(僕は脅威モンスターの専門家じゃないからな。水樹さんに、こうだ、と指摘されれば、そうかもしれない)


 水樹は胸を張って自慢する。


「それに、私には、とっておきがあるのよ。私は献身持ちなの。依頼人のユウトは大船に乗った気で任せておきなさい」


 秘儀石使いは対応する秘儀石に応じて、〇〇持ちの言い方をする。

 献身持ちなら、水樹は献身の秘儀石を使える。


 手持ちの秘儀石が二つなら、村人を救える気がした。

「秘儀石使いだったの、水樹さん!」


 水樹がトーン・ダウンして、苦笑いして告げる。

「うん、でも、ユウトと使う前に秘儀石の力を使ったから、再使用待ちだけどね」


 重要な情報なので、声を潜めて訊く。

「再使用可能になるまで、どれくらい?」


 水樹がさりげなく小声で重要な事項を告知する。

「一日か、二日よ」


(ここに来て、一日か二日は微妙だな。おそらく、この間に事態は動くぞ)

 ユウトは、ここで思い直す。


(待てよ。先ほどの献身持ちの話が脅威モンスターに聞こえていたら、どうか。迂闊に手を出して来ないかもしれない。そのうちに、水樹さんの秘儀石が使用可能になれば、行けるな)


 水樹の秘儀石が可能になる。当然、脅威モンスターは水樹に秘儀石を使わせる。

 そうして、秘儀石の奇跡はもうない、と脅威モンスターが油断したら、どうか。


(僕の秘儀石を温存すれば、不意打ちからの逆転が成功するな)

「わかった。やれるところまで、やってみよう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ