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第三十話 休日と薬売り

 ラザディンの街にお祭りの日が近づいてきていた。

 お祭りは楽園の休日と呼ばれて賑やかなものだった。


 ユウトはお祭りに水樹を誘う気満々だった。

 バナナ商会に顔を出すと、イザベラから声を懸けてきた。


「ユウト、仕事があるんだけど、お願いできるかしら? バナナの運搬よ」

「バナナ・チップスではなく、バナナの運搬ですか?」


「そうよ。熔けたチョコレートバナナを覆ったチョコ・バナナを売るの。お祭りの時はチョコ・バナナが良く売れるのよ」


「バナナを運ぶのは、いいです。けど、祭りの日は休みたいんです。その日は祭りに行きたいです」

イザベラが少しばかり興味を示して訊く。


「あら? 誰かをお祭りに誘うのかしら?」

 隠してもばれるので、正直に答えた。


「水樹さんを誘って街を歩こうかと思いまして。水樹さん、お祭りは初めてでしょうから」

 イザベラは微笑んで、ユウトの願いを認めてくれた。


「いいわよ。それじゃあ、ユウトと水樹にバナナの運搬をお願いするわ。バナナを運んでくれたらお祭り当日は休みでいいわ。他の団員にチョコ・バナナ売りを頼むわね」


(よし、これでお祭りに行けるぞ)

「ありがとうございます。バナナの運搬は任せてください」


 二階に行くと、水樹とガイウスが話していた。

「水樹さん、お祭りの日に一緒に街を歩こう」


 水樹は躊躇いがちに切り出した。


「誘ってくれるのは嬉しいわ。でも、イザベラさんから、バナナ商会のメンバーはチョコ・バナナを売る仕事がある、って聞いたわよ」


「チョコ・バナナ売りの仕事なんだけど、バナナの運搬の仕事をこなせば、お祭りの当日は働かなくても良いって、イザベラさんが教えてくれた」


 水樹はまだちょっと渋った。

「でも、何か、私とユウトだけ当日に働かないのも、悪いかな」


 ガイウスが気の良い顔で勧める。

「イザベラが良い、と判断するなら、大丈夫だ。祭りを楽しんで来い」


「わかりました。なら、お祭りに行ってきますね」

 バナナの運搬は滞りなく終わり、祭りの当日になる。


 ユウトの手元には纏まったお金があった。

 金を使えば、劇場のチケットを買えた。ちょっとよい料理屋で食事も取れる。


 だが、ユウトはあえて、野外でやる旅一座の芝居小屋に水樹を誘った。また、食事も屋台で摂った。


(恰好を付けないほうがいい。今は金がある。だけど、いつまでも金があるわけじゃないからな。それに、水樹さんが気を使ったら困るし)


 水樹が楽しそうでなければ、計画の変更も視野に入れていた。

 だが、水樹は終始ご機嫌だった。


 祭りの夜には花火がある。空は晴れており花火が良く見えそうだった。

 花火の時だけ良い場所を取る。


 奮発して河に浮かぶ小型の屋根船に二人で乗った。

 色取り取りの花火が空を賑わせる。


 花火の後に、水樹が御機嫌な顔で語った。

「今日は楽しかったわ。色々な出し物を見せてくれて、ありがとう」


「来年もまた、お祭りに来られるといいね」

「そうね」と答えてもらえるとばかりに思った。


 だが、水樹はちょっぴり表情を曇らせて答える。

「でも、未来は、どうなるかわからないから」


(何だろう、水樹さん? 僕のプランがあまり楽しめなかったのかな? いや、でも、楽しそうに見えたけどな)


 祭りの日はそれで別れた。水樹は三日間バナナ商会に現れなかった。

 バナナ商会から宿屋に帰ると、宿屋の女将さんから声を懸けられた。


「ユウトさん、お客さんだよ」

「こんな時間に誰だろう」


 ロビーに行くと鼠の獣人がいた。鼠の獣人の歳は三十くらいで、灰色の毛並みをしていた。

 鼠の獣人は商人が良く着るクリーム色のワンピースを着て、丸帽子を被っていた。


 鼠の獣人が愛想良く話し掛けてくる。


「どうも、ユウトさん。私はジョージと言います。ちょっとばかり、商売のお話がしたくて、来ました。お食事まだでしたら、御馳走しますよ」


 ジョージの用件にはまるで心当たりがなかった。

「食事は食べましたが。どんな御用でしょうか?」


「ここでは、ちょっと」とジョージは意味ありげに笑い、言葉を濁す。

「なら、外に出ましょう」


 向かいの酒場がまだ開いていたので、入る。

 ジョージは個室があるか給仕に尋ねる。空いているとわかると給仕に金を握らせ個室に入った。


(人に聞かせたくない話がしたいのか。なんだろうな。でも、ここなら席を立てる場所だからいいか、宿屋も近いし)


 二人でノンアルコールのカクテルと軽い抓みを頼む。

 ジョージは改まって切り出す。


「突然、押し掛けて、すいません。私はクラン《命の霊薬》の副団長をしていますジョージ・エンゼルといいます。ジョージとお呼びください」


 ユウトはジョージを警戒していた。

「それで、ジョージさんは、どんな仕事の話をしたいんですか」


 ジョージは飲みながら簡単に言ってのける。

「簡単に言えば、引き抜きです。バナナ商会から《命の霊薬》に、クランを変更しませんか?」


 ユウトはおかしいと思った。

(僕に目立った功績はない。冒険者ギルドも、僕の評価は〝使えない奴〟だ。なぜ、そんな奴に引き抜き話を持ってくる?)


 ユウトは正直に断った。

「変更する気はないですね。今のクランは居心地がいいんですよ」


「そう、冷たく断らないで、考えとく、くらいの返事をしてもよいでしょう」

「事実はどう言い繕っても変わりません。それに、僕はそれほど魅力的な人材ではない」


 ジョージは真面目な顔して意見した。


「そうでしょうか? バナナ商会の団長さんは、ユウトさんを適切に評価しているとは思えない。ユウトさんはもっと評価されていいはずだ」


「評価が高くない状況は認めます。でも、最初はそんなものでしょう。後からゆっくり上げていけばいい」


 ジョージは真剣に説得した。


「私は評価とは時々適切にあるべきだと思います。ユウトさんはもっと自信を持ったらいい。うちなら、ユウトさんの魔筆の腕も秘儀石も、正当に評価しますよ」


(僕を引き抜きたい理由は秘儀石か)

 だが、疑問も感じる。情報の出所だ。


「僕が秘儀石使いだって、誰に聞いたんですか?」

 ジョージはしれっとした態度で話を進める。


「ある筋から、とだけ申しましょうか。秘儀石使いはなりたくてなれるものではありません。また、秘儀石の価値は戦闘に限らず高い。霊薬作りにも生かせるのです」


 秘儀石の力を霊薬に使えば、調合難易度が高い霊薬ができると聞いた覚えがある。


 クラン名が《命の霊薬》なのだから、ジョージのクランは霊薬を作っている。《命の霊薬》にしてみれば、条件を良くしても引き抜きたいところだ。


 ジョージが笑みを浮かべて畳み懸ける。


「バナナ商会からの脱退に金が掛かるのなら、命の霊薬で負担します。もし、支度金が欲しいのなら遠慮なく仰ってください。準備します」


 正直に心の内を述べる。

「でも、ライアンさんには拾ってもらった恩義がある」


 ジョージはさらりとユウトの意見を否定する。

「恩義で腹は膨れないですよ。条件だけでも聞いていったらどうです?」


「残念ですが、としか答えられません」

 ユウトは自分の飲み代を置いて席を立った。


 ジョージは引き止めなかった。

「そうですか。なら、気が変わったら、返事をください」


 翌日、バナナ商会の二階に行くと水樹がいた。

 二階のホールには水樹しかいなかった。


 水樹に挨拶すると水樹が沈んだ顔で語り掛けてきた。

「ユウト、私ね。引き抜きの話が来ているの。《命の霊薬》ってところ」


 水樹の顔を見て思った。

(水樹さん、迷っているな。《命の霊薬》に行く気なのか?)


 ジョージがユウトの秘儀石を知っていた理由がわかった。水樹だ。

 クランの移籍は冒険者には良くある問題だった。


 水樹の存在がどうでもいいなら、水樹の判断に任せたらいい。

 だが、ユウトは水樹と一緒にいたかった。


(僕も一緒に、バナナ商会を辞めようか?)


 元はと言えば水樹が誘われて、おまけで入ったクランである。最近は少し活躍したとはいえ、ライアンの評価が高いとは言えない。また、ライアンはユウトが秘儀石使いだとは知らない。


(水樹さんが抜けると発言したら、当然に慰留を求められるだろう。だが、僕が抜けると主張し出したら、どうぞご勝手にって、斬り捨てられるな)


 ライアンは冷たくユウトを放り出すかもしれない。だが、ユウトにも義理がある。


 とはいっても、水樹とは一緒にいたい。だからといって、バナナ商会をすぐに捨てる決断はできなかった。


「水樹さん、バナナ商会を抜ける決断はもう決定なの?」

「条件がいいから迷っているのよ」


 ライアンに待遇の改善を求める行為は簡単だ。水樹は秘儀石使いなので他の団員より待遇を良くしてくれるかもしれない。


 だが、水樹だけの待遇を良くすれば、他の団員が気分を悪くするかもしれない。

(待遇の格差が団員間の温度差を生めば、嫌な思いをするのは水樹さんだ)


「ライアン団長には相談したの?」


「したわ。別に引き止めはしないって。小さなクランから大きなクランに鞍替えする判断は、当人の意思に任せるそうよ」


 ユウトは苛立った。

(もう、何で引き止めないんだよ。団長だろう。水樹さんの気持ちを考えてやれよ)


 ユウトはここで自分の身勝手さに気付く。


(団長は悪くないか。団長はクラン全体を見渡して、水樹さんの判断に任せるって決めたんだ。要は僕がどうしたいか、だ)


「水樹さん、我儘(わがまま)を言って御免。僕は水樹さんと一緒にいたい。でも、少しとはいえ、お世話になったバナナ商会を捨てて水樹さんとは一緒に行けない」


 水樹が寂しそうな顔をする。

「好きだ、水樹さん。だから、僕と一緒にバナナ商会に残ってくれ」


 水樹が照れて顔を少しだけ反らす。

「わかったわ。ユウトがしっかり私を見てくれるのなら、私もユウトの傍にいる」


 水樹がじっとユウトを見る。ユウトは軽く水樹の唇にキスをした。

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