第三話 弱り目に祟り目
ユウトは当座の生活資金を得るために魔法のスクロールを売った。
スクロールを売った金が尽きる前に、きっと新しい仲間が見つかる。ユウトは軽く考えていた。
だが、一本目の魔法のスクロールを売った金が尽きても仲間は見つからなかった。
二本目の魔法のスクロールを売る。それでも、仲間は見つからない。スクロールは本来なら取っておきたかった。だが、金がない。ターベワンにやられた利き手の右手にも力が入らない。
両手がまともに動かない現状では、仕事を受ける気には全然ならなかった。
冒険に役立つスクロールは需要がある。需要のあるスクロールは買い取り価格が高く、需要のないものは安い。冒険に役立つスクロールは、あまり売りたくなかった。
だが、緊急脱出は別にして、便利なスクロールから売った
仲間に頼り切りになるつもりは、一切なかった。ユウトにはスクロールと秘儀石の力がある。
されど、スクロールはどんどんなくなり、秘儀石もすぐには再使用ができなかった。
金がなくなってくると、受ける気にはならない、なんて贅沢は言っていられない。
独りでできる簡単な仕事を請け負った。だが、両手に力が入らない。
筆なら持てた。だが筆より重い物は、思うように持てなかった。
服を着るのや、靴を履くのにももたついた。
当然のごとく簡単な仕事を、いくつも失敗した。
依頼人たちが口々に不平を漏らす。
「本当に何をやらせても駄目だ」
依頼人の評価が低いと、冒険者ギルドとしても仕事を斡旋できなくなった。
皿洗いや芋の皮剥きの仕事ですら来なくなる。
スクロールの店売りで、金を得る。でも、働けないので、金はどんどんなくなっていった。
魔筆なら使える、との思いは強い。
けれども、街の人の仕事で、魔筆を使う事態は起きない。
あまりにも仲間のなり手がいないので、ヒューゴに文句を垂れる。
「ヒューゴさん、僕を仲間に入れてくれるパーティ、まだ見つからないんですか?」
冒険に出られれば、魔筆が役に立つ。役に立てれば評価される。
ヒューゴはユウトを見ずに、ぶっきら棒に答える。
「悪いが、こればかりは縁なんだよ。良縁がないと、パーティは組めない」
「わかっていますけど。もう、かれこれ四週間以上ですよ」
ヒューゴは不機嫌な顔で意見する。
「悪いがお前の不運が、たった四週間で済むとは、俺には思えない」
かちんと来た。
「どういう意味ですか」
ヒューゴは素っ気なく説明する。
「世の中には験を担ぐ人間が意外に多い、って話だ。これは冒険者だけじゃない。依頼人だってそうだ」
ヒューゴの言いたい言葉は、わかった。
「まさか、僕が悪運を呼び込むとでも指摘するんですか」
「世間様は悪運憑きだとまで、指さして言わないさ。人の目があるからな。ただ、ユウトを仲間に入れると依頼人が嫌うだろう、と考える冒険者は多い」
「そんなの無茶苦茶だ」
ヒューゴは冷たく言い放った。
「無茶でも苦茶でも他人に厳しく己に甘いのが世間様だよ」
ヒューゴが正しいように思えた。
そこで、ヒューゴが顔を顰めて小言を言う。
「だから忠告したろう。転職を考えろ、って」
ユウトが言い返せないと、ヒューゴはすばすばと説教した。
「魔筆の腕がどれほど物か、俺にはわからん。他の奴らもわからんよ。だから、ユウトは海のものとも山のものともつかない、胡散臭い奴なんだよ。俺なら、背中を任せたいとは思わないね」
ここまで面と向かって批評されれば、引き下がるしかない
「わかりました。スクロールを書いて売りますよ」
ヒューゴは冷たく言い添える。
「そうしろ。冒険で一山当てようなんて考えるな。地道に生きろ」
ユウトに上位書体のスクロールを作成は無理だった。筆が悪い。魔墨が買えない。硯がない。良い紙も手に入らない。ないない尽くしでは、高級スクロールは書けない。
それでも、四週間休んだので秘儀石が再使用できる状態には、なった。部屋でこっそり秘儀石の力を使う。ターベワンに傷つけられた右手だが、さすがに秘儀石を使えば、治療はできた。
左手は、まだ駄目だが、右手は前と同じに戻った。
残った金で投資をして、硯、魔墨、スクロール用の紙を買った。
売れるであろう低位スクロールを書いた。
(よし、できた。これで、日々の生活費に困らなくなる)
だが、世の中は、そんなに甘くなかった。
ユウトが低位スクロールを書いて、店に持ち込む。
すると、採算割れの価格を告げられた。
店の店主に抗議した。
「どうして、そんなに安いんですか。前はもっと高かったはずです」
店主は冷たい態度で告げる。
「俺が今、告げた価格で売る奴が、いるからさ」
「いくら何でも、そんなに安くは、できないはずだ」
「いや、それが、できるんだと。ウィッチ商店にはね」
ウィッチ商店は聞いた覚えがあった。
魔法のスクロールの安売りで業績を伸ばしている量販店だ。
まさか、サラディンの街まで販路を広げて来るとは、思わなかった。
スクロールが売れない。正確にはウィッチ商店は低位魔法のスクロールしか作らない。
なので、上位書体で書いた高級スクロールなら、まだ売れる。だが、上位書体を書くには、良い筆が要る。硯も要る。魔墨も紙も、だ。
ユウトの懐には、そこまで設備投資ができる金がなかった。
(左手がまだ力が入らない。だから仕事は駄目。スクロールも売れない。ほんとうに、お先真っ暗だよ)
ウィッチ商店がまだ手を広げていない街に行く手もあった。だが、ウィッチ商店はどこまでも業績を伸ばしている。どこに行っても、やってくる可能性があった。
暗い気持ちで冒険者ギルドに行く。
冒険者ギルドに行っても悪評が祟って、仕事はない。
(縁あって仲間にしてくれる冒険者がいるかもしれない。スクロール中心でも一戦か二戦はできる。それで信頼できる仲間なら、秘儀石の秘密を打ち明けよう)
秘儀石の力をちらつかせて仲間になるなんて、汚いと思う。
だが、もう綺麗とか汚いとか選んでいられる状況では、なくなって来ていた。
冒険者ギルドの受付を潜ると、珍しくヒューゴがお客と揉めていた。
お客は身なりのよい緑色のシャツを着て、ズボンを穿いている。スラっと背の高い若い男性だった。
ただ、顔は豹で、肌も黄色に黒の斑点がある。種族は人間ではなくアーナンと呼ばれる豹人間の種族だった。
ヒューゴは男性を宥める。
「ライアンさん、ですから、仕事のやり手がいないんですって」
ライアンは怒っていた。
「なぜだ。給金も弾むし、前金も出す。ちょいと剣さえ握れれば、誰にだってできる簡単な仕事だぞ」
ヒューゴは弱った顔をしたところで、ユウトと目が合った。
ライアンがヒューゴの視線に気が付いて振り返る。ユウトの爪先から頭の端まで見る。
「いるだろう、冒険者が。もう、彼でいいよ」
ヒューゴは躊躇った。
「でも、ライアンさん。あいつは、本当に使えない奴なんですよ」
ライアンはヒューゴの言葉を無視する。
「君、名前は?」
「ユウトです。魔筆家です。簡単な仕事って、どんな仕事ですか?」
ライアンの後ろで、ヒューゴが苦い顔をして睨んだ。
(あれ? 何だろう? 訳ありの仕事か?)
ライアンが投げやりな態度で教えてくれた。
「仕事はバナナ園の監督だ。怠けている従業員を剣で脅して働かせる簡単な仕事だ」
(金に困っているけど、これは躊躇う仕事だな。下手すれば、善良な人間と斬り合いになるかもしれない。最悪、こっちが斬られるな)
ユウトは正直に答えた。
「そんな乱暴な仕事は、僕には無理です」
「剣で脅すは物のたとえだ。とにかく、バナナ園で従業員がやる気をなくして、働かなくなった。彼らをやる気にさせろ。もちろん、賃上げなしに、だ」
ユウトは断るかどうか、大いに迷った。
すると、ヒューゴがむすっとした顔で口を挟む。
「もう、仕事を選んでいる場合じゃないだろう。ウィッチ商会のせいでスクロールも売れていない。前金も出る話だから、ライアンさんの依頼を引き受けちまいな」
前金に心が惹かれた。
(従業員だって、人間だ。話せばわかってくれるだろう。それに、労働条件が過酷なら、ライアンさんとの交渉だって、僕にならできる)
「わかりました。やらせてください。バナナ園の従業員には、できる限り気持ちよく働いてもらいます。賃上げなしに」
ライアンは「ふん」と不機嫌な顔をして鼻を鳴らすと、帰って行った。
ユウトはライアンの背中を見送ると、ヒューゴに尋ねる。
「バナナ園の監督って、簡単な仕事なんですかね?」
ヒューゴは素っ気ない態度で告げる。
「さあね。でも、この仕事を十人の人間が引き受けた」
仲間がいると知ってほっとした。
「何だ、じゃあ、現地で先に行った人と合流すればいいんですね?」
ヒューゴは冷たい顔で突き放すように語る。
「十人は行方不明になっている。バナナ園からバナナ酒もバナナ・チップスが送られて来なくなってから、バナナ園から帰ってきた人間はいない」
「帰らなくなった人間が十人って、バナナ園で危険な事件が起きているでしょう。なぜ、早く教えてくれないんですか」
「教える前に、ユウトが引き受けただろうが。もっとも、ユウトが引き受けてくれたおかげで、俺は余裕を持って、異変を探るメンバーを探せるがね」
「そんな、酷い。こんなの捨て石だ」
ヒューゴは悪びれる態度もなく、カウンターに前金の入った袋を置いた。
「バナナ園で何か起ているは、可能性に過ぎない。十人は金だけ持って逃げ、本当に従業員が働いていないケースもある。俺はただユウトが無事に仕事を遂げ戻ってくる事態を祈るよ」
少量の銀貨が入った袋を拾う。ユウトの命の価値にしては、軽すぎるように思えた。