第二十四話 ライアンの憂鬱
バナナ商会に戻った。イザベラがいたので尋ねる。
「サイクロプス戦の話は、ありましたか?」
「いいえ、まだよ。伝説を狩る者は、装備の調達に時間を掛けているみたいね」
(よし、まだ時間があるな)
ユウトは金貨が詰まった袋を差し出す。
「これで、バナナ・チップスを売ってください」
袋の中を見てイザベラが驚く。
「こんなに、どうしたの? バナナ・チップスを売った利益にしたら、多過ぎるわ」
「実は、バナナ・チップスを高く買ってくれる人が現れたんです。その人の話では、バナナ・チップスが今後は値上がりするって話していました」
イザベラは心配顔で忠告した。
「ユウトは騙されているわよ。バナナ・チップスが値上がりするなんて話は、入ってきてないわ」
「でも、僕はバナナ・チップスの値上がりに賭けたいんです」
「待って。額が高額だから、ライアンに相談して」
二階に上がると、水樹が暇そうにしていた。
「ユウト、貿易から戻ったのね。どうだった、貿易は?」
ユウトは詰まった金貨の袋を見せた。
水樹もまた金額に驚いた。
「すごい! どうしたの、ユウト?」
「バナナ・チップスを高く買ってくれる人を見つけたんだ」
「どこのお金持ちよ?」
「はっきり言えば、海賊なんだ」
水樹は不安な顔で警告する。
「海賊! それは取引を止めたほうがいいわよ。きっと次に、もっといっぱい運ばせて、奪う気よ」
「そんな感じではなかったんだけどな」
水樹は怖い顔で止める。
「それに、海賊と取引を続けると、信用をなくすわよ」
「でも、海賊の元親さんは、バナナ・チップスの値上がりの情報を持っているんだ」
「私はもう取引しないほうがいいと思うわよ」
「僕は決めたんだ。もう一回だけバナナ・チップスを運ぶ、って」
三階に上がって団長室に行く。水樹も気になったのか、従いてきた。
ライアン団長は部屋にいた。
「ライアン団長。バナナ・チップスを僕に売ってください。量が多いので、イザベラさんから団長に許可を貰うようにと指示を受けました」
ユウトが金額を告げると、ライアンは澄ました顔で告げる。
「なるほど。個人で買い付けるには、結構な額だな。商売にでも目覚めたか」
「実は、バナナ・チップスが値上がりする情報を持っている人間からの打診です」
ライアンは目を細めて訊く。
「それは、誰だ?」
「海賊の元親さんです」
ライアンの表情が険しくなる。
「何? 海賊? 何で、海賊がバナナ・チップスを値上がりする情報を持っている? おかしいと思わないのか? ユウトは騙されているぞ」
「かもしれません。でも、大きく儲けるチャンスです。それに、噂が本当ならバナナ商会にも利益になる」
「海賊相手に利益をあげたいと思わないな。バナナ・チップスの件は諦めろ。話はそれまでだ」
ユウトがどうやってライアンを説得しようかと考える。すると、水樹が口を出した。
「待ってください。ユウトはバナナ商会の仲間です。仲間が望むなら、バナナ・チップスを売ってあげてください」
ライアンの態度は厳しい。
「だが、バナナ・チップスを売ることで悪評が立てば、バナナ商会は損失を被る」
取引に反対していた水樹だが、食い下がってくれた。
(水樹さんが僕なんかのために頑張ってくれている)
水樹はライアンに真摯に頼んだ。
「バナナ・チップスは武器じゃありません。海賊に利するとは思えません」
「だが、海賊との取引はリスクが大きい」
「リスクは全部、僕が負います」
ライアンは顔を顰めて拒絶する。
「風評被害はどうする? バナナ商会が海賊の仲間だと思われたら、商人たちから敬遠される」
ユウトもここぞとばかりに意見した。
「バナナ商会は冒険者の集まりであるクランです。一般的な商人とは、違います。利益になるなら、海賊との取引も有りだと思います」
ライアンの態度は冷たい。
「クランとして誰とどう付き合うかは、団長の私に任せてほしいね」
水樹がそれではと意見する。
「ユウトが個人的にバナナ商会からバナナ・チップスを買うのなら、いいんですね?」
「それも断りたいところだな」
水樹は怒った。
「そんな、融通の利かない団長とは、一緒に仕事ができません」
ライアンが苦々しく発言する。
「脱退する、と脅すのかね? あまりよい手段とは思えないが」
水樹は頑なな態度で主張した。
「私は利益に誘われてバナナ・商会に来ました。利益がないのなら、去ります」
水樹が脱退を告げると、ライアンは苦り切った表情で決断した。
「わかった。サイクロプス戦に秘儀石使いを連れて行けるかどうかは、重要な問題だ。今回だけは特別に目を瞑って、バナナ・チップスを売ろう」
水樹が頭を下げる。
「ありがとうございます。団長」
ライアンは、ちくりと指摘する。
「だが、いつも脅しに屈するとは思うなよ。バナナ商会には元から秘儀石使いはいなかったんだからな」
団長室を後にする。
ユウトは水樹に詫びた。
「ごめんね。僕の我儘に付き合わせちゃって」
水樹は明るい顔で意見する。
「何を言っているのよ。こういう時は、ありがとうって礼を言うものよ、知らないの」
ユウトは心から礼を述べた。
「ありがとう」
「さあ、なら、さっさとバナナ・チップスを買って運びましょう。やると決めたら成功あるのみよ」
ユウトは一階に下りてイザベラに遭う。
「団長から許可が下りました。バナナ・チップスを売ってください」
イザベラは不安な顔をしていた。
「ライアンから許可が下りたのね。いいわ、買い付け証明を発行してあげるわ」
水樹が思案しながら尋ねる。
「輸送手段と護衛の準備は、できているの?」
「舟はオリヴァーさんの船を使う。護衛は準備していない」
水樹は真剣な顔で指摘した。
「そんな甘い考えでは、駄目よ。今回、運ぶ量は、大量なのよ。何艘かで一度に運ぶべきよ。それに、護衛も付けたほうがいいわ」
「わかった。水樹さんの言う通りにする」
「舟と海上の護衛の手配は、私がするわ。だから、ユウトは安全にバナナ・チップスを街まで運べるように努力して」
ユウトは当初の予定よりバナナ・チップスを買い付ける量を減らした。
余った金額で護衛を雇い、荷馬車を借りる。舟も三艘を手配するつもりで、水樹に金を渡した。
舟の借り上げ賃と、海上の護衛の分の前金を水樹に渡す。財布の中は、ほぼ空になった。




