第二十三話 海賊島にて
夜が明ける。海賊島が見えてきた。
海賊島は直径三㎞の小さな湾を持つ島だった。島に近付くと、山が見えてくる。
ヴィクターが自慢気に説明する。
「あれが海賊島だ。広さは約一・四㎢。中央に海賊王の館がある暴虐山がある。山の高さは四百六十mで、麓に港があり、海賊酒場や闇市場もある」
漁船が湾に入る。湾内に大小の船が停泊している。
「漁船なんかもあるんですね」
「そりゃあるさ。俺たちだって魚を喰う。この辺りはまだ魚が獲れるからな。もっとも、普通の漁師は、ここまで来ない。よし、漁船はあっちに付けてくれ」
オリヴァーは黙って従った。漁船は港の桟橋の一角に到着する。
ヴィクターが軽い調子で指示する。
「俺が親分に話を付けてくる、間違っても観光しようなんて思うな。海賊でもない人間が島に上陸したら、命がいくつあっても足りない」
「わかったよ。素直に待つよ。できるだけ早くに帰ってきてくれ」
ヴィクターが漁船から降りて足取りも軽く歩いて行く。
オリヴァーが不安な顔で告げる。
「なあ、ユウト。ヴィクターの奴を信用できると思うか」
「ここまで来たら、信用するしかないでしょう」
漁船の上で待つと、オリヴァーがこっそりと話し掛けてくる。
「この船は見張られておるぞ」
ユウトも目付きの悪い人間がさっきから漁船を注視しているのに気付いていた。
だが、トラブルを避けるために、あえて視線は無視していた。
ユウトは視線を気にしないが、打つ手は打つ。
船体の甲板に『火鳥幻身』『眼盗呪界』『恐怖倍増』と書いて置く。
目つきの悪い男の元に、六人の海賊が寄ってきて、ひそひそと話す。
やがて、リーダーらしき男が歩いてくる。
「よう、兄ちゃん。海賊島に何の用だ」?
「何って、商売ですよ。ヴィクターさんが商品を買った。今、代金が届くのを待っているところです」
海賊たちが感じ悪く笑った。
「そいつは、ご苦労だったな。だったら、俺たちが、その荷物をヴィクターのところまで運んでやるよ」
男たちが船に乗ってきそうなので筆を執る。
海賊たちは馬鹿にした顔で笑う。
「犬のちんぽみたいない小さな筆で、俺たちとやり合おうってのか、とんだお笑い草だぜ」
『火炎鳥』の文字を空中に書く。炎の烏が十羽、現れて上空を旋回する。
海賊たちの顔付きが険しく変わる。
「面白れえ。その炎の烏で、どこまでやれるか、見せてもらおうじゃねえか」
海賊たちは怯むことなく、漁船に乗ってこようとした。
炎の烏が降下して、海賊に襲い掛かる。海賊たちが武器を抜く。
甲板に書いた目盗呪界が発動する。一瞬、文字が光る。
目盗呪界は幻影に掛かりやすく魔法。
(よし、一つ目が発動した)
海賊の一人が烏の攻撃を掻い潜って、ユウトに斬り懸かってきた。
ユウトはひょいと攻撃を躱す。ここで、次の火鳥幻身が発動する。
海賊たちがユウトのいる方向と反対側を向いた。
火鳥幻身は体を無数の炎の烏に見せる幻術だった。
海賊たちには斬られたユウトが炎の烏になる。炎の烏に身を変えたユウトが船と反対側に出現したように見えているはずだった。
ユウトの予想通りに、海賊たちは漁船と反対側に向かい、何もない空間を斬りつけていた。
その間に、実態を持っている十羽の炎の烏は海賊たちを啄み、ダメージを与える。
幻術だけだと、見破られ易い。だが、こうして本物を混ぜておくと、幻術の効果は長く続く。
ユウトは幻影と戦う海賊たちを悠然と見ていた。
心に余裕を持って見ていると見えてくるものもある。
一人、明らかに腕の立ちそうな海賊が港にいた。海賊は物陰から、ユウトの戦いを楽しそうに見学していた。
海賊の年齢は二十代後半。四角い顔に赤い髪で、赤い髭。体形は細身で、フロック・コートにボンタンのズボンを穿いていた。腰には年代物と思わしきサーベルを下げている。
(単なる観客ならいいが、顔役なら、ヴィクターが居ない状態だと面倒だな)
海賊たちが息を切らして幻術から抜け出た。
火傷を負い、怒りの形相で漁船に上がってきた。
海賊たちはユウトが書いた恐怖倍増の文字を踏んだ。海賊たちの表情が凍り付く。
「何だ? まだ、やるのか? これ以上は、遊びにならないぞ」
海賊たちは魔法に掛かって、数歩あとずさりした。
ここで腕の立ちそうな海賊が拍手して現れた。
「いやいや、素晴らしい見世物だったよ。諸君」
海賊たちは腕の立ちそうな海賊の出現に、ほっとした。
「元親の親分さん。こいつが島を荒らしに来たやした」
元親は冷たい顔で海賊たちに言い放つ。
「島を荒らしに? そいつは違う。彼は俺の取引相手だ。それで、俺の荷物に手を出そうとした悪い子には、お仕置きが必要だと思うが、どうかな?」
「えっ。元親さんの荷だったんですか」
元親は澄ました顔で告げる。
「そう、俺が買った荷物だ」
海賊たちは顔を見合わせると、走って逃げ出した。
元親は漁船の傍まで来る。
「いやあ、来るのが遅くなって、御免。怖い思いをさせたかな」
(何を態とらしい、見物を決めていたくせに)
ユウトは本音を隠す。
「海賊島は初めてなもんで、流儀がよくわかりませんでした」
元親が右手を軽く後方に伸ばす。
女海賊がいて、小袋を元親に渡す。元親はそのまま小袋を渡してくれた。
小袋は重かった。中には金貨がぎっしり詰まっていた。
「こんなにいただけるんですか?」
元親は鷹揚な態度で答える。
「遠慮なく取っておいてくれ」
ユウトはリュックに金貨をしまおうとする。
元親が言葉を続ける。
「断っておくが、ヴィクターの奴を助けてくれた分。それと、次の仕事の前金込みの金額だからな」
手が止まった。
「海賊の手引きなら、しませんよ。僕は冒険者です」
譲れない線だった。
元親は機嫌を悪くしなかった。軽い調子で尋ねてくる。
「お宅も頭が固いね。そうそう、名前は何て言うんだ?」
「ユウトです。冒険者をやっています」
バナナ商会の名は出さなかった。
「ユウトか。いい名前だ。それで、やって欲しい仕事は、襲撃の手引きじゃない。お宅はバナナ・チップスを扱っている。もっとバナナ・チップスが欲しい」
海賊が急に甘い物好きになったとは思えない。不思議だった。
「なぜ、海賊がバナナ・チップスを欲しがるんです?」
「こっちの事情は気にしなくていい。できるか、できないかだけ、答えてくれ」
「残金もきちんと貰えるなら、やってもいいです。ただ、事情は知りたい。バナナ・チップスが価格の上昇があるなら今のうちにもっと儲ける計画を立てたい」
元親は呆れた顔で教えてくれた。
「欲張りだねえ。ユウトも。なら、教えてやるよ。バナナ・チップスは値上がりする。どう? 教えたぞ」
(理由は教えてくれないか。でも、海賊が買い占めに走るのなら、何か大きな動きがある)
投機の言葉が頭に浮かぶ。
「わかりました、なら、もう一艘分、バナナ・チップスを持ってきます」
「待て、ユウト。もしも、だが、漁船よりでかい船があるなら。でかい船で運んでも構わんよ。金なら、ある」
イザベラが教えてくれた貿易船の話が頭をよぎる。
だが、相手は海賊。
何にバナナ・チップスを使うかわからない状況では、クランの船は出したくなかった。
「いえ、漁船での取引にしてください」
「わかったよ。なら、次も早めに持ってきてくれよ。港に来れば、俺の部下がどこかにいる」
オリヴァーと共にシモン村に帰る。
予定より多く儲かったので、オリヴァーに報酬に色を付けて渡す。
オリヴァーが金貨を一枚取り、じっと見る。オリヴァーは複雑な表情で尋ねる。
「なあ、ユウトよ。今後も海賊との取引を続ける気か?」
「いや、額が大きいから、目標額まであと一回の取引で足ります」
オリヴァーはユウトの身の上を心配していた。
「何が欲しい物があるようじゃな。じゃが、今日は上手く行ったが、次も上手く行くとは限らんぞ」
「わかっています。でも、僕にはお金が必要なんです」
「仕方ないやつじゃな。どれ、次も船が必要なんじゃろう。儂が出してやる」
「ありがとう、オリヴァーさん」
オリヴァーは照れて顔を背けた。
「勘違いするな。儂が舟を出すのは金のため、生活のためじゃ」
ユウトは厩舎で金を払う。荷馬車を受け取ると、ラザディンに帰った。




