第二十二話 バナナ・チップスで金策
水樹は用があるとのことなので一度、別れた。
バナナ商会にいるイザベラに尋ねる。
「サイクロプス戦まであとどれくらい時間がありますかね?」
イザベラが人指し指を頬に軽く当てて小首を傾げる。
「わからないわ。いつもは開催の一週間前に伝説を狩る者から要請があるのよ。でも、まだ要請が届いていないから早くても一週間後ね」
(これは、スクロールなり、魔道具なりを貯めてから望むつもりだな。とすると、一ヵ月待ち、二カ月待ちも、あるかもしれない)
イザベラは感じの良い顔で、お金が入った袋を渡してきた。
「これ、前回のバナナ・チップスの運搬の報酬に、ゴブリン退治の報酬を加えたものよ」
中身を確認する。そこそこの金額が入っていた。
(バナナ・チップスの運搬って、案外と金になるんだな)
ユウトは三つ目のお題を先にクリアーしようかと考えた。
火竜の心臓を安全に手に入れるには、戦闘に慣れた人間が十人は欲しい。
水樹が協力してくれたとしても、あと八人はバナナ商会に協力を求めたい。
だが、他の人間にも都合がある。日程が合うとは限らない。
「緊急脱出のスクロールを書いて売るか。お金で解決したほうが、確実そうだもんな」
イザベラが柔和な笑みを浮かべて尋ねる。
「ユウトはお金が必要なの? なら、バナナ・チップスを買って転売をやる?」
念のために尋ねる。
「バナナ・チップスの転売ってどれくらい儲かるんですか?」
「運搬より大きな利益が出るわ。だけど、荷物が破損したり、紛失したりすると、赤字になるかもしれないわよ」
「リスクがあるぶんだけ、リターンが多いんですね」
「バナナ・チップスは持ち運びが容易だから、ラザディンより遠くの街に運べば、利益はもっと大きくなるわよ」
地図を思い返して、ルートも模索する。
「シモン村からバナナ・チップスを漁船に積み込む。ガンサーラ半島のナンナーラの街まで持って行けば、金になる、か?」
イザベラの表情が曇る。
「海路は難しいわね。ガンサーラ半島沖は海賊が出るわ。だから、特産品を積んでの航行は、漁師さんが嫌がるわよ」
「バナナ商会では、船を所有していないんですか?」
イザベラは表情を曇らせて、やんわりと拒絶した。
「一隻三十五m級の小型貿易船を所有しているわ。でも、無謀な貿易には貸せないわ」
「そうか。なら、バナナ商会の船を使わない手を考えてみます」
ユウトはシモン村に再び移動して、オリヴァーを尋ねる。
「シモン村からナンナーラまでバナナ・チップスを運びたいんです。誰か協力してくれる漁師さんは、いませんかね」
オリヴァーは渋い顔をして指摘する。
「ナンナーラまでは舟で行ける。じゃが、商品を持って行くとなると、海賊に奪われる危険があるな」
「やはり、どの漁師さんも、やりたがらないですかね?」
オリヴァーが目に力を込めて申し出る。
「儂がやってもいい。もう、漁じゃ食えないからな。じゃが、危険に見合うだけの報酬を用意してもらうぞ」
オリヴァーは秋刀魚漁の時の二倍の料金を要求した。
(バナナ・チップスがいくらで売れるかによるな。博打だな。でも、バナナ・チップスは単価が安い商品だから最悪、奪われても、損失は少ない。命があれば、だけどね)
「わかりました。二週間後くらいに、商品を運んでくるので、待っていてください」
バナナ商会に戻ってイザベラに話す。
「商品を運んでくれる漁船を見つけました。バナナ・チップスをナンナーラまで売りに行ってきます。バナナ・チップスを売ってください」
イザベラは良い顔をしなかった。でも、手続きをしてくれた。
「海路あまり勧めたくないけど。やると頼むのなら、止めないわ。でも、気を付けてね」
イザベラに有り金のほとんど渡す。バナナ・チップスの買い付け証明を発行してもらう。
残りの金で荷馬車を借りて、保存食を買い込む。
バナナ園には無事に到着した。ミッキーに買付証明書を見せる。
ミッキーは明るい顔で幸運を祈ってくれた。
「ユウトさんもバナナ貿易に手を出したんですか。儲かると、いいですね」
バナナ・チップスを荷馬車に積んで帰る。
帰る途中で、嬉しいことに秘儀石が再使用可能になった。
ユウトは左手を完全に治せた。
(やっと、治ったか、長かったな)
バナナ園からの帰路も無事にラザディンに到着した。
(ゴブリンを副長と一緒に退治しておいてよかった)
財布が空では、何かあった時に困る。
ラザディンで少量のバナナ・チップスを売って、金にしておく。
シモンの村に荷馬車で向かう。厩舎では荷馬車を預かってもらった。
「オリヴァーさん、荷物を持ってきました」
「よし、荷物を積み込むぞ」
ユウトとオリヴァーが荷物を積み込む。作業が終わったのは昼前だった。
オリヴァーが空を見上げて尋ねる。
「今日は晴れているが、明日はわからん。今時分に村を出ると、ナンナーラに着くのは夜明けくらいじゃが、どうする?」
「晴れている内に行っちゃいましょう」
漁船が十二ノットで南東に進む。陽が真南を過ぎた頃だった。
船の残骸が散らばる海域に出くわした。
オリヴァーが苦々しく呟く。
「海竜にやられた船じゃ。ここは用心じゃな。こんな漁船なぞ、海竜に見つかったら一撃で木端微塵じゃ」
船がゆっくり進む。
服を旗にして漂流している大きな木の板を見つけた。木の板の上には人が乗っていた。
木の板の人間はユウトたちを見ると「おーい、助けてくれー」と叫んだ。
「見て、オリヴァーさん。遭難者だ。助けないと」
オリヴァーは苦い顔で意見する。
「なあ、ユウトよ。あれは、おそらく海賊じゃぞ」
「どうして、わかるんですか?」
「沈んだ船は漁船じゃない。貿易船の航路からも外れておる。ここを北に行けば海賊島がある。おそらく、海賊島から出た船が沈んだ。その乗員じゃ」
「でも、遭難している人を放っておくと死にますよ」
オリヴァーは助けることに消極的だった。
「世の中、善意で助けた人間から善意が返って来るわけじゃない」
「でも、もし、違ったら可哀想です。助けましょう」
「あとで、悔やんでも知らんぞ」
オリヴァーが漁船を漂流する木の板に寄せる。
「大丈夫ですか。こっちの船に移れますか」
遭難していた人間は、髭面の若い男だった。
「ありがとう、助かったよ。俺の名はヴィクターだ」
ヴィクターはゆっくりと泳いで漁船に上がってきた。ユウトから水を貰って飲む。
「ところで、この漁船は荷物を積んでいるようだが、どこに行く?」
「どこって、ナンナーラにバナナ・チップスを売りに行くところですよ」
ヴィクターは景気よく申し出た。
「よし、俺がナンナーラに卸す倍の値段で買い取ろう。ただし、俺と一緒に品物を運搬してほしい」
「運搬先って、ナンナーラではなく?」
ヴィクターは素っ気なく発言した。
「もちろん、海賊島だよ」
「それ、連れて行って到着したら、荷物を奪う気でしょ」
ヴィクターは心外だとばかりに意見した。
「俺たちにだって、守るべき義理はある。きちんと金は払う。帰りも手出しはしない」
ユウトはオリヴァーを見る。オリヴァーはぼやく。
「儂は雇われの身じゃ。きちんと金さえ貰えれば、どちらでもいい」
ヴィクターは強い口調で頼んだ。
「理由は言えない。だが、バナナ・チップスは今、海賊島で高く売れるんだ。これは本当だ。俺の親分の元親さんが買ってくれる。俺たちにバナナ・チップスを売ってくれ」
海賊となんか取り引きしたくなかった。
だが、バナナ・チップスが高騰する兆しにあるのなら別だ。
情報を掴んでライアンに教えれば、バナナ・商会は大いに助かる。
(危険だが、リスクを取らないと儲けもないか)
「オリヴァーさん、海賊島に船を向けてください」
オリヴァーは不機嫌に応じる。
「どうなっても、知らんぞい」
ユウトとオリヴァーはヴィクターを乗せて針路を海賊島に向けた。




