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第十七話 バナナ・チップスの運搬

 ユウトは僧侶の筆を使って、緊急脱出のスクロールを書こうとした。

 得意とした緊急脱出でも、思いのほかうまく書けない。一つ作るのに一週間を要した。


「上位スクロールは緊急脱出が精一杯か。これは、他の上位スクロールは無理だな」

 僧正の筆があれば、と思う。だが、僧正の筆は高い。


 まだしばらく、僧侶の筆でがんばるしかなかった。

 お金がなくなってきたので、バナナ商会に顔を出す。


 イザベラと挨拶を交わすと、嬉しい知らせがあった。

「サイクロプス戦に参加した報酬が来ているわよ。途中参加だから満額は出せないけど。これはユウトの分」


 小さな袋には金貨が入っていた。

「ありがとうございます。これでまた、しばらく暮らせます」


「お金が必要なら、仕事があるわよ」

「どんな仕事ですか?」


「バナナ園で作ったバナナ・チップスを街まで運ぶ仕事よ。酒はまだ溜まってないけど、バナナ・チップスは倉庫に一杯になったそうよ」


(そういえば、バナナ・チップスは被害に遭っていなかったな)

「わかりました。仕事を引き受けます」


「副長もやるって言っていたから、二人で行ってきてね」

 ユウトは護身用に、安物の剣を買っておく。


 翌日、ガイウスと一緒に荷馬車に乗って、バナナ園に向かう。

 道中、暇なので、適当に話をする。


「ガイウス副長って、ライアン団長と昔からの付き合いなんですか?」

「それほど長い付き合いじゃない。バナナ商会設立の頃からだから、三年ぐらいだな」


「やはり、設立当初は、色々な苦労があったんでしょうか」


「俺に関して言えば、そんな苦労はなかった。ただ、剣を振るっていればよかったからな。面倒な書類の提出とか対外折衝は、団長が全てやった」


「できた当初から、バナナ園を持とうって話だったんですか」

「バナナ園は、元々団長の所有だった」


「ライアン団長は地主だったんですね」


「そうだな。引退した時のために、安い時に買っておいたそうだ。だが、バナナ商会を作るにあたって、商会の所有にした」


「中々に立派な人物ですね」

「そうだな。小さいながらも、クランを切り盛りしている中々のやり手だよ」


 その後も、ライアン団長について、ガイウスに訊いた。よい評価しか出てこなかった。

 無事にバナナ園に到着する。ミッキーが笑顔で出迎えてくれた。


 ガイウスが作業監督と話をしている間に、バナナ・チップスの積み込み行う。

 ユウトも手伝おうとした。


「ユウトさんは監督していてください。積み込みにそんなに人手は要りません」

(左手をまだ治していないからなあ。邪魔になっちゃ、悪いか)


 バナナチップの袋は五㎏だが、ユウトの左手には少し負担だった。

 袋に入ったバナナ・チップスの積み込みは終わった。


 ミッキーが浮かない顔をして、話しかけてくる。

「ユウトさん、ここに来るまでに、ゴブリンに遭いませんでしたか」


 ゴブリンとは、人間の子供ほどの体格をした、緑色の肌を持つ小鬼である。

「いやあ、見なかったな。出るんですか、ゴブリン?」


「うちのバナナ園は、まだ被害に遭っていません。ですが、近くの村では、ゴブリンに畑を荒らされたって噂があるんですよ」


「なら、バナナ園も心配ですね。ここには食料も酒もあるからなあ」

 ガイウスが作業監督との話し合いを終えて戻ってきた。


「よし、今日はここで一泊だ。明朝早くにバナナ園を出るぞ」

 その日は一泊する。バナナ酒を初めて飲んだ。


 バナナ酒はほんのり甘味が残り、バナナの香りがした。口当たりのよいお酒だった。

「バナナ酒って、ほんのり甘いんですね」


 ミッキーが機嫌よく答える。


「他の商品との差別化ですよ。うちのバナナ酒は熟成を途中で止めて、甘味も香りも残すように工夫しているんです。アルコール分は低めですが、それがよいと評判なんですよ」


「ライアンさんの発案ですか?」

 ミッキーも、バナナ酒を飲みながら答える。


「男性がよく飲む酒の市場に参入するには、葡萄酒に勝たなければならない。だが、葡萄酒との競争は厳しい」


「葡萄酒は消費量も多ければ、種類も豊富ですからね。価格も今は下がっています」


「そこで、糖度を高め、アルコール分の低い女性向けのお酒を造ったんですよ。ライアンさんは今まで需要が低かった女性向けのお酒を開拓して、業績を伸ばしたんです」


 一夜が明ける。バナナ酒はアルコール分が低いので体に残らなかった。

 荷馬車にバナナ・チップスを積んで、来た道をゆっくりと引き返す。


 来た道も三日目までは問題なかった。四日目の夕方に事件が起きた。

 日が暮れて来たので、そろそろ夜営の場所をどこにしようかと考えていた。


 がさがさ、と荷馬車の後方で音がした。

 振り返れば、ゴブリンが二匹。荷馬車の後方に乗っていた。


 ガイウスが気付いて緊迫した顔で指示する。

「ユウト、手綱を代われ」


 ガイウスが手綱を渡して、立ち上がる。

 ゴブリンは、ガイウスには目もくれない。


 バナナ・チップスの入った袋を次々と後ろに放り投げる。

 ゴブリンたちは八袋を荷馬車から放り出すと、すぐに飛び降りた。


 ガイウスが荷馬車を降りて後方に行こうとする。

 ゴブリンは跳び降りた後だった。


 ガイウスが荷馬車を飛び降りた。だが、すぐに戻ってきた。

「ゴブリンにバナナ・チップスを奪われた。奴ら全速で走って逃げやがった」


「どうします、荷馬車を停めて回収に行きますか?」

「いや、止めるな。このまま行け。ただし、前方には注意だ」


 ガイウスの判断はわかる。荷馬車に乗ってきたゴブリンは二体。

 だが、荷馬車の後ろには、まだゴブリンがいた。


 そいつらが、落とされた袋を拾っていった。

 追っていっても、回収できる袋は、一つか二つ。


 荷馬車を停めたところを待ち伏せされればユウトが危ない。

 ユウトがやられれば、もっと多くの荷を奪われる。


 ガイウスはユウトの傍を離れるわけにはいかなかった

 安全と思われるところまで荷馬車を進めてから、夜営する。


 ガイウスの顔は苦い。

「大事な荷物を奪われてしまった」


「でも、奪われた荷物は八袋。残り百袋以上は無事でした」

 ガイウスの表情は暗い。


「荷を奪われた以上は、護衛任務なら成功とは言えない」

「無事だった分だけでも街に運びましょう。それで団長の判断を仰ぎましょう」


「そうだな」とガイウスは答える。ガイウスは、それっきり無口になった。

 気まずい時間を過ごし、街に帰ってきた。


 取引相手の商人にバナナ・チップスを納める。

 荷馬車を返してバナナ商会に戻った。


 イザベラが感じもよく聞いてくる。

「お帰りなさい。どうだった? 上手く行った?」


「いいや」とガイウスが暗い顔で応える。

「何か、あったの?」と、イザベラが不思議そうな顔をして訊いてくる。


「実はゴブリンに八袋のバナナ・チップスを奪われました」

「まあ」とイザベラは驚く。だが、深刻な顔をしていなかった。


 ガイウスが三階に上がっていくので()いていく。

 ノックして団長室にガイウスが入っていく。ユウトも一緒に団長室に入っていった。


 ライアンはガイウスの顔を見ると、異変を察知した顔をする。

「どうした? バナナ・チップスの運搬で何かトラブルがあったのか」


 ガイウスが苦々しく語る。

「ゴブリンにやられた。バナナ・チップスを八袋で計四十㎏奪われた」


 報告を聞き、大した損害ではないと思ったのか、ライアンはホッとする。

「副長らしからぬミスだな。いいだろう、バナナ・チップスの四十㎏くらいなら、すぐに再生産できる」


 ガイウスはライアンの言葉に納得しなかった。

「奪われた事実に変わりがない。タダでさえバナナの木は駄目になり、バナナ園の生産力が落ちているんだ。責めを負って当然だ」


(ガイウス副長は負い目を感じているな。ゴブリンの接近に気付かなかったのは、僕のミスでもあるんだけどな)


 ライアンが表情を曇らせて命じた。

「しょうがない奴だな。なら、罰の代わりに仕事を引き受けてもらう。ゴブリン退治だ」


(ライアン団長らしい発案だな。これなら負い目も払拭(ふっしょく)できるし、街道の安全も、確保できる)


 ガイウスが真剣な顔で確認する。

「荷物を奪ったゴブリンの巣を突き止めて、退治しろ、と?」


「そうだ。ゴブリンの巣を放置すれば、また輸送の際に襲われる。それに、近くに村があれば、襲われる危険性がある。駆除してこい」


 ライアンはユウトをしっかりと見る。

「断っておくが、ユウトも一緒に行くんだぞ。バナナ・チップスの輸送を引き受けたのは二人の責任だからな」


 異論はなかった。ユウトにも責任がある。

 命じられなくてもガイウスに従いて行くつもりだった。


「わかりました。副長と一緒に行って見事にゴブリンを退治してきます」

 ユウトとガイウスは冒険者ギルドに行く。


 ヒューゴがいたので尋ねる。

「街道沿いに出るゴブリンの情報を聞かせてください」


 ユウトは襲われた場所を伝える。

 ヒューゴがやる気のない顔で教えてくれた。


「それなら、付近の村から駆除依頼が一件、出ているぞ」

「それ、バナナ商会でやります。詳しい情報を、教えてください」


 クランの名前を出した理由は、クランの実績にするためでもある。

 だが、使えない奴認定を受けているユウトが仕事を受けるための口実でもあった。


 ヒューゴは後ろのガイウスを、ちらりと確認する。

「ユウトが一人でやるのなら、止めるところ。だが、クランで引き受けるのは、問題ないか」


(ほら、やっぱり。僕だと、信用がない)

 ヒューゴは真面目な顔になって話し続ける。


「ゴブリンが出たのはここ二週間前だ。巣穴については、ほぼ目ぼしが付いている」

 ヒューゴが地図を取り出して、印をつけてくれた。ヒューゴは説明を続ける。


「数は十程度との話だ。だが、見つかったのが十なら倍はいるかもしれん。被害は野菜を盗まれた程度だ。あとは、詳しく知りたいのなら、村で訊いてくれ」


 ヒューゴらしい愛想のない説明だった。報酬の額は低いが、今回は関係ない。

「他に、気を付ける点は、ありますか?」


 ヒューゴが不機嫌な顔をして教えてくれた。


「一週間前に引き受けた奴らがいる。だが、いまだに完了報告がない。返り討ちに遭った可能性もある。気を付けてな」


 新人が倍するゴブリンにやられる。よくある話に思えた。

 だが、ユウトは引っ掛かりを感じた。


(前回、僕はゴブリンの接近に気が付かなかった。これは仕方なく思える。だが、ガイウス副長まで気付かないのは、有り得るだろうか?)


 気を抜いていたと言えば、それまでだ。

 だが、どうも今回のゴブリンは、ただの野良ゴブリンとは違う気がした。


(新人もやられているとなると、用心が必要かもしれない)

 冒険に必要な品を買い足す。狭い場所で剣を振るうのは危険なので、短剣を買った。


 ガイウスは狭い場所での戦いを考慮して、武器を大剣から鎚に交換していた。

 ラザディンの街を出る。


 次は失敗できないとの思いが、ガイウスの顔には、ありありと出ていた。

(何か、話し掛けづらいな)


 ゴブリンの被害に遭っている村に到着する。

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